第266話 2日目の夜
――神奈川県横浜市 芦垣組(蒼空サイド)――
俺が勇吾から連絡を受けたのは、下校後一旦家に戻ってからすぐに芦垣組の本家へと向かい、何時も通りに注文の品を渡した直後の事だった。
縁側で最近妙に懐かれてしまった組長の長男(生後6ヶ月)の相手をしていると、着信音と共に目の前にPSが展開した。
「どうした?」
『蒼空、急ぎで調べてほしいことがある!』
「またか・・・今度は何だ?」
勇吾の表情から、重要な案件である事はすぐに察する事が出来た。
フウ、最早慣れてしまった事だが、今日も裏方で働く事になりそうだ。
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――凱龍王国 某拘置施設(剛則サイド)――
今日もケチな犯罪者を逮捕して報告を終え、今日はもう問題なく仕事を終えられるかと思った矢先、弟の幼馴染から連絡が入り、可能な限り急いで調べて欲しいことがあると言ってきた。
話を聞くと、約2ケ月前に逮捕した被告、フェラン=エストラーダから10年前の実験の内容について再度取り調べしてほしいとの事だった。
フェランの事件については1ヶ月以上の余罪の調査の末に半月ほど前からようやく裁判が始まったばかりだ。
そんな最中での取り調べの要求、詳しく訊くと確かにもう一度話を聞く必要があった。
そして、俺は直属の部下を連れて首都郊外にある拘置施設を訪れ、手続きを済ませた後にフェランの取り調べを始めた。
「・・・・・・。」
「――――何度も訊かれたと思うがもう一度訊く。10年前の実験の詳細を話せ、フェラン=エストラーダ。」
「・・・・・・。」
机を挟んで俺の向かいに座る少年は、一環として沈黙を通していた。
だが、それは話す気がないとか隠したいという理由から来る沈黙でないことは奴の表情からすぐに理解できた。
おそらく、知っていて言わないのではなく、知らないから言えないのだろう。
「・・・俺が行った実験内容は前に話したのが全てだ。それ以外で類似した事が起きているとすれば、それは模倣犯か、全く関係の無い事件ということになる。」
声変わりの始まっていない高めの声でフェランは額に一筋の汗を流しながら語り始めた。
嘘は言っていないだろう。
現に、コイツが行った10年前の実験の被験者が誰なのかは既にコイツの口から聞きだし、既に裏付けも取ってある。
機密情報なので王族とはいえ弟達にも話してはおらず。当然弟の幼馴染達もまだ知らない。
最も、勘の良い弟の事だからそろそろ勘付き始めている筈だろう。
なにせ、10年前に引き離された双子の片割れとは、既に弟達の面識があるどころか仲間の1人となっている。
「――――質問を変えよう。もし仮に、お前の真似事をする者がいるとして、そいつに心当たりはあるのか?」
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――京都市 九条家(勇吾サイド)――
日が沈んで夜になった。
剛則に頼んだフェランへの聴取の報告はまた来ておらず、もう少し待たないといけないようだ。
それにしても、この世界に来てからというものの、俺の行く先々で問題が起きるのはもう何かの因果があるとしか考えられない。
慎哉の件といい、アンドラスから始まった桜ヶ丘の件、十種神宝の回収から始まった『黎明の王国』の件、横浜での件、瑛介の件、スイスでの救出作戦の件、この数ヶ月間に俺達が関わった事件を改めて振り返ると、その遭遇率は異常としか考えられない。
何所の漫画の主人公だとツッコみたくもなるトラブル続きだ。
しかも、始まりは何時だったのかと考えれば30年以上も遡る事になる。
その全てに関わっているのが『創世の蛇』、俺はまるで奴らが予め用意していた運命のレールの上を走らされているのではないだろうか?
時々、そういう不安を感じる時がわる。
奴らの事を考えれば考えすぎということはないだろう。
奴らは平然と他者の運命さえも自らの駒として利用し、最後は残酷に斬り捨てている。
もし、俺が今まで進んできた道が奴らの用意した道筋だというのなら、それを壊す事こそが奴らの《盟主》の陰謀を止める事に繋がるだろう。
今は、そう信じて前に進むしかない。
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「・・・で、この一族は馬鹿なのか?」
「勇吾、それは本当に今更の話だから口に出さなくてもいい。」
夜になり、九条家の屋敷には誰が呼んだのか親戚一同が集まってきていた。
6年前の遺産相続問題の件を根に持っているのか、会って早々に俺や祖父母を睨んできた。
皆、それぞれの業界ではそれなりに名を馳せている者達だというのに、こういう私的な場面だとどうにもそうな見えない。
ハッキリ言って、残念な連中だ。
「じゃあ、俺は忙しいのでこれで失礼します。後は大人同士でどうぞごゆっくり。」
「ああ、道中(敵襲には)気をつけてな。」
「はい。お祖父さんも程々に。」
「おい!待・・・」
「失礼します。」
「「「―――――!」」」
頭を下げてから退室する。
その際、親戚連中の顔を一瞥すると嫌な目ではなく逆にビクッとおびえたような顔をしていた。
その事を頼んでもいないのに付き添ってくれた家政婦のお婆さんに訊いてみると・・・
「ほほほ、旦那様方は勇吾坊ちゃんが亡き大旦那様にあまりに似ておられるのでビックリなされておられるのですよ♪特に旦那様は大旦那様に頭が上がらなかったので特に動揺されたようですね。ホホホホホホ・・・♪」
「そ、そうなんですか。」
なんだかこのお婆さんは苦手な感じがする。
俺は適当に世間話をしながら玄関に向かい、靴を履いて屋敷を出ようとした。
すると、俺を呼び止める声があった。
「待ちなさい!」
「今日はお世話になりました。」
「いえいえ、何時でもいらっしゃってください。」
「だから待ちなさい!!」
面倒なことになりそうだから黙って帰る。
剛則からの連絡も待たないといけないからな。
「淑子さんも見てないで彼を止めてください!」
「ほほほほほ♪」
さてと、もう夜の7時か。
夕飯はどうするかな?
一応、良則達にも連絡をしてみるか?
「お姉ちゃん、声こっちにも聞こえてるよ?」
そこへ亮介にそっくりな大輝がその他大勢を引き連れてやってきた。
俺はさっさと屋敷から出ようとするが、一度だけ騒いでいる再従兄弟達を一瞥した瞬間、本日何度目かの驚愕に襲われた。
「おい!ママ達が言っていた九条家の面汚し一家とはお前か!?」
(・・・渉!?)
名古屋組の加藤渉に瓜二つの少年が俺に指を差しながら叫んでいた。
・・・おい、これはもう『蛇』じゃなくてどっかの運命系の神か何かが仕組んでるんじゃないか!?
または北欧のロキかギリシャのヘルメス当たりの奴が!?
そして、事態が大きく動いたのはその直後、俺のPSTに名古屋から電話がかかってきたことから“それ”は始まったのだった。
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――京都市 京都ASUKAホテル屋上(慎哉サイド)――
体験学習を終えてホテルに戻った俺は夕食を済ませてすぐにホテルの屋上に来ていた。
夕食後は消灯までは基本的に自由時間だから、街に出ない限りは単独行動も問題なしなんだ。
それに加え、何やら教師陣が――日程の大幅な変更がどうとか言ってた――緊急会議を始めるとかで早々にいなくなったから教師の目を気にする心配もなくなった。
そんな訳で俺は屋上で待っている・・・の所へやってきた。
「―――――来たか。」
「・・・え~と。」
屋上で待っていたのは冬弥ではなく、『白狼』ホロケウカムイだった。
冬弥はあの高速道路で起きた車両火災事故の足止めのせいで修学旅行そのものの予定が狂ってしまい、ついさっきホテルに到着したばかりだ。
今頃は精神的にクタクタになりながら夕食に向かっているはずだ。
それはさておき、俺は今、神様兼父親3号と対面している。
「え~と、食事はもう済んだんですか?」
「1食くらいなら摂らなくても問題ない。元より、神は現世の物を食べなくても生きていられる。」
「そう、ですか。」
何故か敬語になってしまう俺。
最初に会った時は俺のそっくりさん程度にしか考えていなかったけど、時間が経って事実を冷静に受け止められるようになると何故か緊張してしまう。
特に今日の俺の覚醒騒動、あの直後から俺は冬弥と同じかそれ以上にこの神との繋がりを深く感じていた。
これが血を感じるってヤツか――――いや、それ以前から俺は、目の前にいるこの神を・・・
「・・・横に座ってもいいですか?」
「ああ。」
そっけない返事だったが、何故か不思議と心が落ち着く声だった。
俺は横に座ると、次に何を話せばいいのか迷いながら屋上から夜景を眺めていた。
古都と呼ばれながらも現代の明かりに彩られた夜景を眺めていると、あの日から避けていた事を何時の間にか考え出していた。
そして思わず呟いてしまった。
「・・・・・・父さん。」
「――――――。」




