第170話 瓜二つ
・主人公到着!
黒王の背から降りた勇吾はその場にいた2人の刑事を一瞥すると黒王の拳によって地面に沈んだ化け物の姿を目を向けた。
僅かに動いている事からまだ死んではいないらしいが、黒王の一撃でのダメージはかなりのものらしくこれ以上は抵抗もできそうになかった。
「毛のない獣、こいつは・・・」
化け物の外見的特徴から該当する知識を頭の中から引きだした勇吾はその名前を口にしようとする。
だが、それは不意に現れた闖入者によって遮られた。
「―――――――――叔父さん!さっきの揺れは何だよ!?」
「冬弥!?車から出るなって言っただろ!!」
「ゴ、ゴメ・・・・・って、ドラゴン!?」
現れたのは車で待っていたはずの冬弥だった。
黒王が化け物を地面に沈めた瞬間、公園全体が大きく揺れ、公園の敷地内に停めていた車に乗っていた冬弥は思わず飛び出してやってきたのだ。
桐吾は勝手に動いた冬弥に怒鳴り、そのまま一発殴りに行こうとするがそれは勇吾の驚愕に満ちた声で妨げられた。
「――――――――――――慎哉?」
「は?」
「いや、別人・・・・まさか!」
冬弥を見た勇吾が驚くのは無理もなかった。
髪型こそ違えど、それ以外の顔や体格、声、纏っている空気、そして体内を流れる魔力の質、そのどれもが北守慎哉と瓜二つだったのだ。
勇吾は冬弥を凝視し、それが他人のそら似ではない事を確かめた。
「まさか、こんな形で見つかるとはな。“縁”とは本当に不思議なものだ。」
「だから何だよ!?」
現状に理解が追い付かない冬弥は勇吾に食って掛かろうとする。
だが、それよりも先に遥花の声がその場の全員に届いた。
「――――――佐須さん!この子、酷い出血です!左腕も骨ごと切れかけています!」
「あ――――――藤山!?」
遥花の叫びで初めて重傷の少女の存在に気付いた冬弥は、その少女が同級生である事にも気付いて驚いた。
少女―――――藤山の息はかなり乱れており、左腕も骨も切れて肩から落ちかけていた。
どう見ても生死の境を彷徨っている姿に、呼びかけられた桐吾は冬弥への怒りも忘れてすぐに駆け寄って自分達の乗ってきた車まで運ぼうとする。
「救急車を待っている時間はない!俺達の車で運ぶぞ!」
「はい!」
『――――――その必要はない。』
「「―――――――――――――ッ!?」」
「ド、ドラゴンが喋った~~~~!?」
急いで少女を運ぼうとする桐吾と遥花を黒王は一言で静止させ、化け物を拳で地面に押し付けたまま頭を少女・藤山へ近づけた。
『―――――――《命を繋ぐ神龍の癒し》―――――』
黒王の額から光が砂のように少女の体に流れて彼女の全身を包み込んでいく。
すると、見る見るうちに傷が塞がっていき、骨ごと切れかけていた左腕も繋がり出血も止まっていった。
呼吸はまだ乱れたままだったが、先程までよりは幾分落ち着いてきている。
「これは――――――――――!」
『外傷はほとんど塞いだが失った血までは戻ってはいない。早く病院で輸血させた方が良いだろう。』
「―――――――――黒、どうやら近隣の住民も異変に気付いたようだ。向こうからパトカーがやって来る。」
勇吾がある方向へ視線を送ると、その方向からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
『おそらく悲鳴か、または銃声を聞いたのだろう。』
「あ!」
言われて遥花は桐吾が持っている拳銃を見た。
何でここにまで持ってきているのかは不明だが、桐吾は先程熊の化け物に向かって何発も撃っている。
サイレンサーなどない警察官のほとんどが使うタイプの拳銃、人気が無いとはいえ住宅に囲まれた公園で発砲すれば嫌でも近隣の住民に気付かれるのは当然だった。
「あれ?叔父さんが持っているのって拳銃じゃね?カッコいいな!」
冬弥だけは暢気に拳銃に目を輝かせている。
その辺りも慎哉に似ているなと、勇吾と黒王は同時に心の中で呟いた。
「佐須さん!何で拳銃なんて持ってるんですか!?というか、どうやって持ち込んだんですか!!??」
「仕方ねえだろ!このヤマは人外の化け物どもが関わっている可能性が高いのはお前だって知ってるだろ!横浜を出る前に署に侵入して失敬したんだよ!それに持ち込むために飛行機じゃなくて電車で来たんだよ!空より陸の方が警備がザルだからな!」
「刑事の台詞じゃないですよ!!」
ほとんど開き直っている桐吾に遥花は説教をしそうになったが、今は気を失っている少女を病院に送り届ける方が最優先だった。
すると、勇吾は桐吾に近づいて彼に向かって手を翳した。
(・・・《洗浄》。)
無詠唱で魔法を発動させ、半透明な何かが桐吾の全身を包み込んで消えた。
「っ何を!」
「これで硝煙反応はしなくなる。他の痕跡も消しておくから後はお前達でどうにかごまかしておけ。最低でも拳銃を所持しているのは隠しておくことだ。」
「おい、何を・・・!?」
「・・・・。失礼する。」
勇吾は一度だけ冬弥を一別し、黒王の背に飛び乗った。
「あ、待って!あなたは・・・」
『失礼する。』
遥花が勇吾を呼び止めようとした直後、まるでイリュージョンのように勇吾達の姿は遥花達の前から消えた。
地面に沈められていた化け物の姿もなく、まるで煙になったかのように消えたのだった。
「・・・佐須さん、今の少年があの事件現場に現れた“例の少年”です。」
「何だと!?」
遥花の言葉に驚きつつも、桐吾は勇吾に忠告された通りに自分の拳銃を隠すのだった。
「訳分かんねえ・・・!?」
ただ1人、冬弥だけは何がどうなっているのか分からず混乱していた。
そして1分後、公園の前に何台ものパトカーや救急車が到着した。
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――○○市 ○○市立総合病院――
2時間以上が経ち外が夕焼けに染まった頃、遥花は市内にある救急指定病院の待合室にいた。
あの後、到着した地元警察に当然のように事情を聞かれた桐吾と遥花だったが、あくまで悲鳴を聞いてやってきた第一発見者であると無理矢理話を通した。
2人が刑事だったのと、現場に駆けつけた警官の1人が桐吾の高校時代の後輩だったのが幸いしたのだろう。
多少強引な説明も疑われることもなかった。
何より被害者の容態もあったので現場には桐吾が残り、遥花と冬弥は付き添いとして一緒に救急車に乗ってこの病院に来たのだ。
「ふう・・・。」
遥花はため息を吐きながら近くのイスに腰を下ろした。
被害者の少女、本名藤山由香は命の危機を脱していた。
出血が多かったものの、医者の処置は主に輸血や傷の縫合だけで済み、今は病室で意識が回復するのを家族が待っている。
なお、冬弥は同級生として病室の方に行っている。
「ようやく一息つけたようだな?」
「あっ・・・!」
「病院で大声を上げるな。」
いつの間にか遥花の横に勇吾はいた。
思わず声を上げそうになる遥花を黙らせつつ、勇吾は両手に持っていたペットボトルの片方を彼女に渡した。
「会うのは横浜の一件以来だから一ヶ月半ぶりだな。忠告を無視して上司に全部報告したらしいな?」
「う・・・!」
痛いところを突かれ。遥花は顔を紅く染めながら俯いた。
「警察を含め、一般人にあの事件の真相を理解するのはまず難しい。所詮、あくまで自分の尺度でしか世の中を見ることができないからな。」
「あ、あなたが・・・!」
「俺が真実を証拠付きで公表すれば、世界中が大混乱に陥るだろうな。」
「うっ・・・・・・。」
遥花は反論する事ができなかった。
7月の末に起きた一連の事件、ありえない事だが仮に真実が世間に公表されれば間違いなく世界中が大パニックを起こす。
特に被害者達は世界中から好奇や嫌悪の目で見られ、特に桐吾のように大罪獣になった被害者は国内外から禄でもない扱いを受けるのは容易に想像できる。
勇吾の言うとおり、あの一件の真相は公表しないのが最善なのだ。
「まあ、あの件は今は関係ないから置いておく。今は最近連続して起きている変死・・・いや、2種類の事件を解決するのが最優先だろう。」
「2種類!?」
「気付いていなかったか?最近北海道で多発している変死事件は2種類に分かれているという事を。」
「―――――――――!?」
勇吾の話に遥花は言葉を失った。
遥花と桐吾はこの一ヶ月間、使えるコネを使って事件の真相を追っていた。
だが、その中で勇吾が話した事実にはたどり着けていなかった。
2人とも、最近の変死事件の全てが同一犯によるものだと思いこんでいたのだ。
「お前達が追っているのは先月中旬にここから東に行った町で起きた最初の変死事件だろう。だが、最近この町を中心に発生している事件の約半数は別の事件、もっとも、裏で繋がっている可能性はまだ否定はできない。それは犯人を直接尋問すれば分かるかもしれないが。」
「・・・あの熊の化け物。」
犯人という言葉に、遥花は自分が先程遭遇した熊の化け物を頭に思い浮かべる。
「あれは、あの熊の化け物は一体何なの・・・!?」
「・・・・・・。」
遥花の問いに対し、勇吾は僅かに黙考する。
そして、周囲に聞かれないように気を配りながらその問いに答え始めた。
「―――――――――『アラサラウス』、それがあの妖の名だ。」




