第166話 海の怪物
・今回も短いです。
――9月某日 太平洋北海道沖――
その日の夜の海は極めて穏やかなものだった。
風も凪いでおり、船も普段と比べても揺れがほとんど感じられない。
いや、多少は揺れてはいるが、長年船に乗り続けている者達からすれば無いに等しいほど静かだった。
「しっかし、今夜は不気味なくらい静かだな?」
「ああ、俺も20年近く漁師をしているが、こんなに静かな海は多分始めてだ。一瞬、陸地に立っているんじゃないかって錯覚しそうになったぞ。」
「そうだな。こうも穏やかだと逆に落ち着かないな・・・・・・。」
その漁船に乗っていた漁師達も普段と違う海の様子に対し、不気味にも近い違和感を感じ取っていた。
漁船からは何本もの電灯が延び、そこから放たれる光は不自然なほど波の少ない海面を照らしていた。
「それに気のせいか、この時期にしてはいつもの年よりサンマが少ない気がするな?」
「やっぱりそうか?これからが最盛期だって言うのに、9月に入ってから水揚げした量が妙に少ない気がしてたんだよな。」
「今日も何だかサンマの集まりが悪いしな。ソナーを見てもサッパリだ!」
「どうなってんだ、今年の海は?」
漁師達は海面を覗きながら口々に例年とは違う海の様子について語り合っていった。
例年のこの時期、漁船が今いる海域は今が最盛期のサンマ漁の漁場になっており、漁船からの光に誘われて集まってくるサンマの群と格闘している最中のはずだった。
だが、今年は最盛期の9月に入ったにも関わらず、ここ数日間に水揚げされるサンマの量は明らかに例年より少なかった。
そして今日に限って言えば明らかに集まってくるサンマの数は少なく、漁船に搭載されている魚群探知機を見てもサンマの群が船の光を無視しているように離れていくのが見てとれた。
「・・・・・・ん?」
「どうした?」
「いや、何だかさっきから魚が逃げているように見えないか?」
「逃げてるだ・・・・・・・確かに!サンマの群以外も同じ方向に泳いでいるな!」
漁師の1人が海中の様子や魚群探知機に表示される魚群の動きを見ると、たくさんの魚が同じ方向に逃げるように泳いでいるのがハッキリとわかった。
それはまるで、巨大な敵から逃げているかのように種類を問わず、ほとんどの魚が我先にと逃げているようだった。
「あっちの方から逃げているみたいだな?フカか?」
「それはないだろ!フカだけならこんなに同時に逃げたりは・・・・・って、あれを見ろ!!」
「どうし・・・・・った!?」
漁師の1人が魚が逃げてくる方向を指差し、もう1人の漁師もそこに視線を向ける。
すると、そこには漁船に向かって接近してくる大きな黒い影が見えた。
最初は鯨かと漁師達は思ったが、その考えはすぐに否定された。
「な、なななななな・・・・・・!?」
「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
それが数km離れた場所から近づいてくる鯨など比較にならないほど巨大な何かだと気付いた漁師達は慌てて船を動かした。
「な、何なんだあれは!?」
「知るか!!もっと速度を出せ!追いつかれるぞ!!」
漁師達は船の出せる最大速度で巨大な黒い影の進路から離れようとした。
だが、漁船が逃げるよりも黒い影が接近する方が早かった。
先程まで並の少なかった海面も黒い影の接近と共に盛り上がり、黒い影と共に巨大な津波のような大波が漁船に迫った来た。
「無線だ!無線で漁協・・・いや、自衛隊を呼べ!!」
「もうやってる!けど間に合わねえ!!」
漁師の1人は無線で必死に助けを求めるが、恐怖で冷静さを失った声では無線の相手には正確に内容が伝わっていなかった。
そして、漁師達の必死に逃走もむなしく、あまりにも絶望的なそれは大きく口を開いて食事の続きを始めた。
「「「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!」」」
漁師達の悲鳴は“それ”の口の中にむなしく響いていった。
その日、太平洋北海道沖では何隻もの船舶が忽然と消えていった。
消えた船舶は漁船から貨物船、大型客船やクルーザー、密輸船など様々だったが、どの船も消息を絶つ直前に無線で助けを求めていた。
その声はどれも恐怖と絶望に染まった物だったという。
翌日、海上保安庁が現場を捜索したが何の手がかりも見つかる事はなかった。
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――《ガーデン》 天雲邸――
事件が発覚した日の正午、その日も仲間達と共に色々調査をしていた勇吾はテレビでその事件のニュースを観ていた。
「―――――――――――巨大な怪物?」
そのニュース番組では消息の絶った漁船の所属する漁港から実況中継をしており、その中でインタビューを受けた初老の男性は困惑した表情で漁船が消息を絶つ直前に届いた無線の内容を話していた。
一般人が聞けば無線の相手である漁師の正気を疑う内容だったが、“こちら側”の人間である勇吾達にはすぐにそれが嘘でも勘違いでもない事実そのものだと悟った。
「・・・山みたいに巨大な怪物だって。」
「海版だいだら法師か?」
「いそうだが、多分違うだろうな。」
「ああ、それに現場が北海道沖という点が気になる・・・・・。」
「そうだね。僕達が北海道で調査をしている時に事件が起きるなんて、今までの事を考えたら無関係じゃないはずだよ。」
「ヨッシーが言うと信憑性が一気に上がるな?」
一緒に昼食のパスタを食べていた良則やトレンツ達も各々の意見を口にしていく。
先月の末以降、彼らは度々北海道を訪れては“ある件”に関して様々な視点から調査をしていた。
だが、想像以上に調査は難航し、今日の午前中も満足のいく結果を出せずにいたところだった。
「・・・・・・午後も調査に行くぞ。」
勇吾は静かに、しかし強い声で全員に伝えた。




