第194話 朝
・白狼編エピローグ前編です。
――北海道 〇〇市――
その日は日が昇るよりも前からハチの巣を突いたかのような騒動で始まった。
始まりは海上保安庁の巡視船から一報だった。
例の事件もあって北海道近海を巡回していた第一管区海上保安本部に所属する巡視船は、〇〇市沖の海域で幽霊船のように漂っている何隻もの船舶を発見した事により事態は大きく動き出した。
発見された船舶のあまりの多さに仰天した海上保安庁はすぐに救援を要請し、警察、自衛隊、地元漁協の協力を得て間違いなく本年度最大規模の救助活動を開始したのだった。
救助の現場はまさに戦場だった。
発見された船舶の大半は日本の漁船や貨物船だったが、それ以外は個人用クルーザーを始め、他国の貨物船や旅客船、さらには某国の密輸船やスパイ船、武装船や潜水艦まであった。
現場には日本語以外の言語が嵐のように飛び交い、英語やロシア語ならまだしも、中国語やハングル、スペイン語、ベトナム語、ヒンドゥー語には海上保安官も警官もお手上げだった。
その後は外務省やら公安、政府も官僚、マスコミ、医療関係者や野次馬達も盛大に巻き込んだ大騒動になった。
ちなみに、連日の変死事件で毎日徹夜続きだった某警察署の警官達は悲痛の声を上げながら救助活動に無理矢理担ぎ出されたらしい。
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――《ガーデン》――
北海道では未だに大騒動が続いている頃、《ガーデン》には異世界から十数人の男女が来訪していた。
来訪者を率いていたのは護龍剛則、良則の3番目の兄で凱龍王国の刑事をしている青年だ。
「―――――フェラン=エストラーダの身柄は確かにこちらで引き取った。ギルド側には近日中に懸賞金等を送金すると伝えておいてくれ。」
「うん!剛兄達も無茶はしないでね。」
「・・・良則、無茶をしてるのは俺よりお前達だろ?一晩で『創世の蛇』だけでなく『黎明の王国』にまで接触するとか・・・見ろ、俺の同僚達はまだ目を引きつってる。最近のお前達が関わる事件は、無茶だけでどうにかならないものばかりだぞ?」
「う・・・うん。」
剛則は後ろで待機している部下達を親指で指しながら呆れたように弟に軽く説教をする。
剛則の部下達は異世界の物差しで測っても非常識な良則達の活動に顔を引きつらせている。
なにせ、今回の事件で勇吾や良則達が接触した人物達は本来なら未成年の冒険者が戦っていい相手ではないのだ。
『幻魔師』の“端末”にしたって、個体によって強さが異なるとは言っても下手をしたら単体で国1つを滅ぼしかねない力を持っているのだ。
最強クラスかチートでない限り戦おうとは思わないのが普通である。
これから凱龍王国へ連行されるフェランもまた、過去の異常な実験を含めた凶行の数々から子供が相手をするのは超危険な人物である。
その両方と接触し、経緯はどうあれ1人を撃破、もう1人を拘束という常識外れの内容に、ごく普通の異世界の刑事達は混乱しそうになっていた。
彼らからすれば、今は爆睡しているバカが相棒の龍王とやったと言われた方がショックは小さかったのかもしれない。
「そろそろ出発する。お前も今日はしっかり休んでおけ。」
「うん、剛兄も元気で!」
「ああ。」
異世界の王族兄弟は笑顔で挨拶を済ませた。
そして剛則達刑事一行は未だ意識の戻らないフェランの身柄と共に凱龍王国へ帰って行ったのだった。
「あ!朝食を作らないと!」
剛則達を見送った良則は、今朝の朝食当番が自分だったのを思い出し家へと戻っていったのだった。
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――〇〇市 佐須家前――
黒王は早朝にも拘らず佐須家の家の前に立っていた。
正確には昨晩――と言っても数時間前だが――からずっとこの町に残っていた。
あの後、適当な場所で救助した船舶を放置して近くを航行している巡視船に発見されるように細工した後に残された最大の問題は言うまでもなく冬弥の事だった。
冬弥が一度は死んだことを聞かされた直後の勇吾は相当なショックを受けて動揺したが、そのすぐ後に冬弥本人から聞かされた内容を知るとすぐに顔付を変えた。
一緒に聞いていた黒王もまた、冬弥の話を聞いた直後は珍しく驚愕の眼を一同に見せたほどだ。
そして勇吾と一緒に冬弥にいくつかの質問をした後、黒王は朝になるまでこの町に残ると勇吾に伝えたのだ。
(――――『白狼』ホロケウカムイ、これはお前にとっても想定外だっただろう。いや、《盟主》と“時の神”を除く古き神々の大半は“この時代”の到来を予想すらしていなかっただろうな。)
おそらくは聞いているだろうと知りつつ、黒王は周囲の景色に溶け込む様に気配を消しながら心の中で独り言を続けていく。
(2人は凄い事としか思っていないようだが、いくら始祖の因子を濃く受け継いでいたとしても今回のような事は普通は神でも起こせない。混血だった瑛介の時とは状況がまるで違うのだからな。それでも起きた以上、奇跡以外でこのケースが起きるとすればそれは―――――――――。)
と、心の中の独り言はそこで終わった。
「―――――ライ。」
「よ!オヒサ~♪」
黒王の隣に軽装姿のライが現れた。
「謹慎は解けたのか?」
「おいおい、今回は謹慎じゃなくて臨時の派遣!常立系の神社からヘルプを頼まれていたんだよ!」
ライは最近姿を見せなかった理由を必死に説明していった。
ちなみに、普段からほぼ毎日タダ飯を食いに来たり遊びに来たりするライが何日も来なくなった際、勇吾達は例えようのない不気味さを感じていた。
「そういう事にしておこう。」
「信じろって~!!」
それから1分ほど黒王ライを適当にからかってやった。
「―――――ライ、お前に1つ頼みたい事がある。」
「――――ん?神関係か?」
「そうだ。お前なら既に気付いているだろうが、今もここを覗いている始祖神を連れて来てほしい。」
「・・・ああ、あいつらか。どうもコソコソしてる奴らがいると思ってたけど、あいつらがどうかしたのか?」
「直接会って確認したい事がある。俺から出向く事はできるが、やはり神格を持った者が行った方がトラブルを残さずに済む。」
「ま、確かにそうだな。神龍でも安易にあの領域に立ち入ったら、性質の悪い奴に睨まれて面倒な事になるからな。それで、誰を連れてくればいいんだ?」
「―――――――――決まっている。『白狼』だ。」
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――???――
「ヤッホ~!そういう訳でやって来たぜ幽世!」
「「来やがった・・・!」」
ライは6柱の神々がいる場所へとやってきた。
ライは便宜上『幽世』と呼んだが、この場所にはハッキリとした名前は存在しない。
あえて言うなら『名もなき神域』と呼ぶべき異界、普通の人間は立ち入る事はおろか、認識する事すらできない現世の理から外れた神の領域なのである。
「おいおい、久しぶりに逢いに来たのにつれないな?」
ライは馴れ馴れしく話しかけるが、6柱のうち2柱はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
女神トカプチュプカムイと蛇神ホヤウカムイである。
「あなた、自分がこの地で何をしたのか忘れた訳じゃないでしょうね?」
「え?俺は普通に友好的な交流をしてただけだぜ?」
「あれの何処がだ!!」
ホヤウカムイは敵意を剥き出しにしてライを睨むが、ライはそんな事など気にせずに先程から沈黙しているホロケウカムイへと近づいていった。
現在、ここにいる神々の姿はライと同様に人型をしている。
つまり、ホロケウカムイの姿は慎哉と冬弥によく似た姿でライト対峙しているのだ。
「・・・久しぶりだな?」
「だな!それにしても、やっぱり何度見てもそっくりだな?」
「・・・契約者に黙っていてくれた事には感謝する。あの2人にもだ。」
「まあ、神にだって色々事情があるからな。」
ホロケウカムイはライに軽く頭を下げ、ライはそれを笑って受け止める。
ホロケウカムイの言うとおり、ライは慎哉と最初に会った時から大体の事情を察していた。
だが、自身の判断でその事を勇吾や本人に伝えるのはまだ早いと黙っていたのだ。
「けど、まさか兄じゃなくて弟の方が聖獣化するとはな。俺は逆になると思ってたぜ。」
「そうだな。」
「で、お前はどうするんだ?俺は黒王にお前を現世に連れて来るように言われてるんだけど?」
「・・・・・・。」
視線を逸らして黙り込むホロケウカムイ、その目は誰が見ても寂しげだった。
「現世に下りるだけなら問題ないだろ?俺や他の日本の神々は普通に人の中に混じって出歩いているしさ?」
「・・・だが、契約もしていない神が人の世に関わるのは危険が伴う。それはお前もよく知っているだろう。特に《盟主》と呼称されているあの7柱は―――――――」
「スト――――ップ!暗い話はその辺にして、とりあえず黒王にだけ会ってくれないか?息子の方とはその後で決めればいいだろ?」
その後、数分程の沈黙が続いた。
他の神々も黙って見守る中、ホロケウカムイは意を決したように顔を引き締め直した。
「―――――分かった。」
「よし!じゃあ、さっさと行くぞ!」
ライはニッと笑みを浮かべると、ホロケウカムイの腕を引っ張って現世へと戻っていった。
残された5柱の神は無言のまま2人の背中を見送ったのだった。
・ライが久しぶりに登場しました。




