第172話 夕食と報告
――北海道 函館市――
時計が午後7時過ぎを表示した頃、勇吾と黒王は別行動中の良則達と合流して一緒に夕食をとっていた。
「さすが異世界にも名高い北海道!食べ物が旨いぜ!」
トレンツは寿司を頬張りながら正直な感想を喋っていた。
勇吾達は現在、函館の回転寿司店で食事をしている。
この店を選んだ理由は、単に近くで大勢で食事できる店がここだけだっただけである。
「あ、今来るイカは私のだから!」
「ヨッシー、醤油取って!」
「ハイ。」
「サンキュー♪」
「あ、大トロを2皿お願いします。」
「平目も♪」
「こら、それは俺のイクラだぞ!」
「アルバス、他の客に迷惑だ。静かにしろ。」
状況はある意味で言えばカオスだった。
会話を聞けばわかると思うが、今ここには人化中のアルバスやレアンデル、ゼフィーラもいる。
しかも全員が美形、それに勇吾達が加われば嫌でも人目を惹く。
特に従業員を含めた店内の大半の女性が勇吾達を顔を紅く染めながら見ていた。
逆に男性は嫉妬の炎を燃やしながら敵意を向けつつ、リサやミレーナといった美少女にも下心を向けたりして一緒に来た女性の怒りを買っていた。
そして男性従業員の方は次から次へとくる注文に対応する為に休む間もなく動かされ、中には悲鳴を上げかける者もいた。
「―――――――で、お前達は何か収穫はあったのか?」
ほとんどの者が食事に夢中になっている中、茶を飲んで一息ついた勇吾は真面目な顔で全員に問いかけた。
「待てって、このウニを食ったら話すから!」
「トレンツ、一体何皿ウニ食ってるのよ?」
「5皿は食ってないか?」
「・・・いいから言える奴から話せ。」
「じゃあ、僕から言うよ?」
幸せそうにウニの軍艦巻きを食べるトレンツを他所に、良則は今日1日で集まった情報を語り始めた。
良則は一般人には視認できないように設定したPSを展開し、そこに何枚かの海の写真を表示させた。
「ミレーナとレアンと一緒にニュースに出ていたサンマ漁船が漁をしていた海域を調査をしたら、広い範囲で海水に高い濃度の魔毒が検出されたんだ。毒は致死量ほどは無かったけど、生物が浴びたら肉体に悪影響を及ぼす濃度だったよ。」
「『魔毒』・・・・・。」
「この世界じゃ結構珍しいんだっけ?確か、科学的な検査で発見される事は極めて稀な毒だったわよね?」
「うん。“魔”に属する者の1部が体内で生成する毒だよ。」
「じゃあ、また悪魔が出たってこと?」
リサの問いに対し、良則は首を横に振って「違う。」と否定した。
「一体の海域を調べたけど、何所からも悪魔に関する手がかりはなかった。僕の推測だと悪魔じゃなくて魔獣か妖怪がこの事件の犯人だと思う。多分、この辺りの海に昔から棲んでいる類だと思うけど・・・。」
「そうか。だとすると、俺の知る範囲でもいくつか心当たりはあるが、まだ断定するだけの情報が足りないな。」
「うん。「山みたいに大きな怪物」だけでも、北海道――――――アイヌ神話にはたくさんそういうのがいるからね。」
「つーか、アイヌの伝承に出てくるデカい妖怪とか怪物って、無駄にデカすぎじゃね?」
「――――――確かに。」
トレンツの呟きに全員が同意する。
あえて名は出さないが、アイヌの伝承には全長が数十km単位の巨大な怪物や神様の伝承もある。
「じゃあ、次は俺だな♪」
良則の報告が終わり、次はトレンツが調査結果を話し始めた。
「俺は“犯人”の移動ルートを洗い直したんだけどさ、そうしたら本州でも何件か同じ変死事件が発生していたのが分かったんだよ。」
「何!それは本当か?」
「マジだって!俺らが帰省している間に起きた事件だからウッカリ見過ごしちゃったけどさ、最初の事件の翌日に東北の高速道路沿いの街で1件、次の日には東京の銀座でも1件発生していたんだよ!」
「クソッ!事件が全て北海道内で発生していると思い込んでいたせいで見過ごしてたか!」
勇吾は悔しがるがそれは無理もなかった。
この1ヶ月、日本国内での変死事件を始めとする怪事件のほとんどが北海道やその周辺の離島や海域でのみ発生しており、逆に本州などでは精々学校の怪談レベルの心霊事件しか起きていなかった。
その為、無意識のうちに事件は北海道内だけで起きていると思い込んでしまったのだ。
「俺の調べだと、事件の周期は最初は2日に1度だったのが、この2週間だとほぼ毎晩起きているみたいだぜ?」
「そして最近はあの町を中心に発生している、か。」
「これは俺の予想だけど、この事件の犯人は自力での移動にはかなり制限があるんじゃないかと思うんだよな。普段は何かに擬態して何も知らない一般人に自分を運んでもらってたとかさ?」
「ああ、それは十分にありえるな。別件を除けば、最初の事件と同様の事件は全て深夜の時間帯に発生している。そして日の出以降、日中の時間帯では1度も起きてはいない。つまり、この犯人は深夜にしか活動できず、それも長距離の移動は自力ではできないと考えるべきだろうな。」
トレンツの推測に勇吾も同意する。
「だとすると、この犯人は少なくとも日中は生物の形を取っていない、武器や道具の姿をしている可能性が高いな。」
「あ!」
「どうしたヨッシー?」
不意に何かを思い出したかのように良則が声を上げる。
全員の視線が良則に集中した。
「今思い出したんだけど、アイヌの伝承の中に今回の事件によく似た伝承があったよ!」
「何!?」
「マジかよ?流石ヨッシー!」
「どの辺りが流石なんだ?」
「ヨッシーらしいところがだよ!」
「・・・・・・。」
意味不明な事を言うトレンツのことは無視し、良則は思い出したばかりの“ある伝承”を話し始めた。
「これは今の旭川あたりの伝承なんだけど、昔あの辺りで―――――――――――――――――という話なんだよ。」
「うわっ!今起きているのとクリソツじゃね?」
良則の話を聞き終えたトレンツは「うわ~!」と冷や汗を流した。
それはリサやミレーナも同様だった。
「けど、その通りだとすればかなり面倒よ?解決方法はとっくに失われているってことなんだから。」
「ああ、だがそれでも何とかするしかない。このまま放っておけば、被害者の数はいずれ爆発的に増加する可能性が高いからな。」
「じゃあ、今夜はみんなで張り込みか?」
「そうだな。今夜こそは犠牲者が出るのを防がないと。あ、大トロ来た!」
「まだ食べるの!?」
すでに目の前には優に10枚以上の皿が積まれているのに食べるのが止まらないトレンツに呆れるリサだった。
「モグモグ・・・で、勇吾と黒王の方はどうだったんだ?」
「飲み込んでから喋ろ!」
トレンツを窘めつつも、勇吾は何枚かのPSを展開した。
「――――――――俺と黒の方は事件が集中的に発生している例の街で本命と遭遇した。」
勇吾は数時間前にあった出来事を順を追って話していった。
最初の事件現場から移動し、ここ最近変死事件が集中的に発生している町へ行った事、そこでアイヌの伝承に登場する『アラサラウス』という妖怪が人間を襲うのを発見して黒王が瞬殺した事、事件現場に横浜の一件の目撃者と被害者の刑事2人組がいた事、そして、慎哉と瓜二つの少年佐須冬弥と出会い、今までに調べた範囲では慎哉と血の繋がった兄弟である可能性が極めて高い事などを話した。
「――――――――以上だ。」
「話には聞いていたけど、慎哉に双子の兄弟がいたなんてね・・・。」
「生き別れの双子の兄弟って、なんだかテンプレみたいな話だよな?」
「不謹慎ですよ。」
「いや、トレンツの言うとおり俺も出来過ぎた話だと思う。カースの事件の被害者の甥が俺達の仲間の兄弟で、しかも住んでいる町では謎の連続変死事件、俺は何者かが裏で糸を引いている可能性があると考えている。」
冷静に状況を整理する勇吾。
だが、勇吾はこの事件に再び『幻魔師』が関わっている可能性が生まれた事を危惧していた。
もしその通りだとすれば、横浜で起きたような大規模な事件が再びこの日本最北の地でも起きる可能性もあるのだ。
前回は良則の3番目の兄である剛則の助力により難を逃れたが、何度も都合よく応援が駆けつけてくれるとは限らない。
今回は自分達だけで敵にも対応しなければならないのだ。
「けど、黒幕がいるとすれば、今回はカース以外だと僕は思うな。」
勇吾が不安を抱く中、良則はそれを少しだけ払拭する言葉を口にした。
「・・・それは直感か?」
勇吾が訊くと、良則は静かに首を横に振って否定した。
どうやら、それなりに根拠があるらしい。
「過去に会ったカースが関わった事件の多くは本人の趣味や気まぐれ、人の心の弱みに付け込んだ類のものがほとんどなのはみんなもよく知ってるよね?」
「ああ、横浜の事件でも被害者の多くが犯罪被害者だったり、極度のストレスを抱え込んでいたりしたからな。毎度の事だが奴には反吐が出る。」
「言われてみれば、今回の事件の被害者ってほとんど無差別よね?」
「うん、それに慎哉の過去の件で関わっていた組織の人間は、この前の救出作戦で研究施設にいたフェランって人なんでしょ?蒼空の話だと、その人が関わる事件には未成年者が死亡するケースはゼロなんだよね?今日の被害者は女子中学生だったけど、結局は助かったわけだし、カースよりもその人が関わっている可能性があると僕は思うよ。」
「けどよ、勇吾達が間に合わなかったらその被害者は確実に死んでたんだろ?だったら違うんじゃないのか?」
良則の推測に対し、トレンツは当然の疑問を話す。
だが、それをさらに否定する声が上がった。
「―――――――いや、おそらく今回の被害者はどの道死ななかった可能性がある。」
「黒?」
声を上げたのは黒王だった。
黒王は湯呑の中の茶を飲み干すと、落ち着いた口調で話していった。
「アラサラウスの被害者は今日の少女以外は例外なく即死だったにも係わらず、今日の少女だけは幸運にも即死ではなかった。」
「言われてみれば。」
「十中八九、俺と勇吾があの町に来るのを事前に知っていた“黒幕”が今回だけ被害者を選ばせた可能性がある。」
「「――――――――――――――!?」」
そして黒王は己の推測を語っていった。




