第261話 襲撃
――高速道路 奈良・京都県境付近――
バスの運転手はいち早く爆発に気付き、慌てずにゆっくりと速度を落として停車した。
前後の車両との車間が十分に開いていたお陰で事故もなく停車できたようだ。
「爆発だ!」
「事故!?」
みんな窓を開けて外の様子を見ようとし、それを校長達が諫める。
だけど俺は周りの声よりも、爆発現場の方から聞こえてくる鳴き声に気をとられていた。
『――――ルオオオオオオオオオオ!!』
どう考えても動物の鳴き声じゃないよな?
どうやら俺以外には聞こえてる奴はいないようだな。
ま、俺の聴覚は普段は人よりちょっと良い程度だけど、意識して調整すれば何倍にも上げられるから遠くの音だって拾うことができる。
それにしても、あの鳴き声を出してるのは何なんだ?
もしかして、『創世の蛇』の襲撃、また《大罪獣》なのか?
「おい!雪降ってないか!?」
「え!?」
横から言われて空を見上げる。
あ!ホントに降ってら!
ほんの少しだけど確かに雪が降り始めている!
今の時期に京都で雪って変・・・だよな?
あ、何か白いのが飛んでる!
「見て!何かが飛んでるよ!」
それが見えているのは俺だけじゃないようだ。
どうやら爆発現場に向かっているみたいだが・・・さて、俺はこれからどうするべきか。
さすがにバスの中から抜け出すのは不味いよな?
そう思った時、また別の嫌な感じがした。
「――――――ッ!ココ!?」
しかも今度のそれが向かっているのは俺がいるココだった。
冗談だろ!?
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
絶叫にも近い鳴き声が聞こえた直後、俺達を乗せたバスが大きく揺れた。
--------------------------
――京都市某所 九条家――
俺がその異変に気付いたのは祖父の実家である九条家でお茶を飲みながら大伯父一家と対面している時だった。
昼は曾祖母が老舗料亭から急遽注文した豪華会席弁当で済ませた。
その際、俺の食の好みが亡き曾祖父に似ていた事で曾祖母や使用人の一部が涙を流したが、それは今は置いておく。
6年前と同様、祖父を毛嫌いしている大伯父の相手をしていると、南の方から神格を持つ“何か”が顕現して力を解放するのを感知した。
「「「―――――!!」」」
それも1柱ではなく4柱が。
大伯父が愚痴や嫌みを吐く中、俺と祖父母はほぼ同時に反応し、周りに気付かれないようにしながら探索の網を広げた。
場所は京都と奈良の県境付近の高速道路、普通乗用車が数台爆発炎上している。
待て、付近で停車しているバスに乗っているのは、まさか冬弥!?
駄目だ、距離がありすぎて俺の能力だとこれ以上は詳しく調べられない・・・!
「――――勇吾、行きなさい。」
すると、祖父は大伯父の声を遮って俺に現場に向かうように言ってきた。
俺は祖父の好意に甘えその場を後にした。
大伯父が何か叫んでいたが、俺は軽く無視して九条家の屋敷を飛び出し、空に向かって跳んだ。
『待ってたぜ♪』
「ライ!?」
『ハハハ、俺も京都探訪に来てやったぜ!』
『・・・気付いたら居た。』
京都上空で待っていたのは黒とライだった。
ツッコみたいところだが今は緊急事態、話はその後だ。
「行くぞ!」
『おう!』
『うむ。』
俺は黒の背に乗り、真っ直ぐ現場へと向かった。
この先にいるのは間違いなく神格を持つ存在、奴らも『蛇』と関係があるのか?
--------------------------
――京都市 某体験施設――
俺の学校の修学旅行2日目は班別での体験学習だった。
午前と午後、京都市内で2つの体験学習を行い、後日班ごとにまとめて発表するというものだ。
俺の班は午前に京都の寺で写経体験、午後は陶芸体験の予定だった。
(――――冬弥!?)
俺が異変を感じたのは陶芸工房で指導役の職人から説明を聞いている最中のことだった。
契約により――それ以前に双子だからか――深層意識部分で冬弥と繋がっている俺は、冬弥の近くで異変が発生した事を瞬時に察した。
「腹が痛くなったからトイレ行ってくる!後ヨロ!」
俺は適当に言い訳をして抜け出すと、本当にトイレに行ってから近くに誰もいないのを確認すると契約の効果を利用して冬弥の下へと転移した。
--------------------------
――高速道路 奈良・京都県境付近(冬弥サイド)――
間、一髪だった・・・。
「・・・皆大丈夫か!?無事なら隣にいる人が大丈夫か確認を・・・・どうしたお前ら?」
バスの中では校長や教師達が皆の無事を確認しようとしているが、誰も先生達の声など聞いていなかった。
無理もない。
あの揺れの後、彼らは大人達よりも先に最初に窓の外を覗いて全員言葉を失っていたのだから。
「・・・お、狼?」
沈黙を破ったのは誰だったのだろう。
多分、女子の誰かだったと思う。
『・・・・・・。』
俺は“それ”からみんなを護るために本当の姿を皆の目に曝していた。
多分、すぐには目の前の白い狼が俺だとは気付かないだろうが、今はそれを気にしている場合じゃない。
今は、目の前にいる“それ”を片付けるのが先だ。
『オオオオオオオオオ!!』
バスに激突しようとした“それ”は体の一部を覆う氷を力ずくで砕きながら俺に敵意を剥き出しにしていた。
“それ”は、一言で言うなら角の生えた巨大蛇だった。
血走った眼で俺を睨むと、そいつは口を大きく開いて襲い掛かってきた。
『オオオオオオオオ!!』
『――――ッ!!』
横に避けたら後ろにあるバスや他の車を巻き込みかねない。
俺は迎え撃ち、奴の牙と角を交わしながら喉元に噛み付き、遠くへと投げ飛ばした。
幸い、この辺りには民家はなく、あるのは山林ばかりだ。
『(――――《氷柱》!!)』
出来るだけ声を出さないようにしながら攻撃をしていく。
無数の氷柱の矢を連射し、巨大角蛇(仮称)を攻撃していく。
正体は分からないが、多分神か何かだ。
俺の全身の細胞がそう訴え続けているから間違いないだろう。
『オオオ・・・!』
(やっぱ、この程度じゃ駄目か?)
『オオ・・・外ツ国の神ドモガ!!俺ノ邦ヲ土足デ荒ラシ、汚シタ罪、死ヲ以ッテ償エ!!』
奴の声が辺り一帯に響き渡る。
どうやら俺を悪人だと思っているらしいけど、俺がコイツの国を汚した?
何を言っているんだ?
と、そこに空間に小さな歪みが出来始めた。
「――――冬弥!」
(――――兄貴!)
一瞬の光とともに現れたのは兄貴だった。
兄貴も修学旅行中なのに、無理して出てきたのか?
マズイ、後ろにはみんながバスの中からこっちを見ている!
『(―――《濃霧》!)』
高速道路の方を霧で覆って向こうから見えないようにした。
これで取り敢えずは大丈夫そうだ。
『オオオオオオオオオオオ!!!』
「わっ!何だあの巨大角蛇!?」
さすが双子、ネーミングセンスも同じか。
『慎哉!』
「ああ!吹っ飛べ巨大角蛇!!」
俺と兄貴は同時攻撃で巨大角蛇に吹雪をぶつけた。
ぶつけようとした直後のことだった。
『ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!』
そいつは、奇声を上げながら俺達の前に現れた。
異形の化け物に跨った、禍々しいオーラを纏った怪物が。




