第182話 炎上
レブンエカシの食道を抜け、胃に到着した良則が見たのは“船の墓場”だった。
胃と思われる巨大なドーム状の空間には大小様々な船舶が幽霊船のように漂っていた。
その多くは胃液の海に沈んだり腐食して半壊していたが、比較的新しい船などは損傷も他よりも少なく浮かんでいた。
「・・・・・・時代も国籍もバラバラだ。レブンエカシは日本以外の世界中の海でも船を襲っていた・・・?」
半分沈んでいる木造船の舳先に着地した良則は、ここにある船の残骸に日本以外の国で造られたと思われる物が数多くあることに気付いた。
その中には明らかにヨーロッパや中東といった、日本からは遥か遠い国の船があり、またその時代にも大きく差があった。
「そうか、レブンエカシは日本以外の地域の伝承にも残っている魔獣なのか。」
『どうやらそうみたいだな?」
「―――――――!」
振り向くと、そこには知った顔があった。
「レアン!」
『よう!俺と同じでコイツに食われた訳じゃなさそうだな?』
そこにいたのはレアンデルだった。
『お前らに《念話》で連絡したすぐ後に襲われてさ、俺の攻撃が全然聞かなくてそのままゴックンとなったんだ。まあ、食われたところで消化される気はないけどな!』
「それで待ってて来なかったんだ。僕は被害者達の救出に来たんだ。」
『だと思ったよ。生存者なら俺も確認している。俺が見つけ時点で6割以上の人間が毒の影響で意識を失っていたが、見つからないように隠れながら毒除けの魔法をかけておいたからそれ以降は意識を失ってる奴は増えてはいないな。けど、早めに外に出て適切な処置を受けないと危険だな。』
「じゃあ、死者はまだいないんだね?」
『・・・現代人はな。それより、外が大分騒がしくなっているみたいだからすぐにでも生存者と一緒に脱出するぞ!』
「うん!」
良則は強く頷き、レアンデルと共に生存者の救出活動を開始した。
まずは生存者全体の把握、そして重症者の応急処置と手際よく進めていったのだった。
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――太平洋 〇〇市沖――
レブンエカシの体内で良則が救出活動を始めていた頃、勇吾達は外部から攻撃を続けていた。
巨大化、正確には元の大きさに戻った黒王は嵐のような闇や火のブレスによる集中砲火、勇吾は晴翔やリサからの魔法で全身を強化しての斬撃による攻撃を続けていた。
翠龍もあの後も攻撃を続けていったが、やはり翠龍の攻撃は悉くレブンエカシには効果がなく、たまに傷を与えても瞬時に再生されてしまう微々たるものだった。
『――――――――やはり、水と風属性は完全に無効化されるがそれ以外の属性は斬撃でなくてもかなりのダメージを与えられるようだな。』
「ああ、それに攻撃手段も毒や衝撃波、水流といった単純なものばかりだ。直撃すればかなり厄介だが避けるか防御すればおそるるに足りない!」
戦闘は勇吾達が優勢だった。
最初は敵の圧倒的なサイズと自己再生能力に苦戦したが、黒王が火力を上げ始めると次第に敵の再生力が追いつかなくなっていった。
これは単に敵の結界が強力だったのが幸いしたのだ。
忘れている者もいるかもしれないが、黒王は『神龍』、龍族の中でも上位に位置する強大な力を持った龍であり、本来は龍王であるアルビオンや銀洸と肩を並べるほど強いのだ。
だが、強すぎる力は世界に悪影響を及ぼすリスクがあるという理由から、黒王は自らに制約を課し、普段は行使する力を抑えているのだ。
例えば龍族の中でも『龍神』に選ばれた者にしか使えない《神龍術》も滅多に使わず、この世界では悪魔アンドラスや『幻魔師』、一番最近だと先月の救出作戦の3回しか使用していない。
どれも相手が悪魔か悪魔以上に質の悪い敵が相手であり、かつ結界の中だったからこそ黒王も力を出せたのだ。もっとも、それでも全力とはまだ言えないが・・・。
今回の場合、敵、つまりフェランが用意した霧の結界は普段勇吾が使う《スローワールド》よりも強度も練度も高い上に、ある意味外界とも隔絶しているので、黒王も外界への影響を気にすることなく普段よりも力を遠慮なく使う事ができるのだ。
『――――――――《神龍・黒耀閃》!』
――――――――オオオオオオオオオオオオンンンッ!!!
黒王が放つ漆黒のレーザーのように見える攻撃はレブンエカシの身体を抉っていき、レブンエカシは今までで一番の悲鳴を上げた。抉られた傷口からは高濃度の魔毒を含んだ藍色に近い血が吹き出し、それをリサとゼフィーラが風を操って勇吾達に当たらないように防いでいく。
戦況は明らかに勇吾達の優勢で進んでいったが、それを近くでフェランは特に危機感を抱いている様子もなくむしろ楽しそうに観戦していた。
(巨大とは言え、やはりレブンエカシ程度では本物の神龍の相手は難しかったか。まあ、神龍の戦闘データを収集できるだけでも十分元は取れたけどな。なにせ、神龍はそれなりの数が存在するとは言ってもその多くが隠居したり現世との関わりを避けたりしているせいでデータが少ない。黒王は現代で表に出てくる数少ない神龍の1体、それも古代種の神龍とくればそのデータは宝の山だ。シャルも喜ぶだろうな。)
フェランは本当に楽しそうに勇吾達とレブンエカシの戦闘を観戦していた。
既にフェランにとってはレブンエカシは用済みであり、体内にいる被害者達も最早逃げられても構わなかった。
(・・・どうやら向こうの実験も順調に進んでいるようだな。気まぐれで始めた趣味の実験とはいえ、本業よりも成果を出しているのは皮肉な話だ。これではギルやライナーとは逆だな。)
少し昔の事を思い出したフェランは、一瞬どこか儚げな表情を浮かべた。
誰にも気付かれる事のない表情はすぐに消え、すぐに目の前で続く戦闘の観戦に戻った。
「ハァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
勇吾は布都御魂剣に魔力を込めていく。
その量は半端なく、布都御魂剣はその形状をみるみる変えていった。
「布都御魂、剣性変更『エッケザックス』!!」
直後、勇吾が握っていた布都御魂剣は一気に巨大化して人間ではなく巨人が持つような大剣へと姿を変えた。
勇吾は魔法で強化した腕で軽々と持ち上げると、魔力を流し込んでさらに巨大化させていった。
「――――――――《巨人殺し》!!」
刀身が数百mにまで伸びた大剣を敵の頭部に向かって振り下ろした。
巨体であるが故に回避行動のとれないレブンエカシは口から衝撃波を放つが、それでも振り下ろされる大剣の勢いを僅かに下げただけだった。
そして大剣は建て一直線にレブンエカシの頭部を切り裂いた。
――――――――グゥオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!???
濃霧の結界の中に鼓膜を破るかのような絶叫が響いた。
頭部から大量の血が吹き出し、レブンエカシは山のような巨体を上下左右にもがき苦しみだし、それによって海面は嵐が起きているかのように荒れだしていった。
『おおお・・・!?』
海上にいた翠龍は荒れだした海の影響をもろに受け、たまらず空中へと飛び出した。
レブンエカシの自己再生は働いてはいたが、傷口から噴き出す大量の血が再生を妨げ、塞ぎ始めてもすぐに開いてしまっていた。
「―――――――――――黒!」
『・・・・・・。』
勇吾は真上にいる黒王に攻撃の合図を送ったが、黒王は何故か踏み止まっていた。その眼は未だ開いたままの頭部の傷口の奥を見つめていた。
『・・・どうやら救出は成功のようだ。』
「―――――――――!」
『来るぞ!』
直後、傷口から一筋のオレンジ色の光が突き抜けた。
―――――――グアオオオオオオゥオオオオオオオオンンン!!!
「あれは良則の!」
それが敵の体内に侵入した良則による攻撃だと気付いた時には勝負は決まっていた。
光が突き抜けた直後、今度は火柱が突き抜けて火山の噴火のようにレブンエカシの頭部は爆発した。
そのすぐ後に、今度は頭部以外の数十ヵ所から光が突き抜け同じように火柱が飛び出し、レブンエカシの全身は見る見るうちに炎に包まれていった。
「伝承では、レブンエカシに船ごと飲み込まれた人が腹の中で焚火をしたら簡単に吐き出されたと言われていたが・・・・・・・。」
『その通りだったのだろうな。レブンエカシの弱点は“火”、それも体内は普通の人間の起こす焚火程度の火でも苦しみだすほどに弱かった。』
「それにこれは良則の《聖火》、普通の炎よりも効果は絶大だ。」
勇吾達は炎に包まれるレブンエカシを見ていた。
レブンエカシの絶叫はその後も数分間続き、消えない炎はレブンエカシの身体を容赦なく焼き尽くしていく。そして焼かれた部分から崩れ始め、その光景はまるで山の地滑りにも似ていた。
―――――――グオオオオオオオオ・・・・・・・・・・
レブンエカシの声は次第に弱々しくなっていき、鼓膜を突き破る様なあの絶叫が嘘のように低くなると、勇吾が斬った傷が一気に縦に広がっていき、レブンエカシの身体は左右真っ二つに割れていった。
「スイカかよ・・・・・・。」
「これで『沖の老人』も終わりだな。結局、あれがどういう魔獣だったのかは分からず仕舞いだったが。」
『これは俺の推測でしかないが、かつてこの辺り一帯の海に生息していた古代生物が何らかの変異を起こして魔獣化したものか、どこか違う世界から迷い込んできた野生の魔獣なのかもしれない。俺も全ての魔獣を知っている訳ではないから確証は持てないがな。』
絶命したレブンエカシの死骸を見下ろしながら呟く勇吾達は、その死骸が炎に焼かれて灰のように崩れて海に沈んでいくのを見ていた。
すると、さっきまでレブンエカシの胴体(?)があった場所に白いドーム状の結界があるのが見えてきた。
「おい、あれって・・・!」
「ああ、良則に・・・・それとレアンデルか?」
『どうやら飲み込まれていたらしいな。微かに奴の臭いが敵についていたからもしやとは思っていたが・・・。』
「黒、気付いていたなら教えてくれ。それと―――――――」
勇吾は軽く息を吐きながら相棒に声をかけると、すぐに視線をある方向へと向けた。
「次はお前か、フェラン=エストラーダ?」
「フッ――――――――――――!」
レブンエカシが灰になるまで終始観戦していたフェランは不敵な笑みを浮かべながら勇吾と視線を重ねた。その眼には同様の色など全く無く、レブンエカシが絶命した後になってもまだ何かを観戦しているような余裕さを感じさせられた。
そして、笑みを浮かべながら開くフェランの口から出た言葉に勇吾達は目は一瞬で驚愕の色に染まることになるのだった。
「―――――――――――――時間稼ぎご苦労様♪」




