第174話 エペタム
遥か昔の話――――――――
その昔、とある集落の長の家には不思議な窓がありそこには御簾草を編んで作った蓆がぶら下げられ、その中には1本の小刀が大事に収められていた。
その窓は神窓と呼ばれ、神様が出入りする場所と信じられていた窓だった。
そして窓の前にある小刀を収めた蓆は代々決して開けてはならないと伝えられ、誰もその小刀を見る事も触れる事も禁じられていた。
その小刀は持ち主に相応しい者が持てば強い戦士となって活躍するとも、敵が攻めて来た時に祈りを捧げれば独りでに動いて敵を追い払うとも伝えられていた。
長の一族は代々この教えを守り、決して誰も蓆を開けようとはしなかった。
しかしある日の晩、吊るしてあった蓆が異様な光を放ち始めた。
何事かと近づいた長達だったが、次第に光は強くなって長達の目を眩ませてしまった。
その直後、光は神窓から外へと飛び出し、稲妻のように飛びながら集落の各家を襲い始めていく。それはまさしく悪夢のような光景、集落は多くの悲鳴が響き渡り、その晩だけで多くの命が失われていった。
長達はあまりにも悲惨な光景に恐怖し、蓆を山に捨てたり重しを付けて川に沈めたりもしたが必ず長の家に戻り、夜になると勝手に飛んで人々を殺していった。
後になって蓆の中に収められていた小刀は血肉を好む意志を持った魔剣であり、とある秘術でのみ鎮めることができるのだろ知るが、その時は既に秘術は失われ誰も小刀を止める事が出来なかった。
長達は旅人からも知恵を借りてはその方法で小刀を鎮めようとはするも、一時的に大人しくすることはできてもすぐにまた血肉を求めて小刀は集落を襲っていった。
途方に暮れた長は神に祈りを捧げ、その祈りが通じたのか長の夢の中に1柱の神が姿を現した。
その神は長に対し、ここからほど近い所にある底なし沼に巨石がある。そこに祭壇を作って祈りを捧げよと啓示を授けた。
長は啓示の通りに底なし沼へと向かい、そこあった巨石に祈りを捧げると突然その岩は真っ二つに割れ、中から美しい蝦夷イタチが現れ、口に咥えていたクルミを底なし沼へを投げ入れた。
すると、底なし沼はさざ波を立て始め、長はそれが夥しい数の蛇が蠢いているのだと気付き、それが小刀を沼に投げ入れろという啓示だと悟って小刀を沼へと投げ入れて沈めた。
それ以降、長の家に小刀が戻ってくることもなく誰も殺される事がなくなったという。
そして現在、長が小刀を鎮めた沼の近くには龍神を祀った神社があり、沼の傍には神の使いである蝦夷イタチが現れたという巨石が今も残っているという・・・・・。
多くの命を奪った小刀、その名は『人喰い刀』と呼ばれていた。
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――――――――――――――カタカタ・・・・・・・
氷山から抜け出したエペタムは空中で妖しい光を放ちながら鍔を震わせている。
それを見たトレンツは、率直な感想を両隣にいる幼馴染に行ってみた。
「なあ、何だか禁断症状を起こしたアル中や薬中のオッサンみたいじゃね?」
「「・・・・・・・。」」
余裕があるのかバカなのか、トレンツの発言に2人は無言のリアクションを取った。
だが、その一方でその表現が的を射ているとも考えていた。
「――――――伝承によれば、エペタムは毎晩のように血肉を求めて民家を襲っていたという。確かに、あれが意志がある以上は“殺人中毒”を患っていると言えなくもないな。」
「うん、僕もあの刀からは怖気が出るような意志しか感じられない。多分、普通の人があの“気”に当てられたら戦意を失って逃げるか、または意識が混乱してしまうと思う・・・。」
「なあ、もしかしなくても今まで誰も助からなかったのって、その“気”に当てられたせいで逃げる意志も無くなったせいなんじゃね?」
「可能性はあるな。だが、今はそれの検証をしている時じゃない。来るぞ!」
「「―――――――!」」
エペタムは閃光を放ちながら襲い掛かってきた。
それに対し、3人はすぐにエペタムの攻撃を避けて攻撃を開始する。
勇吾は斬撃を、良則は閃拳を、トレンツは魔法を放ってエペタムを破壊しようとする。
だが、エペタムは3人の攻撃を避ける気など微塵もない様にその刃先を勇吾に向けて直進し、途中で直撃する数々の攻撃を弾いたり切裂いたりしていった。
「なんつー切れ味だよ!あれって、もしかしなくても『神器』クラスだよな!?」
「―――――――ああ!おそらく、長い時を経て若干でも神格を持ち始めているのかもしれない!武器ではなく神と戦っているつもりで対処した方がいい!!」
「手加減は無用ってことだな!!」
トレンツはニヤリと笑みを浮かべ、両手に魔力を集中させていく。
「―――――――アルバス、派手に行くぜ!!」
『――――――――ったく!』
空から雪のような飛龍が現れ、トレンツと同様に魔力を集中させて大技の準備に入る。狙うのは空を稲妻のように走りながら勇吾と良則と戦うエペタム、大技をぶつける的にしては小さいがエペタム本体ではなく周囲の空間ごと攻撃すればいいだけだった。
よく見れば、良則も先程から閃拳を放ちながらも魔力を温存している。おそらく、トレンツと同じように大技を放とうとしているのだろう。
「照準はOK!いくぜ!!」
『おう!』
魔力の充填を終えた2人は、エペタムがいる空間を狙いを定めて特大の魔法を放った。
「『―――――《万物を粉砕する白き咆哮》!!』」
トレンツのアルバス、2人の魔力が融合して放たれる白き一閃、周囲の気温を一瞬にして氷点下に変え、同じく一瞬で鋼以上に硬く凍結させていき数秒後にはまるで砂にでもなるかのように砕け散っていく。
あらゆる物質を一瞬で凍結させ、すぐに粉砕するトレンツとアルバスの協力技、それがエペタムのいる場所にもあっと言う間に迫る。
「「――――――――――――!」」
勇吾と良則はそれを目で見る事もなくエペタムの攻撃を適当に弾いてその場から離脱する。
残されたエペタムは攻撃に気付く事無く直撃を受け、周囲は冷気の爆発に飲み込まれていった。
「よっしゃぁ!!」
攻撃が直撃したのを確認し、トレンツは拳をギュッと握った。
異空間の街の一部は真っ白に染まり、そこにあったはずの建築物は跡形もなく粉砕されてなくなっていた。
その中心部の空中には、全体を真っ白に染まったエペタムが制止している。
「やったか!?」
『いや、魔力はかなり減ってはいるが―――――――――――』
アルバスの言葉は最後まで続かなかった。途中で言葉を遮るかのように狂った声が異空間全体に響き渡った。
『血ィィィィィィィィィィ!!!!足リナイ!!血ガ!!肉ガ!!モット!!モットダーーーーーーーーー!!!血ィィィィィィィィィィィィ!!!』
金属音のように高いその声はエペタムから発せられていた。
そのあまりに狂ったような内容に、聞いていた勇吾達は思わず一歩引いてしまう。それほどまでにその声は悍ましいとしか言えなかったのだ。
そして、真っ白に染まったエペタムの刀身は一瞬で赤黒く染まり、同時に今までのような雷に似た光とは違い、血の様に赤い禍々しい光を放ち始めた。
「マズイ、あのオーラは・・・・!!」
「この感じ・・・生物が触れたらそれだけで発狂するか即死してしまう!!」
「良則、これ以上は出し惜しみなしだ!一気にたたみかけるぞ!!」
「うん!」
2人は魔力を全開にし、エペタムに飛びかかる。
『血ィィィィィィィィィィィィィィ!!!!』
だがその直後、頭が可笑しくなるような絶叫を上げながらエペタムは全方位に向かって無差別に斬撃を飛ばし始めた。乾きかけた血のように赤黒い斬撃は地上を削っていき、当然だが勇吾達にも容赦なく襲いかかっていく。
しかし属性の相性が良かったのか、先に前に出た良則の全身から放たれる魔力に触れた途端、まるで水滴が一瞬で蒸発するかのようにエペタムの斬撃は散っていった。
「良則ッ!」
「《天焔破砕拳》!!」
“光”と“火”、二つの属性を融合させた力を拳に纏わせ、良則はエペタム本体に一撃を与える。それに続いて、今度は勇吾が布都御魂剣をエペタムの刀身に向かって振り下ろす。
「―――――――神性ごと断ち斬れ!!」
拳と剣、ふたつの攻撃がエペタムに衝突した直後、周囲に暴風にも似た衝撃が周囲に広がった。
『ィィィィィィィィィィィ!!!!』
「まだ駄目か・・・!!」
「破壊不可の力が働いている!?」
2人の攻撃を直接受けたのにも拘らず、エペタムにはヒビの1つもなかった。
その後も休むもなく連続攻撃を仕掛けていくが効果に大差はなかった。
「クッ!」
「やっぱり破壊はできない!?伝承の通り、封印するしか・・・・・!」
古い伝承の通りなら既にエペタムを鎮める秘術は失われている。伝承では破壊ではなく神の啓示によって底なし沼に沈める事でエペタムの災厄を封じる事が出来たとされる。少なくとも最近までは。
「だが、同じ方法が通じるとは・・・!」
『血ィィィィィィィィィィィィィィィ!!!』
エペタムはしつこく血肉を欲している。
度重なる攻撃でエペタムの魔力は確実に減ってきてはいるものの、エペタム自身に意志がある以上は魔力が底を突いたとしても攻撃を止めない可能性は十分あった。
「仕方ない!現段階で破壊ができない以上、一時的にでも封・・・・・・」
勇吾がエペタムの破壊を断念し、封印に切り替えようとした時だった。
―――――――――オオオォォォォォォォン!
突然、異空間全体に狼の鳴き声が響きわたった。
犬ではなく狼、勇吾達はほぼ直感的にその鳴き声が狼のものだと悟った。それも、かなり圧倒的な力を持った狼であると。
「今のは!」
「勇吾!エペタムの様子が・・・!!」
僅かに意識が鳴き声の方に向きそうになるが、良則の驚愕した声ですぐに目の前のエペタムに向ける。
すると、先ほどまで狂った声を上げていたエペタムに異変が起きていた。
『・・・ィィ・・・ィィィ・・ィ・・・!!』
ピシッ!
苦しむような声とともに、先ほどまでヒビのひとつも生じなかったエペタムの刀身に亀裂が走った。
―――――――――――オオオォォォォォォン!!
ピシッ!
また狼の鳴き声が響き、それと同時にまた別の亀裂が走った。
まるで今まで蓄積されたダメージを今になって受け始めたかのような光景を前に、勇吾は何が起きているのか困惑しそうになる。
だが、同時にこれはチャンスでもあると気づいた。
「良則!トレンツ!」
「うん!」
「OK!」
そして3人はエペタムに対して同時攻撃を仕掛けた。
「「「イケェェェェ!!」」」
斬、拳、蹴、3つの攻撃がほぼ同時のタイミングでエペタムに直撃し、エペタム本体は今までヒビひとつ付けられなかったのが嘘のように粉々に砕け散った。
『・・・ィ・・・・・・・』
砕け散るのと同時に、今まで漂っていた凶々しい魔力なども布都御魂剣や良則の《浄化》によって綺麗に消失していった。
「ふう、終わったぜ!」
「気を抜くのはまだ早い!さっきの鳴き声の・・・!」
勇吾は周囲を見渡す。
勇吾達以外に誰もいないはずの異空間、そこで突然響き渡った鳴き声の主を見つけるためだった。
『――――――こっちだ。』
「黒!?」
「え、何で!?」
鳴き声の主を見つけるよりも早く、聞き慣れた声が勇吾達の耳に届く。それと同時に声の主の気配が唐突に現れた。
勇吾達、後方で待機状態だったアルバスも反射的にその場所へ振り向く。
そこには勇吾から“別の用事”を頼まれてこの場にはいないはずの黒王だった。
何故ここにいるのか。勇吾はすぐに相棒を問いつめようとするが、彼の足元に立つ存在に気づいてそれを止めた。
「―――――――佐須、冬弥・・・!」
そこにいたのは、黒王以上にここに居るはずのない少年だった。
・『エペタム』の伝承は北海道各地にいくつもありますが、私が調べた範囲ではそのルーツは詳しくは分かりませんでした。ただ、血生臭い伝承の多い刀である事は間違いなさそうです。




