第157話 観戦者達は去る
――スイス・イタリア国境付近上空――
勇吾達の戦いが終わったのと同じ頃、ジャン=ヴァレットは離れた場所で結果を見届けていた。
「君の目論見通りの結果になったのかな?」
「――――――――――――カース。」
そしてそこには、ここに居るべきではない観戦者もいた。
『創世の蛇』の《幹部》の1人、『幻魔師』カースウェル。
ただし、ここにいるのは横浜に現れたのと同じ“端末”の1つでしかないが・・・・・・。
「・・・監視か?」
「ハハハ、確かにそれもあるけど、スポーツでも戦争でも1人で観戦するのって寂しいからね。なら、僕と同じように観戦している人と一緒に楽しもうと思っただけだよ♪」
「・・・・・・・・・。」
ジャンはカースの嘘にすぐに気付いた。
いや、正確には嘘ではなく、半分しか本当の事を言っていないというべきだろう。
しかし、カースもそれを本気で隠す気など微塵もないのか、すぐに自分からもう1つの理由を話し始めた。
「なんてね♪本当はこの戦いの結果次第で、君がどんな顔をするのか見てみたいと思っただけだよ?」
「――――――――やはり、今回の件も貴様の趣味か。」
「ん~~~君が来るかどうかは確証はなかったんだろうけどね?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「嘘だよ♪《盟主》の封印の“鍵”・・・“錠”の方が合ってるのかな?とにかくそれを持っている少女の名前を聞いた時にピンと思いついたんだよ!」
カースは、ジャンが仮面の奥でどんな顔をしているのか想像しながら楽しそうに話し続ける。
「確かリディアンヌだったよね、80年前に死んだ君の子孫の女性?ウィルバーは“リディ”って愛称で呼んでたみたいだけど。」
「――――――――――あの事件はお前達の下部組織が起こした事故だったな?」
ジャンは全く動揺を見せなかった。
リディアンヌ=ホワイト、地球とは異なる異世界で80年程前に死んだウィルバーの恋人、そしてジャンにとって今では数少ない血の繋がった“家族”の1人だった。
この事実はウィルバーは勿論、死んだリディアンヌ自身も知らない。
ジャンは自分の背負っている柵に家族が巻き込まれる事を嫌い、あえて家族との関係を絶って長い時を生き続けていた。
だが、その意志に関係なく運命は彼の家族に牙を剥き、リディアンヌは『創世の蛇』に関係のある組織が起こした事故によって引き起こされたあの悲劇によって命を落としたのだった。
そして今回の件、偶然にも組織が捜し続けていた少女の名前が“リディ”だと知ったカースはちょっとした戯れのつもりで計画し、「とある報酬」を餌にウィルバーを雇い、更にはジャンが現れるようにしたのだ。
ただし、本当に今回の件はカースにとってはただの戯れに過ぎず、それ以上何かを企んでいる訳ではなかった。
「あの悲劇は僕達にとっても想定外だったよ。あの世界の古代文明が残した負の遺産が暴走して“計画外の悲劇”を起こすなんてね?言っておくけど、被害者に君の家族がいたのに気付いたのは、君があれを片づけた後だからね?変な冤罪はかけないでよ?」
「・・・・・どの口で――――――――」
「他人の口だけど♪」
「・・・それで、お前はこの後どうする気だ?」
片手で持っていた楯、神器『プリトウェン』をカースに向けながらジャンはカースに問いかける。
だが、その問いにはあまり意味はなく、ジャンのカースに対する嫌がらせのような問いだった。
「ハハハ、そんなの決まってるじゃないか。この僕は君にやられて消える、だろ?」
「――――――――――――――――プリトウェン。」
直後、プリトウェンの放った光によってカースウェル=フェイクは倒された。
ジャンは“核”にされていた一般人を拾い、そのまま近くの町の救急病院を目指して移動した。
その間、ジャンは決して一度も後ろを振り返る事はなかった。
ただ、今も自分の家族を一途に愛し続けてくれる1人の青年に、今後幸福が訪れる事を胸の中で祈っていた。
結局、勇吾達は今回の一件の真相の全てを知る事はなかったのだった。
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――凱龍王国軍 仮設基地――
戦闘終了後、勇吾達はバカに(戦闘によって破壊された結界内の修復などの)事後処理を全部押し付けて王国軍や仲間の待つ仮設基地に来ていた。
勇吾と良則が基地内に入った直後、バカの実況生中継を見ていた面々(特に女性陣)は立場に関係なく黄色い歓声を上げてパシャパシャと撮影会を始めたのだった。
「キャ~~~~~~!!ヨッシー様~~~~~~♡」
「勇吾君もこっち向いて~~~~~~♡」
「えええ!?何これ!?」
「・・・バカの仕業だろ。」
その後、騒ぎを逸早く察知した上官達によって何とかその場は収まり、勇吾達は蒼空が診察を行っている場所へと向かった。
そこでは既に診察を終えたのか、蒼空がコーヒーを飲みながら勇吾達が来るのを待っていた。
「――――――――で、次の患者はそいつか?」
「ああ、頼む。」
勇吾は横に担いでいたウィルバーを診察用のベッドに寝かせ、蒼空は持っていたカップを机に置くとやれやれと診察を開始した。
「何度も言うが、前世でも俺の本職は医者ではなく研究者だ。一応分かる範囲で診るが、後で本職の奴にもう一度見せた方がいいぞ?」
「分かっている。けど、奴らがゲスな小細工をしている可能性がないとは言えないからな。組織のやり方を知っているお前にまず見てもらいたいんだ。」
「・・・あくまで俺の知っている手なら判別するが、ここ数十年の間にできた新しいのは俺にも分かるとは限らないからな?」
「ああ、それでも頼む。」
「僕からもお願いし―――――――――――」
「もういい、とにかく詳しく調べるから離れていろ。」
蒼空はハアと溜息を吐きながら気を失っているウィルバーの体を診察していった。
まずは《探知魔法》などを駆使しながら不審物や危険な魔法がかかっていないかを念入りに調べ、その後もいろんな医療用や研究用の魔法などを使い、触診などもしていきながら異常がないか調べていった。
そして1分後、蒼空は僅かに表情を厳しくしながら勇吾達を呼んだ。
「・・・何かあったか?」
「・・・良則、お前は《超直感》があるから気付いていていただろ?」
「―――――――――!!」
「良則?」
蒼空の言葉に、良則は思わず動揺する。
勇吾は良則と蒼空を交互に見る。
「・・・・・・本当に血は争えないな。奴に似て、スズメの涙ほどの可能性に賭けたがるのを悪く言うつもりはないが、予め言ってくれた方がこっちも何かと助かるんだが?」
「ご、ごめん・・・・!」
「・・・どういうことだ?」
勇吾が蒼空に問うと、蒼空は難し顔でウィルバーを見ながら答えていった。
「結論から言えば、コイツはもう助からない。」
「「!!」」
「これを見ろ。」
そう言うと、蒼空の前に一枚の画面が表示され、ある情報を表示していた。
それはウィルバーのステータス情報であり、それを見た2人は目を丸くした。
【名前】ウィルバー=オルセン
【年齢】110 【種族】人間
【職業】傭兵 【クラス】魔の契約者
【属性】メイン:土 木 風 サブ:火 水 氷 雷 空
【魔力】6,200/6,450,000
【状態】疲労(大) 負傷(中) 生命力低下中 etc
【能力】攻撃魔法(Lv3) 防御魔法(Lv2) 補助魔法(Lv2) 特殊魔法(Lv3) 属性術(Lv4) 剣術(Lv4) 体術(Lv3) 投擲(Lv3) 神の禁忌術
【加護・補正】物理耐性(Lv4) 魔法耐性(Lv3) 精神耐性(Lv5) 全属性耐性(Lv3) 全状態異常耐性(Lv4) 強者の瞳 悪神ロキの干渉
【開示設定】ON
「《神の禁忌術》・・・・!!」
「それに、ロキの干渉だと!?」
2人の額に冷や汗が流れる。
《神の禁忌術》、それは本来は神にしか扱う事の出来ない力を、高い代償を払って人間が使う、その名の通り禁忌の力である。
その代償には小さい物はなく、己の血肉や魂、そして命を払うなど、使用者は例外なく不幸な末路が待っている。
だが、これは魔法のように自力で習得できるものではなく、必ず誰かから与えられるものなのである。
「・・・契約していないにも係わらず、アミーを強制的に取り込めたのはこれのせいか。このステータスを見る限り、よりにもよってロキから与えられたのか。」
「僕は何度か会った事があるけど、なんていうか自分に正直に生きてる神様って感じだよ。凄く気まぐれで、人も神も関係なく言葉巧みに騙したり、色々問題もあるけど・・・」
「普通に生きる上では決して関わるべきでは神の1柱だ。何時なのかは知らないが、コイツもおそらくはロキに遭遇した際に与えられて今日まで使わずにいたのだろう。一度でも使えば、ほぼ確実にこうなっていただろうからな。」
「それに今も何かの干渉を受けているようだ。蒼空、詳細を見れるか?」
「ああ、今見せる。」
ステータス画面を操作し、画面には別の情報が表示された。
【悪神ロキの干渉】
・北欧神話の神、悪神ロキによって常に監視されている。
・干渉されている者の意識があるなしに関係なく、その周囲で起きている出来事は全てロキに筒抜けである。
・また、それ以外にも様々な干渉を受けやすくなる。
・あのクレ・・・(以下略)
最後の文章については全員無視した。
とにかく、悪神ロキはリアルタイムで勇吾達の様子を上から見おろしているらしい。
「これ、すぐに消せないのか?」
「神格のある奴でないと無理だ。」
「僕、アルビオンを呼んでくるよ!」
「俺もネレウスかライを呼ぶか。いや、それより布都御魂を・・・」
勇吾と良則が迷わず決断した直後、不意に天からその声が降ってきた。
『ちょ、ちょっと待った――――――――!!!』
もの凄く焦ったような声、同時に桁違いの重圧が勇吾達を襲ったが、そのどこか腰が抜けそうな声のせいで誰もが気付いてもすぐに忘れてしまった。
そして、声の主がそこに顕現したのだった。
・また、変な神様が出てきました。




