第299話 天空(そら)より来る
大変長らくお待たせしました。
新章「天使編」開始です!
――アメリカ合衆国 某所――
季節はすっかり冬に変わった12月上旬のある日の深夜、アメリカ西部のとある荒野に伸びる一本の車道を1台の大型トラックが走っていた。
アメリカの東海岸から走り続けるそのトラックの運転手は暖房を効かせた車内でラジオから流れる音楽を鼻歌まじりに聴きながら、眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた。
「フッフフ~ン♪」
長距離ドライバー歴28年のベテランである彼はいつもの変わらない調子でトラックを運転していく。
今夜は雲ひとつ無い快晴のお陰で視界は良好、事故にも巻き込まれることも無く、明日の午前中には目的地に到着できる様子だった。
この仕事が終われば久しぶりの休暇、家をまかせっきりの妻や、今年から高校に通い始めた娘やヤンチャ盛りの2人の息子が待っている。
今年は例年よりも忙しくて一緒にいられる時間がなかなか取れなかったが、その分、今度ののクリスマスから年末年始は長期休暇をとることができた。
実は家族に内緒でバカンスの予約を取っていた彼は、今から年末を楽しみにしていた。
12月に入ってからは日増しにテンションが上っている。
普段は退屈でしかない荒野の景色も、今夜は名画のように見えていた。
「フンフ~……ん?」
そんな中、彼は視界に見慣れない“何か”が入ったのに気付き鼻歌を止めた。
「…流れ星?」
それは、一見すれば流れ星のようにも見えた。
だが、その流れ星のように見えた“何か”は、右から左に流れてたのが急に方向を変えてこちらに向かってきたのだ。
運転手の彼は数秒間ボ~としていたが、“何か”が自分のトラックに向かって来るのに気付くと慌ててハンドルを横に切り、車道を外れて荒野にトラックを走らせた。
「おいおいおいおいおいおいおいおい!!!!」
その3秒後、道路から離れていくトラックの後ろを眩い光を放つ“何か”が横切り、直後に大爆発が発生した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」
その衝撃に、総重量20トンを超えるトラックは回転しながら宙を舞った。
そして次の瞬間、運転手の彼の眼前に断崖が広がっていた。
「―――――――ッ!!!!」
声にならない声が出た。
このまま激突すれば即死は確実、彼は瞬時に自分の死を理解しそうになった―――――
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だが、彼は死ななかった。
気付いた時には同じく無疵のトラックの運転席に座ったまま、彼を乗せたトラックは荒野の上でポツンと停車していたのだった。
「?????????????????」
彼は何が起きたのか理解できなかった。
あの瞬間、確かに彼は自分に迫る死の恐怖を感じ、その余韻は今もハッキリと彼の中に残っていた。
彼は混乱しながらもトラックから降り、周囲を見渡した。
「なあ―――――!!??」
そして彼は見た。
彼が運転するトラックが走っていた一本の舗装された道路、それがあった場所には直径2kmを超えるかと思われる巨大なクレーターが出来上がっていた。
「何じゃこりゃあああああああああ!!!???」
彼の心からの叫びは深夜の荒野に木霊しながら響き渡ったのだった。
そしてその数秒後、彼は更なる奇跡を体験する。
――――ラ………は………こ……だ………
突如、彼以外の人間がいない筈の荒野に人の声が途切れ途切れに響いた。
「……何だ、この声は?」
彼は周囲を何度も見渡すが、やはり人の姿はどこにも見当たらない。
しかし声は何度も彼の耳に聞こえてくる。
「あのクレーターの中か…?」
その声が、クレーターの中から聞こえてくるのに気付いた彼は恐る恐るクレーターに近付いていった。
だがその直後、クレーターの中心部でその“何か”は動き出した。
「―――――!?」
彼は心臓が止まりそうになった。
クレーターの中心部にいた“何か”は、突如として落下時と同等の光を放ちながら上昇を始めたのだ。
彼は呆然としながらその場に立ちつくし、その光景を静かに見続けた。
――――…………近く……る………
その“何か”は地上100mまで上昇すると停止し、次の瞬間、光が弾け周囲一帯を閃光が飲み込んだ。
そしてその刹那、彼は人生で最大の驚愕をしたのだった。
「!!」
閃光が一帯を飲み込んだ刹那の出来事、まるで自分以外の時間が停止したような感覚の中、彼は閃光の中で何枚もの羽を広げる“何か”の姿を確かに目撃した。
「………天使?」
その一言を呟いた直後、閃光は不意に消え、“何か”は跡形も無く消え去っていたのだった。
「…何だったんだ……!?」
彼はただ茫然としたまま地面に腰を落としたのだった。
その後、彼は軍や警察が到着するまでの間、その場に座ったまま一歩もい動かなかった。
余談だが、彼ことジョニー=ロックはその後、謎の隕石落下(?)の第一発見者であり目撃者として警察や軍は勿論のこと、世界中から引っ張りだことなる。
そして後に、彼は出版社の勧めでこの時の体験を記した本を出版し、その本はアメリカ国内でベストセラーになり、さらには映画化して大金を手にする事になるのだが、それは本編とは全く関係の無い話である。
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「……去ったか。」
“何か”が荒野から消え去るのを、シド=アカツキは断崖の上から見届けていた。
ジョニーのトラックが断崖に激突する瞬間、彼をトラックごと救ったのはシドだった。
トラックごとジョニーを魔法で救い、まるで被害など何も無かったかのように地上に戻した彼は、天から降りてきた“何か”が消え去った方角に視線を向ける。
「この方角だと、サンフランシスコか…。」
そこは彼が一時滞在していた都市でもあった。
だが、彼はこれ以上今回の件に関わる気は無かった。
否、気がないのではなく関われないのだった。
彼は自身に掛けられている呪いの為、一度訪れた事のある場所、正確には自分と面識のある人間が大勢
いる場所には行けない身なのだった。
「…まさか“奴”が天界から降りてくるとはな。人任せになるが、“奴”の事は他の者達に任せるしかない。幸い、今この世界には『神殺し』が複数いる。元・七大天使が相手でも最悪の事態になることはないだろう。」
そして彼は西の夜空に背を向けてその場を後にしたのだった。
(――――一度、ヴェントルと合流してみるか。)
彼は古い親友のことを思い浮かべながら、今後の事について熟考を始めた。
ここ最近、敵味方関係なくシドを捜す者の数が日増しに増加している。
その原因を理解していた彼は、どのようにして追手を避けながら親友と合流するかを慎重に考えていった。
(今はまだ、誰にも捕まる訳にはいかない。それが例え、息子の恩人達だとしてもだ。)
彼の頭に次に思い浮かんだのは最愛の息子の顔と、息子を救ってくれている恩人の少年少女達の顔だった。
(俺たちの身を縛る呪いを本気で解く気なら、座天使の長くらい何とかしてみせることだ。)
それは厳しくも、彼らに何かを期待しているかのようだった。
そして数分後、シドの姿はこの世界から静かに消えていた。
今後は更新が不定期になりますが、今後とも「黒龍の契約者」をよろしくお願いします。




