第159話 吉報
勇吾達の戦いが終わり、同時にバカによる実況中継が終了した後、リディは特にやることもなく暇を持て余していた。
「・・・あの後、どうなったのかな?」
リディは水の入ったコップを両手で持ちながら、自分達を助けてくれた恩人が来てくれるのを待っていた。
だが、既に外の戦闘が終わってから2時間以上が経過していた。
診察を終えたあの後、リディ達は王国軍の若い女性に導かれ、今いる談話室のような一室に案内された。
来た当初はあちこちに展開しているPSからの実況中継に釘付けになり、順番に診察を終えた他の被害者の子達と一緒に観戦していた。
ご丁寧に各専門用語などの説明もあった中継は彼女達には大好評で、特に勇吾と良則が《神龍武装》した直後は外にまで聞こえるのでは、というほどの歓声が上がった。
そして戦いが終わって2時間を過ぎた今でもまだ余韻が消えない者が多く、リディ以外は何が凄いとか、誰が素敵だとかの話で盛り上がっていた。
(みんな、あそこに居た時より元気になってきたみたい。)
勇吾に救出された直後は生気が欠けた、生き続けることに疲れたような顔をしていた彼らの顔には少しずつ明るさが戻り始めていた。
だが、それでもあの施設での数カ月に及ぶ悪夢の日々によってできた心の傷はそう簡単に消えるものではない。
少なくとも、ここにいるリディを含めた被害者全員は、今後は長いカウンセリングを受け続けることになるだろう。
「全員揃ってるか?」
「あ!」
さらに10分ほど経つと、不意に勇吾が部屋に入ってきた。
急に現れた勇吾に驚いたリディは姿勢を崩してしまい、危うく倒れそうになった。
それを勇吾が素早く動いて彼女の体を受け止め、2人は何だかテンプレみたいな体勢になってしまった。
「大丈夫か?」
「は、はい!!」
もし、ここにバカやトレンツ、慎哉がいたとすれば大いにからかっていたに違いない。
ここに彼らがいないのは2人によって幸運だった。
「・・・体調は問題なさそうだな?」
「は、はい!!」
「・・・本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫!私よりもユウゴ・・・君の方は大丈夫なの!?」
「ああ、もう回復した。それと、呼び方は勇吾でいい。」
リディが無意識のうちに顔を紅く染めているのに気付いているのいないのか、リディの反応を特に気にする事もなく彼女を体から離すと他の被害者の少年少女達の方を向く。
そしてたった一言、彼らが待ち望んでいるであろう言葉を口にした。
「―――――――――――治療薬ができた。」
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非人道的な実験によって姿を変えられた者達の体を元に戻す治療薬は蒼空の指揮の元、勇吾達の助力の甲斐もあって短時間で完成した。
蒼空は血液検査を含めた検査の末、彼らの状態を一種の状態異常と判断し、その前提の上で治療薬を完成に漕ぎ着けた。
と言ってもさほど苦労はなく、すぐそこに都合の良い材料が転がっていたので、蒼空自身は普通に処方薬を作る感覚だったが・・・・。
兎も角、蒼空が作った治療薬は完成してすぐに被害者達に接種された。
そして、効果はすぐに現れた。
「も、戻った!!」
「やったぁ―――――!!」
「手!私の手に戻った!!」
被害者の少年少女達は歓喜の声を上げた。
獣人や吸血鬼のような体は見る見るうちに元の人間の姿に戻り、目に見える問題も見られなかった。
「今のところは大丈夫そうだな?」
勇吾が蒼空に尋ねると、蒼空は「ああ」と答える。
「診察の際に採取した細胞のデータを元に幾通りのシミュレーションを繰り返したからな。だが、肉体の方は戻っても、精神面の方はこれから長いケアが必須だな。それに、家族や警察、マスコミへの対応も大変だろう?」
「そっちは既にギルドと連携して根回しをしているらしい。表向きには国際的な犯罪シンジケートによる児童誘拐や人身売買という形で進めると聞いている。彼女達にも口裏を合わせるように説明するそうだし、必要な知識は直接入れるそうだ。まあ、希望者がいる場合は記憶操作で今回の件に関する記憶を消去する事も検討されているが、それはできるだけ避けたい手段だな。
「・・・そうだな。記憶消去は人格にも大なり小なり影響を及ぼすリスクがある。綺麗事だが、コイツらには自分達で今回の事を乗り越えて貰うのが最善だろう。――――――例え、険しい道になるとしてもな。」
「・・・・・・ああ。」
蒼空に同意しながら、勇吾は少しだけ自分の過去の記憶を思い出していた。
それは今から約8年前、当時7歳だった勇吾に一生消えない記憶が植え付けられた日の記憶だった。
決して忘れられない日の記憶。
勇吾が15年生きてきた中で最も自身の無力さを思い知らされた忌まわしい過去。
そして、勇吾が目の前で『創世の蛇』に父親を殺されてしまった日の記憶――――――――――
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――ドイツ ハーメルン――
その吉報を最初に聞いたのは一昨日から泊まり込みで来ていたリディの母方の祖母だった。
リディが行方不明になった日から度々訪れては何か手がかりが見つかったのかと老体を省みずに来ていた。
その日も心が疲弊しながらも家事をする娘の手伝いをしていた彼女は、娘の代わりにその電話に応対し、数ヶ月もの間待ち望んだその報せを家族の誰より先に知らされた。
「ま、孫が・・・リディが見つかった・・・・・・!!??」
「「「―――――――――!!??」」」
祖母が声を上げた直後、まるで地震が起きたかのような衝撃がグライリッヒ家を飲み込んだ。
リディの母はすぐに受話器を自分の母親から奪い取り、取り乱しながらも電話の向こう側にいる相手から娘の安否に関する話を聞き、そして出勤しようとしていたリディの父親も自分の早く知りたいと妻に密着して電話の声を聞いていった。
電話の相手はリディを含めた十数名の十代の少年少女が監禁されている所を警察が保護し、今は発見された地元の病院で精密検査を受けてるなど、とにかく命に別状がないという情報を正確に分かり易く伝えていった。
その後、グライリッヒ家はハチの巣を突いたかのような大混乱に陥った。
母親は今までの緊張が一気に解けてその場に倒れて気絶してしまい、同時に横にいた祖父の方も吉報の衝撃が強すぎて持病の発作を起こして救急車で病院に運び込まれた。
父親はすぐに自分の両親、つまりはリディの父方の祖父母にも連絡し、十数分前に学校に出かけたばかりの下の子供達にも連絡し、自分が勤めている会社にも事情を説明して休暇を取るなどの連絡をしていった。
その後、すぐに父親の両親が準備を整えて車を飛ばして到着し、気絶していた母親も目を覚まして出国の準備を進めていった。
「リディが…・リディが・・・!!」
「ああ、もうすぐ会えるぞ!!」
旅行用の鞄に詰め込まれる衣類などの荷物が涙で汚れている事にも気付かず、リディの両親は1分でも早く娘に会うために準備を進めていく。
そして学校にいるリディの弟妹を特急で迎えに行った祖父も到着し、一家はパスポートなど重要な物を忘れていないかを確認し、スイスに向かって出発した。
その数分後、ドイツ中のテレビで大事件の臨時ニュースが流れ、それから更に遅れて警察や政府関係者の車がグライリッヒ家に到着した頃には既に一家は空港で搭乗手続きをしていたのだった。
その日、ドイツを含めたヨーロッパ各国は勿論の事、アメリカや日本、中国やロシアなどのメディアは揃ってスイスの南部国境近くの都市で起きた大事件について報道していった。
・次回、救出編エピローグです。




