第246話 事後処理と対話
――勇吾サイド――
俺はその姿を雨と雷の止んだ空の上から見下ろしていた。
「―――――アンズー!」
それは俺が無力化して拘束しておいた神獣アンズーだった。
戦っていた時とは違い、威厳に満ちた空気を纏っていた。
おそらく、ファルコが倒された事により正気を取り戻したのだろう。
「・・・ねえ勇吾、もしかしなくても僕達の方を見てない?」
琥太郎が冷や汗を流しながら話しかけてきた。
そう、アンズーは俺達の遥か真下からこっちを、正確にはファルコを回収した夜鋼の方を見上げて凝視していた。
それが何を意味するかはすぐに分かったが、それを琥太郎に伝えようと思った瞬間、俺は急な疲労や眩暈に襲われてしまった。
「クッ・・・・・・!」
『あ!』
「勇吾!」
〈――――限界だ。解除するぞ。〉
黒の意志によって神龍武装化は解除され、同時にライから借りていた力も消えた。
そして力の反動が急に襲い掛かってくる。
『――――今回は無理をしたな。』
俺は黒の背中の上に大の字になって倒れた。
ああ、相変わらず黒の背中は寝心地が良いな。
色々問題が山積みじゃなかったらこのまま寝たい気分だ。
俺はどうにか体を起こしながら心配している琥太郎達にも聞こえるように少し大きめの声で黒に声を掛けた。
「黒、兎に角地上に下りてくれ!」
『――――ああ。』
そして俺達は集合も兼ねて地上へと下りた。
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『――――傀儡の身であったとはいえ、多大な迷惑を掛けた事は深く謝罪しよう。そして外道の術より我が身を開放してくれた事に、心から感謝する。』
地上に下りて最初に聞いたのは、正気を取り戻したアンズーの謝罪と感謝の言葉だった。
アンズーは悪しき怪物として語られる事もあるが、それは人型の神を信仰する人々によって創られたものと言われている。
別の伝承ではアンズーは善の神獣であり、驕らずに身を弁えて接すれば加護を与えてくれる聖なる鳥としても語られている。
さらに別の伝承では英雄ギルガメッシュに「ベッドとイスを作るから邪魔」という理由で住んでいた樹
から追い出されたという話もある。
『しかし、それとこれとは話は別、その外道の身柄を渡して貰おう。その者達は我らの聖地に突如として現れ、理由も述べずに侵攻してきた咎人だ。裁きは我らの手で行わせて貰う。』
困ったな。
正気に戻ったのは良いが、アンズーはファルコの身柄引き渡しを要求している。
当然の要求かもしれないが、俺達もコイツの身柄を然るべき場所に渡さないといけない。
この後の後始末もあるし、アンズーには悪いが少々卑怯な手で諦めてもらうしかないな。
『――――若き風虎よ、その男を・・・』
「大魔王もコイツを捜しているんだが?」
『貴殿らにお任せしよう!!』
「「『切り替え早っ!?』」」
アンズーの顔は一瞬で真っ青になり、汗がダラダラと零れ始めた。
予想通りの反応だ。
嘘は言っていないが、やはり些か卑怯な手だろう。
『では失礼する!礼を日を改めて必ずすると約束しよう!』
『長老にヨロシクな~♪』
アンズーは逃げるように西の彼方へと飛んでいった。
ほとんど誰かから逃げるように・・・・。
ライ、お前は・・・気にしたら負けだな。
「・・・さてと、後始末を始めるか。」
俺は周囲に広がる光景を見渡しながら呟いた。
良則達が合流したのはそれから3分後の事だった。
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――琥太郎サイド――
すっかり日付が変わってしまった。
パズズを倒し、今回の事件の最後の首謀者を倒した僕達に待っていたのは今夜中に追われるのかというほどの大量の事後処理の仕事の山だった。
最悪の事態は避けられたとはいっても、最後のあの嵐の被害はそれなりに出たらしく、全国各地で突然の暴風雨に交通事故場勃発、海上では転覆する小型船舶が何隻も出たみたい。
そしてさらには日本の隣国にも及び、某国の軍事施設やら極秘施設やらが竜巻の直撃で全壊、それどころか大量破壊兵器が空に吸い上げられて首都に落下しかけたらしい。
けど、これらの被害はギルドや凱龍王国の警察や軍の人達の迅速な対応のお蔭で死亡者はゼロに抑える事が出来たらしい。
勇吾が契約している神様が各地を回ってくれたことも大きかった。
戦闘などで変わってしまった地形は、丈や銀洸、剛則さんの力であっさりと修復された。
目撃者については、色々裏で小細工した後に都市伝説として誤魔化す予定だと勇吾が言っていた。
噂だと、丈が偶々日本上空を移動中だった本物のUFOを餌にして大衆の目を誤魔化そうとしているそうだ。
って、UFOいるの!?
他にも色々あったけど、それらは餅は餅屋という事でベテランや専門職の人達がやっている・。
僕はと言うと、今回の事件の最大の問題である被害者達への対応だった。
「こっちタオル足りねえぞ!!」
「こっちが先だっての!!」
「なあ、俺のP〇P知らね?」
「替えのトイレットペーパー何所よ!?トイレも足りないわよ!!」
「それよりパンツが先だって!!」
「コップも足りない~~~!!」
「僕は手が放せないから無理!」
「なあなあ、俺のモン〇ン誰か持って行ってね?」
「「「五月蠅い!!」」」
《ガーデン》の中はそれはもう大変だった。
今回・・・正確には今夜現れた《大罪獣》は全部で約1万体、そして“核”にされて救出されたのが8413人、数が合わないのは《大罪獣》の中には“核”が存在し無い個体、パズズのように“核”と分離した個体、分裂増殖した個体、後は逃走して現在追撃中の個体などがいたからだ。
追撃中の《大罪獣》の中にはこの前桜ヶ丘に現れた悪神ナラカも含まれているらしい。
それは兎も角、今夜は仮眠を取るのも難しそうだ。
「――――琥太郎!」
「暁?」
「ちょっといい?」
ようやく一息つけそうになった頃、手伝ってくれていた暁が声を掛けてきた。
2人だけで話がしたいと言われ、僕達は勇吾達の目をそっと盗んで人気のない街の裏手に移動した。
「「ごめんなさい!」」
僕と暁は互いに深く頭を下げて謝罪した。
「え?」
「あ・・・いや、謝るのは俺の方なんだけど?」
暁は何で謝れたのか戸惑っていた。
「そんな事は無いよ。僕だって暁に謝らないといけない事があるんだ。隠し事をしていた事や、暁を追い詰めてしまった事とかも・・・!」
「それは違う!俺が勝手に勘違いしてしまっただけだし、後の事も全部俺が逆恨みしてしたせいでこうなってしまったんだ!琥太郎には非はひとつもない!全部、俺が悪かったんだ!!」
僕も暁も互いに自分が悪かったのだと、平行線のように言葉をぶつけあっていった。
どうしてだろう。
僕も暁も互いが嫌いな訳じゃないのに、ようやく話し合える機会ができたのにすれ違いそうになってしまう。
だけど、この機会を逃したらずっと後悔してしまう気がする。
だから僕は次の言葉をぶつけようとした。
「非は僕にだって・・・」
「それに、僕は人をこの手で殺してしまったんだ!それも両親を・・・!」
「―――――!!」
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――暁サイド――
思わず言ってしまった。
そう、僕は実の親を殺してしまった。
この自分自身の手で直接・・・!
あの時の俺は普通じゃなかったけど、それでも俺には家族に対して以前から殺意があったのは事実だ。
俺は唯一の拠り所にしていたものまで奪われてしまうということに恐怖し、同時に自分から全てを奪っていく家族に復讐した。
琥太郎は僕が気づけなかった自分も悪いと言ったけど、琥太郎は僕と違って誰の命も奪っていない。
それに比べて僕は取り返しのない事をしてしまった。
そしてその時の激情に流されたまま暴れて大会を台無しにしてしまい、罪の無い多くの人達を傷つけてしまった。
助けてくれた琥太郎も含めて・・・。
だから、悪いのは僕だけなんだと琥太郎に伝えた。
だが、次に琥太郎から返ってきた言葉は俺の想像を越えていた。
「・・・暁、僕も沢山の人を殺したんだ。」
「え・・・!?」
俺は耳を疑った。
琥太郎が人を殺した・・・!?
「7月にあった惨殺事件は知ってるよね?あの事件を起こしたのは僕なんだ。」
「そんな・・・嘘!」
「嘘じゃないんだ。暁、僕が隠してきた秘密を聞いてくれるかな?」
驚愕する僕の顔を真っ直ぐに見ながら、琥太郎は3ヶ月前に起きた事件の真相を語り始めた。




