第229話 烏神館
・気付いていると思いますが、この章では主人公は出番なしです。
――近畿地方 山奥の某所の館――
「ふう・・・・・。」
露天風呂に浸かりながら、僕は今日1日の疲れを汗と一緒に流していた。
「あのう、お着替えはここに置いておきますね?」
「――――ハ、ハイ!!」
曇ガラスの扉の向こうから聞こえる声に僕は思わず硬直しながら返事をした。
この家に来た時に出迎えてくれた女性は言葉通りに脱衣所に僕の着替えを置くと、そのまま脱衣所を去っていった。
「ここ、本当に何所なんだろう?」
河原で出会った女性に自分の全裸を見られ、火炎弾をぶつけられた挙句に川に落ちて流された僕は、溺死寸前のところで知らない男性に助けられた。
そして男性が来ていた羽織を着せられ、炎を出した女性に土下座で謝れてからこの家に案内された。
どうやら2人とも人間じゃないらしく、移動中に背中から生えたままの翼の仕舞い方や出し方を教えてもらった。
「・・・・出た!」
試しに翼を出してみると、思い通りに出す事が出来た。
似たような感覚で手足に意識を向けてみると、同じように手足が鳥の脚のように変化した。
僕は本当に人間じゃなくなったみたいだ。
「もう、あがろう。」
十分に体を温めた僕は湯船から上がった。
脱衣所に戻る際に見た夕日は、なんだか悲しくも優しい感じがした。
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脱衣所に用意された着替えの下着や浴衣を着た僕が連れてこられたのは料亭の一室みたいな、10人位は中に入りそうな和室だった。
そこには僕の全裸を見た女性や皮から助けてくれた男性、そして出迎えてくれた女性と50歳くらいの女性が座って僕を待っていた。
「――――この度は、うちの不肖の娘が大変御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。一族を代表してお詫び申し上げます。」
「・・・すみませんでした。」
「え、ええ!?」
僕以外の全員が僕に向かって頭を下げた。
「そ、そんな!謝るのは僕の方ですよ!!」
ハッキリ言って、あの時の僕は世間的に見ても変態だ。
普通なら警察に逮捕されている。
だけど、この人達にはその常識は通じなかった。
「いえ、いくら衝撃的な場面だったとしても、初対面の、それも敵意のない方を攻撃するなど、非があるのは明らかにこちらの方です。近くに疾風がいなければ死んでいたのですから。茜、あなたも解っていますね?」
「はい。本当に申し訳ありませんでした。」
その後も謝罪が30分近く続いた。
そして謝罪が終わると、今度はここが何処なのか、等の説明会が始まった。
「烏族?」
「そうです。私達は烏の聖獣の一族で、同時にこの国の太陽神の神使を勤めております。八咫烏と言えばお分かりになるでしょうか?」
「あ、それなら知ってます!」
日本神話に登場する三本足の烏のことだ。
「八咫烏は我々の始祖の1柱である賀茂建角身命様の化身であり、その血を引く我らも少なからず太陽の神性を受け継いでおります。血が薄くなった今も、一族の中には神格化されている者もいるのです。」
段々、話の内容が専門的になってきた。
すると僕の顔から伝わったのか、目の前の女将さん(?)は少し話題を変えた。
「ところで、私めも先ほど聞いたのですが、暁殿は元人間だそうですね?」
「は、はい!今日、そ・・蒼鷹というのになりました!」
「そうですか。差し支えなければ、詳しく聞かせて貰えないでしょうか?」
僕はすぐに返事をする事が出来なかった。
事情を話すということは、僕の罪を話すということと同義だ。
今までの僕なら保身の為に黙ってやり過ごしていたと思う。
だけど今は、二度も友人の前から逃げてしまった罪悪感もあって、ここで逃げたら一生逃げ続けるのではとも思っていた。
琥太郎は大勢から虐められていても立ち直る事が出来た。
きっと虐めていた人を許して友達になれるほど強くなって立ち上がったんだ。
僕も彼みたいになりたい、なれるのか?
彼からまた逃げた僕に、また彼と会う資格は無いのかもしれない。
だけど、彼はきっと・・・・・。
今更だけど、僕も変われるのか?家族を殺した僕でも、最低な僕でも立ち直ることは出来るのだろうか?
肝心なのはキッカケになる一歩なのかもしれない。
僕はその一歩を踏む事が出来ず、ずっと後ろに下がって逃げ続けていた。
でも、今は・・・・・・
「――――お辛い事情でしたら、無理にお話にならなくても結構ですよ?」
「いえ、話させてください!」
一歩だ。
今までずっと踏み出せなかった一歩、その一歩を僕は知らない場所の初対面の人達の前で踏み越えた。
どうして今になってできたのか分からないけど、それでも僕は踏み出した。
「僕は――――――」
そして僕は一部始終話していった。
僕が『蒼鷹』になるに至った経緯、そして僕自身の罪の全てを。
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僕の実家である上野家は足利家の庶流らしく、つまりさ由緒ある名家だった。
僕の父はそんな上野家の次男として生まれ、英才教育を受けて育ち、今では曾々祖父が創始者である一流企業の重役の椅子に座っていた。
「上野家に生まれた者は人を使う者であれ!」
それが上野家に伝わる傲慢とも言える家訓だった。
そのせいもあり、僕の家族はほぼ例外なく、上流ではない人間を見下していた。
そんな一族の中で、僕は腫れ物扱いを受けてきた。
姉や弟妹達とは比較にならないほど学問の才に恵まれなかった僕は事ある毎に「無能」、「恥晒し」、「お荷物」と罵られてきた。
家族が外食する時も僕だけ家に残され、来客時も居ないものとして扱われてきた。
剣道を始めた時もほとんど相手にされず、大会で優勝しても既に根付いた偏見から一度も誉められる事はなかった。
そして現在、唯一の親友から逃げて自暴自棄になっていた時に現れた謎の男から貰った薬を飲んだ僕は暴走し、両親を殺した挙句、姉弟妹を化け物に変えてしまった。
そして僕自身も化け物なり、多くの人達を傷つけてしまった。
――――――ファルコ=バルト
あの時、僕の意識が戻ってすぐに現れたあの男はそう名乗っていた。
あの男は何を企んでいるんだろう。
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全てを話した直後の反応は僕にとって意外なものだった。
女将さんは突然、僕を両手で抱きしめた。
「よう言うた!とても勇気が必要だったろうね!」
「え!?え!?」
「決めた!暁さん、あんた暫くここで暮らしていきなさい!」
「えええ!?」
「お母さん!?」
話が全然読めない!?
てっきり責められると思ったのに、何でそうなるの!?
「茜、あんたは今日の罰として暁さんのお世話をしなさい!疾風、あんたは暁さんの稽古をしてあげなさい!そうね、これも何かの縁だから、いっそ『剣聖』様も呼ぼうかしら?」
「あのう・・・。」
「暁さんの事情は解りました。大切な御友人の元に戻りたいのなら、今よりも強く生まれ変わってからにした方がよろしいでしょう。今戻っても、また御友人の好意に甘えてしまう。そう思っているのでしょう?」
女将さんは僕の心を見抜いていた。
それと同時に、言葉のどこかで僕を叱っているような気がした。
だけどそれは、ただ一方的に叱るのではなく、何となく愛情みたいなものも感じられた。
そんな中、今まで黙っていた疾風さんが女将さんの話に割って入ってきた。
「奥様、そんな一方的な提案では無意味です。まずは彼自身の意志を確認しなくては。」
「そうですね。暁さん、あなたはこれからどうしますか?」
女将さんの問いに対し、僕は一瞬だけ迷った。
だけど、最初の一歩を踏んだせいか、僕は自分でも不思議なくらい早く返答した。
「お願いします!僕を鍛えてください!」
「・・・・・・フッ。」
返答の直後、疾風さんは何故か嬉しそうに微笑んだ。
女将さんの方はと言うと、ポンと手を叩いて喜んだ。
「これで決まりや!今日から暁さんは烏神館の一員や!」
気のせいか、女将さんの口調がコロコロ変わってきてる気がする。
「あかん!もうこんなに遅うなってもうたわ!話はこの辺にして、夕飯にしましょか!」
気のせいじゃなく、おもいっきり変だった。
けど、そこは誰もツッコまず、そのまま夕食会になった。
食後は軽く雑談をし、その後は案内された部屋で就寝となった。
疲れていたせいか、その夜はすぐに眠る事ができた。
・「烏神館」があるのは紀伊半島のとある山奥です。「八咫烏」が信仰されている地域です。
・「八咫烏」については、中国や朝鮮の伝承に登場する「三足烏」と同一視されているそうです。世界の神話から見ても、烏は神聖な存在として扱われるケースが多いみたいですね。




