第206話 歪められた血
――蒼空サイド――
それは聞き慣れない名前だった。
バカは目の前の、神気を放つ《大罪獣》に対し、俺の知らない神の名前を呼んだ。
「真神?」
『日本の神の名前か?』
アルントも知らないようだ。
というより、アルントの場合は最近まで日本に出入りする事はほとんど無かった為、日本の神についてもメジャーなところのしか知らない。
俺も日本人に転生した以上は日本の神々について一通り調べた筈だが、『真神』という名前は聞いた記憶は無かった筈だ・・・多分。
いや、そもそも目の前にいるのは《大罪獣》の筈、神気を放ってはいるが、神ではない筈だ。
だが、明らかに以前戦った《大罪獣》と異質なのも確かだ。
すると、バカはさっきの真剣な顔が嘘のように普段通りのアホ面に戻っていた。
「あ~、最近は信仰が廃れてきてるから知らねえのも仕方ねえけど、『真神』って言うのは分かり易く言えば『犬神』だな!」
「―――――!日本狼の神格か!」
「Yes♪俺の祖父ちゃんの実家辺りでも信仰されてたし、関東でもデカい神社で祀られている神さんなんだけど、最近はかなり信仰が薄れてるんだよな~。一応、日本武尊のエピソードの1つにも登場してるんだけど?」
ヤマトタケル――――日本の皇族でもある有名な軍神か。
そんな有名な神に関係しているのに余り知られていないという事、日本狼の神格だという点から推測するに、近代辺りから日本狼の数が激減し、最終的には絶滅した事で信仰が薄れてしまったということか。
日本を始め、アジアでは狼の信仰が数多いのは知っていたが、信仰が廃れつつある神までは深く調べていなかった。
いや、それは今はいい。
今重要なのは、目の前の狼型の《大罪獣》が神気を放ち、尚且つそれが日本の神格の1つである『真神』のもの、いや、大罪獣そのものが『真神』かもしれないということだ。
《大罪獣》の“核”となっているのは河西一秀と司の兄弟、後はその他の中高生達、その中で神気を放っているのは、頭目である河西兄弟だけだ。
俺はすぐにこの状況を説明できる解答を導き出そうとした。
『立ち話をしている暇は無いみたいだぞ!』
『『ガルァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』』
「チッ!」
のんびりと考えている暇は流石に無いか。
これは戦いながら考えるしかないな。
『消えろぉぉぉぉぉぉぉ!!』
血のように紅く染まった眼を光らせながら襲いかかる巨狼、声からして司の方だな。
動きこそ単調だが、破壊力はかなりのものだ。
たった数撃で周囲の土地が抉られ、地形そのものが変わってきている。
「・・・河西、これがお前の欲した自由なのか?人間をやめて、嫌いなものを力で破壊して、野獣のように吼える。これが本当にお前自身が望んだ事なのか?」
無駄と知りつつも、俺は暴れる司に声をぶつけていく。
『そうだ!!人間なんか嫌いだ!!大人はもっと嫌いだ!!アイツラは勝手だ!!略奪者だ!!僕と兄さんを奴隷にしてみんな奪っていた!!自由も、夢も、希望も、未来もだ!!』
「クッ!」
司は口を大きく開き、口の奥から魔力を込めた衝撃波を放った。
『蒼空、大丈夫か?』
「ああ、こっちは無傷だ。今の俺に、あいつの攻撃は効かない。」
大狼達を相手にしていたアルントは俺の身を心配して寄ってきたが、生憎俺は無傷だ。
完全に大罪獣化していると思われる今の司は、他の手下の大狼と比較しても魔力の総量が遙かに多く、戦闘力も高い。
下手をすれば前に戦ったレベル5の《大罪獣》よりも総合力が高いかもしれない。
その証拠に、先程の司の衝撃波は、直線距離で5km先まで届いている。
だが、それでも今の俺には無傷で防げるレベルの攻撃でしかない、
先月の凱龍王国の例の一件以来、俺の能力はかなり上がったお陰だろう。
少なくとも、今の司相手に負ける可能性は微塵も感じられない。
『知った風な事を言う奴は消えろ!!人間はみんな汚い色しかしてないんだ!!お前だって、すぎにアイツラと同じ色になるに決まってるんだ!!』
「色?」
『何を言ってるんだ?』
一瞬、何かの比喩かと思ったが、司の様子を見ていると違うように思える。
だとすると、「色」から連想されるのは「眼」、司の眼には何かしら特殊な力が宿っている?
「アルント、悪いが少し調べ物があるから1分ほど時間を稼いでくれ!」
『フ、余裕だ!1分どころか、1時間は稼げる!』
「頼んだ!」
『居なくなれぇぇぇぇぇ!!!』
『『『アォォォォォォォンンン!!!』』』
『来い!俺が相手をしてやる!』
大狼の群と共に襲いかかってくる司を、アルントは笑みを浮かべながら風を操り迎撃していった。
俺はその隙にPSを開き、『真神』に関する情報を調べると同時に、司の現在の状態を《ステータス》で確認していった。
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――バカサイド――
パネエ~!
狼パネエ~!
怒りでパワーアップとか、エボリューションとかテンプレ過ぎ~!
『グォォォォォォォォォォォォォ!!!』
ウルフマン(仮称)からジャイアントウルフ(仮称)にエボリューションした敵大将に俺ピ~ンチ!
ビッグマウスから発射された衝撃波の威力もパネエ!
直撃くらったら一瞬でミンチじゃん!
『どうした!!さっきまでの偉そうな、知ったかぶりの態度はどうした!?所詮、お前もアイツラと同じ汚い人間!!俺達の敵なんだろおおお!!??』
「ん~~~、確かに今は敵かな~~?」
『なら死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
ヤッベェ~~!
更に怒りが増して攻撃力絶賛上昇中!
ここが俺の結界の中じゃなかったらリアル特撮映画になってたぜ!
・・・・とまあ、何時ものノリもこの辺にしとくかな?
そろそろ、アイツの中の“元凶”を排除しないと、兄弟揃って堕ちてしまうからな。
「――――なあ、兄ちゃん狼、お前ら人間やめて幸せになれたのか?」
俺は中心核である河西一秀くんに質問してみた。
『ああ!?幸せだよ!生まれた時から今までで一番幸せだよ!!人間だった頃の地獄と比べれば天と地のの差だ!!』
「そっか!それは良かったな!」
『!?』
俺は本心から言った。
思った通り、兄ちゃん狼は俺の言葉に嘘が無い事が解るらしく、意表を突かれたかのような顔をしていた。
俺は人間をやめる事そのものは否定しない。
どういう人生を選ぶかは基本的に当人の自由だし、周りが強制する事じゃないと俺は思っている。
瑛介の時だってそうだ。
瑛介も人間と龍族、どっちを選ぶか迫られた時、自分の意志で龍族を選んだ。
それは純粋に瑛介自身の強い覚悟の意志があったし、俺も瑛介の意志を称えた。
強制された訳ではない、本人の強い意志による選択を否定する事は、場合にもよるが自分の価値観を無理矢理押し付けるだけの暴挙だし、何より覚悟して選んだ当人への侮辱でしかない。
だからこそ、本気であの兄弟が人間をやめる事を選んだと理解した俺は彼らを否定はしない。
「何も人間でいる事だけが幸せの全てじゃないんだし、これから長い人生、新しい視点で楽しんで生きるのもアリだと俺は思うぜ?弟を助ける為に親の皮を被った連中をブッ倒したのだって、良い兄ちゃんなんだな~って、俺は思うぜ?」
『お前、何を言ってるんだ!!??』
兄ちゃん狼はパニクっているのか、さっきまで大量に溢れていたブラックオーラの勢いが弱くなってきている。
やっぱり、あの兄弟は他人の心を視る事ができるようだな。
それも人間をやめた直後じゃなく、最初から視えていたようだな。
言葉の真偽も分かるんだろうな~。
だから、さっき俺が「親を大事にしろ」とか言った時も、触れられたくない上に真っ赤なウソだと知ってブチ切れたんだろう。
「さっきは心にも無い嘘を言って悪かったな。本当は言いたくなかったんだけど、お前らの中にある“悪質な呪い”を解くには、一時的にでもその姿になってもらわないといけなかったんだ。後で弟くん狼にも謝っておくよ!」
『・・・呪い???』
「お前らは不審者から貰った“人間をやめる薬”を飲んで自由になったつもりなんだろ?確かにお前らはある意味では解放されたけど、それとは別に、その薬をくれた連中に呪いで一生を縛られてるんだよ。“薬”の代金としてな!」
『―――――嘘・・・・だ!?』
兄ちゃん狼は俺の言葉を即否定しようとしたみたいだけど、同時に俺の言葉に嘘が無い事が視えたからかなり困惑しているな。
どうやら、興奮も治まってきたようだし、説明兼説教タイムを始めますかな?
「大体、お前だって少しは疑問に思うだろ?そんな激レアっぽい薬を初対面の相手にポンッと無料で渡すなんてさ?明らかに騙してぼったくろうとする詐欺の手段じゃないか?まあ、お前は普段から相手の嘘が分かるお前は、嘘じゃないと視えたら信じちゃうんだけどな?あ、言っとくけど今の俺は嘘言ってないから!」
『なッ!?』
「何故?って思っただろ?思った通り、お前は自分達が人間をやめた事は理解できても、具体的に何になったのかまでは理解していないようだな?多分、フィクションに出てくる狼男とか吸血鬼みたいなものと思ってたんじゃないのか?」
『・・・・・・。』
図星みたいだな。
この兄弟は、生まれつき相手の嘘や善悪を視る眼を持っていたからこそ、知らず知らずの内に眼に依存してしまい、“嘘じゃない”と視えたらあっさり信じてしまってたんだろう。
まさか、自分達の眼を誤認させる手段が沢山あるとは知らずに。
「俺も一応、錬金術とか嗜んでいるから大体予想できるけど、お前達が飲んだ“薬”は、ベースは“先祖返りの薬”だと思うぜ?」
『・・・先祖、返り?』
「そ!つまり、何代前かは知らないけど、お前達の先祖は間違いなく狼、それも神様やってた狼なのだ!」
『!!!???』
Oh~♪
驚いて顎が外れちゃったみたいだな?
それにしても、本当に大きな口だな~~?
「お前達の先祖、父方か母方のどっちかまでは知らないけど、間違いなくお前達の先祖は日本の狼信仰で祀られていた由緒ある神様、『真神』、この場合は『大口真神』の方だな。とにかく、日本狼の神様だろうぜ?現に、お前は気付いていないだろうけど、さっきから神様特有の“気”が漏れてるぜ?」
『―――――――!?』
「あ~、多分、今のお前じゃ見えないだろうな?」
『どういう事だよ!!??』
「お!話聞いてくれる気になってくれるか?」
よっし!
これで無駄な体力は使わずに済みそうだ!
力ずくで“核”を破壊してから説明してもいいんだけど、それじゃあアイツラも納得できないだろうしな。
病人に病気の説明するには完治後より治療中に話すのが1番だからな。あ、これダディの受け売り♪
さてと、ここからは『真神』についての授業といきますか?




