第203話 狩りの夜の始まり
――蒼空サイド――
『廃墟の闇露天商』の噂を聞いてから数日が経った。
事件は確実に悪化の一途を進みつつあった。
あの後、家で早速ネットにアクセスしたところ、予想よりも多くのページが検索に引っ掛かった。
俺も情報収集も兼ねて毎日ネットのニュースや書き込みをチェックしていたつもりだったが、俺が見ていたのは全体の幾分でしかなかったようだ。今更ながら、現代社会の情報量には畏れ入る。
俺は日本国内の都市伝説の噂を書き込んでいる某電子掲示板のスレを見つけると過去ログから最新の書き込みを一通りチェックし、頭の中で整理していった。
大半が中身のない雑談レベルの内容だったが、中にはなかなか興味深い書き込みもあった。
3時間ほどかけて調べた結果、以下のような事がわかった。
・その露天商は人気のない路地裏や廃墟となった建物の近くに現れる。
・その露天商の姿が見えるのは客に選ばれた10代の人間だけ。
・その露天商が一度に選ぶ客の数は1~2人まで。
・その露天商に声をかけられた客は逃げる事が出来ない。
・その露天商は客から代金を貰わずに商品を渡す。
・その露天商が渡す商品はリ〇Dみたいな小瓶に入った薬らしい。
・その露天商は商品を渡すと突風を起こして消えるらしい。
・その露天商が消える時、奇妙な鳥の影が見えるらしい。
なお、客本人の書き込みも数件ほど見つけたが、どれも1回だけ書き込んだ以降は1度も書き込んでいなかった。
これは推測だが、SNSに書き込んだ“客”達の共通点はその一線を踏み越える直前、つまり露天商から貰った“人間をやめる薬”を飲む前だったのだろう。
だとすれば、今までに“客”になった人達は例外なく既に人間ではなくなっている可能性が高い。
勿論、そもそもこの“廃墟の闇露天商”の話自体が誰かの創作である可能性はあったが、その僅かな期待は数時間後に脆く崩れてしまう事になる。
その日の深夜、俺は家を抜け出して露天商の“客”になったと言われている河西少年の自宅へと向かった。
念の為アルントを召喚してから向かった俺は、灯りの消えた河西家を上空から見下ろして来るのが遅かったと後悔した。
河西家の中では既に異変が起きていた。
『・・・これは酷いな。」
「ああ、全員魔力と生気の両方をほぼ吸い尽くされている。」
家の中に入ると、そこにはミイラのようにやつれた姿で河西夫妻が倒れていた。
2人とも血の気がなく顔が真っ青になっており、肌は張を失って血管が浮き出ていた。
不幸中の幸いと言うべきか、ほとんど虫の息だったが死んではいなかったので手持ちの回復薬でどうにか命を繋ぐことができた。
『・・・蒼空、この家は何人家族だ?』
「両親と娘1人息子2人の5人家族だ。ここにいる両親以外にも3人居るはずだが・・・・・・どうやら子供の方は1人もいないようだ。少なくともこの街の中には。」
『姉弟揃って深夜徘徊、という訳ではないんだろ?』
「・・・俺が街に張った結界の効果は大きく分けて4つ、“侵入者感知”、“内部異変(怪異)感知”、“魔力感知”、“怪異抑制”、それのどれにも引っ掛からずに活動しているという事は、コレをやったのはこの町の住民であり、尚且つ魔力を使わずに犯行を行ったことになる。もっとも、何らかの高度な偽装を行った可能性もあるが・・・。」
俺は呼吸が落ち着いてきた夫妻の首元にある傷跡を診る。
それは鋭利な刃物で付けられた傷でなければ、銃器によって付けられた傷でもなかった。
「・・・・・・。」
『まるで吸血鬼だな。もっとも、残っている臭いは吸血鬼ではなく狼に近いが・・・。いや、この臭いは――――――。』
「分かるか?」
『ああ、これは――――――――だ。』
俺はアルントの返答で、現在進行している事件の概要を粗方推測する事が出来た。
そして上手く声色を変えて救急車を呼び、玄関を開けたままにして俺達は河西家を後にした。
その晩、俺が住んでいる町で小中学生が十数名行方不明となった。
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俺が『廃墟の闇露天商人』の噂を聞き、河西家で重体の夫婦を発見してから数日が経った。
夫婦は搬送された先の病院で意識を取り戻し、衰弱した体も回復傾向にあった。
だが、あの日以降、河西家の子供3人は自宅に1度も戻っては来なかった。
そのニュースはテレビや新聞でも取り上げられ、警察も事件に巻き込まれたとみて捜索を続けているが一向に行方が掴めずにいた。
町では河西家の親戚の者が3人の写真を載せたビラを配りながら情報提供を求めていたが芳しい成果を上げられずにいた。
それは日本でも東京に次いで2番目に人口密度の高い場所で特定の3人の子供を探すのが困難であった事も理由の1つだが、それ以前に3人の行方不明を事件として受け止めていない人が少なくない事も関係していた。
日本の年間失踪者数は最近では10万人に達する事はないが、それでも8万人前後とされている。
その中でも未成年者の家出は、警察が把握している分でも優に1万人を超え、その多くが後になって保護されている。
特に大都会などでも子供の家出はそう珍しくなく、ましてや無縁社会と言われるようになった昨今の日本人の気質からすれば本気で心配したりすることはかなり少ない。
簡単に言えば、他人事としか思っていない人が大多数なのだ。
実際、事件翌日に河西家の近くに来た俺の耳に入ったのは「無断外泊だろう。」とか「家庭崩壊したのだろう。」といった近所の住民達の陰口や根も葉もない邪推ばかりだった。
しかも間が悪いことに、同じ学校の不良生徒も何人か同時に失踪したので一緒に家出したのだろうという間違った推測に信憑性が増してしまったのだった。
そして、警察や親戚が手掛かりを得る事もなく、更に数日が経過した。
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「蒼空~~!俺とUNOやろうぜ♪」
「1人でやれ!」
「ガーーーン!!」
その日の夜、俺は普段通りにブラコンをあしらって自室へと戻った。
そしてパソコンに向かい、ネットに新しい情報がアップされていないか確認する。
あの日以降、俺は学校が終わるとすぐに事件の捜査を行っていた。
事件の事は勇吾達にも伝えたが、向こうも北海道で連日発生している変死事件と慎哉の調査に忙しく、しかもここ数日は難航していていた。
勇吾は人員を割いて俺の方にも協力すると言ってきたが、俺はそれを敢えて断った。
こちらも少々難航はしているが、今のところ(病院送りになる人は出ているが)死人が出るまで深刻な状況に陥ってはいない。
勿論油断はできないが、現状を考えれば勇吾達の方を優先すべきだろう。
この件に関してはギルドや凱龍王国の方にも一応は伝えてある。
向こうも向こうで独自に動いてくれている以上、勇吾達にばかり頼る必要はない。
そんなやり取りを思い出しつつ、俺は部屋のドアを開ける。
「グッドイブニ~ング♪」
「死ね!」
俺は部屋で勝手に寛いでいるバカを重力球で拘束し、そのまま圧死させようとする。
だが、バカは俺の期待通りに脱出して暢気に煎餅を音を立てながら食べていた。
「おいおい、ヘルプに来てやった親友に酷いじゃねえか?」
「俺は今すぐチェンジを求めるがな!!」
俺は周りに音や振動が伝わらないように結界を張った上でバカを踏みつぶした。
その後、ゾンビ並に面倒なバカにどうにか首輪を着けた俺は、郊外を目指して空を移動した。
「うわ~!景色が逆転して見える~~!」
「黙ってろ、バカ!!」
『・・・蒼空、このバカを東京湾に沈めていいか?』
宙吊りにしても五月蝿いバカにアルントも苛立ちを隠せなかった。
まったく、どうして有害な部分だけ濃く遺伝しているんだこのバカは!?
「で、これから何所に行くんだ?」
「・・・例の行方不明の兄弟が現在いると思われる場所だ。あの日以降、少数ではあるが毎日中高生が失踪する事件が北に向かって発生している。そのほとんどは、家族や警察は無断外泊や家出としか考えていないが、中には不審な不良集団に攫われたと言う目撃証言も出ている。同時に原因不明の急患が同じ地域で発生している。その痕跡を追えば、今夜は品川区の北か港区の南辺りで発生する可能性が高い。そこで待ち伏せ、叩く。」
「かなり広範囲じゃね?」
「『・・・・・・・・(ジ~)。』」
「しょうがない!俺が一肌脱いでやるか♪」
こうして俺達はバカの力を有効活用しながら獲物を待ち伏せることにした。
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――???サイド――
夜になった。
今日も楽しい狩りの時間だ。
「ひ・・・・あ・・・・・・。」
「うぅぅ・・・・・・。」
「ふぁぁ・・・・・・・・・。」
人外の中に混ざって数人の人間が意識を混濁させながら床に転がっている。
人目のつかない場所でドラッグパーティーをやろうとした馬鹿な連中、別の部屋にもコイツラの仲間が転がっている。
バカな連中だ。
野良犬だってココにいるのが誰なのか察して近付かないというのに、コイツラの頭は野良犬以下だ。
『ガウ・・・・・・ニイサン。』
そこに俺の最も信頼する忠臣が尻尾を振ってやってきた。
コイツもこの体に大分慣れてきたのか、変化もスムーズにできるようになってきている。
他の下僕達とは違い、コイツには自我を奪わずにしてある。
まあ、それでも“始祖”の俺とは違って力や本能の制御には手古摺ったようだが、それでも今はかなり安定している。
『――――――腹が減ったか?』
『・・・ウン、早ク食ベニ行コウ。』
『何をだ?肉か?それとも、アッチの方か?』
『・・・・・・・(カア~)。』
『ハハハハ!』
相変わらず可愛い奴だ。
あの晩、転化したての時のコイツは少々暴走気味だった。
まあ、寸でのところで止めてやったが、解放されたと言っても俺もまだまだ甘いな。
コイツも後数年我慢させたらあの快楽を教えてやろう。
『冗談だ!さあ、今夜も狩りに行くぞ。お前も部下を増やしておけ?』
『・・・ウン!』
俺はコイツの頭を軽く撫でてから外へと向かう。
今夜も外には平和ボケした獲物が無防備に街を出歩いている。
自分が狩られるとは知らずに能天気に夜の街を出歩き、腹を肥やし、快楽を貪っている。
ハハハハハハハハハハハハ!!
『グルルルルル・・・・・・!』
『ガウゥゥゥゥ・・・・・・!』
『クゥン・・・・・・・。』
従順な下僕達が唸り声を上げながら王の出陣を待っていた。
人間だった頃の虚勢は今のコイツラにはない。
今あるのは俺に従順であるという絶対原則だけだ。
人間だった頃の記憶は残っているし意識も僅かに残っている。
だが、今のコイツラは俺に従う下僕でしかない。
『待たせたな。さあ、今夜も狩りの時間だ!!』
『『『オオオオオオオオオオンン!!!』』』
そして俺達は今夜も街に出る。
渇いた喉を潤し、空になった腹を満たしながら下僕を更に増やしていく。
ああ、楽しい時間の始まりだ!!




