第160話 お見舞い
・救出編のエピローグです。
――スイス ルガーノ市――
その日、ルガーノの町は早朝から落ち着く場所などないのではと思わせるほど騒々しい日だった。
最初に事件に気付いたのは地元の警察官だった。
町の外れでたまたま発生した自動車事故の対応に駆り出され、早々に切符を切って警察署に戻ろうとしていた勤続30年のベテラン警官と勤続1年にも満たない若い警官の2人は、彼らは山道の入り口の横を通過しようとした瞬間、山の方から誰かの叫び声を聞いて思わずブレーキを踏んだ。
若い方の警官は気のせいかと思ったが、ベテランの方の警官は確かに聞こえたと断言し、慎重に山道に入っていった。
そして数分後、ベテラン警官は山道の横で倒れている少女を発見し、すぐに駆け寄り生きているのを確認すると無線で下に待たせている若い警官を呼んだ。
幸い少女は意識があり、ベテラン警官は何があったのか尋ね、そして少女の口から聞いた内容に戦慄し、今度は関係各所に応援を要請した。
その後、普段なら長閑な山の麓に、警察や救急隊、マスコミや野次馬など大勢の人々が集まる大騒動となった。
その中で、政府関係者の動きは極めて早く、まるで予め準備していたかのように早く現場に到着し、現場の指揮やマスコミへの対応などを手早く進めていった。
そしてマスコミには、「ルガーノ近郊の山中に国際的な犯罪組織の下部組織の隠れ家があり、その中に世界各国で行方不明になっている少年少女が監禁されているのを発見、全員無事に保護した。」と発表した。
犯人については逃走中とだけ発表し、詳細については情報がまとまり次第発表するとだけ伝えられた。
その後、スイスを含めた関係各国の政府やマスコミ関係者達は予め用意されていた筋書き通りに動いていったのだった。
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――《ガーデン》――
「――――――マスコミは、政府の発表を信じているみたいよ。」
幾つものPSを操作しながら、ミレーナは現状について勇吾達に伝えていった。
「そうか、なら俺達はギルドに報告を済ませて終わりだな。」
「・・・それだけか?」
「何がだ?」
勇吾が聞き返すと、トレンツはニヤニヤしながら面白そうに勇吾の顔を見ながら答えていった。
「さっき、丈がいつもの盗撮映像を見せてくれたんだけどさ・・・・」
「バカはどこだ!?生け捕りにして鮫の餌にするぞ!」
「―――――何故かジュネーブにいるわ!」
「バックアップも残さず消すわよ!!」
「なあ、人の話は最後まで聞こうぜ?」
その後、スイス某所にて東洋人の少年が宙を飛んだという記事が地元のゴシップ誌の片隅に掲載されたそうだが、本気で気にする者は1人もいなかった。
それはさておき、トレンツはさっきの続きを話す。
「――――――でさ、その時の映像で勇吾が被害者の1人の女の子をお姫様抱っこしててさ・・・・・・」
「「え!?」」
「・・・・・・・・・・・。」
トレンツの発言にリサとミレーナは即座に食いつき、勇吾は僅かに視線を逸らす。
トレンツが言っているのは脱出の際に自力で歩けないリディを勇吾が抱えていた事だが、何故か勇吾はすぐに反論しようとはしなかった。
「何か吊り橋効果ってやつ?抱っこされた女の子も、何だか勇吾に一目惚れしちゃってるっぽかったぜ?」
「ちょっと!それ本当!?」
「一目惚れはともかく、脱出の際に彼女を抱いて走ったのは事実だ。自力では走るどころか歩く事もままならなそうだったからな。」
「・・・・ふ~~ん。」
「何だ、その目は?」
「・・・・・・別に?」
リサは温かい眼差しで勇吾に微笑む。
幼馴染である彼女は勇吾の内心を察していたのだ。
だからこそそれ以上は何も言わなかったのだが、トレンツの方は面白がってその後も詮索していった。
「で、メアドとか交換したのか?」
「するか!」
「告白された?」
「されて・・・・いや、他の被害者の子からは・・・。」
「マジで!?」
「ちょ、それ本当なの!?」
「・・・・・・。」
「それで、お見舞いは行くんだよな?」
「・・・・・・落ち着いたらな。」
「ハーレムを―――――」
「作るか!!」
少し拗ねた様な顔を勇吾が見せたところでこの場はお開きになった。
時刻は日本時間で既に夕方の6時を過ぎている。
慎哉達は先に帰宅させており、良則も念の為にスイスに残って被害者達の警護に当たっている。
「さてと、今夜は適当に素麺だな。」
「夏バテしそうじゃね?」
「ちゃんとモズク酢とかも付ける。」
その後、何だかんだで手抜き無しの夕飯を食べた後、ギルドに提出する報告書を作成した勇吾達は夜更かしをしないで早々に就寝したのだった。
ちなみに、勇吾達が寝たのを見計らっていたかのように「とあるチャット」内はバカによって大いに盛り上がり、翌朝には勇吾がいろんな意味で顔を真っ赤に染めてバカを追いかける姿がガーデン内で目撃されたのだが、あくまで余談である。
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――スイス ルガーノ市内の病院――
救出作戦が行われた日から2日後、スイス連邦有数の金融都市ルガーノは未だに世界中のンマスコミ関係者や政府関係者が波のように押し寄せていた。
特に今回の誘拐事件の被害者が入院する病院の周りには大勢のマスコミが集まっており、未だに全容が掴めない事件の全体像について推測する声が様々な言語で話す光景が絶え間なく続いていた。
何せ国境を越えた世界規模での児童誘拐事件、被害者の国籍は本当にバラバラで、ドイツやイギリス、イタリア、ルーマニア、スペイン、ロシア、アメリカ、アルゼンチン、チリ、シンガポール、韓国、北朝鮮、ニュージーランド、サウジアラビア、ケニアなど世界10カ国以上の国の少年少女達が同じ組織に誘拐されて数ヶ月間も監禁されていたという事実は被害者の出身国以外の国にも衝撃を与え、誰が何の目的で誘拐したのかと、世界中の関心が集まっていた。
だが、当の被害者の少年少女達がシナリオ通りに真実を隠していた事や、彼らが発見された犯人グループのアジトにも手がかりになりそうな物証が不自然じゃない程度に残っていなかったので警察なども捜査に行き詰っていた。
ちなみに、被害者達を最初に発見して保護したルガーノ市警の警官2人は前代未聞の大事件被害者達を発見して救出した英雄として世界中のマスコミから引っ張りだこになっており、被害者の家族からは連日感謝されるなど、本業よりもハードな時を過ごしている。
逆に、今の今まで被害者達がいなくなってから捜査どころか被害者家族の相談すら相手にしてこなかった各国の警察はマスコミや地元住民などから容赦なく叩かれ続けている。
それはスイス政府側も同じで、何故誘拐された少年少女達が国境を越えてスイス国内で発見されたのか、国境警備は万全か、入国審査など云々、とにかくスイス側の責任についてもマスコミや各国政府から追及され、さらには国境を挟んでルベールと隣接するイタリア側にも飛び火していた。
そんな中、大人達が色々騒いでいる事などどこ吹く風かのように当の被害者の少年少女達は比較的快適な入院生活を送っていた。
「じゃあ、お母さんは政府の人の所に行ってくるからね?」
「うん、行ってらっしゃい!」
リディは母親が病室を出て行くのを見送り、読みかけだった本に視線を戻して読書を再開した。
リディが家族と再会したのは地元警察に保護されたてから約5時間後、現地時刻でお昼を少し過ぎた頃に他の被害者家族を差し置いて1番最初に家族との再会を果たしていた。
幸運にも、彼女の家族が空港に到着するとスイス行きの国際線に家族全員が乗れるほどの空席があり、さらにそこから乗り換えてルガーノ空港行きの国内線にもスムーズに乗り継いで到着した。
その話を聞いた瞬間、リディは誰かが意図的にバックアップしたのだと確信し、言葉に出さず心の中で家族と早く再会させてくれた人達に感謝した。
「・・・勇吾・・くん、今頃どうしてるんだろ?」
不意に窓の外を覗いたリディは、あれから一度も会っていない恩人の少年の事を思い出していた。
彼の事は事情聴取に来た警察や政府関係者には勿論の事、家族の誰にも話してはいない。
彼らと別れる際、リディ達は真相は他言無用と何度も念を押され、全員がそれを守っている。
どの道、悪魔やドラゴン、魔法などといったファンタジー全開の事件の真相など話したところで誰も信じない事はリディ達自身も理解しており、下手に話でもすれば精神の異常を疑われるのは間違いないのだ。
「もう、違う世界に帰っちゃったのかな・・・?」
勇吾が異世界から来た人間であることはリディも聞かされている。
更にこれは勇吾が知らない内に丈が話した事だが、事件が発覚したのはリディの持つ不思議な能力で勇吾の夢に彼女のSOSが届いたということも聞かされていた。
リディ自身に自覚があった訳ではないので彼女には実感がないものの、救出の際に勇吾の口から「お前の助けを求める声が俺の夢に届いたお陰で今回の件に気づくことができた。」と聞かされていたので真実なのだろうと受け取っていた。
「もう一度――――――――――――――」
何かを言いかけた瞬間、不意に病室の扉が開いた。
リディは家族の誰かが来たのかと思い振り向くと、そこに立っていたのは彼女の家族の誰でもなかった。
「――――――――――元気そうだな?」
「あ・・・・・・!」
そこに立っていたのは、たった今会いたがっていた恩人の少年だった。
予想外の再会に開いた口が塞がらないリディは何を喋ればいいのか分からず混乱しそうになる。
すると、それを察した勇吾はクスッと笑みを零しつつ、片手に持っていたお土産を持ち上げて自分から会話を繋げていった。
「お土産にアイスを買ってきたから、みんなで食べないか?」
「は、はい!!」
顔を真っ赤に染め上げながら、リディは慌ててベッドから起きあがる。
そして勇吾の隣に並んで歩く彼女は、何故か胸の鼓動が激しくなることに困惑していた。
「あ、あの・・・!」
「何だ?」
「・・・本当にありがとう。」
もう一度会えたら言おうと思っていた感謝の言葉を伝えると、勇吾は「ああ。」と短く返事を返す。
その後、2人は他のジョニーを始めとした被害者のみんなとも集まって2時間ほど楽しい時間を過ごしていった。
勇吾が帰る際、今後の連絡先としてメルアドなどを教えてもらったリディは満面の笑みで喜んでいたのだが本人は全く自覚していなかった。
リディはその後、医師から退院の許可がでると家族とともに数カ月ぶりのわが家へと帰宅した。
なお、最初はマスコミが四六時中ついて来たが、ある日を境に綺麗サッパリいなくなった。
それがどうしてなのか、それはまた別の話である。
救出編 完
・次章開始は何話か短い番外編を挟んでからにしようと思います。
・次回更新までは少し時間が空くと思います。




