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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第12-1章 大罪獣編Ⅰ――神憑き――
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第210話 河西 一秀

――一秀サイド――



――――憎イ・・・憎イ・・・全テガ憎イ・・・!



 まるでマグマのように俺の奥底から噴き出す感情の奔流、時の流れと共に忘れかけていたものも、まだ最近のものも含めて俺の中に溜まり続けていたものが一気に外へ向かって噴き上がる。



――――殺ス・・・殺ス・・・邪魔ナ奴ハ全員殺ス!!



 まるで走馬灯のように俺の半生、人間だった時の全ての記憶が細かく甦り、同時に感じていた感情も大小問わず甦ってくる。


 それは地獄の記憶、人生の全てを束縛され、支配され続けていた俺自身の記憶、家族という名の支配者にして略奪者に受け続けた支配と蹂躙の記憶だ。



――――許スナ・・・全テヲ奪ッタ連中ヲ・・・絶対ニ許スナ・・・!!



 言われなくても分かっている。


 誰が許すものか!支配し、蹂躙し、俺と弟の人生を自分達の欲や虚栄を満たす為だけに貪り食っていた奴らを誰が許すか!!


 だから人間を捨てて復讐した!奪ってやった!!


 弟にまた手を上げようとしたアイツラの喉元に噛み付き、死の恐怖を与えながらアイツラの塵芥に等しい命を喰い尽くしてやったんだ!!


 あれだけでもまだ足りない、もっとだ、俺達が奪われ続けた物を今度は俺達が全部奪って手に入れてやる!



――――支配スル・・・今度ハ俺ガ支配シテヤル・・・!!



 散々見下していた奴らを支配して下僕にしてやった!!


 俺達が支配者、俺達は渇望していた自由を手にした、その筈・・・だった。



――――闇・・・何モ無イ・・・無限ノ・・・無・・・・・・



 なのに、どうしてこうなった?



 俺の最も古い記憶は自称両親(・・・・)のドス黒い“色”だった。


 俺は、俺と弟は生まれ付き他人の“色”を視ることができた。


 目に映る“色”は相手の心を表し、嘘をついているか、善人か悪人かが一目で分かった。


 だからこそ、俺達は家族と自称するアイツラの本性が物心付く前から知っていた。



「お前は誰よりも勉強して偉くなれ!偉くなって人の上に立つんだ!将来は政治家か経営者のどれかになるんだ!」


「一秀ちゃん、あなたの名前は誰よりも(・・・・)一番秀でている(・・・・・・・)って意味なのよ。だからその辺にいる凡人なんかに負けちゃだめよ。お姉ちゃんと一緒に、常に一番になってママとパパを幸せにしてね。」


「あなたはあたしの弟なんだから、負け犬になったりしないわよね?あなたが負けたらあたしのブランドにも傷がかかるんだから、あたしに恥をかかせないようにしてよね!」



 最初はこれでも少しはマシだったか・・・。


 アイツラは自分では優しく声をかけているつもりだが、実際は自分の欲望を丸出しにしていた。



――――将来は政治家か経営者以外にはなるな。


――――親の期待に応えて親を幸せにしろ。


――――姉のブランドに傷をつけるな。



 血縁上(・・・)、俺の両親にあたる2人は(俺から見れば)一種の人格破綻者だった。


 中流の中でもかなり恵まれている方の家庭に生まれた自称父はこれといった挫折も幼い頃に1、2度だけしか経験しておらず、中学以降はエリート街道を難なく進み、大学も国内No.1の国立大学に現役合格してこれも難なく4年まで進んでいった。


 自称父は――耳が腐るほど聞かされた自慢話によれば――当時から人格が歪んでいたらしく、兎に角権力者になる事を望んで国家公務員試験を受けたがここで躓いてしまった。


 その後は何があったのかは想像する気もないが、某一流企業に就職した後に自称母(・・・)と結婚、色々あって今は県議会議員になった。



 自称母は上流家庭の末娘として生まれ、苦労も知らずに育ったが故に自称父同様に性格が歪んでいき、同類同士気が合ったのか自称父と結婚した。



 自称姉(・・・)は歪んだ家庭の第一子として生まれ、幸か不幸か人より優れた知性を持って生まれたらしく、幼くして親戚中から神童と持て囃された。


 歪んだ親の元で育った自称姉は当然の如く性格が歪んでいき、自分は特別な存在で周りにいるのは自分よりも劣った存在といった目で見下すようになった。


 自称両親は優れた子供が生まれたのは当然自分達の功績で自分達も特別だと思い込み、次に生まれた俺にも当然のように“特別”を望んで・・・いや、要求していた。


 俺はアイツラのその本心を幼くして目で視て気付いていた。



「何だこの成績は!?それでも私達の息子か!!私達の血を引いておいて恥ずかしくないのか!!??」


「何で!?こんなに愛してあげているのに何で御受験に失敗したの!?あなたはママ達の子供なんだから、誰よりも優れている筈でしょ!?それなのにどうしてママ達を悲しませるの!?」


「恥ずかしい!!折角留学が決まったのに、弟が受験失敗したなんて知られたら向こうで笑われてしまうわよ!!」



 最初の私立小学校の受験に失敗した日を境に自称家族は、俺やまだ幼い弟に対する見方を一気に一変させていった。


 その日から俺達の地獄は一気に悪化していった。


 俺と弟は娯楽の一切を禁じられ、部屋の中は机とベッドと参考書や専門書で埋め尽くされた本棚だけになり、それ以外は全て処分された。


 俺の1日は必要最低限の睡眠と食事、学校を除く全ての時間を勉強に費やされていった。


 テストは満点以外は以外は決して認めず、満点以外を持ってきた時は食事を抜かれ、深夜遅くまで猛勉強させられていった。


 誕生日は次第に祝ってはもらえなくなり、それどころか同級生から貰ったプレゼントもその日の内に奪われて翌日のゴミに出されてしまった。



「こんなものは必要ない!学校の他の生徒達とは極力拘るな!馬鹿が伝染してしまったら私達の人生(・・・・・)は台無しになるんだぞ!!それでもいいのか!?」


「一秀ちゃん、こういうのは愚かな人達だけが持つ物で、“特別”になる人には必要ないのよ。いい、これ以上ママ達をガッカリさせないで、偶には喜ばせて頂戴?」



 その後もアイツラは俺達から全てを奪っていった。


 同じ塾で仲良くなった友人が漫画をコッソリ貸してくれたらその友人を塾から追い出し、学校で庇ってくれた先生を問題教師として訴えて辞職に追い込んでいった。



 そんなある日、弟が自分の眼の事を自称両親に話した。


 自称両親は病気を疑って医者に診せたが異常は全く見つからず、俺達にしか見えないものを理解できない自称両親は何も悪くない弟を然り、それどころが暴力を振った。



「そんなに親に迷惑を掛けたいのか!くだらない嘘をつく暇があったら勉強しろ!!」


「どうしてなの!?ママ達はこんなに愛しているのにん何が不満なの?ママ達が何か酷いことをしたの?もっと飛び級したお姉ちゃんを見習って頂戴!」



 俺が自称家族に初めて殺意を抱いたのはこの時だった。


 殴られて泣く弟、それを平然と見下ろしながら愚痴を零す自称両親の姿は今でもハッキリと覚えている。


 そして地獄は更にエスカレートしていった。


 文字通りイスに錠付きの鎖で縛られたり、少しでも不満があれば暴力を受け、1分でも門限に遅れたら遊んでいたのかと尋問されるなど、あの地獄の全てを語るには1日だけでは全然足りない。


 俺はおびえる弟を必死にかばい、日に日に溜まる殺意を無理矢理抑え込んでいった。


 地元名門私立中学に入学した時、自称両親は本心から笑って喜んでいたが、この時にはもう俺の目にはアイツラを家族と、同じ生き物とは思わなくなった。



 名門校に進学しても地獄から解放される事はなかった。


 むしろ範囲が広くなった。


 俺の入った中学は首都圏では指折りの名門校だが、それでも陰で問題を起こす輩は沢山いた。


 俺は自称両親から人付き合いを厳しく制限されていたこともあり、周囲から浮いていたので奴らの格好の標的になった。


 家でも地獄、学校でも地獄、何処にも居場所のない日々が続いていった。


 周りに見えるのは醜悪な人間の“色”!“色”!“色”!


 俺は自分がアイツラと同じ人間である事そのものに対し、絶望するようになっていた。



 そして、俺はあの男に会った。



「よう、そこのボーイ!ちょっと寄っていかないかい?」



 塾の帰り、俺は露天商の男と出会った。


 俺はすぐに無視して去ろうとしたが、見えない力に体を支配されてしまう。



「ボーイ、人間に絶望している目をしているネ♪」


「!?」



 カウボーイ(?)みたいな格好をした露天商は俺の心を見透かしているかのように、言葉で俺の心を揺らしていった。


 そして、露天商は1本の小瓶を俺に差し出した。



「ボーイ、人間をやめて(・・・・・・)自由になってみない(・・・・・・・・・)かい?」



 俺はその言葉に動かされ、迷わずに小瓶を受け取った。


 直後、目の前に突風が吹き荒れて露天商は姿を消した。


 一瞬、カラスみたいなものを見たのは気のせいだろうか?



 “薬”を貰ったはいいものの、さすがにすぐには飲む気になれなかった。


 だが次の日の夕方、帰宅した俺はリビングで自称父親に殴られる弟の姿を目にして迷いを捨てた。


 アイツラに見つからないように持っていた小瓶を開け、中の“薬”を一気に飲み干した。


 体の変化はあっという間だった。


 全身の筋肉が膨張し、血が燃えるように熱くなっていった。


 同時に俺は悟ったかのように新しい自分を理解した。



『グルオオオオオオオ!!』


「な、何だ!?」


「キャァァァァァァァァァ!!化け物ぉぉぉぉ!!」


「ヒィィィィィィィィィィィィ!!」


『グォォォォォォォォォ!!』



 アイツラは俺が誰なのか気付かないまま、自分だけ助かろうと逃げ始めた。


 海外から帰ってきた自称姉は迷わずに弟を囮にして逃げようとした。


 俺は3人全員を捕らえ、迷うことなく噛み付いて喰ってやった。



「・・・兄さん?」


『司・・・。』



 アイツラを喰った後、それを見ていた弟・司は姿が変わった俺に抱きついてきた。


 どんな姿になっても俺が俺だと気付いてくれた弟に、俺は無意識に涙を流していた。



『・・・いいんだな?』


「うん!」



 俺は弟の首に優しく噛み付いた。


 そして弟も人間をやめ、俺達は街に飛び出した。


 途中、自称姉を「ある場所」に投棄し、その日の夜は兄弟揃って熱い血に興奮しながら夜の街を駆け回っていった。


 そして碌な思い出の無い街を出た俺達は、日々下僕を増やしながら街を転々としていった。



――――俺達だけの居場所を創る!弟を幸せにする!



 それが俺の夢だった。


 全ては順調、順調の筈だった。



(なのに、弟の・・・司の命が・・・・。)



 突然の負の奔流に流されながらも、俺は自分の命が誰かに奪われているのを感じていた。


 直感的に、司も俺と同じ目に遭っているだろうと気付く。



(俺の、俺のせいで司が、弟が・・・死んじゃう・・・!?)



 こんな筈じゃなかった。


 何が間違っていたんだ。


 俺は、俺はただ・・・・!!



『―――――ただ、一緒に自由な夢を見たかったのだろう?』



 不意に、暖かい声が俺の心を包んでいった。


 さっきまで俺を狂わそうとしていた負の奔流は何時の間にか消え、俺は温かい何かに護られているような感覚を覚えた。


 不思議な事に、俺はその声の主が誰なのかを知っていた。



(・・・真神、俺達の先祖?)


『―――――――――。いかにもその通りだ、我が愛しき末裔。』



 あのバカっぽいのが言っていた。


 俺が飲んでいた薬の中に、俺達の先祖が入っていたと。


 本当だったのか。



『信仰が廃れ、このまま静かに消えるのを待つだけかと思っていたこの御魂(みたま)がこのような外法に使われるとはな。しかし、お蔭で子孫と少しだけ語り合える機会を得る事が出来た。まずは安心するといい。お前の弟は死んではいない。あの、勇敢なる者達によって無事に救われた。』


(本当か!?)


『本当だ。しかし、お前を見ていると―――――いや、今はそれは置いておこう。今はお前に与えるものと、伝える事がある。』


(・・・?)



 与えると、伝える?



『子孫よ、此度は経緯はどうであれお前は薄れた筈の我が血に目覚め、人間から聖獣へ覚醒した。もうお前達が(・・・・)人間に戻る事は決してないだろう。後悔はないようだが。』


(ああ、ない。)


『ならば良い。ああ、もう時間がないか。詳しい説明は省くが、お前達には()の神格の欠片を継承させる。』


(え!?)


『人間をやめた以上、今後のお前達には様々な苦難が待ちかまえている。時には異邦の神に狙われるかもしれない。その時の為の保険だ。』


(おい!何の話だ!?)


『詳しい話はあの者達に聞け!彼の者達なら、生きるのに必要な術を教えてくれるだろう!』



 先祖は俺の声を無視して話を進めていく。


 何を焦ってるんだ?


 それに、口調が変わってないか?



『俺も出来る限りのことはするが、あとは自分達で乗り越えていけ!』


(・・・・・・。)


『それと、兄弟2人だけで生きようとするな。仲間や友人を沢山増やしていけ。すぐには無理だろうが、少しずつ増やしていけ!』


(そんなの・・・・・!)



 出来る訳がない。


 今更、他人と馴れ合うことなんか・・・・。



『解っているはずだろう。2人だけで生きるのは、決して自由とは言わない事を。それは、新たな束縛、依存関係に過ぎないと。』


(だったら、だったらどうしろって言うんだ!?俺は、俺達は―――――――知らねえんだよ!!)


『―――――1つずつ知っていけばいい。その為の友、仲間だ。自由とは怠惰にあらず。常に苦悩し、模索し、より良き答えを多くと共に見つける事だ。』


(何なんだ、何なんだよ、あんたは・・・!?)



 泣いていた。


 俺は知らず知らずの内に泣いていた。



『もう時間切れ・・だ・・・。最・・・後に・・・・・・』


(お、おい!?)



 声が急に遠くなっていく。


 すると、何故か俺の中に今まで感じた事のない寂しさが急に襲い掛かってきた。



(待って、待てよ・・・!!)


『・・・目覚めの・・・間・・だ・・・。・・・よ、幸せに・・・・・・幸せに生きろ。』


(待ってくれ!!)


『・・・・・・・・・・・さらば。』



 先祖の声はそれを最後に聞こえなくなった。


 そして、目の前が明るく照らされ、俺の中にあった重荷が急に軽くなったような、とても温かいものに包まれたいった。






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