第186話 北の真実②
――太平洋 〇〇市沖――
「――――――時間稼ぎ・・・?」
『可能性の1つとして予想はしていたが、やはり俺達を分断させるのが目的だったか。』
レブンエカシを倒した直後に発せられたフェランの言葉に対し、勇吾と黒王は比較的冷静だった。
「思ったより冷静だな?てっきり、町に残してきた仲間の心配して慌てるか、キレるかと思っていたが?」
「何度も敵の挑発に乗る程バカじゃない。」
「・・・まあいい、予定通りならそろそろ双子のどちらか片方が死んでいるはずだ。」
「何!?」
フェランの発言に、勇吾も今度は両目を見開いて驚いていた。
フェランが慎哉と冬弥の兄弟を実験対象にしているのは当に知っている。生まれてすぐの段階で引き離され、昨日の今頃まで互いの存在すら知らずに生きていた。親の“愛情の力を調べる”という、それだけの目的のためにだ。
そう、思い込んでいた。
“――――――――それが10年前の実験の概要だ。”
だがすぐにフェランが言った言葉を思い出し、それはあくまで10年前の実験の内容を言っていたに過ぎない事にようやく気が付いた。
10年前と15年前、どちらも双子を利用した実験だったので実験内容自体も同じだと勝手に思い込んでいたのだ。
「その様子だと、俺の言葉に勘違いをしていたようだな?まあ、確かに15年前の実験も開始当初は10年前と同じ実験のつもりだったのには間違いないけどな。だが、対象の双子が後になって加護持ちである事が判明してからは別の実験に変更になったのさ。」
(クッ・・・・・・!)
「お前達も知っての通り、一卵性双生児の魂魄は遺伝子情報と同様に全く同じ―――――元は1つだった魂魄が2つに分裂したものだ。見方によっては2人とも同一人物とも言える。なら、一度2つに分かれた魂魄を再び1つに戻すことも可能か、その為の実験だ。」
「それと“加護”がどう関係している?」
淡々と説明するフェランに対し、勇吾は答えを予想していながらもそれを言わずに問い詰めた。
「知っての通り神が授ける加護は肉体だけでなく魂にも影響を及ぼす。それは強化ではなく変質と言ってもいい。あの双子もまた、同じ神の加護を得て魂が変質している。元が同じで同じ神の加護を与えられたその魂が、果たして再び1つに戻ることができるかどうか、それが今回の実験の真の目的だ。」
「馬鹿げている!」
勇吾は胸の奥底から沸上がる嫌悪と怒りを抑えながらもフェランを睨みつけた。
フェランの言った実験、それを実行するという事はつまり、慎哉と冬弥のどちらかが死ぬという事を意味し、そしてそれは現在実際に実行されているのだ。
勇吾のすぐ後ろで聞いていた晴翔も同様にフェランに剣をを抱き、リサや少し離れた場所にいる良則達もまた仲間を殺すことを前提にした実験の内容に言葉では言い表せられないような感情を抑えていた。
そんな中、黒王だけは動揺することなく冷静にフェランの態度を観察していた。
『―――――フェラン=エストラーダ、今までの会話の内容が全て事実なら、俺達は勿論のこと、お前自身も実験の進行状況を把握する事は出来ないということだな?』
「・・・・・・。」
『そしてそれはこの濃霧の結界の特性故の妥協であり、その実験を現在実行しているのはお前ではなくこの濃霧の結界の術者、お前の今までの言動から推測するに、それは『幻魔師』なのではないか?』
「・・・・・・フッ!」
黒王の推測を肯定するかのようにフェランは黒王に笑みを向けた。
「察しの通り、この結界は街にいるカースの“端末”が発動させている。内部にいる者を術者の意のままに分断させることが可能なこの結界の中ではいかなる連絡手段も使用不能、術者が解除するか術の核を破壊しない限り脱出は不可能なのがこの結界の大きな特徴だ。まあ、他にも色々あるがお前達には関係のないことだ。」
(つまり、ここで奴を倒しても誰かがカースを倒すか結界の核を破壊しない限り脱出は不可能ということか。“端末”の質次第ではトレンツ達でも倒せるだろうが、あのマッドサイエンティストのことだ、趣味の実験の為に強い“端末”をカースに用意させてるだろう。だとすれば、奴の言う通り・・・・・クソッ!)
勇吾は自分のミスを悔いた。彼は慎哉の安全を考えて町に残したつもりだったが、それは敵の思う壺だった。
それ以前に、冬弥を家に見張りをつけずにいた事も大きなミスだった。フェランにしてみれば獲物が無防備で彷徨いているに等しいと言うのに。
何故その考えに至らなかったのかと、取り返しがつかないミスをしたことに勇吾は後悔に押し潰されそうになった。
(また・・・俺は・・・!!)
まだどちらかが死んだのを確認したわけではない。だが、フェランの表情は揺らぎようのない自信に満ち、確実にどちらかが死んでいると勇吾の心を揺さぶっていた。
そしてその揺さぶりは勇吾の中の最も辛い記憶を再び呼び起こそうとしていた。
「そうそう、さすがに誰も気付いていないだろうけど、この結界は実は昼前からあの町一帯に発動させている。」
「なっ・・・!」
「発動させたと言っても靄よりもずっと薄いレベルだから今みたいに外界と隔絶させる効果は使えなかったがな。代わりに、市内にいる人間の思考に全く気付かれずに干渉することができる。まあ、効果は対象の耐性レベルによるが、少なくともお前達に判断ミスをさせる位はできたようだな?」
「「・・・!?」」
フェランの言葉に勇吾とリサは同時にその意味を悟った。
勇吾の取り返しのつかないミス、それさえもフェラン達の仕業だったのだ。
「まったく、今回はつくづく有意義な実験だったな。新作の《霧深き夢幻世界》の実用試験もできたからな。後はのんびりと解除されるのを待たせてもらうとするか♪」
『―――――戦闘を継続する気はないのか?』
文字通り空気椅子に腰を下ろし始めたフェランに黒王が問いかける。
それに対してフェランは何所から出したのか、缶コーヒーを飲みながら答えていく。
「無意味な戦闘をする気はないからな。それに、俺は攻撃力こそ低いが防御力には特化しているから、そっちがいくら攻撃してきても俺の《アイギス》が全て防いでくれる。向こうの状況が終了するまでは傷ひとつ負う可能性はほとんど無いな。」
「そんなこと――――――――――!」
『勇吾、奴の言うとおりここでの戦闘継続は無意味だ。全力を出せば勝つことは可能だろうが、現状を考えると戦うのは得策ではない。』
「・・・・・・。」
黒王は海上の方を見下ろしながら剣を握る勇吾を大人しくさせる。その視線の先には救出された何隻もの船舶と、それを守るレアンデルと良則の姿があった。
今、無理に戦闘を行えば折角救出された被害者達も間違いなく危険に曝してしまう。それでは本末転倒だった。
勇吾は黒王の言葉を受け入れ、私情を抑え込んだ。
「・・・分かった。」
「納得したようだな?じゃあ、霧が晴れるまでのんびりと世間話でもしようじゃないか♪」
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――〇〇市海岸部――
心臓は完全に停止していた。
ミレーナの両手は傷口から流れる血で真っ赤に染まり、その手が触れている冬弥の身体からは生気が感じられなくなっていった。
それを後ろで見ていた慎哉の眼は震え、そこから一筋、二筋の涙が流れ落ちていった。
「冬・・・・・弥・・・・・・」
佐須冬弥は死んだ。
その事実がその場にいた全員に伝わった。
上空で戦っていたトレンツとアルバスは波を強く噛み締めながらカースや妖怪を次々に倒していく一方、カースはそれを面白そうに見下ろしていた。
『ようやく死んだようだね?彼を突き刺したあの一撃には僕の“呪”も混ぜていたから回復魔法も効かずにものの1分ほどで絶命するはずだったんだけど、意外としぶとかったね。これも『白狼』が与えていた加護の影響だったのかな?』
カースはワザとらしく首を傾げながら冬弥の死を嘲笑っていた。
カースにとって冬弥の死は依頼された仕事の途中経過に過ぎず、愉快だと思うことはあっても心を痛める事は無かったのだった。
「・・・カース!!」
『ゲスが!!』
トレンツとアルバスは怒りの形相でカースに殺気を向ける。カースがどういう男(?)なのか嫌というほど知っていた2人でさえ、今回は怒りをぶつけずにはいられなかった。
だが、カースは2人の放つ殺気に動揺する様子など全く見せず、むしろそれさえも楽しんでいるように無数の分身と一緒に笑っていた。
『ハハハハ、まだまだだよ。まだ実験は終わっていないんだからね♪それに、君達も僕にばかり気を取られていると危ないよ?』
「クソッ!!」
カースの言うとおり、今のトレンツとアルバスにはカースと戦う余裕はそれほどなかった。数十体から百体に及ぶ妖怪の群れ、まるで意志のようなものを感じさせない亡霊のような軍勢の相手に手一杯の2人には同時にカースの相手をするのは不可能に近かった。
妖怪の数は確実に減っている。トレンツやアルバスの攻撃は敵を一瞬で凍結させていき、そのまま粉砕させていっている。それでも中には明らかに他とは別格の妖怪も混ざっており、それに手間取って未だに全滅させられずにいたのだった。
『ハハハ、精々早くお友達の復讐ができるように頑張りなよ♪』
トレンツ達の戦いぶりを観戦するカース、その姿はスポーツ観戦をする子供と寸分違わなかった。
そこに、地上から怒りのオーラを纏った少年がカースに向かって襲い掛かってきた。
「ああああああああああああああ!!!!!」
『ん?』
両手に装着した《白狼の手甲鉤》でカースの喉元を貫こうとする慎哉だったが、爪先がカースに触れた途端、そのカースは煙のように霧散して消えた。
「――――――ッ!?」
『ハハハ、対人戦闘に慣れていない君に僕が殺せると本気で思ってるのかな?第一、この体は本体じゃなくて“端末”、万が一殺してしまったら、君は善良な市民を殺した殺人犯になっちゃうよ?』
「ハァハァ・・・・カース!!」
涙でグショグショな顔で睨む慎哉、怒りと悲しみに満ちたその瞳でカースだけを睨みつけていった。
「お前・・・・お前が―――――――――!!」
片手を大きく振り、それと同時に百本以上の氷柱がカースやその分身達に襲い掛かる。だが、そのどれもがすり抜けるだけで“端末”本体に命中する様子はなかった。
『ハハハ、よっぽど“弟”くんが死んだのがショックだったみたいだね?あ、もしかして知らなかった?あそこで死体になっているのは正真正銘君の弟だよ♪まあ、双子だからどっちが兄か弟かはあまり意味はないかもしれないけどね?』
「―――――――――――!」
『本当に知らなかったみたいだね?言っておくけどこれは本当のことだよ?君達兄弟が産まれる現場には僕もいたからね。それと、君達の名前は両方とも実の両親が付けたものだよ。名前が付いた後、僕とフェランで“縁切り”をして引き離したのさ。片方の家族には僕が記憶を操作して自分達が付けた名前だと思い込ませておいたんだよ。あれは結構大変だったかな♪』
カースの発言に息を飲む慎哉。
根拠もなく自分が兄だと思い込んでいた慎哉だったが、皮肉にも弟を殺した張本人の口からそれが正解だと明かされた。
『・・・・・それにしても、君の様子を見る限りじゃまだ何も起きていないみたいだね?やっぱり再融合まで時間がかかるのかな?それとも、君も瀕死に追い込めば起きるのかな?』
「・・・・・・!?」
『解らなくてもいいよ。こっちの話だからね♪』
自分の言葉に動揺する慎哉をニコッと笑いながら見るカースは、両手を開いてそれぞれに白と黒の球体を出現させた。
『――――――じゃあ、君にも死にかけてもらおっか?』
「―――――――慎哉!!!」
『逃げろバカ!!』
「逃げて!!」
周囲から慎哉に向けた言葉が聞こえてくるが、それは無意味な上に遅すぎた。慎哉は目の前の仇から逃げる訳もないし、慎哉にカースの攻撃を回避するほどの能力はまだないのだ。
カースはその二色のの球体を慎哉に向けると、笑顔のままでそれを放った。
『―――――――――――《光闇融合爆発》♪』
白い光と黒い闇が海岸一帯を飲み込む爆発を生んだ。




