第231話 空中散歩
――15日目――
僕が烏神館に来てから2週間が過ぎた。
今日は久しぶりに人里に出ることになった。
「どこに向かうんですか?」
空を移動しながら疾風さんに尋ねた。
僕と疾風さんは人型ではなく元の姿で移動している。
「奈良の南部にある、人間の隠れ里だ。そこに暮らしているある人に会いに行くんだ。行けば分かる。」
疾風さんに案内されて着いたのは都会から離れた農村だった。
普通の農村に見えたけど、よく視ると村全体が結界に囲まれていて、招かれざる者は中に入れないようになっていた。
「あの屋敷だ。下りるぞ。」
「はい!」
下りた先にあったのは歴史を感じさせる旧家の屋敷だった。
そこで待っていたのは、荘厳な空気を纏った実年齢が分からない男性と、同じく年の割に若く見える夫婦だった。
一目で只者ではない事が解った。
圧倒的に格が違う!
「お久しぶりです。ダンさん、ナオキさん、シズクさん。」
「元気そうだな、疾風?」
「隣にいる子が例の少年だね?」
どうやらこの人達は疾風さんの昔の恩人らしく、僕に剣の稽古をつけてくれるみたいだった。
そして敷地内にある道場に行き、そこで手合せする事になった。
結果は全部瞬殺、動体視力が上がっている筈なのに相手の剣の動きが全く見えなかった。
「どうですか?」
「素質はあるな。だが、ムラがかなりあるし、何より精神面がまだ鍛えたりていない。やるとしたら徹底的にやらないと難しいな・・・。」
「義兄さん、“あの場所”を久しぶりに使えばどうですか?」
「そうだな、どうせなら他にも若手を何人か鍛えてみるか。」
何だか勝手に話が進んでいき、僕はナオキさんと呼ばれた初老位の男性の弟子になる事が決まった。
そして徹底的に鍛える為、特別な場所で徹底的に鍛えられる事になった。
その日はそんな打ち合わせで終わり、帰り際に沢山の新鮮な野菜や(鳥以外の)肉を貰って烏神館に孵った。
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――16日目――
それは日付が変わったばかりの深夜の事だった。
「――――ッハァ、ハァ・・・・夢か・・・。」
僕は悪夢に魘されて目が覚めてしまった。
それはここに来てから2度ほど見た、僕が殺した両親や今は何所にいるのかも分からない姉弟妹の悪夢だった。
特に今夜のはかなり生々しく、ハッキリと記憶に残っていた。
「そうだよね。絶対に恨まれているよね。」
胸に手を当てながら、僕は決して消えない罪の重さを感じていた。
すると、不意に部屋の襖が開いた。
「・・・怖い夢でも見ていたのか?」
「疾風さん。起きてたんですか?」
襖の奥から出てきたのは疾風さんだった。
「ちょっと空の散歩に行ってみるか?」
「え?」
僕は疾風さんに誘われ、夜空の散歩に出かけた。
ちなみに、元の姿ではなく人型での飛行だ。
すると、1000m位飛んだところで同じような事をしていた人に出会った。
「あ、茜さん?」
「え、何で!?」
「俺が誘ったんだ。眠れないみたいだったからな。」
そこにいたのは茜さんだった。
茜さんを加えた僕達3人は、一緒に夜の空を飛んで回った。
「凄い・・・!」
僕はその光景に目を奪われた。
昼とは全く別の姿の地上の風景、そして宝石をバラ撒いたかのような星空の風景が凄く神秘的だった。
多分、この景色は写真や映像では決して味わえないものなんだと思う。
「この空だけは変わらないな。俺もあの頃は・・・人間だった頃はこんな綺麗なものがある事すら知らなかったな。」
「え、人間だった頃?」
「ああ、俺も昔はお前と同じ人間だったんだ。経緯は違うが、人間から烏族に転化したんだ。」
「そうだったんですか。」
疾風さんも元は人間だったんだ。
もしかして、他にも僕達みたいな人はいるのかな?
「・・・もう、70年にもなるな。この国が戦争をしていた頃、俺は――――」
それは半分独り言だったのかもしれないけど、疾風さんは自分の過去を話してくれた。
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第二次世界大戦中、疾風さんはまだ人間で両親と兄弟の4人で暮らしていた。
戦況が悪化する中、疾風さんのお父さんは戦地に出兵してそのまま帰らぬ人になり、疾風さんの生活は一変した。
愛する夫を亡くした疾風さんのお母さんは思わず人前で失言をしてしまい、それ以来、疾風さんの家は
「非国民一家」と周囲から罵られ続けた。
生活に苦しんでいた人々は疾風さんの達を使って憂さ晴らしをし、それは次第にエスカレートして強盗や暴行まで起きた。
警察はグルになっていたので誰にも止められず、ついには強盗に入った人に疾風さんのお母さんが性的暴行を受ける事件にまで発生した。
それがキッカケだったんだろう。
疾風さんの血が半分覚醒し、疾風さんは鳥の爪に変化した両腕で強盗犯を殺してしまい、それを近所の人達に見られて一気に化け物と呼ばれて命を狙われた。
疾風さんを兄弟を連れて逃げたが、その道中で化け物狩りを始めた地元の猟師に弟さんを殺されてしまい、疾風さんはそのショックで暴走して大勢の人を殺していった。
復讐に暴走する疾風さんを止めたのは、昨日出会ったダンさんやナオキさん達だった。
それから色々あり、立ち直った疾風さんは烏神館で暮らすに至ったそうだ。
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「そんな事があったんですか・・・。」
「ああ、だから俺もお前と同じ罪人、むしろお前以上に大勢の血を流した大罪人なんだ。」
「そんなの・・・!」
疾風さんは大罪人なんかじゃないと言おうとしたら止められた。
そして笑顔を向けながら、まるで弟を可愛がるように僕の頭を撫でてくれた。
「ありがとな。お前もこれから何度も自分の罪と1人で向き合う事になる。時には命を奪った時以上に苦しむ時もある。だけど、お前はずっと1人じゃないんだから、悩んでいる事や苦しんでいる事があったら遠慮せずみんなに相談すればいい。勿論、俺や茜でもいい。変な言い方だが、向き合うのは1人だとしても、支えてくれる者がいれば決して1人じゃないんだ。」
「疾風さん・・・。」
何だろう。
何だか凄く安心する。
お兄さんがいるって、こんな感じなのかな?
「貴方なら大丈夫だと思います。」
「・・・茜さん?」
「暁さんは、自分で思っているよりも、根はずっと強いんだと思います。なんとなくですけど、私にも分かってきました。」
「そんな、僕は・・・。」
「きっと、大丈夫ですよ。」
茜さんはそっと僕の手を握ってくれた。
その時の僕は、きっと顔を真っ赤にしていたんだと思う。
胸の鼓動は激しかったし、顔が熱くなったような感じがしたから。
夜で暗かったのが幸いだったかもしれない。
「さあ、そろそろ戻って寝るか。明日も早いからな。」
「はい!」
「そうですね。」
僕達3人はこの景色を名残惜しみながら烏神館へと戻り、再び夢の中へと戻っていった。
・疾風の名前は転化後に改名した名前です。彼は人間の時の名前を捨てました。
・次回で上野暁の章は終わりです。




