第23話 愚者を喰らう不和の地獄
琥太郎サイドの話です。
気づいた時にはそこは闇の中だった。
真っ黒な、どこまで続いているのか分からない闇の中にいた。
「あ・・・・・・ここは?」
琥太郎の問いに答える声はなかった。周囲を見渡しても何も見えなければ、誰かがいる気配も全く感じられなかった。
動こうにも足場がある感触がなかった。手足を必死に動かしてもあまり変わらず、気のせいか、少しずつ体が下へと沈んで行く感覚がした。
「―――――――――ッ!!」
突然、心の中で恐怖が生まれた。恐怖が全身を支配してゆき、琥太郎は両手で自分の体を抱きしめながら震えあがった。
「―――――怖い!」
思わず言葉に出してしまう。
まるで決壊したダムのように心の奥底から恐怖が溢れ出す。次第にその恐怖はアンドラスに出会った時よりも、自分をイジメでた同級生が惨殺された事件を知った時より大きいものになっていった。
「あ――――あぁ―――――――!!」
声にならない声がである。全てが怖い、自分以外の全てが恐ろしいという感情が際限なく溢れ出す。まるで今まで耐えてきた恐怖までもが一度に出て来たかのような感覚に襲われる。
『――――――死ね。』
「―――――ッ!?」
闇の中から声が聞こえてきた。
最初はようやく聞こえる程度だったその声は、次第に大きくなって震えあがる琥太郎の耳に響き渡っていった。
『死ね!』『キモイ!』『殺すぞ!』『消えろ!』・・・・・・・・・
そしてその声に聞き覚えがある事に気付く。その声は毎日学校で聞かされてきた同級生からの罵詈雑言の声だった。
「―――――やめろ!やめろ!やめろ!やめろ――――――――――――――――――!!!」
琥太郎は大声で叫ぶが罵詈雑言の嵐は止まる事はなかった。
そして次第に心の奥底から別の感情も溢れ出し始めた。恐怖に飲まれて正気を失いつつあった琥太郎は、その感情の嵐にすぐに呑み込まれていった。
「――――――消えろ!消えろ!消えろ!お前らが消えろ――――――!!!!!」
恐怖、不安、怒り、憎しみ、拒絶、悲嘆、絶望――――――――――――
たくさんの負の感情が琥太郎を支配して行き、それを抑えられない琥太郎は喉が壊れそうに程の声で絶叫し続けた。
「ああああああああああああ――――――――――――――――――!!!!」
洪水の如く押し寄せる感情に琥太郎の心は砕け散りそうになっていった。
―――――『立花琥太郎、お前が負いたい責任は悪魔と契約してしまった事ではなく、自分が弱かった事に対してじゃないのか?』
「――――――――――!!」
心が壊れそうになる中、不意に数時間前に聞いた声が聞こえた気がした。
その声が聞こえた瞬間、感情洪水が弱まり、僅かに正気を取り戻した琥太郎は絶叫をやめて周囲を見渡す。だが、やはり見えるのはどこまでも続く闇だった。
しかし、声はまた聞こえてきた。耳にではなく、心に直接届くように―――――――――――――。
―――――『お前は自分が臆病者だから人が死んだと思っているんだろう。だからこそ、お前は強くなかった自分が許せないのだろう。』
―――――『なら、お前がすべきことは責任を負うのではなく、自分と向き合って立ち上がることじゃないのか?』
それは本当に気のせいだったのかもしれない。
だが、確実に琥太郎の心に刻まれていた『彼』の言葉は何度も彼の中で木霊し、負の感情に飲まれていた彼を正気に戻していった。
―――――『行くぞ。』
別の声も聞こえてきた。
数時間前に会ったばかりの1つ年下の少年の声――――――――――。
―――――『――――これはお前にしかできないことだ。わかったか?』
「――――――そうだ!」
負の感情に飲まれ、忘れそうになっていた事を思い出した。
自分を諭してくれた龍の青年、手を差し出してくれた少年―――――――――。
僅か数時間の付き合いだったのに、理屈では言い表せないようなモノを教えてくれた彼らの事を思い出した。そして教えてくれた大事なモノのことも――――――――。
小さい頃憧れた強さ、それと同じ強さを持った勇吾と黒王―――――――――――。
―――――『慎哉でいいぜ!』
そしてもう1人、出会って1時間経っているか位の関係だった少年の名前を思い出した。
「―――――――勇吾!慎哉!黒王!」
琥太郎は声に出して叫んだ。
そして、その叫びに『彼』は答えてくれた。
『――――――――――そこか!』
闇の中で美しく輝く黒い龍がそこにいた―――――――――――――。
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「精神汚染?」
『そうだ。アンドラスの能力の1つは『不和』、つまり精神を負の感情で汚染させて人間同士を争わせるものだ。アンドラスが現れる直前、あのガキ共が言い争っていたのもそのせいだろう。』
「それで・・・・・・。」
琥太郎は今、黒王の背中に乗りながら闇の中を移動していた。先程まで聞こえてきた罵詈雑言や溢れ出していた感情も黒王と合流してからはパタリと治まっていた。これは黒王の持つ《精神耐性》と《闇属性無効化》のおかげであった。
『そしてこの闇の空間は奴の消化器官でもある。この中に入った人間は精神を自身の心の闇喰われゆき、正気を失って近くにいる別の人間と争いあって死ぬ事になる。そした死んだ者の魂は闇に飲み込まれて奴の栄養と化してしまう訳だ。』
「――――――僕もあのままだったら・・・・・・。」
琥太郎は先程の自分を振り返った。
あの時の彼は異常としか言えなかった。普段では言わないような言葉を叫び続け、自分をイジメてきた同級生達を呪い殺すような状態だった。
『だが、お前は自力で乗り越えて見せた。それは嘘偽りのない、お前自身の強さの結果だ。俺はお前の声に気付いて来ただけに過ぎない。これは十分に誇れるものだ―――――――。』
「そんな事は――――――――――。」
相変わらず黒王の言葉には不思議な力があった。
黒王はああ言ったものの、琥太郎は全部彼らのお蔭だと思っていた。
(―――――あの言葉がなければ僕は負けていた。)
出会えて本当によかった、と彼は思った。
『―――――まあいい。今は飲み込まれたガキ共を全員探すぞ。』
「――――――うん!」
『しっかり掴まっていろ―――――――!』
黒王は大きく翼を動かし、速度を上げて闇の空間を飛んで行った。
次回も別サイドの話になります。




