第233話 嵐の前のデート
――ドイツ ハーメルン――
勇吾はドイツに来ていた。
仕事で来ている訳ではない。
先日の桜ヶ丘の事件でギルドからペナルティを受けて、一時的にではあるが今回の一連の事件に手を出せなくなっていたのだ。
同時に冒険者業務からも外され、時間を持て余して来ていたのだ。
「ハッキリ言って、今の俺はニートと変わらないよな?」
勇吾の独り言に返答する者はいない。
彼は気が抜けた様な顔をしながらドイツの街を歩いていった。
そして勇吾が歩いて行った先にあったのは、丁度下校時刻になったばかりの学校だった。
「あ!」
「久しぶりだな。リディ。」
「勇吾くん!」
勇吾が待っていたのは、かつて『創世の蛇』の研究施設で捕らわれていた少女、リディ=グライリッヒだった。
「学校には慣れてきたか?」
「うん!勇吾くん達のお陰でまた友達と一緒に通えるようになったの。特別補習とかもあって大変だったけど、留年もしなくて済んだわ。」
「そこはまあ、俺以外の連中が勝手にやったことだから・・・」
勇吾の目が泳いだ。
リディ達が救出されたのは8月中旬の終わり頃、捕まった時期から数えると約4ヶ月前後、夏期休暇の分も除いたとしても学業に大いに支障を来す期間だ。
だが、どっかのバカどもが独自に動き、被害者の少年少女達にスペシャルメニューによるリハビリや補習を行うことで彼女達の空いた4ヶ月間の穴を埋めていったのだった。
バカが誰なのかは敢えて言わないが。
「キャア~!!リディが男と一緒にいる~!!」
「誰誰!?中国人!?韓国人!?それとも日本人!?」
そこにリディの女友達が大興奮してやってきた。
(正確には違うが)東洋人が珍しいのか、彼女達は好奇の目で勇吾を見ていた。
「ちょっと!からかうのはやめてって!!」
「顔赤くなってる~!」
「可愛い~!」
「彼氏なの~?」
「も~!!」
リディは顔を真っ赤に染めながら友人達に抗議する。
彼女は気付いていなかったが、勇吾も同じように顔を赤くしていた。
その後、詳細を知ろうとする友人達をふりまき、2人は街の公園近くを並んで歩いていた。
「じゃあ、あれ以来、変な夢を見たりとかはしてないんだな?」
「うん。帰ってきたばかりの頃は戸惑うことはあったけど、悪夢は見てないかな?」
「そうか。」
勇吾は安堵の息を吐いた。
勇吾は救出作戦終了以降、リディ達の精神面の心配をしていた。
『創世の蛇』という常識の通じない組織に約4ヶ月も監禁され、命こそ無事だったものの、人体実験を受けた彼らの精神にどれだけの傷が残っているのか想像もつかない。
日常生活に早く戻れたことですら、この世界の専門家達からすれば奇跡に近いと言われる程なのだ。
「報告は遅れたが、君達を拉致して実験を行った主犯者が逮捕された。」
「本当!?」
「ああ、今は俺の故郷の国で厳重に拘禁されている。奴がこの世界で悪事を繰り返す事はもうないだろうな。」
「良かった・・・。」
不安の種が1つ無くなり安心したのか、リディは思わず涙を流した。
それを見た勇吾はハンカチを出して涙を拭く。
そこに、またしても空気を読まない邪魔が入った。
「キャ~~~!!2人はやっぱりできてるわ~!!」
「「!?」」
「撮影完了よ!!急いでアップしなくちゃ!!」
「イエ~イ!!俺はとっくに呟いてヤッタゼ!!」
しかも1人増えていた。
そのバカはリディの女友達とハイタッチしていた。
「・・・・・・おい!」
その後、バカを何時も通りに始末した後、また邪魔が入るのも嫌なので場所を国外へ移動した。
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――フランス パリ――
「ねえ、ここって高そうだけどいいの?」
「大丈夫だ。ここは普通に地元の学生も利用しているケーキ屋だからな。それに、俺もそれなりに稼いでいるから2人分の御茶代位払える。遠慮しないで食べてくれ。」
2人はドイツのハーメルンから、フランスの首都パリに来ていた。
そこの有名ケーキ店、フランス風に言えばパティスリーでプロが作った芸術品ともいえるスイーツを堪能していった。
最初は戸惑っていたリディだったが、一口食べると一気にフォークを持つ手の動きが早くなり、余裕で勇吾よりも沢山のケーキを食べていった。
「幸せ~♡」
「それは良かった。」
美味しそうにケーキを食べるリディに、勇吾も幸せそうに笑った。
ちなみに、この店はこの手の事に少し疎い勇吾が某幼馴染に相談して教えてもらった場所だったりする。
その後、2人は互いの近況などを笑いを交えながら話していった。
リディは事件後の町のことを話していった。
あの事件の後、地元警察に共犯者がいた事が発覚し、リディの父はその警察官、というより副署長を殴り飛ばした。
世界中のマスコミに容赦なく叩かれたドイツ警察は署長の首を飛ばしたが、ハーメルンでは未だに信用の回復には至っていないとのこと。
それ以外では、同じ被害者の子達と手紙やネットを通じて交流している等、明るい話題を中心に話していった。
勇吾も最近の事件の話は避け、故郷の話や新たに増えた友人達の話などもしていった。
そして時は過ぎていき、気付けば2時間以上も喋っていた。
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――ドイツ ハーメルン――
「お土産まで買ってくれてありがとう。」
転移でハーメルンに戻った2人はリディの家の近くまで歩いていた。
リディの手には家族へのお土産が握られ、彼女は満足した笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、俺はここまでだな。何かあったら連絡をしてくれ。すぐに駆けつける。」
「うん。勇吾くんもお仕事頑張ってね。」
街灯の明かりが照らす歩道の上で2人は別れた。
今日のそれがデートと呼べるのか否かは本人達にも分からないだろう。
ただ、2時間だけではあるが互いに楽しい時間を過ごせたのは確かなようだ。
「こんな日も良いよな。」
勇吾は来た時のように独り言を呟いていた。
ただ、そこには来た時のような暗さは微塵もなく、ありふれた十代の少年の笑顔があった。
―――――~~~♪
着信音が聞こえたのは直接に帰ろうとした時だった。
幼馴染みの少年に勧められた着メロ、その中でもそれは、冒険者ギルドからの連絡を報せるメロディだった。
勇吾はすぐにスマフォに偽装したPSTを出し、周囲に怪しまれないよう音声通話モードにして出た。
「はい。」
『天雲くんか!日本東京支部の蓮川だ!』
「何があったんですか?」
相手は東京にできたギルドの支部長だった。
その口調から、勇吾はすぐに緊急事態だと判断した。
『うむ!今から約3分前、日本を含めた東アジア各所で《大罪獣》の出現が同時に観測されました!その内、神格持ちは9体だ!』
「――――――!」
『そのうちの2体は、先日東京桜ヶ丘に出現したパズズとナラカであることを確認した。それ以外については・・・今入った!日本の千葉北部で『アスラ王』が確認された!』
「なっ・・・!」
勇吾は絶句した。
ギルドの支部長が口にした二つ名は先日遭遇したナラカよりも上、パズズと同等以上の神格を持つ神のものだった。
その神が現れたとなれば、被害は桜ヶ丘以上のものになるのは確実だった。
『アスラ王は東京に向かって進行中、桜ヶ丘の時と同様に結界に隔離する事は不可能だそうだ。既に不特定多数の民間人に目撃者が出ている!』
「・・・っ!」
『今は幻覚系の魔法で誤魔化しているがそれも時間の問題だ。他の《大罪獣》と同様、早急に対処しなければならない。君達に下していた処罰については、私の権限により現時点を持って解除する。すぐに現場に向かって欲しい!』
「分かりました!」
『暫定的に今回の依頼はA~Sランク扱いとする!優先すべきは民間人の生命と事実の秘匿、この世界の人達にこちら側の存在を知らせるな!』
勇吾は通話を切り、その顔は戦士のものに変わっていた。
だが、その顔は何時もよりも力強い何かを秘めていた。
「――――次は逃がさない!」
そして、勇吾は再び戦場へと飛び込んでいった。




