第195話 北の真実③
9月中旬の日曜日の午前、佐須家は前代未聞の来客を迎えていた。
それは―――――――
「ども~!リアル神様で~~~す!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
後ろの空気を無視したライが唖然とした表情で立ち尽くしている佐須家一同に挨拶をする。
ライの発言もさることながら、ライの後ろで現世に下りた事を公開している冬弥のそっくりさんにはそれ以上に驚かざるを得なかった。
その後、ライが直々に自分が神である事を証明し、佐須夫人が泡を吹いて気絶し、(母方の)祖父母が姿勢を低くして拝み始めるなどコメディな展開が1時間ほど続いた。
そして黒王から連絡を受けた勇吾達が到着し、神専用の拘束具でライを縛り付けて外に放り出したところで昨日の続きの話し合い始まった。
「――――で、ここにいる俺と冬弥にそっくりな人は誰なんだ?」
「・・・・・・。」
最初の議題は当然そこだった。
何所からどう見ても慎哉と冬弥にそっくりな顔をした青年、外見だけで言えば兄弟のようにも見える。
だが、纏っている空気は明らかに人間よりも遥か格上のものであり、そこにいるだけで部屋の中が別の世界に感じられてしまうほどだった。
「―――――この方は狼の神、アイヌの祖先でもある神で慎哉と冬弥とは遺伝子上は父親にあたる御方だ。」
「「「――――――――!!??」」」
慎哉の質問に黒王が答えると、部屋の中の空気は大きく波打った。
特に冬弥の両親は雷に打たれたかのような衝撃に襲われ、早とちりした母親はその場に泣き崩れた。
「「・・・・・・は?」」
慎哉と冬弥の方は反応が少し遅れた。
そしてすぐに意味を理解し、驚愕の目で黒王とホロケウカムイの顔を交互に一瞥した。
だが、そこで黒王が勝手に勘違いしている一同に訂正をいれる。
「あくまで遺伝子上の話だ。2人の実の両親は間違いなくそこにいる佐須夫妻だ。DNA鑑定でもそれは証明されている。」
「「「――――――――!!??」」」
再び部屋の空気が大きく波打ち、佐須夫妻は3度目の衝撃に襲われて夫人はまた泣き崩れた。
「・・・なあ勇吾、一体全体どうなってんの?」
「・・・昨日、北守家と佐須家の母子手帳や病院に残された記録などを吟味した結果、双子を妊娠していたのは佐須夫人だけということが判明した。そして母子手帳と一緒に提供してもらった佐須夫妻の毛髪のサンプルを専門機関で急いで鑑定してもらった結果、親子であると断定する事が出来た。その際、第3者のものと思われる因子も発見されたそうだが・・・・・・。」
勇吾は話を途中まで言ったところでホロケウカムイの方に視線を送る。
すると、今まで目と口を閉ざしていたホロケウカムイがゆっくりと目を開き、威厳に満ちた声を発し始めた。
「――――――それについては俺から話そう。」
「あ!その声・・・!」
冬弥はホロケウカムイの声を聞いて、ようやく目の前にいる青年が自分を復活させた狼の神であると認めた。
「今回の件の始まりは16年前までに遡る―――――――――――」
そしてホロケウカムイは話し始めた。
16年前、100年以上にも亘る神道や仏教のインフラ開発のせいで全盛期とは比べ物にならないほど信仰が弱まっていたホロケウカムイは特に信仰を再び増やそうとも考えず、静かに神域から現世を見下ろしていた。
自分の子孫も、そうでない者も関係なく見守っていたホロケウカムイは偶に訪ねてくる同郷の神と酒を酌み交わしながら人間の営みを見届けていた。
そんなある日、久しぶりに自分に強い祈りを捧げる声が耳に入ってきた。
気紛れに声の主が誰なのか覗いてみると、そこには1組の夫婦がいた。
白髪と皺が増え始めていた夫婦は不妊症に悩む娘夫婦の為にと、それなりに値が張る酒を捧げながら神に祈りを捧げていた。
強欲丸出しの願いが多い中で久しぶりに聞いた純粋な願いに心を動かされたホロケウカムイは、軽い一押し程度にその願いを叶えてみることにした。
だが、それがホロケウカムイにとって予想外の出来事に始まりとなった。
ほんの一押し、ホロケウカムイがしたのはそれだけの筈だった。
それは遺伝子の悪戯か、神が現世に関わったが故の必然か、母親が身籠った双子は両親の血だけでなく遠い祖先であるホロケウカムイの血も色濃く受け継いでいたのだ。
図らずしも、現代に“神の子”とも呼べる双子が生まれることになったのだ。
「――――それだけならまだ良かった。俺の最初の子供達もそうだったが、俺の血を引いたところで母親が人間である以上は混血ではなく普通の人間しか生まれない。2人はごく普通の兄弟として育つはずだった。あの男がこの地に訪れるまでは―――――――――。」
(・・・・フェラン=エストラーダだな。)
フェラン=エストラーダ、このマッドサイエンティストの気まぐれな実験が事態を大きく動かしてしまう。
フェランは慎哉と冬弥を使って趣味の実験を行おうとしたのだ。
それに気付いたホロケウカムイは、直接阻止する事は出来なくても生まれてくる子供に及ぶ被害を可能な限り小さくしようと“加護”を与えた。
だが、それが逆にフェランの狂気に拍車をかけることになり事態は更に悪化していった。
「―――――そして2人は生まれ、直後に引き離されてしまった。以上が俺の口から言える15年前の真実だ。」
ほぼ全員がホロケウカムイの言葉の重みに飲まれていた。
神の存在感と言うべきか、ホロケウカムイ自信は普通に話しているつもりでも、聞いている方には神託のように聞こえてしまうのだ。
あくまで耐性のない一般人にとってはだが。
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2時間後―――――――。
あの場での話し合いは一通り終わり、特に問題は起きなかった――神がいたせいで起こせなかったが正しいかもしれない――のであの場はそのまま解散になった。
だが、勇吾だけは佐須家の大人組に別の話があるらしく解散した後も家の中に残った。
「はあ、頭がパンクしそうだ。」
「俺もだ。」
近所の公園で慎哉と冬弥は自分達の出生の秘密に困惑していた。
覚悟していたとはいえ、ホロケウカムイの話は2人にとって衝撃的だった。
自分達の中に白狼の血が濃く流れている。
それだけなら2人は「俺SUGEE」だけで済んだが、遺伝子上だけでとはいえホロケウカムイと自分達が親子の関係にあるという話にはショックを受けた。
特に慎哉は、今の家族が実の家族ではないという事も同時に知らされたので冬弥以上にショックは大きかった。
「なあ、少し前の漫画とかにも似たような話があったよな?」
「え、そうだっけ?」
「ほら、どっかの魔族が意図的に十数代先に自分の遺伝子を継がせるとかなんとかって話!」
「ああ!あったあった!」
冬弥は十年以上も前に完結している某人気漫画の内容を思い出し慎哉に同意する。
すると、2人の間に突然第3者が割り込んできた。
「それ、魔〇大〇世の事を言ってるのか?」
「「うわああああ!?」」
あまりに不意を突いた登場に2人は揃って声を上げた。
「おいおい、俺はさっきからここにいたぜ?」
「いたなら言えよ、ライ!!」
「一応言ったけど、お前ら全然聞いてなかったぜ?」
「「え?」」
ライは嘘は言っていない。
彼は確かに2人の傍に来た際にちゃんと声をかけたが、慎哉も冬弥も自分達の世界に浸っていて全く耳に入っていなかったのだ。
もっとも、ライも2人の会話を堂々と立ち聞きしていたからおあいこではある。
「それはそうと、お前らが今話していた話に訂正を入れるぞ?」
「「え?」」
「あの漫画の主人公は意図的に隔世遺伝させられていたけど、お前ら2人の場合はほとんど偶発的な事故みたいなものだから勘違いするなよ?」
「そうなのか?」
慎哉が問うと、ライは頷いて答える。
「やろうと思えば何時でも出来るけどな。神だから。けど、それは俺達の間ではずっと前から禁止されているから、悪神でもない限りそれはねえよ。」
「「へえ。」」
「ま、この事はすぐに答えを出す必要はないだろ。あいつも他人扱いで良いって言ってたしな。けど、変に邪推されないためにも言っておく。」
「「?」」
「あいつの、ホロケウの実子はずっと昔に全員死んでるんだ。全員、普通の人間だったからな。」
「え!?」
「そうなのか!?」
2人にとって、それは予想外な事実だった。
てっきり、家族は全員神様だと無意識のうちに勘違いしていたらしい。
「アマテラスと違って、ホロケウの血は人間の血と比べると非常に劣性なんだ。だからこアイヌの民、あいつの子孫は冬弥以外は全員人間だし、隔世遺伝も起きないはずなんだよ。お前らが生まれる前まではな・・・。だからこそ、この奇跡に心を大きく動かされてしまったんだよ。傍から見れば軽率と言われても仕方がない行動をしてしまうほどに。」
「「・・・・・・。」」
「受け入れろとは言わないが、その事だけは憶えていてくれないか?」
ライの言葉に他意はなかった。
ライ自身は神の中では圧倒的に若輩者だが、普段から古き神々と一緒にいた為にその心情の一部を察する事ができるのだ。
「わかった!時間はたっぷりあるし、少しずつ進んでみるよ。」
「そうだな。問題はまだたくさん残ってるんだし、一度に全部解決させるのは無謀だからな。」
「お前らが決めたならそれでいいだろ。あ!そうそう、言い忘れるところだったけど、お前ら“契約”してみたらどうだ?」
「「契約?」」
ライの突然の提案に、2人は揃って頭に疑問符を浮かべた。
「“人間と人間以外の種族との契約”、俺や黒が勇吾と結んでいるのと同じ契約だよ。結べば基本何所でも召喚可能だし連絡だって取りあえる。他にも色々メリットはあるし、やっておいて損はないぞ?お前らだって、今後会う度に東京と北海道を往復するのは面倒だろ?」
「あ~、確かにそうだな。」
慎哉はライの話に同意する。
慎哉と冬弥、この双子の問題はまだたくさん残っている。
むしろこれからが本番と言ってもいい。
必然的に東京と北海道を往復する機会は増えてくる。
「あ、でもそれって、《ガーデン》を使えば解決じゃね?」
「何ソレ?」
《ガーデン》を知らない冬弥は1人だけ頭に疑問符を浮かべる。
慎哉は冬弥に《ガーデン》について簡潔に説明し、出入口を設定すれば自由に出入りでき、他の出入口から世界中に移動できることを伝えた。
「へえ、便利じゃん?」
「そうだな、確かに日常での移動だけならそれだけで十分だけどあくまで日常での場合だ。だが、俺達の場合は違う。緊急事態が起きた場合、すぐにでも駆け付けられる手段があった方がいいんじゃないか?」
「言われてみればそうだな。それで、契約って何をすればいいんだ?」
“契約”のメリットを聞き、やってみる価値はあると判断した慎哉はその方法を聞く。
すると、ライは好からぬ事を思いついたかのように妖しい笑みを浮かべながら口を開く。
「そりゃぁ~、契約と言ったら漫画やアニメでもお馴染みのキ――――――」
「「ふざけるな!!!」」
ライは氷漬けにされた。
2秒だけだが。
「ハハハハ、冗談たってば♪」
「次、それ言ったら勇吾達に告げ口するぞ!?」
「すみません!もうしません!」
ライは深く頭を下げて謝罪した。
勇吾に知られれば、必然的に勇吾を通じて某偉くて怖い神様にもバレてしまうのだ。
その後、ライは正直に正しい契約の方法を2人に話すと2人は早速それを実行した。
契約終了後、慎哉のステータスにはしっかりとその内容が記載されていた。
【名前】北守 慎哉
【年齢】15 【種族】人間
【職業】冒険者 中学生(3年) 【クラス】新米冒険者
【属性】メイン:氷 サブ:水 風 土
【魔力】2,600,000/2,600,000
【状態】正常
【能力】攻撃魔法(Lv1) 防御魔法(Lv1) 補助魔法(Lv2) 特殊魔法(Lv1) 氷術(Lv4) 水術(Lv2) 風術(Lv2) 土術(Lv2) 剣術(Lv1) 体術(Lv3) 投擲(Lv1) 白狼の手甲鉤
【加護・補正】物理耐性(Lv2) 魔法耐性(Lv3) 精神耐性(Lv2) 氷属性耐性(Lv3) 水属性耐性(Lv2) 風属性耐性(Lv1) 土属性耐性(Lv1) 双の絆 狼眼 双子の絆 白狼ホロケウカムイの加護 聖獣(冬弥)の契約 体の成長期
「――――これで完了だ。今後は互いに呼び合うことで距離に関係なく互いを召喚する事が可能になる。まあ、昨日のみたいな特殊な結界で妨害される場合もあるから、その辺は注意しておけよ!」
「「わかった!」」
「よし!じゃあ俺はこれから札幌に行って行列のできるラーメン屋に行ってくるから後はご自由に~♪」
そう言うと、ライは懐からグルメ雑誌を取り出して空へと去っていった。
どうやら本当にラーメンを食べに向かったらしい。
と思ったら、数秒後に2人の頭の中にライの声が聞こえてきた。
〈そうそう、さっきから公園の入口でウロウロしている坊やがいるから、いい加減気付いてやった方がいいぞ?〉
「「え・・・・・・あっ!」」
《念話》はすぐに終わった。
2人がすぐに公園の入口の方を向くと、そこにはコソコソとこっちの様子を窺っている少年の姿があった。
「健太・・・!」
冬弥はすぐに、それが弟の健太だと気付いた。
どうやら2人の後を追っていたようだ。
「全く、何恥ずかしがってるんだよ、あいつ?」
「あれって確か、お前の・・・・・・。」
「俺達の弟だろ♪」
冬弥はニッと笑みを向けながら慎哉の手を引っ張り出す。
向かう先は勿論、彼らの弟の元である。
「行こうぜ!兄貴♪」
「―――――!あ、ああ・・・!」
初めて言われた言葉に頬を紅く染めた慎哉。
まだどこかぎこちないものの、15年ぶりに出会った兄弟は確かな一歩を踏み出していたのだった。
その後、隠れていた末弟も加えた3人は笑い声を出しながら家へと戻っていった。
だがこの時、彼らは“重要な点”を忘れていた。
15年前、フェラン達によって行われた実験には他にも被害者がいたということを。
そして10年前の2度目の実験――――――――――。
本当の意味で事件はまだ終わってはいないのだという事を、この時の彼らはすっかり忘れていたのだった。
白狼編 完
・白狼編完結です。
・次回からは何話か番外編をやり、その後に新章に入る予定ですが、充電の為に少しばかり間ができるかもしれません。




