第237話 VSマヒシャ③
アスラ神族の王マヒシャは神話の時代、創造神ブラフマーの元で苦行を行っていた。
ブラフマーは自身が与えた苦行を乗り越えたものに恩恵を与える神であり、苦行を乗り越えたマヒシャは「女性以外には殺されない」という限定的な不老不死の力を手に入れた。
元より強大な力を持っていたマヒシャは他の神々から地位を簒奪し、神の王の座を手に入れた。
やりたい放題のマヒシャに激怒した神々は口や目から光を放ち、その光が一点に重なって1柱の女神が誕生した。
10本の腕を持つ美しい女神は他の神々から様々な武器や騎獣を貰い、それらの力を使ってマヒシャの兵を次々に殺していった。
そして最後にはマヒシャも倒し、神々の地位も戻っていった。
後にこの女神は自身をドゥルガーと名乗った。
余談だが、マヒシャを倒した神については他にも諸説がある。
マヒシャを倒したのは破壊神シヴァの息子スカンダで、様々な武器を駆使して勝ったという話がある。
また別の話では、シヴァの妻パールヴァティとされ、ドゥルガーと同一視される事がある。
そして現在、マヒシャは異教の女神によって致命傷を与えられた。
--------------------------
『フフフ、相手が男だけだと油断したのかしら?』
『ジル・・ニト・・・ラ、まさか、あの小僧と・・・契・・約してた・・だと!?』
マヒシャは一気にドン底に落とされた様な、信じられない様なものを見る目でジルニトラを凝視していた。
だが、俺はそんなことよりも気になることがあった。
「・・・ジルニトラ、まさか“核”を破壊してないよな?」
『フフフ、青いDT坊やが何を心配してるのかしら?《神龍術》を使っているから人間は無傷よ♪』
「・・・そうか。」
ジルニトラ、一体どこでそんな言葉を覚えたんだ?
まあ、大体予想はつくが。
『おのれ、異教の神に・・・!』
『あらあら、自爆しようとしても無駄よ。それよりも、腐っても神族の王を名乗るなら、神としての最低限の制約を守って欲しいわね?』
自爆しようとしてたのか。
よく見ると、既にマヒシャの体は崩壊を始めていた。
『神が現世に過干渉することを厳しく禁じているのは知っているわよね?』
『我は王、余所者が決めた掟など・・・』
『そのザマで王を名乗るの?全盛期にはほど遠い、冥王の人形に成り下がりで?』
『・・・っ!!』
『もういいわ。貴方の処分は彼らに任せるわ。』
『――――ッ!ま、待て!!』
『消えなさい。』
ジルニトラの無機質な言葉を最後に、マヒシャの体は風船のように破裂して消滅した。
そしてジルニトラの手の中には目映い光に護られながら大罪の呪縛から解放された少女が眠っていた。
「・・・終わったか。」
『フフフフ、今回は敵が神で助かったわね?そうでないと、あのバカ鳥みたいに私を手軽に召喚する事はできなかったわ。』
「ああ、神が現世でここまで干渉できるのは「別の神が過干渉し、それを解決する時」が基本原則だからな。まあ、現世に影響を起こさない程度ならプライベートで降りる事はできるようだが。」
実際、この国の一部の神どもは制約を守りながら好き放題やっているからな。
隠居してる筈の国之常立の苦労には酷く同情する。
『解っているのならいいけど、この後はどうするのかしら?どうやら、また何柱かが偽りの形で復活したみたいよ?』
「ああ、分かっている。さっきから嫌な風の臭いがするからな。」
マヒシャとの戦闘中もギルドからの情報は逐一耳の中に届いていた。
特に桜ヶ丘の方がかなり厄介な状況になっているようだ。
「俺達は桜ヶ丘の方へ向かう。ジルニトラはその子を渡したら他の場所に向かってほしい。頼めるか?」
『フフ、何時も通り、契約の条件を守ってくれるならいいわ♪』
「ああ、前回の分も含めてな。」
『それならいいわ♪』
その後、ジルニトラは地上で結界の維持をしていたギルド職員の人に被害者を、マヒシャの器にされていた少女を渡すと北北西の方角へ飛んでいった。
そして俺は、一番厄介そうな状況になっている桜ヶ丘へと向かった。
--------------------------
――琥太郎サイド――
・・・マズイ!
最初は《大罪獣》が1体だけだと思っていたのが、何時の間にか数百体にまで膨れ上がっている。
〈なあなあ、もしかしなくてもピンチじゃね?〉
「集中できねえから頭に話しかけるな!!」
〈それ、修業不足じゃね?〉
「ウルセエ!!」
隣ではさっき合流した晴翔が念話で話しかけてくる丈に文句を言っている。
丈の方は大丈夫なのかな?
〈優勢だぜ!!〉
心を読まれた。
どうやら心配はいらないようだ。
『『ブブブブブ・・・・・・!!』』
『『ブブブブブ・・・・・・!!』』
『『ブブブブブ・・・・・・!!』』
・
・
・
「だぁ~~~~!!鬱陶し過ぎるだろ!!??」
「気のせいかもしれないけど、また数が増えてない?もう千体以上はいそうだよ!」
敵の数は増加の一途を辿っていた。
最初に遭遇した――暁の弟が“核”になっている――鳥型の《大罪獣》に追われていた僕は、郊外の都市開発工事現場にまで来ていた。
《大罪獣》に狙われている東堂くんを取り敢えず安全そうな場所に隠し、僕は襲い掛かってくる《大罪獣》と交戦を開始した。
数分後、移動中に連絡しておいた晴翔と翠龍が合流した。
丁度その時に丈から連絡が入り、それを機に晴翔は周囲一帯に結界を張った。
そして戦闘再開になったんだけど、事態はそこから急変していった。
目の前の《大罪獣》が急に空に向かって鳴き声を上げ、その数秒後に空から数百体の《大罪獣》が飛来してきたんだ。
ほとんどが今までの《大罪獣》とは違い、サイズはバイクか自家用車程度が殆どで攻撃力も攻撃力もそれほど高くは無かったけど、数が多すぎる。
飛蝗型の《大罪獣》、『強欲飛蝗』はその数を時間が経つ毎にその数を増やしていき、ついに千体近くになっていた。
「――――この《大罪獣》達も、元は人間なのかな!?」
『それは間違いない。全ての個体から人間の魂魄の気配を感じられる。それもおそらく、全員が10代の若者ばかりだろう。』
「多すぎだろ!?これだけの人数が《大罪獣》になってたんなら、もっとマスコミが騒いでいるだろ!」
『うおおおおお!!雑魚ばっかり群れやがって鬱陶しい!!』
翠龍は明らかに害虫駆除の感覚で《大罪獣》に攻撃をしていっている。
そして地上には文字どおり虫の息の《大罪獣》が散乱している。
・・・殺してないよね?
『聞いた話によれば、《大罪獣》になった者は人間に擬態できるらしい。意識は別としてだが。おそらく、普段は人間のフリをして過ごし、戦闘時に本性を表すのだろう。』
「じゃあ、まだ他にもいるかもしれないね?」
『そういうことだ。』
「・・・冗談だろ!?」
そして《大罪獣》は更に数を増していった。
最初に遭遇した鳥型は飛蝗型の群に隠れて何所にいるのか分からない。
『―――――仕方がない。出来れば最低限で済ませたかったが、そうも言ってられないか。』
すると、夜鋼が僕から少しだけ距離を取った。
『許せ。《荒れ狂う螺旋地獄》!!』
僕は反射的に防御の姿勢をとった。
そしてその直後、夜鋼を中心とした半径200mに100を超える小型の竜巻が同時に発生し、二千を越えようとしていた飛蝗型の《大罪獣》を容赦なく葬っていった。
僕は唖然としながらその光景を見ていた。
竜巻に飲み込まれて空の上に吸い上げられていく《大罪獣》、竜巻の真空の刃に全身を切刻まれて翅は一瞬で跡形もなくなり、全身から黒い血のような物が噴き出していっている。
そして竜巻は1つが消えると別の場所に新しい竜巻が生まれ、それが延々と続いて増加する《大罪獣》を容赦なく飲み込んで戦闘不能にしていった。
「夜鋼!これって・・・」
『私は元々広範囲攻撃が得意なのだ。先日は場所が場所であったっが故に、あまり大規模なものは使えなかったが、この場所でなら遠慮なく使うことができる。さて、大分敵の数が減ったようだが・・・』
周囲を見渡すと、そこには虫の屍としか思えない無数の《大罪獣》が散乱し、空からは黒い雨のように次々と飛蝗型の《大罪獣》が降ってきていた。
上空にはまだ数体の《大罪獣》がいるけど、あの数なら余裕で倒せそうだ。
むしろ、倒した後の浄化作業の方が大変だけどね。
『―――――琥太郎、油断するな!』
「え?」
『すぐそこ、強大な力を持った存在が3つ隠れている!』
僅かに気が緩みかけた僕を諌めた夜鋼は、険しい表情で遥か上空を見上げていた。
その声に僕達も一斉に空を見上げた。
すると、先程まで何も無かった星空が池に石を投げ入れたかのように波紋を立て始めた。
『チッ!高みの見物をしてやがったのか!この気配、記憶に新しいな?』
翠龍は舌打ちしながら夜空の波紋を睨んだ。
気配・・・そうだ、《大罪獣》の気配が邪魔で感じ取り難いけど、確かに最近感じたことがある
忘れる訳がない!
「――――流石は“闇の風虎”といったところか?君達も、この短期間に少しは成長したようだな、少年?」
その声を聞いた瞬間、僕の中に怒りが湧いてきた。
そして、夜空を揺らす波紋は大きな穴と化し、その奥から1柱の邪神と1羽の怪鳥を従えた1人の男が涼しい笑顔を浮かべながら姿を現した。
「観察だけして帰ろうと思ったが、俺もこのままでは引き下がれなくなったんだ。君達にはここで退場してもらうことにするよ。悪く思わないでくれよ。少年?」
ファルコ=バルト、暁達を唆して《大罪獣》にし、罪を犯させた元凶が僕達を見下ろしている。
この時僕は予想もしていなかった。
今回の事件以前から、あの男と僕達の間には因縁があったという事に・・・。




