第193話 黎明の王国
勇吾の視線の先でフェランはディオンに斬られ、力なく落下していった。
「・・・・・?」
フェランが堕ちる瞬間、勇吾は小さく見える彼の顔が見えた気がした。だがそれは、マッドサイエンティストと知られているフェランとは思えないような表情をしていたので、勇吾は一瞬気のせいかと思った。
それはどこか儚げで、狂気のマッドサイエンティストというよりは迷子のような、寂しくて泣いている子供のようにも見える表情で、勇吾には別人のようにも見えたのだった。
「・・・終わった・・・のか?」
「みたいだな。」
『・・・・・・。』
後ろで呟く晴翔に勇吾は簡潔に答え、2人を背中に乗せた黒王はただ黙って見ていた。
フェランはおそらく致命傷を負っている。運良く急所を外していたとしても、あの高さから落下すれば海面に衝突した瞬間に絶命するのは避けられない。
非道な人体実験を続けた男の末路―――――――フェランが今までにしてきた事を考えればそう言えなくもない。彼は多くの犠牲者を出し過ぎた。このまま彼が死ねば世界の禍根を1つ減らすことができる。喜ぶ人間も1人や2人ではないだろう。勇吾も最初はそう思った。あの顔を見るまでは・・・。
「―――――クソッ!!」
「勇吾!?」
勇吾は黒王の背中を蹴って跳んだ。
握っていた布都御魂剣の柄に付いている鎖を空いた手で掴んで投げた。
「―――――布都御魂!掴まえろ!!」
投げた鎖は何時もの様に勝手に延びていき、落下しているフェランの体を何重にも縛った。
勇吾は剣側の鎖を軽く引いて落下の勢いを殺す。フェランの体はすぐにゆっくりを再び落下を始めるが、勇吾は加減をしながら自分の元へと引き寄せた。
『―――――そうすると思っていた。』
「黒!」
すると、勇吾の頭上に黒王がやってきて勇吾が引き寄せたフェランの体を片手で受け止める。
そこへ、今度は良則が飛んできた。
「勇吾!!」
「良則、悪いがこいつの応急処置を頼む!」
「う、うん!!」
良則はすぐに黒王の手に乗り、フェランの傷を確認する。
「あれ?ほとんど傷がないよ?」
「何?」
勇吾はすぐに確認しに行き、そこで派手に斬られたはずのフェランの体には致命傷になる傷は見当たらなかった。あるとすれば、最初にディランに刺された傷だが、そこは既に回復魔法で塞がっており出血も止まっている。
「これは・・・・・・。」
「斬られた直後に血が吹き出さなかったから変だとは思ってたけど、あの攻撃は物理攻撃じゃなくて精神系を含めた特殊攻撃だと思う。外傷はそんなにないけど、体内の魔力がほとんど無くなっている・・・!」
「・・・《アダマスの大鎌》の伝承に沿った能力か?」
勇吾はフェランが受けた攻撃の正体を推測する。
『その通りだ。』
すると、黒王がその推測を肯定する。
『ティターン十二神の末弟クロノスは、母ガイアの命で父ウラヌスの男根を斬り落として父から王位を纂奪し、切り捨てられて海に落ちたウラヌスの男根から出た泡から女神アフロディーテが生まれた。その際に使われたのが《アダマスの大鎌》だ。その能力は対象を殺さずに斬る事で相手の“何か”を纂奪する。今回の場合は、フェランの持つ全能力を纂奪されたのだろうな。』
「それで魔力の大半が無くなっているのか。」
『それだけではないだろう。』
「え?」
『そうだろ、ディオン?』
「「!!」」
振り向くと、そこには何時の間にか大鎌を持った死神ピエロがいた。気配や存在感など感じさせず、まるで景色に同化している様に立っていた。
すぐに警戒する勇吾と良則だったが、ディオンはその場を動かずにジッと気絶(?)しているフェランを見下ろしていた。
「フフフ・・・黒は相変わらず目敏いですね?確かにそれだけではありませんが、それは後でわかりますよ。しかし、よく大人しく静観していましたね?」
ディオンは不敵な笑みを漏らしながら視線を送る。
『『幻魔師』ならまだしも、この者をお前が殺すとは微塵も思ってはいないからな。無力化して後の事は俺達に全て任せる。そんなところだろう。』
「フフフ、その通りです♪」
ディランは不敵な笑みを混ぜながら口を動かす。しかし、その仮面の奥は口調に似合わない顔が隠れているのを黒王は見抜いていた。
「(ねえ、それってフェランが負ける事を前提になってるよね?)」
「(ああ、最初から奴が勝つと確信していたんだろうな。)」
勇吾と良則は小声で呟きあいながら2人の会話を聞いていた。
『・・・このまま帰るのか?』
「・・・ええ、無事に《無形の神楯》の回収も終えましたので。私は早々に立ち去らせていただきます。」
「待て!お前は・・・!?」
言葉通りに去ろうとするディオンを勇吾は止めようとする。勇吾はディオンに訊きたいことがたくさんあるのだ。このまま帰す訳にはいかなかない。
だが、ディオンは勇吾の声など聞こえていないかのように背を向け、そのまま立ち去ろうとしていた。
「待っ――――――!」
「ああ、そういえばアベルから言伝を頼まれていました。」
「「!!」」
「――――『あなた方が神を1柱倒せるようになった時、再び会いましょう。』、だそうです。では、今度こそ失礼♪」
「あ・・・・!」
ディオンは意味深な伝言を伝え終えると、今度こそ空に向かって跳躍し、あっと言う間に見えなくなっていったのだった。
「行ってしまったか・・・。」
「あの人は凄く強いよ。多分、今の僕が戦っても負けると思う。」
「・・・だろうな。」
良則の意見に勇吾は同意する。
敵意や威圧感は静かなほど感じられなかったものの、むしろその静かさが、そしてフェランとの戦闘で垣間見た実力の一端からディオンの能力の高さを感じさせられていた。
「それに奴の口からはアベルの名前が出た。ルビーやジャンと同様、奴も“同じ勢力”に属しているんだろう。黒は知っていたのか?」
『いや、俺がディオンと過ごしたのは200年以上前の半年ほどの短期間だけだ。その時点では唯の孤児で、どこかの組織には所属してはいなかったしたとすれば、連絡が取れなくなった頃以降だろうな。』
「そうか・・・。」
『だが―――――――。」
「黒?」
黒王は何かを言おうとして僅かに口を止めた。
だが、すぐに口を開いて続きを話し始めた。
『―――――今までの事、ルビー=スカーレット、アベル=ガリレイ、ジャン=ヴァレット、そしてディオン=オミクレー、この4人の行動を振り返ると1つの組織・・・いや、国の名前に思い至る。人伝で聞いた話だから存在する確証はないが・・・・・・おそらく、『黎明の王国』だろう。』
「――――『黎明の王国』?」
初めて聞く名前に、勇吾は隣にいる良則の方を見るが良則は首を横に振って知らないと答えた。
「どんな国なんだ?」
『あくまで噂のレベルでしかないが、何処かの異界にある、龍王の契約者が治めている国だという話だ。』
「―――まさか!?」
“龍王の契約者”と聞いて勇吾は反射的に何人かの名前を頭に浮かべた。その1人は勇吾の隣にいる良則、良則の家族も何人かは契約している。そして、それ以外で勇吾が知っている“契約者”は―――――――。
だが、その考えはすぐに否定される。
『いや、ロトの父親ではない。俺がその噂を聞いたのは100年近く前、時期的に考えてそれはありえない。そもそも、あの男は呪いで人の中には長くいられないだろう。』
「そう・・・だったな。」
『この話は今は置いておくとしよう。今はまず、あそこにいる被害者達を陸に送り届けるのが先決、そしてこの男を然るべき場所へと引き渡す。』
「あ、ああ、そうだな。」
黒王の言葉で今すべき事を思い出した勇吾達、その後彼らは念の為にフェランを拘束し、次にさっきからずっと置いてけ堀だったレアンデルと翠龍の元へ下りてレブンエカシの被害者達の救助活動を再開した。
既に周辺の海域からはカースが張ったとされる結界の霧は残滓も残さず消えており、海を汚染していた魔毒も良則の力であっという間に浄化されれて解決した。
そして彼らは本土へと戻っていくのだが、そこで聖獣になっていた冬弥の姿を目にして(黒王以外)絶句し、詳しい話を聞いて更に絶句するのだった。
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――黎明の王国――
異界に立つ白亜の城、『黎明の王国』の本拠地に建つ城にディオンは戻ってきていた。
時刻は日本と同じ深夜、時空転移で直接城門の前に現れたディオンに門番と警備兵達は敬礼をして門を開け、ディオンが城内にはいると門は再び閉じた。
「・・・ふう。」
深夜で人の姿がほとんど無いのを確認したディオンはようやく肩の力が抜き溜息を吐いた。
(無理してキャラ作りしていたの、流石に黒にはバレたな・・・。)
ディオンは《アダマスの大鎌》を異空間に収納すると顔に装着していた仮面を取ろうとする。
「・・・・・・!」
だが、不意に横から現れた気配に仮面を取る手を止めた。
気配のする方を向き、支柱の1本に隠れている気配の主へ視線を送る。
「――――ご苦労様です。ディオン先輩。」
「・・・アベル。相変わらず・・・のようですね?」
支柱の影から現れた後輩の無駄に怪しい行動に呆れながら、ディオンは普段のキャラの口調で返事をする。
「彼らに伝えてくれました?」
「ええ、確かに彼らに伝えておきましたよ。ただ、その意味を本当に理解してくれたかはわかりませんが。」
「・・・それでいいんですよ。それより、神器の回収お疲れ様です。陛下が上でお待ちです。」
「・・・ハア、陛下も夜更かしするくらいならさっさと寝ていてくれれば・・・。」
「ハハハ、仕方ありませんよ。陛下ですから♪」
ディオンは一気に疲れた様な声を漏らし、アベルも苦笑しながら適当に流した。
「――――では、私はこれから陛下に報告をしに行ってきます。あなたも体調を考えて早く就寝する事をお勧めしますよ?」
「そうさせていただきますよ、先輩♪」
2人はそこで会話を終え、ディオンは上層階にある“主君”の待つ部屋へ、アベルは居住区にある自室へと戻っていった。
誰もいなくなった1階の通路には静寂だけが残り、城内のシステムによって証明は自動的に省エネモードへと移行して薄暗い闇に包まれていったのだった。
黒王は沢山隠し事をしています。
何を隠しているかは物語が進むにつれて明らかになっていきます。




