第285話 生命の母
シャルロネーアの姿が変貌する直前、奴の口から出た2つの名前に俺は聞き覚えがあった。
特に後者の方に関しては、ほんのつい先ほど戦ったばかりのインドラと深い因縁のある龍王の名前だった。
――――『魔龍王』ヴリトラ
その名は「宇宙を塞ぐ者」、「遮る者」という意味を持ち、別称には「アスラの王」、「神々の敵」といったものがあり、その姿は漆黒の大蛇、または龍とされている。
旱魃を起こす悪龍で、死んでも毎年復活するとされその度に軍神インドラに倒されているというのが一般的に知られている話だ。
だが、神話を遡ると、ヴリトラはインドラを殺す為に生み出された復讐の龍という面が浮き出てくる。
遥か昔、インドラを嫌っていた神の1柱は自分の息子を最高神にしようとし、その息子もより高みに上る為に苦行を受けていた。
それを知ったインドラは自分の立場が危うくなるのを怖れ、とある樵に賄賂を渡してその息子の殺害に成功する。
それに怒った父親の神は、インドラを殺す為に火の中からヴリトラを生み出したとされている。
ヴリトラの強大な力の前にインドラは何度か敗北し和平を結ぶことにするが、その和平の条件の隙を突き、聖者の骨から作った神器『ヴァジュラ』でヴリトラを倒すことに成功した。
だが、ヴリトラは何度も復活するのでインドラとヴリトラの戦いは未だに続いているという。
それが『魔龍王』、または『悪龍王』と称されるヴリトラの伝承だ。
最近、ヴリトラが再び復活する兆候が見られるという情報は聞き及んでいたが、シャルロネーアの口からその名が出たのは予想外――いや、インドラを支配下に置いている時点でその可能性はあったが、まさかもう1体の龍王の名と共に出てくるとは思っていなかった。
『フフフフフフ・・・♪』
半人半龍の異形の姿になったシャルロネーアは、時折虚ろな目をしながら俺達を見下ろしていた。
『『『―――その姿!まさか、ティアマト!!』』』
八大龍王の1人、(外観から判断して)難陀は驚愕の声を上げた。
今のシャルロネーアの姿は、奴が変貌する直前に口にしたもう1人の龍王の姿に似ていた。
――――『生命の龍王』ティアマト
その名はシュメール語で「苦い水」、アッカド語では「生命の母」を意味する龍王の中でも間違いなく最古の1人に入る嵐と豊穣を司る女神だ。
神話の中では多くの神々や魔物を生み出した神々の主だったが、権力を欲した神々が反旗を翻したことにより、最後はマルドゥクによって体を引き裂かれて死んだとされている。
だが、それはあくまで神話の中での話だ。
実際は、体を幾つかに引き裂かれはしたが生き延び、神の王座は失いはしたが代わりに龍王の座を手に入れた。
それが俺の中の知識にある情報だ。
確か、夏に凱龍王国に帰省した時に銀洸が見かけたという話は聞いていたが、その後の消息は不明だと・・・ティアマトも『蛇』の手に堕ちていたのか。
《ステータス》で確認してみると、データがバグっていて正確な情報はほとんど得られなかった。
〈――――《神龍武装化》の亜種ともいえる術を行使したようだな。あの女の中からティアマトとヴリトラと思われる気配が感じられる。〉
「おいバカ!ティアマトとヴリトラの支配も解除できないのか!?」
「『ただいま解析中~!』」
まあ、そう都合よくは行かないか。
『フフフフ♪さあ、産まれなさい!』
「「「!?」」」
直後、シャルロネーアの巨体の各所がボコボコと蠢きだし、そこから何体もの魔物が次々に生まれてきた。
生まれてくるものの中には龍に似たものも混ざっている。
全てが邪悪ではないが、中には禍々しい魔力を放つ偉業も複数含まれていて、生み出されたもの全てが自我を失った目をしていた。
『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』』』
『『『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』』』
『貴様!!生命の理にまで愚弄するか!!??』
『フフフ、素晴らしい力でしょう?ティアマトの権能、『生命の根源』!神も龍も生み出すことの出来る生命の創造を可能とする大いなる力よ!さあ、私の愛しい子供達、古き命をこの世から消し去りなさい!』
『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』』』
シャルロネーアの声に呼応し、生み出された魔物達は一斉に俺達に襲い掛かってきた。
そしてシャルロネーア自身も再び攻撃を再開する。
『フフフフ、《全てを憎み焼き尽くす黒炎》!!』
奴の背後から黒い炎が噴き上がって襲い掛かってきた。
あの炎、見るからに呪いの類が織り込まれているな。
「――――斬る!!」
俺は襲い掛かってくる炎の1つを斬り捨てる。
《浄化》の効果があるから、斬る事は可能のようだ。
横では良則が閃拳で魔物達を倒しつつ、迫ってくる炎も跳ね除けている。
だが、次から次へとシャルロネーアの体からは新しい魔物達が生まれ続け、しかもその個々の戦闘力は上級悪魔達にも引けを取らないものばかりだった。
『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』
龍に似た魔物は一斉にブレスを放っていく。
流石に八大龍王に対しては致命傷にはならないが、龍王達も際限なく増え続ける魔物達の前に次第に苦戦し始めている。
『フフフフ・・・♪』
「ワ~オ!ビックリ怪獣が飛んだぜ!」
『ビックリ~!』
シャルロネーアは飛翔し始めた。
全長数百mはある巨体を背中の両翼を羽ばたかせるだけで浮かばせていく、次第にその速度も上がっていく。
その間にも魔物は次々に増えていっている。
『フフフ、2龍王の力を合わせた力を見せてあげるわ。《終焉之大破壊》!!』
そして、シャルロネーアの無差別攻撃が始まった。
全身から特大の光線や雷、竜巻を放っていき、バカコンビの結界で守られている京都だけじゃなく、この世界全体に攻撃し始めた。
「あの野郎!!」
〈暴走はしていないようだが・・・空からもきたぞ!〉
黒い無数の柱が空から降り注ぎ、地上に触れると同時に大爆発を起こして結界を揺らしていく。
奴の手からはインドラの雷撃に匹敵する黒い魔力波動が休む間もなく撃ち続けられている。
あれはもはや人間じゃない!
パズズやインドラと同じ魔王の類だ。
結界が完全に破られる前に倒さないといけない!
「―――良則!」
「何!?」
「一気に攻めるぞ!」
「―――!分かった!」
次から次へと湧いてくる魔物達はとりあえず八大龍王やライ達に任せて俺達は大元のシャルロネーアへと向かう。
『フフフ、この子はどうかしら?』
「邪魔だ!」
何やら触手の塊のような魔物が出てきたが、俺は一刀両断にして良則が閃拳で消す。
その後も呪いの波動や無数の巨大蛇等、ティアマトやヴリトラの力を駆使した攻撃が続く。
「黒!神龍鎧装形態だ!」
〈―――ああ。〉
「アルビオン、僕達もだ!」
〈よし!〉
そして俺と良則は、神龍武装化の神髄のひとつである神龍鎧装形態になる。
「「《神龍鎧装形態》!!」」
鎧の龍の姿になった俺達は、瞬時に音速の壁を越えてシャルロネーアへの攻撃を開始する。
対する向こうも巨体であるにも関わらず、現世の物理法則を無視した動きで俺達の攻撃を避けつつ、音速を越えた黒い衝撃波や閃光を撃ってくる。
だが、俺達はそれを避けようとはせず、埃や虫をはらうように剣と拳で排除しながらシャルロネーアを目指し、奴の尾を掴んだ。
『つかまえた!!《夜斬り》!!』
『なっ・・・キャアアアアアアアア!!』
『《千を超える閃拳》!!』
『アギャアアアアアアアアアアア!!』
それは本来なら俺達の基本攻撃に近いものだったが、姿を変えたことや、纏っている全ての力を自身の力と融合させたこと、そして何より黒の本当の力が解放されたことにより技の威力が飛躍的に上がっていた。
『アアアアアアアアアァァァァァ・・・・!!お前達、絶対に許さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!ぜ全員、永遠に実験動物にしてあげるわあああ!!!』
俺の新生・布都御魂剣(仮称)により尾から胴体を切り裂かれ、良則よって頭部以外の全身を閃拳で串刺しにされたシャルロネーアはついにキレた。
その眼は血走り、見ているだけで狂気が移りそうなものへと変化していた。
『・・・ええ、仰せのままに!!降り注げぇぇぇぇぇ!!《混沌タル災厄ノ暴雨》!!』
禍々しい波動が空一面に放たれていく。
な・・・!バカの結界を越えていってるだと!?
これは《神毒》に近い何かだ。
だが、《神毒》はバカの能力によって無効化されている筈じゃ。
いや待て、この魔力の波動はシャルロネーアの物じゃない!?
〈勇吾!!あの女を介して、《盟主》の力が現世に放出されている!!〉
『『――――!!』』
『創世の蛇』の《盟主》!!
シャルロネーアに加護を与えていたのは分かっていたが、奴を通して直接干渉をしてきたか!
『マズイよ!このままだと、世界中にあの毒―――もっと危険かもしれない毒が降り注いでしまう!それに魔物達の一部が戦わずに外に出ようとしている!!』
『何だと!?』
地上を一瞥すると、魔物の数は既に数万に達しており、一部が京都市外へ出ようとしていた。
よく見れば、シャルロネーアの巨体から零れる血の一滴一滴も魔物になっている。
『フフフフフフアハハハハハハハ!!さあ!!世界がどうなるか、検証しましょおおおおおおお!!』
気がいってやがる!
マズイ、このままだと俺達がシャルロネーアを倒すよりも前に世界中に毒が降り注いでしまう!
流石のバカコンビの結界も、流石に地球全土を覆う事は出来ない。
何より、既に《盟主》の力の一部が結界の外へ漏れ出している。
『――――クソッ!!』
『勇吾!!』
考えるよりも先に、俺はシャルロネーアへの攻撃を続ける。
『邪魔よおおおおおおおおおお!!』
『――――ッ!』
シャルロネーアの口から巨大なブレスが放たれる。
それも一発だけじゃなく、機関銃のように連射してくる。
その間にも、奴からは《盟主》の力が出続け、同時に魔物達が生まれ続けている。
こうなれば、結界も吹っ飛ばすつもりで奴を―――――
「ヤレヤレ、ようやく僕の出番のようだね?」
―――攻撃しようとした瞬間、その声の主は俺達の前に突然現れた。
黄色いマントを身に纏い、その少年は俺とシャルロネーアの間に立ってニッコリと笑みを浮かべた。
「――――初めまして。僕は『黎明の王国』の六星守護臣の1人、ジュード=マクミランといいます。」
そして、戦いは終盤を迎えた。




