第20話 神宮 晴翔(じんぐう はると)
・今回はある人物視点でのお話です。
・前回まで名前がなかった人物のうち、2名の名前が判明します。
神宮晴翔にとって今日は最悪の日だった。
昨晩は久しぶりに誰もいない家に帰り、シャワーを浴びてすぐに眠った。朝はスマートフォンの着信音で起き、そこで彼は通話相手から事件の事を知ったのだった。
その後はすぐにテレビをつけてニュースを観て愕然とし、朝食を適当に済ませて急いで高校へ向かった。高校に着いてすぐにつるんでいた同級生達と合流し、事件の情報を交換し合った。しかし、そこで分かったのは曖昧なものばかりで恐怖と混乱を生むだけとなった。恐怖と不安は周囲へと伝染し、それがさらに彼自身の恐怖と不安を増大させていく事となった。
自習時間が過ぎ、学校側が臨時休校を決めてそのまま下校とになるはずだった。だが、晴翔と一部の生徒だけが校長室に呼び出され、そこで警察から聴取を受ける事になった。
「殺された同級生と君達は学校裏サイトで悪質な書き込みをしていたね?」
刑事の言葉に晴翔の背筋は凍り、一緒に呼び出された2人の友人達もほぼ同時に同じように呼び出された琥太郎の方を向いた。彼も刑事から聞かされる言葉に顔を青くしていた。彼が友人達を殺したのか――――――数秒だけそんな事を考えたがすぐにその考えを捨てた。晴翔や他の友人から見ても琥太郎が十人近い人間を殺せるとは到底思えなかった。いや、彼の場合は他の2人とは違っていたが――――――。
刑事の話から事件の凄惨さを思い知らされ、不安と恐怖に包まれた彼は友人達と繁華街のカラオケに直行した。そこで適当に昼食を済ませ、朝と同様に情報を交換し合った彼らだったがその空気は次第に険悪なものになっていった。
ネットに書き込まれた情報から事件がどれだけ異常なのかを思い知らされ、さらに警察が自分達との関係を疑っているかもしれないという状況は、自分達も殺されるかもしれないという恐怖を強めていった。
晴翔達に命を奪われるような心当たりはない。高校に入ってからはたまにハメを外して他校の生徒とケンカをしたりする事はあっても惨殺されるような理由など思い至らなかった。
そんな中、晴翔と同じように不安でたまらず、隣で騒いでいた友人――――東堂一樹――――に次第に苛立ち始め、思わず怒鳴りつけてしまった。
「―――――!お前こそ、心当たりとかねえのかよ――――――!?お前やアイツの親父は官僚何だろ!お前らの親の面倒事が原因じゃねえのかよ!!??」
「―――――テメエ!!」
自分の失言に気付きつつも、苛立ちを抑え込めない晴翔は胸倉を掴んだ一樹を睨み続けた。
「テメエこそ人の事言えるのかよ!?テメエの親こそ裏で疾しい事してんじゃねえのか?」
「―――――んだとぉ!!??」
一樹が言い放った言葉に、晴翔の血は更に頭に昇った。
晴翔にとって両親の事は禁句だった。晴翔の両親は大学は違ってはいてもどちらも名門の国立大の出身だった。父親は大手企業に就職し、母親も司法試験に合格した後弁護士になった。順調に業績を伸ばしながら友人の伝手で出会い結婚した。父親は出世街道を進み、母親も3度の出産と育児を経験をしながら弁護士業務にも取り組んでいった。経済的に余裕のあった一家は新築のマイホームを購入し、全て順風満帆に進んでいった。
恵まれた家庭で育った晴翔の人生が変わったのは12歳の時だった。兄弟の2番目に生まれ兄や妹とも良好な関係を築いていた晴翔は兄が通っている私立中学への受験に失敗した。2歳年上の兄があまりに簡単に受験に成功した事で楽観視していた両親は晴翔が受験に失敗した事で機嫌を悪くしたが、家庭があまりに余裕に満ちていた事から高校受験で挽回すればいいとすぐに晴翔を慰めた。だが、初めての挫折で追い詰められた晴翔は中学の3年間をほとんど勉強に費やしたのにもかかわらず、某国立大学への進学率がトップクラスの高校を受験して失敗してしまった。
中学受験に続いて高校受験も失敗した事で両親は晴翔に見切りをつけた。この当時、父親は更に出世して会社での地位はかなりのものになっていた。母親も独立して個人事務所を開設し、両親は以前と比べて高慢になっていた。そこにきた晴翔の受験失敗は彼らにとって不愉快極まりないものだった。見切りをつけた両親は晴翔を地元の公立校に無理やり受験させて、合格したらすぐに家から追い出して高校近くに部屋をとらせて住まわせた。
「家族の邪魔をするな―――――――!!」
父親のその一言が晴翔を絶望へと落としていった。
両親に見捨てられ、今となっては家族とも戸籍上の関係でしかなくなった晴翔の心は荒んでゆき、似たような人生を送っていた同級生とつるむ様になっていた。そんな彼にとって、一樹が叫んだ言葉は最も不快なものなのだった。
険悪な空気の中でカラオケボックスを出ようとしたとき、不意にスマートフォンの着信音が鳴った。発信者を見ると相手は妹だった。渋々電話に出てみると、妹は混乱した口調で実家が火事に遭ったと伝え、偶々帰宅していた父親が病院に搬送されたと涙声で話した。
周りを見ると友人達にも同じように家が火事に遭ったとの報せが届いていた。ほぼ同時刻に発声した火事の報せを聞いた晴翔達は迷うことなく惨殺事件と火事を直結させた。
いっそう追い込まれた晴翔達は普段から相談相手をしてもらっているOBの働いている店へと向かった。途中、一樹達がケンカしながら路地裏に入ったところで突風に襲われ、風が収ると目の前には『それ』がいた。
『――――――ハハハハ!!』
狂ったような笑い声に一瞬思考が停止し、次の瞬間には全身を恐怖に支配された。
ライオンのように大きな黒い狼に跨り、剣を片手に持ったそいつは人間ではない化け物だった。頭は白いフクロウ、背中から頭と同じ色の翼を生やしたそれは晴翔達を面白そうに見下ろしていた。
『ハハハハ――――!イイ顔だ、壊し甲斐のある獲物の面になったなぁ―――――――ガキども!!』
その言葉に、晴翔はすぐに目の前の化け物が惨殺事件の犯人だと気付いた。何より、化け物から漂ってくる匂いには明らかに血の匂いが混じっていた。
『逃げたいか?だが―――――――――――――』
化け物は一樹に視線を移し、剣を持った手を僅かに動かした。
一瞬、何をしたのか分からなかった。
『――――――ハハ!逃げるられないな――――!!』
その声と同時に、目の前で一樹の右腕が地面に落ちた。
「――――――――アッ!ウアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――!!!!!!」
「「「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――!!!!!」」」
「「「ワァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――!!!!!」」」
一樹の腕があった場所から血が噴き出し、苦痛の声を上げる一樹と同時に晴翔は絶叫の声を上げた。みんな悲鳴を上げながら来た道を引き返して逃げようとした。
『―――――逃げられないって言ったなぁ!』
だが、化け物は一瞬にして逃げる晴翔達の前に移動し、目の前にいた少女に向かって剣を振り下ろしていった。
『いい肉を見せなぁー――――――!』
「ぁ―――――――!!!!???」
振り下ろされた剣は彼女を一刀両断にしようとしていた。その光景に、晴翔はただ立ったまま見ているしかできなかった。
だが―――――――――。
キィン――――――――!
『――――――ああ!?』
振り下ろされた剣は彼女を斬る事はなかった。
そして晴翔は目の前の光景に驚愕する。
そこには、化け物の剣を身の丈ほどはありそうな黒い大剣で受け止めている知らない少年がいたのだ。歳は晴翔とそんなに変わらないようなその少年は化け物の剣を弾き返し、左手を前に出して何かを叫んだ。
「――――――《静かに動く世界》!!』
次の瞬間、視界が真っ白な光に包まれ、晴翔は反射的に目を閉じていった。
そいて、次に晴翔が立っていたのは現実の世界ではなかった。
・晴翔はアンドラス編の重要人物だったのですが今回まで名前がありませんでした。




