第167話 北
――日本 東京――
暦が変わり、東京の各学校も新学期を迎えてから半月ほどが過ぎた。
その日もホームルームが終わると同時に学校を飛び出した慎哉は一直線に自宅へと帰る。
今日は金曜日ということもあり、その足は軽快だった。
「たっだいま~~~って、誰もいねえ!」
帰宅すると家には誰もいなかった。
もっとも、それは玄関に鍵がかかっていた時点で分かっていたことだが。
リビングのテーブルの上には「今日は帰りが遅くなるので夕飯は自分で勝って来て食べなさい。」という内容の書置きと千円札が1枚置いてあった。
「しょうがねえ!今日も《ガーデン》に行くか♪」
慎哉は階段を上り、自室にある《ガーデン》につながっている秘密の扉からその向こう側へと移動する。
バカによって設置されたこの扉は無駄にスペックが高く、まず一般人には決して認識されず、さらに魔力認証システムがあるので仮に見つかっても登録されている者以外には開閉は不可能となっているのである。
実際、設置されてから2ヶ月近く経っても慎哉の家族は誰もこの扉の存在に気付いてはいなかった。
「今日こそ勇吾達はいるかな~っと!」
あっという間に《ガーデン》に到着した慎哉は修行を見てくれる友人達を捜しに出た。
だが、この日も既に勇吾達は《ガーデン》を留守にしており、いくら捜しても見つかる訳がなかったのだった。
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――《ガーデン》 神宮邸――
慎哉が勇吾達を捜している頃、同じ《ガーデン》内にある晴翔の別邸では最近はほぼ毎日のイベントが今日も発生していた。
「翆龍!また俺の菓子食っただろ!?」
晴翔はリビングのソファに座ってモン○ンをしている同居人に向かって怒声を上げた。
「あ?そこにあったやつなら美味しく食べといたぜ。ホント、この世界の食文化は俺にあってるな♪」
怒声をかけられた少年、先月、凱龍王国で晴翔が契約した龍族である翆龍はご機嫌そうな声で答え、それがさらに晴翔の怒りを増長させた。
「ざけんな!お前、ここに来てからこれで何度目だ!?俺が楽しみにしている物ばかり食いやがって!」
「名前がなければ早い者勝ちだよ!まあ、書いてあっても無視するけどな?」
「雷落とすぞ、おい?」
「・・・ああ!?」
先月から飽きる事なく続く光景、最初は真っ昼間から雷鳴が響いたりしてご近所迷惑だったが、今では《ガーデン》の日常の一部として認識されつつあった。
まあ、最近は元龍王が住み着き始めたので喧嘩の規模は縮小しつつもあるが。
「お~い!2人ともいるか~?」
と、そこへ元気よくドアを開けて慎哉がやってきた。
慎哉はケンカをしている晴翔と翠龍の2人を見ると、「またか。」と思いつつ2人の間に割って入っていった。
「おいおい、今日もケンカしてるのかよ。お前らも飽きねえよな~~?」
「翠龍が悪いんだよ!食い意地ばっかり張りやがるコイツが!!」
「隙だらけのこっちが悪い!!」
互いに指を指しあう2人を見て、慎哉はやれやれと呆れるのだった。
「まあ、それはいいとして、今日も勇吾達がいないんだけど何所に行ったか知らね?」
「ん?あいつら、今日も何所かに出かけてるのかよ。最近ずっとだな?」
「そうなんだよな!しかも、何だか俺を避けてるような気がするし、訊いても答えてくれないんだよな。」
慎哉の声には勇吾に対する連日の不満が込められていた。
勇吾達が日中留守になる事が増えたのは先月の下旬、夏休みも残りあと少しという時期だった。
最初はギルドで依頼でも受けているんだろうと思っていた慎哉だが、それが1週間以上も続くと次第に怪しいと疑問を抱き問い詰めようとするがその度に誤魔化されたりするなど、まるで慎哉を関わらせたくないような態度を取られていたのだった。
「俺も日中は高校があるし、会うのは早くても夕方だから知らねえな。」
「北海道だろ?」
「そうか、ホントに何所行ってるんだろう・・・・・北海道?」
「北海道?」
慎哉と晴翔は同時に翠龍の方に視線を向ける。
「勇吾が一緒にいるかは知らねえけど、黒王やレアンデル達が北の方に移動しているのは俺にも分かるぜ?ここ最近はずっとこの国の北部を往復しているみたいだな。まあ、《ステルス》とかで姿だけじゃなく気配も消していたから気付いたのは最近だけどな。」
「気付いてたんなら教えてくれよな!」
「訊かれなかったからな。」
「う・・・確かに。」
翠龍のもっともな答えに即座に納得する。
ちなみに、翠龍は軽く答えていたが彼が黒王の行動を追跡するのは彼が言っているほど簡単なものではなく、翠龍の全力を出し切ってようやく出来る事だった。
普通の龍族とは違い、黒王は龍族の中でも上位にある『神龍』である。
その能力は他の龍族とは一線を画しており、隠密能力も並の龍族では決して破られない高度なものであり、意図して探ろうとしてもほとんどが見失ってしまうのだ。
慎哉は全く自覚していないが、彼が勇吾達に最初に接触した時に《ステルス》を見破った行為は彼が思っている以上にありえない所業であり、他の龍族が知れば大半が驚愕する事実なのだ。
翠龍の場合、ほとんどただの意地とプライドだけで何日も追跡した結果なのだが。
「けど北海道か。何しに行ってるんだ?」
「カニでも食いに行ってるんじゃないのか?」
「ねえよ!お前じゃねえんだからよ!」
「んだとぉ!?」
「ハイハイ、ケンカするなよな!瑛介の祖父さんを呼ぶぞ?」
「う・・・・・・!」
慎哉の鶴の一声(?)で翠龍は大人しくなる。
現在、《ガーデン》には新たに先代飛龍王の別邸が建てられ、今日もそこには孫の顔見たさに本邸を飛び出した先代飛龍王夫妻が滞在している。
“元”が付くとは言え、今もその力は間違いなく龍王クラスであり、龍族達にとっては遥か高みの存在なのである。
それは翠龍にとっても同じであり、龍王に説教される事は本能的に恐怖を覚えているのだ。
「そうだ!俺らもこれから北海道に行かないか!」
「何だよ急に?」
「何だか隠し事されるのも悔しいし、何より今日は俺ん家の親は帰りが遅いからな!北海道で美味いもの食べてこようぜ!」
「後半の方がメインだろ!」
「よし!2人とも俺に乗れ!」
「おい!!」
ツッコみを入れる晴翔に対し、翠龍は既に行く気満々だった。
そしてそのままの流れで3人は北海道へと向かったのだった。
数分後、メールでその事を知った琥太郎がガッカリする事など想像もせずに・・・。
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――北海道 〇☓町――
慎哉達が北海道に向かって出発した頃、そんな事になっているなど知らない勇吾は先月変死事件が起きた町に来ていた。
事件の情報を得るために既に十回以上来ている町だが、ここ1週間は特に新しい情報もなく今日も無駄足になる可能性が高かった。
「・・・遺体はもう火葬済みか。」
「事件から1ヶ月近く経っているのだから当然だろう。これで遺体からの新しい情報は望めなくなったな。」
「ああ。」
隣を歩く黒王に頷きつつ、勇吾は町の中心部から離れた場所を歩いていた。
事件そのものの捜査は今も継続しているようだが、それは徒労に終わるだろうと勇吾は考えていた。
半月ほどの調査の末、未だに情報不足ではあるが、この事件の犯人は少なくとも人間ではないと推測していた。
「――――――情報を整理しよう。事件が発生したのは先月の中頃、俺達がこの世界から離れて帰省していた間に起きている。自国は深夜、都心部と違ってこの町の住民が寝静まるのは早い為、被害者を最後に目撃したのは居酒屋の店主と店員、そして一緒に飲んでいた友人の3人だけだった。」
勇吾はPSを展開し、そこに今までに集めた情報を時系列順に整理したものを表示させた。
「被害者は居酒屋の前で友人達と別れ、徒歩で2㎞ほど離れた先にある自宅へと向かった。その十数分後、町を囲む山間部で謎の発光現象が目撃され、その現象の目撃証言では稲妻のように一瞬で町の方へ移動し、十数秒後にまた光を放って町の西北西の方角へと消えていった。」
「―――――――そして約2時間後、巡回中のパトカーが路上で無惨な死体に変わり果てた被害者を発見、事件が発覚したか。」
「死体があまりに酷い状態だったことから、警察も表向きには変死事件とだけ発表したらしい。殺人の可能性も視野に捜査する一方で、道警の方は熊による被害ではないかと考える者が大半なようだな。」
勇吾は警察のパソコンから失敬した遺体の写真をPSに表示し、嫌悪感などを抑えながら死体の状態を何度も観察する。
その写真に写っていたのはとてもマスコミなどには公開できない惨殺死体だった。
四肢がバラバラにわかれ、まるで吸血鬼に襲われたかのように血が抜かれて真っ青になる被害者の頭部、そして獣が食べたかのように肉や内臓が食い散らかされた胴体はあまりにも衝撃的だった。
「――――――地元の所轄は熊の線は全面的に否定しているようだ。当然だな。こうも綺麗に血を飲み干す熊などいるはずがない。犯人は十中八九、同時刻に目撃された発光現象を起こした存在そのものだろうな。それに、類似した事件がここ2週間の間に何度も発生している。」
「その内の約半数はこの町の事件と同様、深夜、謎の発光現象の直後に発生している。あとの半数は直前に発光現象はなく、中には日中に発生している件もある。前者の方はこの町の事件と同じ犯人の仕業で間違いないだろう。現場には同じ魔力が残留していたからな。後者の方も前者とは違う魔力が僅かに残留していたが、おそらくは別の事件と考えるべきだろう。少なくとも、今は・・・。」
「そうだな。」
勇吾は全てのPSを閉じ、最初に発光現象が目撃された山を見上げた。
今では残留魔力も完全に消失している山だったが、何か畏怖にも似た何かが感じられていた。
「・・・だが、直接は関係が無いとしても、どこかで繋がっている可能性はまだ否定はできない。それにこれらの事件の後に今度は海で巨大な怪物だ。裏で誰かが糸を引いているのか、それとも何かのキッカケで連鎖的に起きているのか・・・どちらにしろ、これ以上事態が悪化しない内に原因を突き止めた方がいい!」
「本来の目的の方はどうする?」
本来の目的―――――――、それは勇吾達が遥々北海道に来る理由そのものだった。
元々、今回の変死事件の調査についてもそれと関連がある可能性があると考えた上でのものであり、それ自体が本来の目的ではなかった。
「今までと同様に一緒に調べる!慎哉の件を調べた先で起きている以上、俺はこれがただの偶然だとは思わない。仮に“奴ら”が一連の事件に関わっている可能性も否めないからな。」
「そうか。なら、次はここ数日で事件が多発している地域に移動するか?」
「ああ、頼む!」
人目がないのを確認し、黒王は人化を解除して龍の姿に戻り、勇吾を乗せて飛び立った。
向かい場所はここ1週間で集中的に変死事件が多発している地域、〇☓町の事件と同一犯の者によるものと思われる連続殺人事件が起きている町だった。
『―――――――――!』
「どうした、黒?」
順調に飛行していた黒王が、不意に驚いたように目を丸くさせた。
既に目的地が眼と鼻の先という場所に来ての突然の驚き様に、勇吾も驚いて尋ねた。
『・・・・・・勇吾、どうやら事態は大きく進展しようとしているようだ。』
「どういうことだ?」
『・・・・・・・・・。』
「黒!!」
黒王はその後も沈黙を通し、進路を僅かにずらして目的地であるその町へと飛んでいった。
(――――――まさか、ここで見つけることになるとは・・・。これも運命が大きく動き始めたという事なのだろうな・・・・・・。)
西に太平洋を臨むその町を上空から見下ろしながら、黒王は自分達が逃れられない激流の中に身を投じているのだと実感するのだった。
そしてこの1分後、勇吾は黒王以上に驚愕した顔で“その者”と対面する事となるのだった。




