第180話 北の真実①
霧の奥から聞こえた声の主は思いの外すぐにその姿を勇吾達の前に現した。
白衣を身に纏い、その周囲にはいくつものPSを展開させているその男は、自然体のままで勇吾達を見ると僅かに笑みをこぼした。
「久しぶり・・・と言っても、まだ1ヶ月も経っていないけどな?」
「フェラン=エストラーダ・・・・・・!予想通り、お前が裏で糸を引いていたのか!」
現れたマッドサイエンティストに対し、勇吾は敵意を剥き出しにして睨んだ。
それを見たフェランは特に気にすることなく涼しい顔をしていた。
「実験開始から約15年、当初の予定とは違ったが中々興味深い結果を得ることができた。邪魔が入るのも想定済みだったとはいえ、アラサラウスだけでなくエペタムも昨日のうちに破壊されたのは流石に想定外だった。まさか、基本不干渉のはずの神の1柱が子孫を通して直接干渉してくるとは・・・・・まあ、それはそれでかなり興味深いデータが収集できた。」
「・・・その口振り、一連の事件は組織の計画ではなくお前個人の計画によるもので間違いないんだな?」
「フッ―――――――!」
勇吾が睨みながら問うと、フェランは不敵な笑みを零した。どうやら否定はしないようだ。
「――――――最初はいつも通りの気まぐれで始めただけだったが、適当に選んだ被験者達が運良く加護持ちだったことから少々エスカレートしてしまった。まあ、結果的に有意義な実験を行えたと思ってるよ。」
「・・・どこまで見ていた?」
「・・・・・・。」
勇吾の問いかけに、フェランは表情を変えずに数秒間だけ沈黙した。
そしてすぐに再び口を開き、勇吾の問いかけに答えていった。
「一部始終ではないな。最初は被験者の五感情報がリアルタイムで俺の元に届くようにしていたが、片方は神からの妨害、もう片方はお前達が余計な事をしてくれたおかげで見えなくなってしまった。まあ、同僚の端末を借りたから必要な情報は十分届いたけどな。多少の出費があったが。」
(カースか・・・・・・!)
良くも悪くも勇吾の推測は次々と的中していく。
勇吾は犯人がフェランだと考えた時点で彼の動機と手段を何通りか推測していた。同期に関してはすぐに、というよりほぼ直感的に“趣味”だと断定した。何通りも推測したのは手段、その中でも情報収集手段についてだった。
フェランの言う被験者、今回の件の場合は北守慎哉と佐須冬弥の2人のことだろう。2人を利用して実験を行っているのなら、当然、四六時中監視していることになる。
その有効手段は2人の五感情報をハッキングし、リアルタイムでフェランの元に流れてくるようにする方法である。つまりそれは、一緒にいる勇吾達の行動もフェランに筒抜けになっている可能性も示唆していた。
だが、それだと先日のスイスでの救出作戦が成功した事に矛盾が生じる。あの時、フェランは勇吾達が捕われていたリディ達の事を知っている理由を訊いてきた。知らないフリをしていた可能性もあったが、勇吾はそれが嘘ではないと読んでいた。
第一、蒼空が慎哉を検査した時にはそのような結果はなく、ステータス情報にもそれらしい情報は載っていなかった。
ならば、残る手段の可能性として高いのはは、周囲にいる人間の五感を通しての監視、その中でも世界中に無数の端末を持つ存在、つまり『幻魔師』による監視だった。
「・・・一体、何の実験に2人を利用したんだ!!」
「別に大した実験じゃないさ。単に、人間の愛情の力を調べようと思っただけさ。」
「何?」
「嬰児交換さ。子供を死産した夫婦の記憶を操作し、死産した赤ん坊とほぼ同時刻に産まれた他人の赤ん坊を入れ換えただけさ。愛の力は真実を見抜き、それでもなお他人の子供を我が子として育てていけるかどうかを試したのさ♪」
まるで自分の趣味を語るかのように、フェランは実に楽しそうに自分のしてきた事を勇吾達に話していった。
それを聞いた勇吾は噴き上がりそうになる感情を抑え、黒王は僅かに目を細めながらも無言のままフェランの話を聞いていった。それ以外の面々もフェランに対して嫌悪感を抱いていた。
「――――――――それが10年前の実験の概要だ。」
「「「―――――――――――――え!?」」」
『「・・・・・・。」』
予想外の発言に、勇吾達は一瞬理解できないような表情になったが、黒王と良則だけは理解していたかのように黙り込んでいた。
「10年・・・・前だと?」
「ん?なんだ、そっちの方はまだ発覚すらしていなかったのか?カースの奴、情報料ボッタクリやがったな・・・!」
勇吾達の反応に、フェランは一応ここにはいない同僚に対して苛立ちの感情を吐いた。
「どういうことだ?」
「ま、今更隠す必要もないから話してやるが、俺の日本での実験は大きく分けて3つに分かれている。1つ目は先月から始めたアラサラウス達を使った実験、2つ目は10年前にやったさっき話した内容の実験、そして3つ目がお前らの仲間になっている奴と向こうの街にいる奴の双子を使った実験だ。どうやら、お前達が気付いたのは1つ目と3つ目の実験だけのようだな?いや、そこの神龍と王子様の2人だけは薄々察していたようだな?」
「―――――――黒?良則?」
「・・・ゴメン、もっと早く言っておくべきだった。」
良則は申し訳なさそうに謝った。
その顔はどこか悲しげな、言いたくても言えなかったという葛藤を感じさせていた。
「まあ、10年前のは15年前の被験者と同じ双子を偶々発見してその場の思い付きでやっただけだがな。15年前のは一卵性双生児の潜在能力と可能性についての実験で、産まれたばかりの双子の片割れを別の赤ん坊とすり替え、余った赤ん坊は震災で子供を全て失った老夫婦にプレゼントしてやった。まあ、どれも満足のいく結果を出せて満足できたな。」
そしてフェランの話は続いていく。
15年前、いつもの気まぐれで実験テーマを思いついたフェランは被験者にできそうな対象を探していた。そこで双子を身ごもった妊婦を見つけ、その胎児が一卵生双生児であることを確認したフェランはすぐに被験者に決めた。
その後、交換する相手もあらかじめに選んでおき、組織の開発した技術を利用して両妊婦の出産日を故意に調整した。
そして出産日、別々の病院で無事に元気な赤ん坊を産んだ瞬間を狙ってフェランは動いた。金で雇った時属性の使い手に時間を停めてもらい、時間が停止している間に嬰児交換を行ったという。その際、被験者となった赤ん坊とその家族全員に強力な“縁切り”を記憶操作と同時に行って作業は終わった。
「―――――――双子に加護があると気付いたのはその数ヶ月後、直接接近してステータス情報を確認した時だ。まさかあの時点で・・・・いや、とにかく実に楽しめた実験だったな。」
「ふざけるな!!」
「勇吾・・・。」
『・・・・・・・・・・。』
フェランの話が終わると、勇吾は両手の拳を震わせながら怒鳴り声を上げた。
「お前の勝手な実験でどれだけの人達の人生が狂わされたと思ってるんだ!本当なら一緒に暮らしながら成長していくはずだった兄弟が引き裂かれ、お腹を痛めながら産んだ子供を奪われた挙句、記憶を弄られてしまった母親や産まれるのを楽しみにしていた家族の気持ちを考えた事があるのか!?」
「進歩に犠牲はつきものだ。それに、どの世界でも一時の価値観や情は常に進歩の妨げにしかならない。それはこの世界の歴史も証明しているじゃないか?」
「お前の実験は進歩の為じゃなく、100%お前個人の趣味だろ!!」
「過去の偉人達の偉業の多くは彼らの好奇心から生まれている。それに、俺の実験のお蔭でお前達は良い仲間と出会えただろ?」
勇吾の怒声は柳に風、暖簾に腕押し、何を言ってもフェランには何の意味を持たなかった。
逆にフェランは、自分のお蔭で勇吾達が良い仲間に巡り合えたという始末だ。結果的にはその通りだが、それでも勇吾は納得する訳にはいかなかった。それは勇吾自身も『創世の蛇』のせいで人生を狂わされたからでもあるが、一番の理由はそれ以上に今までいろんな世界で『創世の蛇』の犠牲者を多く見てきたことにあった。
だからこそ勇吾はフェランの行いを認めない。どんなに正論のような事を言ってきたとしても、組織がやっている事を認める訳にはいかないのだ。
「―――――勇吾!」
「・・・・・リサ。」
興奮状態になりかけた勇吾を止めたのはリサだった。
いつの間にかゼフィーラから黒王に乗り移ったリサは勇吾の手をしっかり握りしめた。
『――――――勇吾、ここには奴を責めるために来たのではないだろう?』
勇吾が頭から血が退いたのを見計い、黒王も諭すように勇吾を叱った。
「・・・みんな、すまない。」
「本当に世話が焼けるんだから!」
リサはドンと勇吾の背中を叩いた。魔力を込めて。
「うっ!」
「ほら、さっさと本題を進める!」
「わ、わかった!」
「(怖いな・・・・。)」
「(しっ!聞こえちゃうよ!)」
本日最大のダメージを受けた勇吾を見た晴翔はリサに対して恐怖を覚えた。
「茶番は終わったか?」
勇吾が視線をフェランに戻すと、フェランはペットボトルのお茶を飲んでいた。余裕で鑑賞していたらしい。よく見れば、空いた手には食べかけの南○煎餅まであった。
「ああ。フェラン、後ろにいる奴が襲った船の乗組員はどうした?」
「子供は全員生きている。大人の方はさすがに毒にあてられすぎて命の保証はできないな。どのみち、今ここでお前達が助けなければ死ぬだけだがな。」
「なら、お前ごと倒して救出するだけだ!」
勇吾は布都御魂剣を抜き、切先をフェランに突きつけながら言った。
それを聞いたフェランは食べかけの煎餅を口に放り込み、ボリボリと音を立てながら展開していたPSを全て閉じた。
「―――――――ここでの最後の実験の開始だ。全てを食い尽くせ、『沖の老人』!!」
――――――――オオオオオオオオオオオオオオオオン!!
フェランの合図とともに、霧の奥にいた巨影の主はその姿を勇吾達の前に現した。
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――〇〇市――
勇吾達が戦闘を開始するより少し前、濃霧に飲み込まれた街の中を無謀にも1台の自転車が全速力で走っていた。
「ハァハァハァ・・・・・・!」
幸い、濃霧の影響と連日の事件の影響もあって歩道を歩く通行者や走る自転車は全くなく、車道にも車の走行音は全く聞こえてこなかった。
視界が効かない濃霧の中を10年以上も住み続けた事によって培った土地勘を頼りにペダルを漕いでいく。その場所が何所なのか知らないが、何となく方角だけは分かる気がしていた。それはまるで、見えない糸に導かれるような、例えるなら“絆”のようなものだった。
「ハァハァ・・・・・・・海岸の方か・・・!」
冬弥は自分が向かっている先を確認すると、また全速力で自転車を走らせていった。




