第230話 烏神館での日々
――初日――
烏神館の朝は早かった。
昨夜は早く寝たとはいえ、疾風さんに起こされたのは日の出前だった。
「まずは水汲みと掃除、とにかく掃除だ。いいな?」
「はい!」
元気よく返事はしたけど、ここの掃除は人間レベルじゃなかった。
館だけの敷地面積は余裕で東京ドームを越えていた。
さらには館のある山そのものの掃除もあった。
「この山、全部ですか?」
「ああ、飛んだりしていけば2、3周はできるだろ。早く始めるぞ!」
そう言うと、疾風さんの背中から黒い翼が生えた。
不思議な事に、衣服が破けた様子がない。
後で知ったけど、ここの衣類は特別製で僕達みたいな聖獣が部分的に獣化しても破けない作りになっているみたいだ。
「また不法投棄が多いな。最近の人間は・・・」
飛びながら山の中を移動していると、壊れた家電などが多く見つかった。
ニュースでも何度か観たけど、直接目にすると嫌悪感が湧く。
大きいゴミは疾風さんが回収して僕は比較的小さいゴミを中心に集めていった。
途中、山の野生動物を見かけると何となく意志の疎通ができた。
特に鳥類とは簡単な会話もできた。
もう鳥肉は食べられそうにない。
朝の掃除でヘトヘトになって館に戻るとみんな朝食を始めていた。
そこで初めて知る烏神館の人達の全容。
軽く200人はいた。
僕はそこで自己紹介をし、周りから好奇の目で視られた。
「蒼鷹氏族は珍しいからな。大半が神格化されてるか、名のある神にスカウトされているんだ。」
つまり、エリート種族らしい。
僕にとってはあまり嬉しくないけど。
中には無関心な人もいたけど、ほとんどの人達は良い人ばかりみたいだった。
朝食後は食器洗いに洗濯など、雑務全般で午前の時間が終わった。
午後もやる事は沢山あった。
別館にある書庫の整理や何所からか届く荷物の運搬、気付けば夕方近くになっていた。
その時になって気付いたんだけど、どうやら僕の身体能力は人間だった頃よりも数段上がっていた。
かなりの重労働をしたつもりだったのに、短い休憩だけでスタミナが長続きしていた。
僕は改めて自分が人間じゃないのだと実感させられた。
「ちょっと付いて来い。」
夕方になり、ようやく一通りの仕事を終えた僕は疾風さんに案内されて烏神館の裏手にある不思議な洞窟の中に案内された。
「この洞窟って何なんですか?」
「奥に行けば分かる。」
そして洞窟の奥へ進むと、そこは幻想的な森だった。
洞窟の中の筈なのに、そこは四方が森に囲まれて上を見上げれば空があった。
そしてその中で、巨大な動物達・・・いや、多分僕と同じ聖獣達が戦っていた。
「疾風さん、ここって・・・・!?」
「ここは日本各地の神域にある“入口”から来る事の出来る、謂わば修行場みたいな場所だ。」
「修行場?」
「主に若手達が修業の為に使っている場所だ。今後は時間を見つけたらここにいる者達を相手に己を鍛えてこい。力の使い方、“こちら側”での生き方、他にも色んなことが学べる場所だ。俺も偶に来るが、基本は自分で考えて行動するんだ。ここには俺達と同じ元人間もいるから気の合う奴にも出会えるだろう。」
「え?」
疾風さんはそれ以上は何も言わず、ただこの修行場の様子を見ているだけだった。
僕はその後、新参者の僕に目を付けた不良っぽい人(?)達に捕まり、無理矢理実践をやらされてボロ負けしてしまった。
そしてそれが日没まで続き、館に戻った時には疲れ果ててボロボロだった。
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――2日目――
この日も朝から重労働、昨日掃除したばかりなのにまた同じ場所で不法投棄があった。
疾風さんが怒っているのが顔を見なくても分かった。
「では留守の方、よろしくお願いしますね。」
この日は女将さんを始めとした住人のほとんどが朝から外出する日だった。
そのせいもあって雑務も早く終わり、僕は昨日と同じように修行場に足を運んだ。
「よう!今日も来たか、新入り!」
修行場では昨日僕をボロボロにした人達が待っていた。
そして今日もボロボロになった。
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――10日目――
朝起きると髪の色が青味を帯びていた。
よく見たら、目の色も変わってきたような気がする。
疾風さんに訊くと、人間が聖獣に転化する場合、完全に肉体が変化するまでには時間がかかるらしい。
目や髪の色は種族の特徴によって大きく異なるということだ。
「今日は俺が直接稽古を付ける。」
この日から、疾風さんも修行場によく顔を出すようになった。
疾風さんが獣化、というより元の姿に戻ると八咫烏の姿になった。
僕も蒼鷹の姿に戻り、そして疾風さんにボコボコにされた。
「そこそこ慣れてきたようだが、やはりまだ人間の頃の感覚が抜けてないな。だが、そろそろお前も魔力を全身で感じられるようになったんじゃないのか?」
「は、はい!」
そして僕は知った。
この10日間は基礎体力を鍛えるのと同時に、転化したばかりの体に慣れたり、ここに来て初めて知った魔力を全身の感覚で感じられるようにする為の修業だった。
最初は朧気だったけど、最近は目だけじゃなく五感全てで感じられるようになった。
最低限の知識も相手をしてくれたみんなから教えてもらい、今は属性や大体の魔力量も感覚で見分けられるようになっていた。
簡単な魔力操作、というより属性の扱いもできるようになった。
「今日からは魔力操作の修業も始める。今までよりも厳しくやるから覚悟しろよ。」
「はい!」
そして今日は何時にも増してボロ雑巾になった。
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――12日目――
「痛たたたた・・・!!」
「もう、こんなにボロボロになるまで無茶するなんて何考えてるんですか?」
今日もボロボロになるまで扱かれた僕は、(女将さんの娘の)茜さんに薬を塗って貰っていた。
市販品の軟膏と違い、ここでの薬は基本的に自家製のものが多かった。
曰く、化学薬品よりも漢方などの自然ものの方が僕達には効果が高いそうだ。
「・・・何でそこまで頑張れるんですか?」
「え?」
「正直、私には貴方がここでの暮らしに耐えられるとは思っていませんでした。何といいますか、最初に会った時は暗くて臆病そうで、ヘタレだと思ってました。」
「うっ・・・!」
「それに、人を殺した罪で押し潰されそうな・・・自滅しそうにも見えました。なのに、何でここまで頑張る事が出来るんですか?何が貴方を変えたんですか?」
「それは・・・。」
僕は茜さんに言われて初めて自分の中の変化を自覚した。
茜さんの言うとおり、人間だった頃の僕はすぐ逃げたりしていた。
それが琥太郎達への罪の意識があったとはいえ、ここまで変わっていたのは自分でも不思議だ。
最初の一歩を踏んだからだろうか。
いや、多分、それだけじゃない。
「きっと、ここのお蔭なんだと思う。」
「ここの?」
「うん。この山の景色とか空気とか、あと空と、あと、この烏神館の人達や修行場のみんなのお蔭だと思うんだ。上手く言葉で言えないんだけど、ここの全てが僕を変えてくれたんだと思うよ。勿論、茜さんにも。」
「え、私は別に・・・・。」
「僕って元々駄目な人間だったから、自分の傷の手当とかも自分じゃ満足にできないから凄く助かってるよ。茜さんにとっては迷惑かも知れないけど。」
「そ、そんな事は・・・私はただ、お母様に言われた仕事をしているだけですから・・・。」
「それでも助かっているよ。いつも本当にありがとう。」
「~~~~~!!」
茜さんはなんだか少し照れながら僕の治療を終えると、急ぐように部屋から出ていった。
ここに来てもうすぐ2週間になる。
僕は少しは変われたみたいだけど、友達の元に戻るまでにはまだ早い。
彼に助けられた分、今度は僕が助ける番だ。
その為の力を、強さを僕はここで手に入れるんだ。
・フラグが立ちました。
・ちなみに、茜さんの年齢については秘密です。




