第169話 人喰いの獣
約1年1ヶ月ぶりに甥の冬弥と再会した桐吾は車に彼を乗せて彼の家、つまり桐吾の兄夫婦の家へと向かっていた。
「―――――――で、運転している人って叔父さんの彼・・・」
「ただの同僚、部下だ。(キッパリ)」
(え―――――――――――!!)
桐吾の即答に遥花は精神的ダメージを受けた。
それに気付いているのかいないのか、冬弥はニヤニヤしながらしつこく問い詰めていった。
「またまた~~、態々実家のある町に異性を連れて来ている時点で好意がある証拠だろ?」
「好意=恋愛対象とは限らないだろ。それと本人の前で堂々と訊くな。」
(佐須さん、好意があることは否定しないんですね♪)
今度はテンションが少し上がった遥花は思わずアクセルを強く踏んでしまう。
そして数秒後、急ブレーキを踏んで桐吾に怒鳴られるのだった。
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“そいつ”は今日も獲物に狙いを定めていた。
今日の獲物は若い女、警戒心は皆無で“そいつ”にとっては都合のいい獲物だった。
「――――――――でさ、それが本当に信じられなくってさ~~♪」
「へえ、そうなんだ?」
「そうなの!ホントあり得ないよね~!」
獲物への接触は簡単だった。
獲物の女も“そいつ”が自分を狙っている事に全く気付かず、まるで親しい友人と一緒にいると錯覚しながら暢気に世間話を語ってきていた。
ここまでくれば“そいつ”にとって食事は成功したも同然だった。
“そいつ”は獲物との会話に適当に相槌を打ちながら人気の少ない場所へと獲物を誘導していく。
本当ならもう少し日が沈んでから狩りをするのが“そいつ”の昔からのやり方だがそれも最近は難しい。
“そいつ”が永い眠りから醒めてから約1ヶ月、精神を蝕むかのような飢えと全身の血が叫ぶかのような本能的な衝動を満たす為に“そいつ”は狩りを繰り返していった。
最初の狩りはかなり困難な者だった。
眠っていた巣から抜け出した先にあったのは異郷の街、眠りにつく前に診た大自然に囲まれた景色は消え、代わりに石や鉄でできた数多の建造物が広がっていた。
同時に、“そいつ”が特に好んで食べる餌の匂いが全てを判別しきれないほど大量に鼻に漂ってきた。
本能的に町に下りる事を躊躇った“そいつ”はその日は陰に潜み、ゆっくりと遠目で餌達の行動を観察していった。
―――――――――――――――キタ!!
最初の食事は眠りから醒めた日の翌日の早朝だった。
山の麓から走ってくる足音、それに気付いた“そいつ”は気配を殺しながら最初の獲物へと近づき、足を止めて休んでいるところを迷わず狙った。
――――――――――――――――ウマイ!!
それは今までに味わった事のないほど美味だった。
栄養に満ち溢れ、血の一滴までもが飢えた胃袋を満たしていく。
そして同時に、“そいつ”の頭の中には今食べている餌が持つ情報が流れ込んできた。
それは“そいつ”がいつの間にか身につけていた能力、「食った対象の持つ情報の一部を吸収する」というものだった。
何故そのような能力が身に付いたのか、それは“そいつ”自身も知らないし知ろうともしなかった。
今はただ、欲望のままに獲物を狩って食うことだけ考えていった。
現代の知識を身に付けた“そいつ”はついに山を下りて街に足を踏み入れた。
そして気に入った獲物を見つけるとその日に狙い、同じくその日の内に喰っていった。
――――――――――――侵入者・・・敵か?
“それ”が街にやってきたのは最初の狩りから一週間ほど経った日のことだった。
最初は縄張りに侵入した敵を排除するつもりで接触を試みた“そいつ”だが、“それ”が食事をする現場を目にした瞬間、すぐにその場から逃げた。
――――――――――――あれはヤバい!絶対に敵にしたら駄目だ!近付くのも駄目だ!見つかったら絶対喰われる!
自分より格上の存在に恐怖を覚え、その日は一目散に逃げた。
その後、狩りを獲物を襲う時は“それ”が獲物を襲う闇の時間は避け、光が上る日中を選ぶようにした。
そして今日もまた獲物を食う時を待っていた。
「そう言えば、最近は変な事件が多いよね~。うちの親も危ないからって門限を6時前にしたのよ?有り得ないでしょ?」
「だな。正直意味ないと思うな。」
「でしょ~?死ぬ時は誰だって死ぬんだし、いくら警戒しても無意味だよね~♪」
その少女は他人事のように笑いながら人気のない公園の奥に進んでいく。
最近は“そいつ”の犠牲者の数が多いせいでこの町だけではなく近隣の町でも大人達の警戒が強化されたせいか、日中でも外出する人の数が激減していた。
皮肉にも、それは“そいつ”にとってより獲物を襲うのに都合のよい環境となっていた。
「ねえ、それで大事な用って何なの?」
「ああ、それはな・・・」
そして誰にも見られていない事を確認し、“そいつ”はいよいよ本性を見せ始めるのだった。
『俺がお前を喰う話だ!』
決して人間には見えない“そいつ”の本性を見た瞬間、獲物となった少女は一気に絶望の海に突き落とされた。
その数秒後、幸運にも少女の悲鳴は街に響き渡った。
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その悲鳴は運転中の遥花の耳にも届いた。
風に当たる為に桐吾が窓を開けていたのが幸いしたのだ。
「佐須さん!!」
「あっちからだ!急げ!!」
「ハイ!」
遥花はアクセルを強く踏んで悲鳴がした場所へと車を走らせた。
そしてあっという間に悲鳴がした公園に着いた。
「うわっ!?」
「冬弥、この先は俺達がイイと言うまで車から出るんじゃないぞ!!」
桐吾の普段は見せない刑事の顔に僅かに萎縮しつつ、冬弥は頷いて答えた。
そして桐吾と遥花の2人は十分に警戒しながら車から離れていった。
2人は公園の中でも人気のない奥の方へと進み、そこで血塗れになって倒れる少女と彼女の首を鷲掴みにする化け物の姿を目にした。
「「―――――――――!!」」
『チッ!邪魔が入ったか・・・。』
それはヒグマに似た形をした化け物だった。
ただし本物のヒグマとは違い、全身には毛が1本も無く尾も熊にしては長かった。
ただ言えるのは、目の前の“そいつ”が化け物で少女を襲っているという事実だった。
「その子から離れろ!」
パンッ!
『ギャア!!』
桐吾は熊の化け物に向かって拳銃を撃った。
化け物は予想外の反応に驚き、避けることもできずに右肩に銃弾を受けてしまった。
そして少女の首を掴んでいた手が緩み、少女は地面に落ちた。
「岸名!今のうちのあの子を助けろ!」
「さ、佐須さん!何所から銃を!?」
「いいから行け!」
「は、はい!!」
何で休暇中の桐吾が警察の拳銃を所持しているのか気になっていたが、遥花は急いで地面に倒れた少女の元へと駆け寄った。
少女の体は全身が血塗れ、特に腕や胸からの出血が酷く早く治療しないと確実に死んでしまうほどの重傷だった。
パンッ!パンッ!
『グォォォォォ!!』
桐吾は発砲しながら熊の化け物の注意を引き付け、その間に遥花は少女を化け物の近くから移動させた。
撃った銃弾のうち1発は頭部に命中するが、それでも化け物は倒れる様子がなかった。
「クソッ!脳天に当てても死なないのか!?」
『舐めるな人間!!』
「!!」
死ななくても痛みがあるらしく、化け物は怒りで目を真っ赤にしながら桐吾に襲い掛かった。
既に銃弾の残弾数は2発だけ、だが桐吾は迷わず撃ちながら遥花と少女のいる場所から離れるように移動した。
だがそれよりも早く化け物は桐吾の目前まで迫っていた。
『グォォォォォォォ!!』
化け物の赤黒い爪が桐吾を切り裂こうと振り降ろされる。
その時だった。
ドンッ!!
『――――――グボッ!?』
突如、化け物の真上から黒い拳が落ち、化け物は一瞬で地面に沈んだ。
「な・・・ドラゴンだ・・と!?」
「さ、しゃすしゃん・・・!?」
ここで桐吾て遥花の2人は自分達の目の前に黒いドラゴンがいる事に気付いた。
熊の化け物とは比較にならないほどの圧倒的な存在感を前に、桐吾は一気に血の気が引き、遥花はうまく呂律が回らなくなった。
「―――――――驚いたな。」
そしてそのドラゴンの背から1人の少年が飛び降りてきた。




