第15話 暗闇の中の契約
・本日2話目です。
窓から犬が吠えるのが聞こえた。
「・・・・犬?」
彼は目を真っ赤にしながら立ち上がった。
彼の住んでいる地域にも犬を飼っている家はたくさんある。しかし、こんな時間に部屋の中にまで届くほどの鳴き声を上げる犬は近所にはいなかったはずである。
気になり、窓の外をのぞこうとする。
フッ――――――――――――――――
「――――え!?停電!?」
外を見ようとした瞬間、部屋の明かりが突然消えた。停電かと思い外の方に眼を向けると周囲一帯から明かりが消えていた。住宅の中はもちろん、道路の電灯からも光が消え、彼の周りは暗闇に包まれた。PCの電源も当然落ちている。
彼にとってはこの停電は救いだった。あの悪意に満ちた画面の向こうを見ずに済んだのだから。
『―――――――――――――――――憎いか・・・・・・・・?』
突然、不思議な声が聞こえた。
「――――――え!?」
辺りを見渡すが誰も見当たらない。
だが、確かに声は聞こえてくる。
『――――――――――――お前を苦しめる奴らが憎いか?』
目の前に、何かがゆっくりと落ちてくる。窓の外に手を伸ばすと、掌の上で止まった。暗闇の中で目を凝らしながら見ると、それは白い鳥の羽だった。
「――――――――鳥?でもどこから――――――?」
こんな夜更けに飛ぶ鳥など限られる。
だが、何処を見ても鳥が飛ぶ影はもちろん、それらしい音も聞こえてこない。
すると、またさっきの声が聞こえてくる。
『―――――――――――望むならお前を苦しめる敵を片付けてやろう。』
その声からは妙な圧迫感があった。
人間とは思えない、少なくとも彼なんかより遥かに強大な存在感を思わせる声だった。
「――――だ、誰なんだ!?」
外に向かって叫ぶ。
すると、それを待っていたかのように声が返ってきた。
『―――――契約すればお前の望みを叶えてやる。』
声はさっきよりも近くから聞こえる。
彼は声の主の言葉の意味を考えた。
「僕の・・・・・・・・・・望み?」
それが何かと考えればすぐに思いつく。
――――――みんないなくなればいい。
『みんな』とは自分をイジメてきた奴ら。最初にカツアゲを始め暴力を振ってきた奴ら、そしてそれを遊び半分で楽しみ、助けるどころか進んで参加してきた奴らの全員だ。
『――――――――全部叶えてやる。お前に害をなした全てを片づけてやる。』
「ほ・・・・本当に・・・・・?」
『――――――――本当だ。契約すれば望みを叶えてやる。』
本来の彼ならこんな誘惑に等乗る事はなかっただろう。だが、度重なるイジメで精神が疲弊した今の彼にはあまりに縋り付きたくなるものだった。
『――――――――契約するか?』
今の彼に、その声を拒絶することはできなかった。
それは一時だけの感情だったのかもしれない。
だが、少なくとも確かにその時の彼には確かな憎しみが存在していた。
「・・・・・・・す・・・る。」
それは返事と言うにはハッキリとしない弱々しい物だったが、声の主にとっては十分な承諾の返事だったようだ。
『契約成立だ!!』
「――――――――ッ!ウワァ――――――――!!??」
突然、彼の目の前に声の主が現れた。上から降りてきた訳でも横から現れたのでもない。最初からそこにいたかのように、いきなり姿が現れたのである。
『――――契約通り、お前の望みを叶えてやる。』
それは人間ではなかった。
目の前に現れたは人間の顔ではなく、鳥の頭をした何かだった。背中からは翼を生やし、ライオンほどの大きさのある犬――――狼に跨っていた。そしてその手には1m以上はある鋭い長剣が握られていた。
目の前の『それ』は剣の先を彼に向け、笑みを浮かべるような顔で言葉をつづけた。
『そして、お前の望みが叶えられた暁には―――――――――――。』
「――――――――――――――――――ッ!」
彼はただそれを聞いているしかなかった。
全身の細胞が目の前の存在を危険だと警告している。関わってはいけな
い。絶対に、と。だが、その時は既に遅すぎたのかもしれない。関わらずに済むには、彼は既に後に引けないところにまで来ていた。少なくと、彼ひとりの力では―――――。
「――――――――お、お前・・・・・は・・・・・・だ・・・れ・・・だ・・・・・・・!?」
震える体を必死で動かしながら、彼は目の前の『それ』に正体を問い詰めた。
『それ』は、それを面白そうに見つめながら彼の問に答える。
『―――――――――――アンドラス。俺の名、魂にまで刻み付けておけ!』
『オォ―――――――――――――――――――――――ン!!』
狼が天に向かって吠え、空に向かって駆けていった。
彼は『それ』―――――アンドラスの姿が見えなくなるまで呆然と立っている事しかできなかった。
彼が正気に戻った時、何時の間にか部屋の明かりが戻っていた。
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アンドラスは嬉々としていた。
何年――――――数えてはいないが少なくとも数十年ぶりの契約を彼は結んだ。幼い、自分と契約するにはあまりに幼すぎる人間だが、アンドラスにとってみればすべての人間は幼く、誑かしやすいカモでしかなかった。そして、簡単に壊せるオモチャでもあった。
「「うわぁぁぁ――――――――――!!!!!!!」」
「「キャアァ――――――――――――――――――!!!!!!!!」」
大声で叫びながら逃げ出す人間達―――――――――――――。
既に地面には人間ではなくなったモノがいくつも転がっていた。
『ハハハハハ―――――――――――――!!』
『ガルルル――――――――――。』
アンドラスは笑い声をあげながら剣を振るっていく。隣には、人間だったモノを加えた狼が主人の隣で主人が食事を許すのを待っていた。
「た――――助け――――――――アッ――――――――!?」
少年は真っ二つに切り裂かれた。
切り口から噴き出る大量の血をシャンパンを浴びるかのように浴びながら、アンドラスは逃げ惑う十代後半になったばかりの人間達を斬っていった。
『ハハハハハハハ―――――――――!!契約にない奴もいたが、まあ構わないだろう?一緒にいたのだから何時かは敵になっただろうからな。』
アンドラスが斬った者達の中には本来なら関係のない者達も混ざっていた。だが、そんなことなどお構いなしに斬っていく。
その場にいたものは誰一人として逃げる事ができなかった。その場にいた9人の少年少女は見るも無惨に殺されたのだった。
『ハハハ、やはり脆いな?獲物はまだいるようだが、久しぶりの契約だ。ゆっくりと楽しまないとな?』
『――――オォン!!』
『ハハハ――――――!』
主人に忠実な狼をなでながら、地面に転がった肉塊の1つを拾い上げる。
血の海の中で、邪悪な主従は食事を始めたのだった。
・次の敵が登場しました。気づいている人もいるでしょうが悪魔です。
・次回から主人公サイドに戻ります。




