第1話 記念に鱗を・・・・
前半は順調にかけていたんですが最後あたりで時間がかかってしまいました。
勇吾は困惑していた。
『・・・不測の事態だな。』
相棒の黒龍も同様だった。
(どうなっている・・・・・!?)
魔法は忘れずにかけていた筈だ。そうしないと世界を渡る度に相棒の龍の姿は民衆の視界に入ってしまい、ほぼ例外なく騒動にまで発展するのだから。
彼らは異世界からここにやってきた。彼らの常識でも時空を移動する事の意味を理解している。それは移動手段だけでなく、移動した際に生じるデメリットも含めてだ。だからこそ、世界と世界の狭間、さっきまで飛んでいた空間にいるうちに魔法、より詳しく言うなら姿を一般人の視界に映らないように消し、尚且つ気配や音も完全に隠蔽する《空属性魔法:ステルス》を使うことで自分達の存在を完全に隠したはずだった。
魔法が正常に発動したのを確認し、彼らはこの世界―――日本の首都東京にやってきた。白光の穴を通過し、東京の空に出たのである。
東京上空に出た直後、航空機などを警戒して(レーダーにも映らないので向こうから衝突する危険があるため)すぐに高度を下げていった。そして適当な場所に着地し、何時ものように町の中に溶け込んで行動に移るはずだった。
「ド、ドドドドドドラゴンンンンンンンン!!!!!!??????」
目の前で叫ぶ少年、背丈からみて勇吾と同い年くらいだろう。周囲の建築物からみてここは学校、おそらくは中学校といったところだろう。
(間違いなく見えている・・・・。何らかの能力持っている気配はない・・・一体どうして・・・・・!?)
勇吾は視線を驚愕して口が開いたままの少年を見ながら現状について思案していた。だが、現状はこれだけでは済まなかった。
ピシッ!ピシッ!!!
亀裂が走るような音が響いた。
「なっ!?」
『マズイぞ!あの少年に視認されたことで《ステルス》が破れる!!』
姿だけでなく気配さえも消すこの魔法には決定的な弱点があった。一度でも隠れている者が視認されると一気に効果が低下してしまうのである。だが、魔法などで視認された場合はすぐにより強い力を込めることで短時間ではあるが効果をしばらく持続させることができる。しかしそれ以外、魔法も何らかの能力も持たない一般人に視認された場合は違う。力を込める余裕も与えず、あっという間に破れてしまうのである。
パリ―――――――ンッ!!
ガラスの割れるような音とともに魔法が破れた。
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「ちょっ・・・!!!!!!!」
「えっ!?」
「おい、見ろ!!」
魔法が破られたことにより、2人、というよりは黒龍の姿が周囲にあらわになった。
最初に気付いたのは学校の生徒たちだった。同級生がいきなり絶叫したと思ったら突然目の前に黒い龍が現れたのだ。誰もが驚愕の声を上げ、それに気づいた生徒がさらに驚き、その数は次第に増えていく。サッカーをしていた者や審判をしていた教師も呆然としていた。学校の外からは車の急ブレーキ音がいくつも聞こえ始めている。
『(ハッ!!)』
黒龍は先程とは違う魔法、正確には魔法ではなく龍族固有の能力を発動させた。
黒龍を中心に白い霧が発生し周囲100m圏内を飲み込んでいった。これは先程までの《ステルス》のように姿や気配を隠すものではなく、霧の中に存在するものを外界から認識されないようにするものだった。この霧の中にいれば霧は勿論のこと、霧の中にいる黒龍や驚愕している者達の声がどんなに大きくても外界にいる者達には違和感のないものと認識され、例え覚えていたのしてもその記憶も時間の経過とともに薄れて簡単には思い出せないようになっていくものだった。本来は山奥に静かに暮らすことを望む彼の同族が使うものではあったが、今回は目撃者を最小限に抑えると共に、目撃者達の意識を自分から突然発生した濃霧に移すことで次の手を打つまでの時間を稼ぐことができたのだった。
「え・・・霧!?」
「おい、何も見えねえぞ!!」
黒龍の目論見通り、先程まで巨大な龍に驚いていた生徒や教師達は突然発声した濃霧に黒龍から意識を逸らしていった。ただ1人を除いて・・・・・。
『勇吾、今のうちに!』
小声で相棒に合図を送り、勇吾もすぐにそれに答えた。
上着にポケットから透明なビー玉サイズの石を取り出し、それを地上、生徒たちが一番集まっているグランドの方へと投げた。
カッ!!!!
投げられた小石は地面にぶつかる前に空中で強い光を発し、濃霧の世界を漏らすことなく飲み込んでいった。
「黒、飛べ!!」
閃光が周囲を飲み込んだと同時に今度は勇吾が合図を送り、黒龍は両翼を素早く羽ばたかせて再び空へ飛んで行った。霧を出る直前、もう一度を自分達にかけ、彼らは上空へと逃れたのだった。
「あれ・・・・晴れていくよ。」
「何だったんだ・・・?」
「凄い霧だったねぇ~~~!」
彼らが去ると同時に濃霧は晴れていき、元の快晴の空があらわれた。
濃霧から解放された人々は突然発生し、同じように突然消えた霧に困惑していた。だが、彼らの会話の中には濃霧以上の存在のはずだった黒龍の事は一言も出てはこなかった。閃光は人々の間から黒龍に関する記憶だけ綺麗に消し去ったのだった。
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『どうにか切り抜けられたようだな。』
「ああ、お前のおかげ助かった黒。」
到着した途端に一般人に見つかるというアクシデントは、少々荒業ではあったが彼らの記憶、又は精神に干渉することで解決した。本来なら無関係な人たちの記憶や精神を操作するような行為は2人にとってはできるだけ避けたい行為だった。だが、あのままであったら彼ら、特にまだ若い10代の少年少女達をこちら側に間違いなく巻き込んでいた。それはもっと避けるべきことだ。
『それは言わなくていい。今は早く適当な場所に着地して人化しなければな。』
「そうだな。今度は念の為に人のいない郊外に降りた方がいいだろう。さっきのような事が何度もあるとは思えないが・・・・・。」
『あの少年のことだな?あれは何の力も持たない一般人なのは違いないだろう。それにもかかわらず《ステルス》をかけていた俺達を視認する事ができたとなると・・・・。』
「縁か・・・・・。」
一般人にかかわらず自分達の魔法を破った少年――――あのアクシデントの原因について2人は同じ推測に達していた。というより、それしか思いつかなかった。
「着いた途端にこれか・・・。」
『幸か不幸か・・・・。どちらにしても奴らに行き着く可能性は高いだろう。この世界はそういう世界だ。こういう事が起きるとすれば、原因のほとんどは奴らしかないだろう。』
「ああ、そうなると早く拠点を作って調査を始めないとな。」
『あの学校の建っている土地についてもな。」
「ああ・・・・・。」
『・・・・・・・・・。』
「あの学校」つまり先程まで降りていた場所についても気になることがあった。だが、アクシデントによってそれについて考える余裕はなかった。
この世界にい到着してすぐに降ってきた問題に、2人はしばらく黙考しようとしていた。だが、その沈黙はわずか数秒で破られた。
「うおっ!!スッゲェ~~!!」
「『―――っ!?』」
背後、正確には黒龍の尾の方から聞こえた第三者の声に2人は反射的に首を声の主の方へ向ける。
「っ!!お、落ちる!!」
そこには黒龍の尾にしがみ付く少年、たった今、2人が考えていた問題の張本人がいた。
少年はどうにか両手で黒龍の尾にしがみ付いているが、あと少しでも強く揺れたら落ちそうになっていた。
『勇吾!!』
「ちっ・・・・!!」
黒龍はそれなりの速度で飛んでいる。もちろん、乗っている勇吾に負担がかからないよう黒龍の魔法で周囲の物理的な力の作用を軽減させているとはいえ、あの体勢では何時落ちてしまってもおかしくなかった。
勇吾は何もない場所に右手を突っ込み中から身の丈に近いほどの黒い片刃の剣を取り出した。剣と言っても刃の形状から見れば刀に近いが鍔はなく、柄の先には長い鎖が付いていた。
勇吾は剣の鎖を振り回すと、目標目がけて投げた。
「うおっ!?」
鎖は一瞬にして少年に巻きついた。
そして勇吾が勢いよく引っ張ると少年の体は黒龍の尾から離れ、宙を舞いながら勇吾の隣に飛んできた。
「ふう・・・・。」
「び、ビビったぁ~~~~~!」
「それはこっちのセリフだ!!」
ゴツンと、勇吾は少年に拳骨をお見舞いした。加減はしているが、自分の憤りを理解させる分の痛みを与えた。
「どうしてお前がここにいる!!」
漫画だったら四つ角が出ていそうな形相で勇吾は少年に詰め寄った。それを見ていた黒龍は、呆れながらも苦笑していた。
「いや~~~、サプライズ来ないかと思ったら本当に来ちゃうし、本物のドラゴンなんて存在するなんて思わないだろう?しかも喋るし?記念に鱗を数枚ほしいなと思って尻尾につかまった途端飛び出すから思わず両手でしがみ付いたんだよ~~。」
「記念・・・・・。」
『『逆鱗』という言葉は知らないのか?』
勇吾は呆れ、黒龍もつっこんでみた。
「あ・・・・・・!」
「今気づいたのか・・・・・。」
『ある意味・・・大物だな・・・。』
《逆鱗》、書いて字のごとく逆さまの鱗である。龍の顎の下にあるとされ、触れた人間は龍に殺されると言われている中国の著書「韓非子」にある話である。最もこれは韓非子の話の中だけの話ではあるため、黒龍の逆鱗は顎の下ではなく別の場所にあり、触れたとしても人を食い殺すほど怒る事はないのだが、それは少年には知る由のないことである。
『とにかく、一度戻るぞ。』
「うわっ!!」
両翼を強く羽ばたかせ、飛んできたルートをUターンしていった。慣れているのか勇吾は微動だにせずにいられたが少年の方は思わず体勢を崩して横に倒れた。
勇吾はジッと少年の方を睨み続ける。
「・・・・・・。」
「うっ・・・・・・・。」
明らかに不機嫌な目、自分と同世代に見えるにもかかわらず、その視線には十代の少年のものとは思えない威圧感が含まれていた。
今までの人生で感じた事のない微妙な空気に、少年はどうにかして解放されようと、何か話題をふろうとする。
「え・・・えぇと、 とりあえず自己紹介でもし・・・ようか?」
そう言えば相手の名前も聞いてないなと、先に自分から名乗ろうとした。
すると、相手は不意に右手の人差し指を前に出して何もない所を押したり、横にスライドさせるような動作をさせた。
「必要ない。名前は北守慎哉、中学3年の15歳か・・・。」
「えっ!?」
少年、北守慎哉がが名乗るよりも先に、まるで目の前に見えない書類か何かを読み上げるように彼の名前や年齢を喋りだしていった。
もしかして知り合いか?一瞬そう思ったが慎哉の記憶の中には目の前にいる相手に関する情報はない。
『・・・トラブルの連続に苛立つのはわかるが、自分から名乗ろうとしている者の情報を見て先に言うのは失礼だと思うが?』
慎哉が困惑しているのを察したのか、黒龍は厳しい口調で勇吾を窘めた。
すると、さっきまでの微妙な空気が一瞬で変わるのを慎哉は感じた。
「・・・すまない。」
その時の勇吾の顔は親に叱られたような子供の顔をしていた。
その年相応の表情を見て、目の前の少年が自分と変わらない人間なのだと、慎哉は安心感に包まれた。
『悪く思わないでほしい。彼(勇吾)はペースを崩されると軽率な行動に出ることがあるが、悪意があってお前の事を調べた訳ではない。その事だけはわかってほしい。」
「あ、はい!って、調べた?」
声や話し方のせいか、黒龍に話しかけられた慎哉は思わず背筋を伸ばして返事をし、何時の間に自分が調べられたのかと疑問を浮かべた。
『それを説明するには少し時間がかかる。それに俺達もお前について調べることができた。それも含めて後日、いや、できれば早いうちに場所を改めて話し合うということで納得してくれないか?』
「黒!!」
『勇吾、お前もほとんど確信しているのだろ?北守慎哉は当事者だ。そして幸か不幸か俺達と接触することになった。わかるだろう?こうなった以上、俺達に関する記憶を消して今まで通りの日常に戻す方が彼にとってリスクが大きい。』
「・・・・・・・。」
黒龍の言葉に勇吾は反論することができなかった。
彼は「過去の失敗」の事もあって、一般人である慎哉を「こちら側」に巻き込むことを避けたいと思っていた。だが、自分の推測通りだとすればその方が彼にとって危険であるということも理解していたのである。
『中学生だったな?放課後あたりでも会う時間はあるか?』
「あ、それなら大丈夫・・・です。俺帰宅部だし、何時も学校が終わったら時間は余ってます・・・。」
『なら、都合がいいな。放課後、校門の前で待つとしよう。勇吾もそれで構わないな?』
「ああ。」
何だかすごく年上の人と話している気分になり敬語をで返答する。
だが、「校門の前でドラゴンと待ち合わせ?ヤバくね?」と頭の中で現実的じゃない光景を想像してしまう。普通に考えればとんでもない光景だ。
気づくと、黒龍は慎哉の学校の上空で止まっていた。
そしてゆっくりと降下してゆき、人のいない校舎裏で建物に触れないよう注意しながらし止まった。
慎哉は「あとはここから自分で飛び降りろ。」と言われるのかと思ったが、違ったようだ。
「降ろすからつかまってろ!」
「え?」
勇吾は慎哉の左側に並ぶように立ち、右腕でしっかりと体をつかむとそのまま黒龍の背中から地上へ飛び降りた。
「うわあぁ!!」
空中から急降下する感覚に、慎哉は反射的に勇吾の背中を左手でつかんだ。
着地する時の足の衝撃を覚悟したが、彼の両足に衝撃が加わることはなかった。
「ついたぞ。」
「あれ?」
気づいた時には勇吾は手を放していた。明らかに10m近い高さから飛び降りたにもかかわらず着地の衝撃も感じられなかった。
どういう事か聞こうとするが、勇吾はすでに慎哉から離れようとしていた。そのままいなくなるかと思われたが、不意に慎哉の方へ振り返った。
「天雲勇吾だ。」
「え?」
「お前が自己紹介しようといっただろ。天雲勇吾、それがおれの名前だ。歳はお前と同じ15歳だ。」
『俺は黒王、普段は黒と呼ばれている。』
そう言えばそんなことを言いていたなと思い出す。勇吾の方は黒王の口から出ていたのでわかっていたが、黒王の名前は中国語だろうかと思っていた。
「・・・さっきは悪かったな。」
「あ、それなら気にしてないって!」
同い年だと分かったからなのか、慎哉の口調は同級生に話すものに自然に変わっていた。
「じゃあ、待ち合わせは放課後に校門前でいいんだよな?」
「ああ。」
『では、それまでに・・・・。』
「そうだな。じゃあ、またな。」
次の瞬間、慎哉の周りを突風が走って土ぼこりが舞った。
両腕で顔を覆い、突風がおさまるのを待ち、数秒で風はおさまった。
「あ・・・いねえ・・・。」
そこには慎哉以外の人間はおらず、空にはさっきまでいたドラゴン(黒王)の姿もなかった。
「続きは放課後ってことか・・・・・。」
おそらくあの突風は黒王が起こしたもので2人は何処かに飛んで行ったのだろう。
ほんの十数分、わずかな間に起きた出来事に慎哉の心臓は激しく脈打っていた。この興奮はそう簡単には収まりそうにそうにはなかった。
「あ、そういえば・・・・・!」
自分は体育の授業中だったこと思いだし、今は何分かと時間を確かめようとする。すると、タイミングよく校舎からチャイムの音が鳴り響いてきた。
「やば・・・・・・!!」
慌てて走り出す。
考えてみれば授業中なのにもかかわらず十分以上いなくなっていたのだ。あの体育教師は間違いなく怒っているだろうし、親しい同級生も自分を探しているかもしれない。慎哉は夏の日差しに照らされたグランドへ急いで向かっていった。
思ったより長くなった。
次回以降はもう少し短くしていこうかな。
とりあえず毎日1話投稿を目指します。