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黒龍の契約者―Contractor Of BlackDragon―  作者: 爪牙
第11章 白狼編
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第185話 死

 堕天使の姿で現れたカースは特に攻撃する訳でもなく、ただ楽しそうに血を流しながら砂の上に倒れる冬弥を見おろしていた。



『15年の時を経て再会したのに、今度は永遠のお別れだなんて残酷だね♪』



「う・・・はぁ・・はぁ・・・!!」


「お、おい・・・どうしたんだよ、冬弥?」


「どいて!!」


「ッ!?」



 目の前の光景が理解できない慎哉をミレーナが押しどけ、既に意識が消えかけている冬弥の治療を開始した。


 冬弥の胸を貫いていた物はすでになく、ミレーナは自身の持つ回復系魔法の総力で治療にあたった。


 だが、出血が酷かったことと、ミレーナの魔法の効き具合が悪かったことで冬弥の命は風前の灯火になっていた。


 そして、カースの邪魔も事態をさらに悪化させていった。



『こっちを無視するのは感心できないね♪イワサラウス、遊んであげなよ♪』


『グオォォォォォ!!』



 鼓膜に響くような鳴き声が濃霧の中から響き渡り、次に大きな足音とともに霧の中から巨大な獣が出てきた。



「あれって、アラサラウス・・・!?」


「いや、全く別種の妖だ!見ろ、表皮が岩石のようだし、尾が長い上に6本もある!」



 霧の中から現れた獣は昨日勇吾と黒王が退治したアラサラウスに似ていた。


 だが、その大きさは倍以上あり、その体の表面には毛ではなく岩石のような皮膚で覆われている。さらに後ろから生えていた尾は細長く、しかも6本もあった。



「私は治療に専念するから敵を引き付けておいて!無茶なのは解っているけど、できるだけこっちを巻き込まないように戦って!」



 ミレーナは自分達の周囲に《防御魔法》で結界を張り、中の空気を常に清潔にしながら再び治療を再会した。


 と言っても、冬弥の命が消えかけている現状では生命維持が精一杯であるが。



「冬・・・弥・・?」



 慎哉は砂の上に膝を付いた姿勢で血の気がなくなっていく冬弥を見ていた。



「しっかりしなさい!ふぬけている暇があったらこの場を何が何でも死守しなさい!あなたは“お兄さん”なのよ!」


「――――――ッ!」



 ミレーナの叱咤で慎哉はようやく正気に戻った。


 無論、ミレーナが今言ったのは根拠のないその場しのぎの言葉でしかなかったが、慎哉の目を覚まさせるのには十分な効果があった。



「悪ぃ、冬弥のことを助けてくれ!」


「・・・わかったわ!」



 慎哉は両手に武器を装着して敵の攻撃に備えた。



(不思議ね。いくら実の兄弟とはいっても、まだ会って1日しか経っていないのにあそこまで動揺するなんて・・・。まるで会う前から(・・・・・)親しかった(・・・・・)みたい。いえ、もしかしたら本当に・・・。)



 ミレーナの疑問はある意味当然の反応だった。


 15年間互いの存在を知らずに別々の家庭で育った双子の兄弟、それが運命の悪戯――実際は諸悪の根源による傍迷惑な実験のせいだが――によってであったとはいえ、たった1日、一緒にいた時間を換算すれば数時間しか経っていないのに打ち解けあえている(?)のには少し違和感があった。


 普通なら知ってから一晩分の時間があったとはいえ、ミレーナにはまるで以前から面識があったんじゃないかと思わずにはいられなかった。


 ここにはいないが、勇吾達も同じ事を感じていることだろう。それだけ、周りからは慎哉と冬弥の関係は普通の双子の兄弟にしか見えなかったのだ。



(―――――今は治療に集中しないと!)



 気にはなったが、今優先すべき事へと意識を集中させていった。


 だが、冬弥の傷は一向に塞がりそうには見えなかった。




 一方、トレンツとアルバスは幻魔師(カース)熊妖怪(イワサラウス)と戦っていた。


 ステータスを確認すると、やはり横浜の時と同様にカースの体は本体ではなく一般人の身体を利用した“端末”だったが、それでも戦闘力は2人が苦戦を強いられるほど高かった。



『グォォォォォォ!!』


「鬱陶しい尻尾だな!《凍結粉砕の回転蹴り(フリーズブレイクスピンキック)》!!」



 イワサラウスの6本の尾は鞭のように動き、槍のように先端を鋭くさせてトレンツに襲い掛かる。その中の1本の尾には冬弥の血がべっとりと付いていた。


 トレンツはその尾の全てを氷魔法を纏わせた両足で蹴散らせ、6本の尾の全てが一瞬で凍結した後に粉々に砕け散った。



『グァァァォォォォォ!!!』


「ダチの兄弟の仇を取らせてもらうぜ!!」



 6本の武器を一度に失ったイワサラウスはその痛みもあって怒りの形相でトレンツに襲い掛かってくる。


 アラサラウスとは違い、図体はデカいが知性そのものは獣並程度しかないイワサラウスは怒りに任せて爪や牙を振るうだけの攻撃しかできないようだった。



「ハッ!!」


『グオッ!!??』



 イワサラウスの爪を難なく避け、相手の真下に入ったトレンツは鳩尾に向かってキックをお見舞いした。


 口から体液を吐きながら宙を舞うイワサラウス、トレンツとの力の差は歴然だった。


 トレンツは高く跳び、イワサラウスに止めを刺そうとした。



『へえ、前に見た時よりも強くなっているみたいだね?やっぱり、何時の時代でも伸び盛りの人間の成長には目を見張るものがあるね♪』



 このまま止めを刺そうとした瞬間、突然背後からカースの声が聞こえてきた。


 いや、気付けばトレンツの周りには何人ものカースが笑みを浮かべながら囲んでいた。



「別の“端末”・・・!?」



 一瞬、他の“端末”が現れたのかと思いかけたトレンツだったが、周囲を囲むカースの輪郭がわずかにぼやけているのに気付いてすぐにその考えを捨てた。



「幻術!」


『そう、フェランが開発した汎用型濃霧結界を利用した初歩的な幻術だよ♪』



 背後から聞こえたはずの声は、今度は横から聞こえてきた。


 上を見上げればアルバスもトレンツと同様にカースの幻術の分身に囲まれ、どれが本体なのか見極められずにいた。



『幾分かは気付いてはいると思うけど、今この町や近海を飲み込んでいる濃霧はフェランが新開発した結界魔法の一種なんだよ。その効果は幅広く、濃霧の内部で起きている事象は一般人には決して関知されないし電子機器にも記録されることはない。そして探知系の魔法を阻害して術者やその仲間の魔力や気配を完全に隠しきる事ができるんだ。さらに濃霧の中の空間は術者の意のままに分断する事ができるから敵を気付かれずに分断させる事もできるんだよ。君達みたいにね♪』


「―――――!」


『そう、君達が気付かないうちにこの濃霧の中の2つの別空間にそれぞれ分断させられていたんだよ♪あとは今の僕みたいに濃霧の一部を幻術に転用したりもできるし、本当に多種多様に利用できる便利な結界さ♪僕も今回の報酬の1つとして貰っているけど、これは愛用しちゃいそうだ♪』



 カースは霧を手で掬うような真似をしながら余裕の表情でトレンツ達に情報を語っていった。



『まあその話をこの辺りにして、あまり調子に乗らない方が身の為だよ♪』


「何?」


『これを見ればわかるよ♪(パチン!)』



 分身の1人が指を鳴らすと、不意に周囲からたくさんの魔力―――――いや妖気が湧き上がってきた。それは1つや2つではなく、トレンツの感覚で感じられるだけでも50近くはあった。



『この妖気は・・・・まさか!』


『君達の敵が僕達だけって誰か言ったかな?』



 そして霧の奥から50を超える妖怪が同時に姿を現した。



「ウエンレラ、それに他にも・・・!!」



 霧の中から出てきたのは先ほど倒したばかりのウエンレラ、そしてこれから止めを刺すはずだったイワサラウスなど数種類の妖怪だった。



『さっきは言い忘れたけど、これがこの霧の結界、《霧深き夢幻世界(ミスティファンタズマ)》の真価の1つだよ♪ハハハ、君達に彼らを全員倒すことはできるかな?』



 悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら、カースは実に楽しそうにトレンツ達の姿を眺めていた。






----------------------


 闇の奥底に意識が沈んでいく中、冬弥は自分が今どうなっているのか気付き始めていた。



(・・・そうか・・・俺、死ぬのか・・・。)



 自分は何かに攻撃され致命傷を受けたのだと悟った。



(ははは・・・結局足手纏いになっちまった・・・・)



 冬弥の心は意外にも落ち着いていた。


 恐怖が無い訳ではない。だけどこれか死ぬというのに予想以上に冷静でいる自分に対し、冬弥は一瞬自分には生への執着心が足りてないのかと思った。



(それはないな・・・。俺にはまだ・・・やりたい事がたくさんあるんだ・・・!)



 冬弥は意識を必死に上に持ち上げようと足掻き始めた。


 家には家族がいる。そして自分の傍には自分と瓜二つの兄弟がいる。まだ話したいことも、一緒にやりたいことも山ほどある。そう思うとこのまま闇に沈んでいくことを素直に受け入れる訳にはいかなかった。



(まだ・・・・死ねない・・・!!)



 鉛のように重い意識を必死に上へと上昇させようと、冬弥は自分の意識を強く保ちながら上へ上へと泳ぐのに似た感覚でわずかに見える光の差す場所を目指していった。

 すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「―――――――ダメ!まだ・・・まだよ!――――――っと頑張って!あなたが――――――ら、――――が―――――!!」



 何カ所も途切れた声だったが、それが自分を必死に助けようとする声だと冬弥は悟った。


 そして聞こえてくる声はそれだけではなかった。



「会ってすぐに死ぬんじゃねえ!そんなの兄さんが許さねえぞ、冬弥!!」



 それが自分と同じ声だとすぐに気付いた。



(何言ってんだ・・・・兄貴は俺の方だ・・・・!!)



 冬弥は苦笑しながらその声に後押しされるように自分の意識をさらに上昇させていった。


 しかし――――――――



――――――――困るなぁ~、君にはここで死んでもらわないと実験が成立しないんだよ?



(――――――――――うわっ!!)



 聞き覚えのない声が聞こえた瞬間、冬弥の意識は凄い力で闇の底へと沈められていった。



「ダメェェェェェェェェェェェ!!!」


「冬弥ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 冬弥を呼ぶ声も空しく、彼の意識は深淵に向かっていく。


 同時に、彼の肉体から命の脈が停止した。








 佐須冬弥という名の人間は、こうして15年の生を終えたのだった。







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