第268話 嵐の始まり
遅くなりました。
――勇吾サイド――
時は少し遡って、俺が九条家の屋敷を出ようとするのを再従兄弟達のしつこい妨害を受け、それをお手伝いのお婆さんに面白がられていた時だった。
俺のPSTの着信音が鳴り、背後の雑音を無視して電話に出ると、物凄く慌てた口調の女性の声が聞こえてきた。
『もしもし!!』
「その声、七海か。どうした?」
電話の相手は名古屋にいる二村七海、予知能力を持つ地元の養護施設で暮らす少女からだった。
『さっき、突然未来が視えたの!!』
普段は口数が少ない七海が、まるで別人かと思うほど慌てた声で話しかけてきた。
彼女の能力は『一週間以内に発生する回避可能な不幸等を予知する』というものだ。
これには俺も何度か世話になっていて、横浜での《大罪獣》の事件を始め、多くの事故や事件を未然に防ぐ事ができている。
ただ、先月の「廃墟の闇露天商事件」では桜ヶ丘の件も含め、ファルコ=バルトとの決戦を事前に予知する事は出来なかった。
これは後で判明した事だが、七海の能力は本人のレベルの高さによって性能が大きく左右し、予知する事象に神格を持つ者が関わっている場合、どうしても直前に視えるか、または予知自体が不可能になるとのことだ。
考えてみれば当然だが、神の動きを何日も前から予知できたら、それは最早神の所業に近い。
横浜の件でも、『幻魔師』カースが『堕天使ルシファー』を宿していた事から予知が直前になり、先日の事件に至っては何柱もの神が関わっていたので予知自体ができなかったのだ。
「―――何が視えた?」
『きょ、京都の街が無くなって・・・!!』
「落ち着け、ゆっくり話すんだ。」
「ちょっと!こっちの話も聞きなさい!!」
「五月蠅い!馬鹿娘!!」
「なっ・・・・!!」
「すまない、こっちの話だ。詳細を話してくれ。」
五月蠅い再従兄弟を黙らせ、俺は七海の予知の内容を聞き始めた。
『―――最初に京都の街の中と、郊外辺りの方に何本もの雷が落ちたんです。そして、突然空が雲に覆われたと思ったら一気に暴風雨で荒れだしたんです。』
(嵐の神格・・・!)
『その後は・・ハッキリしなかったんですが、街が燃えたり竜巻が沢山発生して大変な事になって、最後
は何も残らなかったんです。多分、時間はそんなにかからなかった・・・。ど、どうしよう・・・!?』
電話の向こう側から七海がおびえているのが伝わってくる。
京都が壊滅する・・・!?
正直、それは本当に予想外の予知内容だった。
ここ京都は古来より特殊な地、東西南北を四神に守護された特殊な土地であり、本来は現世に干渉できない神々が顕現する事ができるこの世界でも数少ない土地だ。
故に、例え異国の神が攻めてきたとしても普段なら傍観するだけの現地の神々も直接動いて対処が可能になる訳だが、にも拘らず七海の予知では京都は壊滅している。
「・・・他には何か視えたか?」
もっと情報が欲しい。
俺は七海に更なる情報を求めた。
『え・・・と、そういえば、京都の周りを黒い何かが囲んでいて気が・・・・』
「結界か・・・。」
可能性として一番に考えられるのは神封じの結界――――。
事態に対処しようとする京都にいる神々を封じる強力な結界か何か、またはこれから顕現する神を無理矢理強化するか暴走させるといったところか。
どちらにしろ、敵がこちらに対して切り札を有しているのは間違いないだろう。
「分かった。今丁度京都にいるからすぐに対処する。お前達はくれぐれも無茶な行動はするな。また何かあったら俺か良則に連絡をくれ。」
『・・・はい。』
通話はそこで終わった。
俺は10秒ほど思考を巡らせ、これから起きる最悪のシナリオを推測する。
七海の予知によれば、異変発生から京都壊滅までの時間は長くはない。
なら、対処できるのは異変発生時に現地にいる者だけということになる。
もし、俺が七海から予知を知らされずにいたら迷わず京都を出て帰宅し、自宅で異変を知ることになっていたはずだ。
そして京都全体を結界らしきもので囲われているという事は、外部からの侵入が出来ない状況になってしまうということだ。
この京都を一時でも外界から隔離するとなると、相当な力が必要となる。
ならば、今回の黒幕は相当な力を持つ者、『幻魔師』か、それとも―――――いや待て、確かあの時の結界は・・・。
・・・今は考えるよりも前に動く方が先だ。
「ちょっと、聞いているんですか!?」
「――――失礼する。」
俺は再従兄弟達の声を無視して今度こそ九条家を後にした。
そして、異変が発生する前に戦力を集める為に動いた。
「――――おい馬鹿!今すぐこっちに来い!」
『え~~~~?』
・
・
・
「そして俺はやってきた!!決戦の地、京都に!!」
『キタ~~~~~!!』
「五月蠅いバカコンビ!!」
人選ミスだったか?
いや、今現在、日本で一番時空関係の能力で秀でているのはこのバカコンビだけだ。
俺の推測が当たっているなら、バカコンビなら敵の一手を封じる事ができる。
おそらく、外部からは無理だろうが内部からなら可能な筈だ。
「――――と言う訳だ。良則達は既に別の場所で待機している。後はお前達2人が上手くやってくれれば、取り敢えず最初の予知は回避できるはずだ。」
「オッケ~♪」
『龍王クオリィティにお任せ~♪』
『「・・・・・・。」』
俺と黒はこれ以上はバカの声を聞かない事にした。
俺は今、黒に乗って京都上空にいる。
隣には急いで呼び寄せたバカとバカ龍王が浮遊しており、既に起きている異変に対処してもらっている。
「ピ~~~~!解析完了シマシタ!」
『対象ノ術式ノ強制排除ヲ開始シマス!』
『「・・・・・・・・・(ギロッ!)。」』
『「開始シマス!」』
ロボ芸をするバカコンビを睨みつけ、さっさ始めろと脅す。
バカコンビはふざけた芸を続けつつ、京都とその周辺の空間全体に自分達の魔力の波動を放った。
『「《術式超強制解除》!!」』
――――パリンッ!
直後、何所かでガラスが割れるような音が聞こえた。
そして同時に、京都全体の空間が一瞬だけ歪み、かと思ったらさっきまで無かった途轍もない神性の気配が爆発的に発生した。
「――――クッ!!」
『推測が的中したな。2ケ月前のフェラン=エストラーダの一件で使用された術式、《|霧深き夢幻世界
(ミスティファンタズマ)》、それに類似した結界が既に京都全体に張られていたようだ。』
「ああ、おそらく今度は神さえも騙すほどのレベルに改良されているものだ。前のは堂々と視認可能な濃霧が発生していたが、今回のは不可視の霧か何かを利用したものだろう。七海の予知がなければ手遅れに
なっていた処だ。」
そう、京都には既に敵の罠が張られていた。
2ケ月前の北海道の事件で使用された、フェランが開発しカースが使用した結界《霧深き夢幻世界》、
あれはかなりよくできた厄介な結界で、その効果は「結界内で起きている事象は一般人には感知
されない。」、「電子機器にも記録されない。」、「探知系魔法の妨害」、「術者達の隠蔽」、「結界内の空間の分断」等がある。
おそらくだが、今回のは以前の改良版で、最初の効果も含め“一般人”ではなく“神”を対象に特化させておき、元から警戒していた神々の不意を突き、神々が顕現しても分断させたりしたのだろう。
だからこそ、七海の予知では神々が待ち構えていたにも拘らず京都の街が壊滅する結果となってしまったのだ。
『術者発見!術者発見!』
「術者逃亡開始!攻撃ヲ開始シマス!ピ~!」
「・・・お前らも何時までその芸をしているんだ?」
「標的捕捉完了!」
『攻撃!《銀閃之断罪咆哮砲》!!』
次の瞬間、地上にいる人間には決して認識されない大爆発が京都で発生した。
標的以外には虫一匹も殺さないその爆発は、某SF映画の隕石衝突シーンを彷彿させ、標的となった者が生きているのが怪しいとさえ思わされた。
龍族の頂点に立つ龍王、その1人の容赦の無い断罪の咆哮によってこの結界の術者は今回最初の退場者となったのだった。
『「命中♪」』
「いい加減にしろ!!」
俺はバカコンビを殴り飛ばした。
いい加減、その芸には苛立ちしか感じられない。
おいバカ、何が「痛~い!」だ。
『――――勇吾、来るぞ。市街北西と市内北北東だ。』
黒の声に、俺はすぐさま周囲の索敵を開始する。
敵の結界が破られた事により、地上の龍脈の異常が空からもハッキリと感知する事ができるようになった。
龍脈を通して大量の魔力が地上2ヶ所に集中していき、間もなく強大な神格が顕現しようとしていた。
「特定した!場所は京都帝釈天と妙円寺――松ヶ崎大黒天だ!おいバカ、結界の方は頼んだぞ!!」
『「イエス!マム!」』
ネタを変えてきたか・・・。
俺はバカの芸を無視し、《念話》で別の場所で待機している良則達と連絡を取りながら黒と共に移動を開始した。
そしてその数分の間に京都上空はさっきまでの晴天が嘘のように暗雲に包まれてゆき、さらに1分後、市内と市街の2ヶ所に轟音と共に落雷が発生したのを合図に京の都は季節外れの大嵐に襲われ始めたのだった。
そして、落雷が発生した場所で、嵐の神格を持つインド最強の軍神と破壊神が顕現を開始した。
――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




