第278話 父の仇
――勇吾サイド――
――――シャルロネーア
あの日から8年、俺はいろんな場所でその名を聞いてきた。
『創世の蛇』の幹部「ジェネラーレ」の1人で、序列は第4位、研究・開発部門の総責任者で様々な実験を行い新技術を発明していく優秀な頭脳。
あらゆる異世界から集めた知識や技術を応用し、神や悪魔も恐れない狂気の女。
だが、己の欲望の為にはどんな犠牲も厭わず、実験の度に多くの血を流し、時には神も悪魔も殺す歩く災厄。
そして、俺の父さんを殺した実行犯の1人。
『――――インドラとシヴァは上手く討滅できたようだけど、次はどうかしら?』
新たに現れた複数の龍が襲い掛かってくる中、俺の視線はシャルロネーアに集中していた。
爆発しそうになる感情を抑え込み、今ここであの女を倒せるかどうか冷静に分析する。
ステータス情報も確認する。
圧倒的なスペック、いや、良則の兄達と比較すれば多少は見劣りするかもしれないが、今の奴にはどうやら《盟主》の加護があるようだ。
そして堕天使化。
『幻魔師』と同じで、契約している堕天使を自身に宿しているんだろう。
契約している堕天使の名は『神に閉じ込められた』、一説によればソロモン王が使役していたとされ、月と南方を司る皇帝とも呼ばれ、200の大公爵と400の小公爵を従えるとされている。
あの女程のレベルなら、契約しているカスピエルだけでなく、その配下の者達も同時に使役する事が可能だと考えるべきだ。
インドラやシヴァだけでなく、龍王クラスの龍族さえも操る女だ。
爵位級悪魔の使役も可能だろう。
『あら?私ばかりに気を取られていたら死ぬわよ、坊や?』
「―――――ッ!」
俺は思考を途中であの女から周囲に戻し、口を広げて俺を飲み込もうとする巨龍の攻撃を避けた。
悔しいが、この状況で奴を倒すのは難しいだろう。
それに、この下にはお祖父ちゃん達がいる。
バカの結界に守られているとはいえ油断はできない。
感情に流されて大事な人を失ってたまるか!!
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
〈―――勇吾!〉
「ああ!!」
俺はシャルロネーアよりも目の前の巨龍を倒す事を優先した。
この巨龍、発している力の質からして龍神クラスの可能性がある。
黒に加護を与えている龍神よりは神格が低そうだが、それでも並大抵の相手ではないのは確かだ。
加えた横には八大龍王がいる。
元は古代インドに住んでいた龍族、「ナーガ氏族」の中の8人の龍王だが、直接その姿を見るのは初めてだ。
しかも操られているなど・・・・。
それに、他にも龍族らしき姿がちらほら・・・バカ龍王は「ムシュマッヘ」とか言ったが、あれは確かマルドゥクに・・・。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「クソッ!!」
〈やはり・・・俺も直接会うのは初めてだが、奴は日本の龍神の1柱、闇御津羽神で間違いないだろう。〉
「―――――!」
外見から何柱か予想はしていたが、やはりそうか。
闇御津羽神、古事記や日本書紀の中でイザナギが迦具土神を殺した際に誕生した神の1柱だ。
龍神であると同時に水神でもある。
水神と言えば、ナーガ氏族もだったな。
バカは大丈夫か?
『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』』』
「キャ~~~!!タ~スケテ~~~!!」
『丈~~!!戦うんだ丈~~~!!』
向こうは全然余裕のようだな。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「おっと!」
〈―――勇吾、遠くでトレンツ達が交戦状態に入った。相手は異世界人が複数だ。〉
「何!?」
シャルロネーアや龍達の気配が充満しているせいか、俺は気付けなかった。
確かに、遠くであいつらが戦っている気配がする。
あの女の部下か、借りてきた戦力といったところだろう。
あいつらの加勢は期待できそうにないか。
「《夜斬り》!!」
闇御津羽神に斬りかかるが、全身の鱗が予想以上に硬くてほとんどダメージが見られない。
物理攻撃がダメなら、ここはライを・・・
『《ミスティトルネード》♪』
「!!」
『私の方も忘れてはダメよ?』
シャルロネーアも攻撃してきた。
当然だ。
あの女も力を解放している以上、俺達に攻撃してこない訳がない。
『危ないな~!あ、《ドラゴンクロー》!』
『ギャオ!?』
「危ないオバサンには天罰!《ジャッジメント・バニッシュ・アロー》×1000!!」
『あら?』
バカどもは放置して問題ないな。
というか、既に1体沈めている。
「《サウザンド》!!」
『――――ッ!?』
バカの攻撃を軽く防いだシャルロネーアに、光の雨が襲いかかった。
「良則!」
「ゴメン!遅くなった!」
さっきシヴァを倒したばかりの良則が合流した。
そういえば、シヴァを倒してから結構ーーといっても2、3分だがーー経つが、良則も『蛇』の刺客に襲われたのか?
「シヴァの使っていた神器を回収してたら、ナーガに襲われたんだ。こっちにも沢山いるみたいだけど・・・」
「そうか、まだ他にもいたか。」
〈違う氏族とはいえ、同じ龍族を操られているのは見るに耐えられない。勇吾、早くあの者達を解放させるぞ。〉
「ああ、勿論だ!」
〈良則――――。〉
「うん!」
スイスでのウィルバー戦以来の良則とのタッグか。
正直こいつは今でも苦手だが、一緒に戦うのは悪くないな。
と、そこに心強い仲間達が到着した。
『『勇吾!ヨッシー!』』
双子の白狼が俺達の横に着地した。
「慎哉!冬弥!」
「へえ、これが慎哉の《白狼化》か。冬弥と瓜二つだね。」
『加勢に来たぞ!』
元気のいい奴だな。
気のせいか、纏っている気が良くなっている。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
『フフフフ、随分と余裕ね?《ウインドカッター》♪』
暢気に話している暇はなさそうだが、そこに新たな加勢が加わり、それはシャルロネーアと闇御津羽神に襲いかかった。
『《狼神之暴風雪》!!』
巨大な、それこそインドラの雷撃と同規模の威力を持った、周囲の大気中にある全ての水分を一瞬で凍らせる冷気の塊だった。
そして直後、慎哉と冬弥によく似た、それでいて龍神である闇御津羽神よりも強い神性を放つ神が俺達の前に降り立った。
「うわあ。」
「ホロケウカムイ!」
〈この京の地だからこそ叶う加勢だな。〉
黒の言うとおりだ。
地球上でも数少ない、神が顕現して現世に干渉できる土地がここ京都だ。
例えそれが異教の神だとしても、この京都の地でなら限定的にとはいえ、直接干渉ができる。
それは敵も同じだが。
『あら?始祖神の1柱が出てくるなんて光栄ね?私に何か用かしら?』
『・・・何もせず、大人しく去るのなら手出しをするつもりはなかったが、ここまでのことをされた以上、見逃す訳にはいかない。』
『フフフフ、面白いわ。《盟主》から授かったコレが貴方にも効くかどうか検証させてもらうわ♪』
シャルロネーアは新しい玩具が手に入ったかのように笑みを浮かべていた。
あの時と同じだ。
あの悪寒のする笑み、あの女は父さんを殺したあの時もあの笑みを浮かべながら父さんが殺されるのを見下ろしていた。
――――「あの男」が、父さんに止めを刺したあの時も・・・




