第17話 ソロモンの悪魔
――2011年7月12日 警視庁桜ヶ丘西警察署――
捜査本部が設置された警察署の前には、現場同様多くのマスコミが集まっていた。
勇吾達は姿を消したまま警察署内部に侵入し、「桜ヶ丘市高校生殺害事件捜査本部」と書かれた部屋に入った。中では本庁から来たらしい刑事が捜査情報がまとめられたホワイトボードを睨んでいた。
捜査が開始されてからまだ間もない事もあり、集まっている情報も被害者の身元以外はまだ少ない。勇吾は書かれている情報を記憶しつつ、刑事達の会話にも注意を払っていった。
「警部、鑑識から被害者の携帯の分析結果が届きました!」
「どうだった!?」
部屋にいる全員の視線が報告に来た若い刑事に集中した。
「比較的損傷の少なかった携帯の履歴を解析したところ、被害者は殺される直前まで、いわゆる学校裏サイトに書き込みをしていたようです。それもかなり過激な内容を書いていたようです。これがそのログです!」
若い刑事は数枚の資料を警部と呼ばれた刑事に渡す。渡された資料を見た刑事は、あからさまに不愉快な顔をした。
「これは酷いな・・・・・・。」
勇吾も横から内容を見ると、その内容に同じように顔をした。
(―――――――K・Tか。)
それだけ確認すると、黒王とその場を後にした。
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――同日 都立桜田中央高校――
あの後、全校集会が行われ授業は行われず午後は休校となった。校門前でマスコミが待ち構える中、生徒達は口々に事件の事を話し、不安と恐怖に包まれた空気の中下校していった。その中でも1年生の、それもあるクラスの生徒は特に際だっていた。
学校にも当然警察が現れ、殺された生徒について聞き込みが行われた。その途中、聞き込みに来た刑事に捜査本部から学校裏サイトの情報が届き、問題のクラスへの捜査が集中する事となった。
特に、イジメを先導していたと目される被害者の友人数名と、イジメを受けていたと思われる生徒は直接呼び出され、正午が過ぎるまで聞き込みが行われた。
学校側はイジメの存在を否定し、刑事も深く追求をしなかった。念の為と関係者全員のアリバイを聞いていったが、現場の惨状を見ていた刑事達は生徒達を疑うことはなかった。どう考えてもあの惨状を高校生に作れるとは思えなかったのだから当然といえる。
だが、被害者とつるんでいた生徒達にとっては「次はおまえ達が殺されるかも」と言われたようなものだった。全く心当たりがなくても、刑事達に直接呼び出された事が彼らの中の恐怖をより強くしていった。
そんな中、立花琥太郎は誰にも真実を伝える事ができずにいた。
(どうしたらいいんだ・・・・・・・・・・。)
言ったところで相手にされないのはわかっている。自分が見たのはあまりに現実離れをしている。話したところで誰にも信じてもらえず、奇異の目で見られてしまうのが想像できた。
(僕の・・・・・・望み・・・・・・。)
あの時の琥太郎は追い詰められていた。
「みんないなくなれ。」と思っていたのも事実だ。その思いの中に殺意がなかったのかと言われれば完全に否定できる自信は彼にはなかった。
(僕のせいで――――――――――――――――――)
あの時、いなくなればいいと望んだ人物はまだたくさんいる。あの化け物が望みを全て叶えるならば、これからもっとたくさんの犠牲が出る事になる。奴は関係のない者も殺しているのだから。
「僕は・・・臆病者だ・・・・・・・。」
何時の間にか考えている事が口から漏れだしていた。
琥太郎が剣道を始めたのは祖父の趣味の影響だ。幼い頃、時代劇が好きだった彼の祖父と一緒に過ごしていた彼は侍に憧れていた。あんな風に強くなりたいと、地元の道場に通い出したのが始まりだった。
だが、今の自分は憧れとは程遠いと言う現実が琥太郎の進む道の前を重く塞いでいた。一人ではこれを乗り越える自信が今の彼にはなかった。
「・・・・・・・・。」
無言が続き、気づけば家の近くまで来ていた。
校門の周りにはマスコミが集まっていたが、家の周りには見あたらなかった。その事に少しだけ安心しつつ、黙って家に入ろうとした時だった。
「――――立花琥太郎だな?」
「―――――ッ!?」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
振り向くと、そこには少年と青年が立っていた。
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警察署を出た後、勇吾達はすぐに裏サイトで悪質なイジメを受けている人物の調査に動いた。
荒業だが高校のコンピューターにハッキングし、クラスとイニシャルから絞り込むのにはそう時間はかからなかった。その後はイジメの実態を調べながら本人の帰宅を待っていたのである。
「――――立花琥太郎だな?」
「―――――ッ!?」
声をかけられ驚く琥太郎を見て、勇吾はやはりと確信する。勇吾の眼には琥太郎に纏わりつく悪魔の魔力がハッキリと映っていた。
「・・・・黒。」
「ああ。」
勇吾の合図とともに、黒王の体から霧が静かに噴き出した。
彼ら3人だけを飲み込み、そこだけ別の空間に変わっていった。
「―――――これで誰の目も気にせず話せる。お前が契約した奴も含めてな。」
「―――――――っ!な、何で――――――――――!?」
「――――――勇吾。」
「わかってる。順を追って話がしたい。いいな?」
突然の来訪者を前に、琥太郎はただ肯くしかなかった。
その後、立ち話をする訳にもいかないため、霧に包まれながら3人は立花家に入り琥太郎の部屋に入る。黒王の出した霧は彼を基点としているため、彼が動けば霧も同時に動くのだ。
「じゃあ、まずは俺達から話すぞ――――――――――。」
そして勇吾は自分達の事情とここに来た理由を話し始めた。最初は話が話なので信じられなかったものの、既に信じられない存在に出会って契約した琥太郎はすぐに信じられるようになった。
「―――――――――――あれが、悪魔?」
「今度はお前の番だ。話してくれるな?」
説明を終え、今度は琥太郎に話を要求する。
「――――大丈夫だ。この霧の中での会話は外部に感知される事はない。お前が契約した悪魔にも、俺達との接触も会話もここに来ない限り気付かれる事はない。」
「――――――そう言う事だ。」
最も、これは黒王が高位の龍族、神龍だからこそできる芸当である。
重みのある黒王の言葉が通じたのか、琥太郎は昨晩起きた事を順を追って説明していった。裏サイトで中傷された事。耐え切れず、「いなくなれ。」と望んでしまった事。その直後、獣の咆哮と共に停電が起きて声が聞こえてきたこと。一時の感情で契約を望んだら悪魔が現れた事。現れた悪魔の特徴も伝え、琥太郎は話を終えた。
琥太郎の話の中、黒王の表情は険しいものになっていた。
「―――――――――――――奴か!」
「黒、その悪魔まさか―――――――!?」
琥太郎の話の中で勇吾も悪魔の正体に目星がついていた。だが、予想通りならかなり性質の悪い悪魔であることに2人は一層表情を険しくする。
「「―――――――――――アンドラス!!」」
「――――あ、確かそう言ってたような・・・・・?」
2人が同時に叫んだ名を聞いた琥太郎は、悪魔がそう名乗っていた事を思い出した。
「―――チッ!間違いなしか―――――――――!!」
「なら、残された時間は長くない。奴の気分次第だが、場合によってはこの街の人間全員が奴に殺される事も十分ありえる!」
「ぜ、全員――――――――!?」
黒王の言葉に驚愕する琥太郎。
勇吾の顔も厳しいままだ。冗談ではなく、本気で言っていることが琥太郎にもわかった。
「―――――――アンドラス、破壊と殺戮を好む悪魔。ソロモン72柱の悪魔と言えば少しはわかるだろ?」
「ソ、ソロモンって――――――ゲームや漫画に出てくる!?」
その名前には琥太郎も聞き覚えがあった。主にゲームや漫画で得た程度の知識だが、その有名な話はしっかりと覚えている。
「そうだ。実在の人物で、娯楽の題材にされているからな。」
「―――――紀元前に存在したイスラエル王国の3代目の王で、爵位級の悪魔を72人も封じ使役していた人間の王だ。そして使役されていた悪魔の1人がアンドラス、地獄の大侯爵と言う訳だ。」
2人の説明に絶句する琥太郎。
ソロモンの悪魔と言えばオカルトでは定番の話でゲームや漫画でも広く題材にされている。琥太郎がプレイした事のあるゲームにも登場しており、その強さはどれもボスクラスだった。だが、まさかそれが自分の前に現れて契約を結ぶとはとても信じられなかった。
「言っておくが、まだ説明は続くぞ。アンドラスは序列63位で30の軍団を指揮する。人間関係に不和をもたらす力を持ち、途方もなく破壊的な悪魔だ。」
「例え自身を召還した者や契約した者でも隙を見せたら殺す。従僕である狼と共に契約の関係あるなしに関わらず殺し続ける悪魔だ。この街に現れた以上、欲望のままに破壊と殺戮を繰り返すのは目に見えている。お前が契約を断っていた処で、お前を殺して別の人間の元へ行き、殺戮を行っていただろうな。」
琥太郎は目の前が真っ白になる思いだった。
つまり、契約とは関係なくアンドラスは無差別殺人を行うと言う事だ。それが自分が契約した事で最初の犠牲者が自分をいじめた連中になっただけと、断っていたらその時点で自分は殺されていたという事実に琥太郎の顔は真っ青になってしまった。
「そ、そんな・・・・・・!?」
イジメを受けていた時以上に押し潰されそうになる。
契約の相手は誰でも一緒だったとは言い訳にならない。
引き金を引いた事に変わりはないのだから。
このままいけば自分は勿論、家族や近所の人たちも皆殺しになる。
既に犠牲になった人達。
これから殺される人達。
多くの人々の命という重圧に、琥太郎の意識は闇の中に沈んで行きそうになった。
・アンドラスは不和を生む以外に経済的困難や生涯続く苦悩をもたらしたりするそうです。本当に性質の悪い悪魔です。




