第168話 2人の刑事
・今回は久しぶりに登場する人物達が再登場します。
・新キャラも登場します。
――北海道 〇〇市――
神奈川県警西町警察署の刑事である岸名遥花はレンタカーを運転しながら海岸沿いの道を移動していた。
彼女が北海道に来たのはつい先日のこと、同僚の多くが帰省や旅行を満喫する盆休みをあえて先延ばしにし、有給休暇まで使ってまで北海道に来ていた。
ただし、ここへ来たのは観光の為ではなく職場の上司にも秘密にしている捜査の為である。
さらに言えば、その捜査を始めたのは彼女ではなく、彼女が運転するレンタカーの助手席に座っている現在長期休暇中の先輩刑事であった。
「―――――――佐須さん、ここが例の〇〇市です!」
「・・・・・・そうか。」
遥花と同じく西町警察署の刑事である佐須桐吾は窓から流れてくる風に当たりながら返事をする。
約1ケ月半前の一件での後遺症も特になく、体力も回復して無事に退院した桐吾だったが、退院した直後に上司に長期休暇の旨を伝え、それ以降は1度も職場に姿を見せていなかった。
当初はこれからの生き方を考える為の休暇だったが、“とある理由”から独断捜査をしていた。
「この町に例の古美術商がいるんですよね?」
「ああ、ネットでもこの町に本店を構えているのは確認したからな。問題は、奴が洗いざらい話すかどうかだ。」
「・・・正直、私には未だに信じられません。世界中が科学で発展しいる現代でこんなオカルト染みた事件が各地で発生しているなんて。」
「それは俺も同じだ。俺自身があんな怪物にならなければ今回のヤマにも本気で相手をしようとは思わなかっただろうさ。それは他の連中も同じだろう。オカルト染みた事件のほとんどはまともに相手にされずに放置か、または事故扱い、または・・・・」
「何者かによる秘密裏の解決、ですね。」
桐吾の言おうとした続きを、遥花は真剣な顔で口にした。
2人が追いかけている事件、それは警察はまともに相手にせず放置されている事件だった。
--------------------------
事の始まりは1ヶ月前にまで遡る。
退院直後から休暇を取っている桐吾の事が気になっていた遥花は、仕事の合間を縫って彼の自宅を訪れていた。
そこで彼女が見たのは沢山のスクラップ記事や本の山に囲まれながらパソコンと向かい合っている桐吾の姿だった。
「さ、佐須さん!?」
その光景を目にした直後の遥花は桐吾の正気を疑ったが、すぐに彼の方から事情を聞かされた。
それによると、彼は今回の件をきっかけに他にも同様の事件や似た類の不可解な事件がないか個人的に調べていた。
「けど佐須さん・・・。佐須さんはもう刑事をやめると言ってましたよね?」
「ああ、俺は刑事をやめるつもりだ。ただ、やめる前にケリをつけときたいヤマがあるんだ。これはその為の情報収集も兼ねている。」
「“ケリをつけときたいヤマ”・・・?」
「・・・・・・。」
一体何とケリをつけたいのか?
桐吾はその時は詳しく説明することはなかった。
その翌日、昼の時間を利用して再び桐吾の自宅を訪れた遥花はそこで“その事件”を知るのだった。
「変死事件?」
それは桐吾の中学時代の同級生からの連絡から始まった。
その日、地方の町の所轄署に勤務していたその友人は深夜勤務だったらしく、人気のない道を同僚と一緒にパトカーに乗って巡回していた。
すると、車道の先に何かが転がっているのに気づいた警官達はパトカーを止めて確認し、それが無惨な死体であることに気づいたのだった。
「それって熊の仕業なんじゃ・・・」
「獲物の血を残さず吸う熊がいると思うか?それに、その日は町の外れで怪奇現象が起きていたらしい。」
事件の第一発見者となったその友人は、この不可解な事件が他の事件とは明らかに何かが違うと思い、先日奇妙な事件の関係者でもある桐吾に電話でこっそり相談したらしい。
「ま、まさか・・・吸血鬼!?」
「さあな。だが、今の俺達は犯人が吸血鬼だと言われても笑って否定することができないのは確かだな。」
「・・・そうですね。」
「俺は休暇を利用してこの件を追ってみようと思う。」
「だったら私も・・・!!」
「お前は仕事があるだろ?」
桐吾はその後も何度も遥花の申し出を断ったがあまりしつこいので最後は仕方なく受け入れたのだった。
そして桐吾の自宅を捜査本部とした2人だけの秘密捜査が始まったのだった。
--------------------------
そして現在、主に横浜にいながら捜査を続けていた結果、今いるこの町に住んでいるある人物が今回の連続変死事件に関わっている可能性があることに気づいた2人は意を決して遙々北の大地に踏み込んだのである。
「それにしても、佐須さんの実家が北海道だなんて知りませんでした。私はてっきり神奈川の出身だと思ってました。」
「いや、確かにお前の言うとおり俺は神奈川生まれだ。親が転勤族で最終的にこの町に落ち着いたんだが、俺は横浜の大学に進学してそのままそこで警官になったってわけだ。」
「そうだったんですか。」
初めて聞く桐吾の家庭の話に、遥花は何故か嬉しそうに聞いていた。
車は海岸沿いから市街の中心部に入り、歩道には学校帰りの学生の姿が見え始めていた。
「そういえば・・・。岸名、悪いが少し寄り道してくれないか?」
「寄り道ですか?」
「ああ、ちょっと甥っ子の顔を見ていこうと思ってな。そこを左折した先にある中学校にいるはずだ。」
「わかりました!」
遥花は車線を変更し、桐吾の案内の元でその中学校を目指した。
車が進むに連れ、歩道を歩く学生の姿は増えていく。
「佐須さんの甥子さんて何歳なんですか?」
「今年で15、今は受験生だな。」
「じゃあ、今は部活も引退して受験勉強中ですね。」
「どうかな?アイツは父親・・・俺の兄貴に似て勉強はよくサボるらしいからな。学校が終わったらゲーセンに直行しているだろうよ。」
「それ、笑いごとですか?」
遥花は呆れつつも車を走らせていった。
--------------------------
――北海道 〇〇市『氷室中学校』――
今日一日の授業が全て終わり、生徒の多くは部活動に向かったり下校したりしていた。
そんな中、生徒のほとんどがいなくなった教室の一角では1人の少年が大きく欠伸を漏らしていた。
「ふあ~~~!今日こそゆっくり眠るぞ~!」
教科書などをリュックに入れ終わると、少年はそれを背負って教室を後にした。
時々床に躓きそうになりながらもどうにか1階まで下りた少年はそのまま靴を履きかえて外に出た。
一歩外に出ると部活動に励む後輩達の声が響いてくる。
だが、少年はそれを気にも止めず、相変わらず欠伸を漏らしながら歩いていった。
「・・・ったく、あの変な夢のせいですっかり寝不足だぜ。」
愚痴をこぼしつつ、少年は最近よく見るようになった奇妙な夢を思い出していた。
「最初に見たのは何時だっけな・・・?」
それは物心が付く頃から偶に見るようになった夢だった。
最初は本当に偶にしか見る事がなかったので只の夢だとしか印象になかったが、最近は頻繁に見るようになったので気になって満足に寝ることができずにいた。
しかも、その夢は夢と言う割には妙に強く記憶に残り、今ではまるで夢ではなく現実の出来事のようにも感じられていたのである。
――――――オオオォォォォォォォォォォォン!
「――――――――――ッ!」
少年は反射的に振り返った。
だが、目に映ったのは少年と同様に下校する他の生徒の姿だけだった。
一瞬、耳にあの鳴き声が聞こえた気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。
「・・・ったく、何をビビってんだ俺は・・・。」
あの夢を頻繁に見るようになって以来、少年は近所の飼い犬や野良犬の鳴き声にも敏感に反応する事が多くなった。
あの夢に何の意味があるのか分からない。
だが、何処となく何かを警告しているような感じだけが伝わってきていた。
「くだらねえ。そんな予知夢みたいな夢なんかある訳ないっての!」
少年は頭を横に振りながらその考えを自分で否定する。
最近は怖い事件が連続して起きているから不安から突拍子ようのない事を考えているのだと無理やり自分を納得させていた。
「さっさと帰ってゲームして寝よ!今日は次のボスの所まで進めないとな!」
頭を切り替え、少年は今ハマっているゲームの事だけを考えるようにした。
一応は受験生のはずなのだが、そこそこ成績が良いせいか、他の同級生のように真剣に受験勉強をするという意識はそんなにないらしく、学校以外での時間の大半は趣味に当ててる少年だった。
少年は少し早足になって校門の所まで進む。
すると、校門前に停車していた知らない車が目に入った。
「――――――――――よう♪」
「あ!」
その車の開いた窓から顔を出した男を見た少年は驚いて声を上げた。
久しぶりに逢うその人物は軽く笑みを浮かべながら少年に声をかけていく。
「去年の盆依頼だから1年ぶりだな?」
「桐吾叔父さん!」
「相変わらず勉強はサボろうとしているみたいだな、冬弥?」
少年――――――佐須冬弥は1年ぶりに叔父の桐吾と再会したのだった。
そして、この再会が事態をさらに加速させていく事になる。
・『転生者編』で登場した2人の刑事を覚えていたでしょうか?
・そして新キャラの佐須冬弥、『白狼編』のキーマンとなります。




