第217話 それぞれの動き
――晴翔サイド――
今日は土曜日だが特に予定はない。
朝は朝食前に軽くトレーニングをして、食後は家事を片づけてから《ガーデン》で翠龍と一緒に魔法のトレーニングメニューを熟していった。
昼食は《ガーデン》に新しくできた食堂で食べる事にした。
食材の調達先は――6割方バカ経由なので――不明だが、出される食事は美味い。
元板前や居酒屋店主の名は伊達じゃなかった。
「――――でさ、午後はどっかに行く予定はあるのか?」
「ないな。」
「じゃあ、道場破りにでも・・・」
「それはやめろ。」
コイツは食うか戦うしか能がないのか?
と、丁度箸を置いた時に俺のスマフォが鳴った。
相手は慎哉だった。
「何だ?」
『なあなあ、今暇?』
「暇だが、どうかしたのか?」
『今から琥太郎の応援に行かね?』
「剣道のか?」
『そ!今から行けば団体戦を観られそうだし、一緒に観に行かね?』
そういや、副将をやるとか言っていたな。
アイツの腕なら全焼しそうだけど、行ってみるか。
--------------------------
――琥太郎サイド――
どうしよう。
みんなに報せるべきなのに、早く対処しないといけないと分かっているのにできない。
「―――――一本!!」
彼は勝った。
相手の先鋒を数秒で最初に一本を先制し、そのまま二本目もとった。
先輩達や応援に来ている人達は拍手して喜んでいるけど、僕は素直に喜べなかった。
違和感があった、
確かに本来の彼自身の実力ならあり得る結果だったけど、あの動きや空気は違和感しか感じられなかった。
まるで別人、いや、もしかしたら彼の体を借りた誰かなのかもしれない。
「よし!このまま次鋒と中堅も決めるぞ!」
隣に居る部長は全然気付いていないようだった。
その後、次鋒戦と中堅戦も先輩達が勝って僕達の高校は2回戦進出を決めた。
--------------------------
――勇吾サイド――
人間に絶望する。
家族や友人に恵まれた俺に言う資格は無いのだろうが、それは幾分ほどは理解できる。
俺がトレンツ達と一緒に冒険者になってから、故郷の世界以外にも様々な異世界に足を運んで仕事をしたり散策したりなどもした。
いい思い出も沢山できたが、同時に苦い思い出も同じくらいで来た。
世界も違えば価値観も違う。
ある世界で正義だったことが、別の世界では悪である場合もある。
善い人ばかりの平穏な世界もあれば、悪党ばかりの秩序の乱れた世界だってある。
俺達は綺麗なものと同じ位、汚いもの、見てはいけないものも沢山見てきた。
宗教儀式に子供を生贄に捧げる人達、身寄りのない人間を暗殺者に仕立てて汚れ仕事をさせる人達、狂った趣味で貧困層の民を殺戮する貴族や王族など、反吐が出る連中を見てきた。
黒からすればまだ序の口だそうだが。
そして絶望は比較的平和な国の中にも潜んでいる。
視界に入らないだけで、地獄のような場所は俺達のすぐそばにある。
そして今、俺はその地獄の1つを目にしていた。
「――――ゲスが。」
呟いたのは黒だ。
黒は目の前の光景を見るなり、ここで誰が何をしていたのかすぐに理解した。
「・・・児童虐待、それもかなり頭がイっているな。それに・・・。」
その部屋の中は異常だった。
部屋中に異臭が漂い、あちこちに人間の体液が染み付いた跡が残っている。
床にはそういう行為に使ったのだろう、鞭や手錠、ナイフやロープ等が転がっていた。
他にも何台もの撮影機器やそっち系の衣装なども無惨に散らばっている。
「調べによれば、ここには両親と高校生の姉と中学生の弟が4人で過ごしている事になっているが、これを見る限り、他にも居た形跡があるな。虐待以外にも違法ポルノの撮影、児童買春もしているな。本気で頭がいかれている連中だが、今となっては怒りをぶつける事すらできないな。」
俺は床に転がっている、かつて人間だった物を見下ろした。
まるでミイラ、何ヶ月も前に死んで干からびた様なミイラ状の死体が全部で6体転がっていた。
全員が成人の男女、そのうちの2人はこの部屋を借りている名目上の夫婦、残りは共犯者か、または主犯のどちらかだろう。
黒はミイラの1つに触れると、その状態を魔力を使いながら探っていった。
「・・・命どころか魂も喰われた形跡がある。今までのケースから考えれば、材料にされた神が完全復活する為の贄にされたか。」
「取り敢えず、ここは警察に任せるしかないな。表向きは迷宮入りになるだろうが、他の共犯者達や背後に居る組織も叩かなきゃいけないからな。その前に、いくつか情報を拾っていくか。」
俺は部屋の中にあったパソコンを操作し、その中からここに居たと思われる、つまり現在《大罪獣》化していると思われる少年少女のデータを集めた。
その結果、既に死亡しているのを除いて13人の小中高の少年少女の名前と顔写真を入手した。
データをコピーした後は使用履歴を削除し、部屋の中から侵入した痕跡を消してから部屋を出ていった。
その後、110番通報をし、警察官が例の部屋に入ったのを隣のビルの屋上から確認してから俺達はその場を後にした。
「対象のより詳しい情報さえあれば、後はバカに任せれば現在地を特定する事が出来る。あのバカの探索能力は変な方向にばかり成長しているが、今回のような時に限っては本当に役に立つな。」
「当人達は迷惑行為にばかり使う気がないようだがな。それよりも、人間達の間でも大分噂が広がっているようだ。」
「ああ。」
俺達は繁華街の歩行者天国を歩いている。
土曜日という事もあり、周りは若者であふれて歩いている者もそうでない者も携帯端末を弄りながら口々に噂話をしている。
「―――――に出たらしいわよ。例の露天商♪」
「うっそ!?コワ~イ!」
「なあなあ、向こうの廃ビル辺りに出るんじゃないのか?」
「おい、手に入れたら俺にも飲ませてくれよ?」
「ミンナDE人間やめYO~♪」
ほとんどが何も考えずに好奇心に任せて口にしている者ばかりだが、中には暗い顔を忍ばせながら本気で「廃墟の闇露天商」を捜そうと考えている者の姿も見え隠れしていた。
ネット上に噂が流れ始めてから約1ヶ月、人口の多い都市を中心に「廃墟の闇露天商」の噂は加速度的に広まっている。
「早めに奴らを片付けないと、考え無しのバカ共が次々に人間やめていってしまうな。そうなれば、こちら側の事が表沙汰になり兼ねない。」
「急いで丈と銀洸の元に行くぞ。」
「ああ!」
俺達は人込みを避けると、人目の無い場所に“扉”を開き、《ガーデン》へと戻っていった。
--------------------------
――琥太郎サイド――
団体戦1回戦が全て終わり、もうすぐ2回戦が始まろうとしていた時、僕は会場の通路で予想外の人物と遭遇いた。
「――――何かあったか?」
「夜鋼!」
そこにいたのは、僕が契約している『風虎族』の夜鋼だった。
異世界の凱龍王国に行った時に契約したけど、日本で会うのはこれが初めてだ。
「どうしてここに?」
「契約した時にも言ったが、普段はいろんな世界を旅をしている身でな、こちらの世界にも先程来たばかりなんだ。ここへは契約者の気配を辿ってきたのだが、どうやら剣術の大会のようだな?」
「うん、剣道の地区大会なんだ。」
「そうか。だが、どうにも心ここに有らずのようだが、どうかしたのか?」
「そ、それは・・・!」
見抜かれてしまった。
僕が“彼”の事が気になって心が乱れている事に。
契約した時も感じたけど、やっぱり夜鋼は僕よりも遥かにスゴイ人(?)だ。
「その様子ではこの後の試合にも支障を来しかねない。私でよければ相談にのるが、どうする?」
夜鋼が優しい眼差しで僕を見てくる。
多分、嘘は通じないだろう。
このまま皆に連絡すべきか迷っていても仕方ないのも確か。
これ以上、“彼”を放置していれば“彼”自信もどうなるか分からない。
僕は意を決して夜鋼に話し始めた。
「夜鋼、実は――――――」




