第282話 信じる強さ
父さんの姿を目にした直後、俺は迷わず父さんに抱きついた。
「おいおい、15歳にもなって甘えん坊だな?」
「父さん!父さん!」
「・・・よしよし。」
泣き続けた。
とにかく泣き続けた。
8年間、ずっと溜まり続けていたものが一気に外に流れていった。
どれくらい泣き続けたのかはわからない。
気付けば目と鼻がヒリヒリとになり、背中を父さんに摩られていた。
「落ち着いたか?」
「・・・うん。」
父さんの声は凄く温かかった。
聞いているだけで心が温まり、苦痛が和らぐようだった。
ようやく落ち着いた俺は、グチョグチョに汚れた顔を袖で拭い、父さんと向き合いながら口を開いた。
「父さん、俺のせいで・・・」
「バカ息子!」
「痛ッ!」
拳骨をくらった。
「つまらない事で自分を責めるな!お前もそこそこ強くなったのなら、それが下らない事だってことは解ってるだろ?」
「でも・・・!俺は、俺は―――」
その先の言葉は出る事は無かった。
父さんは俺が何を言おうとしているのかを理解しているかのように俺の言葉を遮り、ポンッと俺の肩に手を置き、ただ一言だけ俺に対して呟いた。
「――――信じろ!」
「何を」とは付けなかった。
それは自分で察しろか、または考えろという事なんだろう。
そして俺は考える。
――――父さんは、「何」を信じろと言ってるのか。
仲間を?自分を?未来を?
俺は、結局何も信じていなかったとということなのか?
俺が真面目に熟考していると、父さんは頭を掻きながら「参ったなあ。」とボヤキし始めた。
「・・・思った以上に頭が堅くなってるな?いや、俺がちゃんと教えなかったのが原因か?」
「父さん?」
「いや、言い方が悪かったな。勇吾、お前はもっともっと信じろ!今までよりも!誰よりも!」
今度は両手で肩を叩かれた。
双眸から注がれる視線は凄く熱く、忘れていた何かを思い出しそうになった。
――――もっともっと信じろ!
それは、俺の信じる力が足りないという事なのか。
不意に俺はあの瞬間を思い出した。
父さんが殺されたあの日、言いつけを破って結界を越えて神域に入った直後、そこで俺は父さんが血塗れの姿で『創世の蛇』の2人に苦戦する姿を目にしてしまった。
その瞬間まで、俺にとって父さんは誰も負けないヒーロー、どんな相手だろうと絶対に勝つ憧れの存在だった。
幼かった故に、当時の俺は何所にでもいる子供と同じ井の中の蛙だったのだろう。
だけど、だからこそあの瞬間、俺はそれまでに信じていた物が脆く崩れてしまう衝撃に襲われた。
――――父さんは、最強でもヒーローでもないのかもしれない。
無意識の内に、心の奥でそんな言葉を思っていたのかもしれない。
だからこそ、俺はあの時に思わず愚行に走ってしまった・・・・・・。
俺は再び熟考する。
俺は今までだって黒や良則達、仲間達を信じていたつもりだ。
だけどそれは、全部ではなく一部だったのではないか?
父さんが殺された時の記憶で何処か臆病になり、ある一線以上は信じられなくなったのではないか?
仲間も――――自分自身さえも――――。
「・・・だから俺は、何時になっても自分を責めていたのか。」
あの日から俺は無駄に過信する事は無くなったが、同時に丈や嘗ての俺みたいに熱くなるほど誰かを信じる事が出来なくなった。
それ故、俺は敵の策略に嵌ったり危機に瀕してしまうと自分を責めてしまう癖が身に付いてしまったんだ。
「ようやく自覚できたようだな?」
「・・・うん。」
俺は只頷くしかできなかった。
自覚する事は出来た。
だけど、自覚できただけでそれをどう克服すればいいのか分からない。
「まあ、自覚できたからって今すぐにどうこうできる問題でもないな。だけど、お前の仲間は今もお前のことを信じ続けているぞ?それもかなり!聞いてみるか?」
「え?」
すると、何所からともなく俺のよく知る声が聞こえてきた。
――――ククククク・・・!!時は来たれり!さあ、汝もその力を存分に発揮せよ!マイ・オールド・プレイメ・・・(プツンッ!)
「・・・悪い。変なのの頭の中を繋いでしまった。」
「気にしなくていいよ。父さん。」
「こっちのは大丈夫だ!」
――――・・・なの有り得ねえよ!勇吾は主人公体質だから、ボスキャラに追い詰められたら覚醒したりチートやっちまうような奴なんだよ!お前ら、運無さすぎ♪
これはトレンツの声だ。
戦っている敵に対して俺の事を話しているような。
しかし、「主人公体質」に「覚醒」、さらに「チート」とかって飛躍しすぎじゃないか?
それはどちらかというと良則やバカの方だろ?
――――・・・丈夫よ!あのヘタレバカとはオムツをしてた時からの付き合いなのよ!その私が言うんだからアイツは放っておいても死なないわ!仮に死んでも復活するわよ!常識でしょ!
リサ、どんな常識で言っているんだお前は?
俺だって人間なんだから死んだらそのまま死ぬに決まっているだろ。
死んでも死なないのはバカくらいだ。
――――アレもバカなのよ!!
強調するな!!
――――・・・てるよ。勇吾が僕のことをそんな風に見ているっているのは・・・けど、勇吾はそれでも僕の幼馴染で最高の仲間の1人なんだ。そんな彼が、お前達になんかに殺されたりなんかしないんだよ!!
――――あの者の器を計り違えるとはな。先代の幹部と比べ、当代は随分と高が知れているようだな?
今度は良則とアルビオンだ。
あいつ、やっぱり俺が苦手にしている事に、避けている事に気付いていたのか。
それを知っても尚・・・それにアルビオンも、俺の事をかなり買っているようだけど、俺は良則と比べたら・・・
――――・・・クッ!な~にが殺しただ!!勇吾はお前らなんかに殺せるほど弱くないんだよ!!俺達の修業
を陰で見ながら自分にも厳しい修業を科して毎日パワーアップしているんだぜ!!なあ、冬弥?
――――ああ、神を一刀両断で瞬殺するようなチート系だぞ?そんな奴を殺すなら、堕天使1匹じゃなくて大魔王や魔神も一緒に合体してこいよ!!ついでに不老不死にでもなって!!
慎哉は兎も角、冬弥は何を敵に要求しているんだ?
知らないようだが、俺達の業界では『大魔王』と呼んでいいのはあの男だけだ。
それと合体なんてしようものなら、世界が1つか2つ滅びかねない。
この世界を滅ぼしかねない発言はするな!
そしてその後もみんなの声が聞こえてくる、
ミレーナ、晴翔、銀洸・・は飛ばして、アルバスやレアンデル、翠龍達の声も聞こえてきた。
――――勇吾、お前は一歩を踏むキッカケが無いだけで、既にその器は大吾や俺を越えようとしている。だから俺は助けには行かない。過去との決着はお前達でつけてこい!
――――勇ちゃん、取り敢えず洗濯物を増やさないで勝ってね♪
お祖母ちゃん・・・それが今考えること?
そして最後に聞こえてきたのは、今まで聞こえてきた誰の声よりも何処か眠そうな声だった。
――――・・・お兄ちゃん、今何やってるのかな?
それは俺を兄と慕っている義弟の声だった。
時間から考えて、今から寝ようとしているようだ。
――――そうね。悪い人と戦っているかもね。ロトは勇吾のことが心配?
――――ううん!お兄ちゃんはヒーローだから悪い人には絶対に負けないんだ!僕を助けた時だって、いっぱい痛くても勝ったもん!だから絶対大丈夫だよ!お兄ちゃんはカッコいいもん!
「―――――ッ!!」
「まるで小さい頃のお前みたいだな?」
全身が大きく震えた。
そうだ。
ロトにとって俺は、小さい頃の俺が憧れた父さんと同じなんだ。
「父さんだって最初から強かった訳じゃない。だけど、お前の母さんと出会って、お前達が生まれてと、大事な人ができる度に「強くなる!」って決めたんだ。「強くなりたい」じゃなく「強くなる」とな。周囲からもいろいろ期待されたし、それがプレッシャーになった事だってある。あのバカとも幼馴染だったせいで、「自分は違う」と劣等感を感じた事もあるし、挫折も一度や二度じゃない。それでも、ただ純粋に「信じてる」って思われるだけで俺は何度も立ち上がることが出来た。勇吾、お前はどうなんだ?」
「俺は・・・・」
「あの『黒の神龍』と契約した時、お前は何度も大怪我をして倒れたな。それでもしつこく挑んだのは何故だ?俺が死んだのが自分のせいだという自責の念があったからか?」
「それは違う!!あの時の俺は自分を変えたくて!一歩を踏み出したくて・・・!」
「ああ、そして前に進めたんだよな。」
父さんは優しい笑みを浮かべながら俺を見下ろす。
そうだあの時、黒と契約した事で俺は外に飛び出す勇気を、自信を得る事が出来たんだ。
――――契約者よ、この契りは所詮は飾りに過ぎず仮初のものでしかない。だが、お前が自身の闇を光に変えることが出来た時、真の契約が結ばれるだろう。
あの時、黒は俺にそう言った。
当時10歳だった俺はその意味を理解できなかったが、今は何となく解る気がする。
「お前は凄いよ。勇吾。」
「――――ッ!!」
「天神雷鳥、ネレウス、ジルニトラ、神龍だけでなく3柱の神とその歳で契約するなんて常識の範疇を越えている。普通や、普通をちょっと超えた奴らなら何度も生死の境を彷徨った末に心が折れてしまう。分かり易い例えを上げるなら、汐南や鈴音が龍王か神龍と契約し、その後にあのアフロディーテやヘラと契約したらどう思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・世界征服できそうだな。」
鬼に金棒どころの話じゃないと思う。
特に汐南姉ちゃんの場合、元々肉食系と言うか、気分次第で魔王だろうと邪神だろうと尻に敷きそうな気がするし、容易に想像できる分怖い。
「それ、周りがお前に大して思っている事と何等変わらないんだぞ?」
「あ・・・!」
「それでもお前は、自分をもっと信じられないとウジウジ悩んでいるのか?お前は、自分が駄目な人間だとまだ思うのか?」
「・・・・・・。」
「さっき聞いたお前の仲間達の声、あれを聞いてお前は皆をもっと信じる事がまだできないでいるのか?」
ゆっくりと、本当にゆっくりとだが俺の心の奥で何かが変わろうとしていた。
過去の忌まわしい記憶、皮肉だけどその記憶のお蔭で俺はここまで辿り着けたし、まだ先に行けると・・・いや、今は行ってやると思えてきた。
仲間の声もそれを後押ししてくれているようだ。
そういえば、皆も俺と同じようにあの女の攻撃を受けたのにも拘らずまだ立ち上がっているんだな?
特に慎哉や冬弥、晴翔達は実戦経験も浅いし上に強敵との連戦なのに心が全然折れようともしていない。
地上から見上げている親戚連中は尻もちをついているというのに逞し過ぎる奴らだ。
ああ、そうか。
「―――俺を信じてくれる人達は、俺がヘマした位で死ぬようなタマじゃないんだな。父さんも。」
言い換えれば、俺はちょっとヘマした位で誰かを死なせるようなタマでもないってことだ。
ようやく、本当に今更だというくらいようやく気付いた瞬間、俺の中に巣くっていた深い闇はその中心から光に変化していった。
それは最早忌むべきものではなく、誇るべきものへと変化していった。
あの過去は俺が父さんを死なせた罪の記憶ではなく、父さんが俺をカッコよく護り通した英雄譚なんだ。
そしてそれに気付いた直後、周囲の光景は眩い光に包まれた。
――――ようやく、真の契約を結べる時が来たな。




