第156話 フォラスからの褒美
薄れゆく意識の中、自分の体が地上へと落下するの感じながらウィルバーは自分が敗北したのを感じた。
僅かに開いた目からは周囲の景色がスローモーションのようにゆっくりと流れていくのが見えた。
(・・・・・・80年、ようやくか。)
既にウィルバーの魔力はほとんど残っておらず、《悪魔武装化》による消耗とと先程の良則の“聖なる光”によってその多くを失っていた。
既に《悪魔武装化》は解かれ、フォラスとアミーはウィルバーの身から離れている。
勇吾の布都御魂剣の効果なのか、フォラスとの契約は強制的に消滅している。
ウィルバーの勘ではおそらく消滅はしていないだろうが、かなりの深手を負っているだろう。
(・・・全く、いい歳してガキ共に嫉妬しちまうとはな。)
ウィルバーは、今回勇吾達が何の為に組織の施設に侵入したのか知っている。
知っていたからこそ、勇吾達に対して苛立ちを覚えていた。
嘗ての自分には出来なかったこと、誰かを助けるということを彼らは成し遂げようとしている。
それがウィルバーには妬ましくてたまらなかった。
あの日、助ける事が出来た筈なのに、助けられるだけの力を持っていたはず何にウィルバーは大切な恋人と仲間を一度に失ってしまった。
今ほどの力ではなくても当時使っていた武器でも護れたはず。
仲間と連携し、敵に動揺せず冷静に考えられていれば彼女の元にももっと早く行けたはずだ。
80年間、ウィルバーはずっとその事で苦しみ続け、その思いで自信を縛り続けてきた。
だが今、その束縛は呆気なく消えていた。
(・・・俺は、何を勘違いしていたんだろうな。)
誰が悪かった訳ではない。
そもそも、彼を縛っていた思い自体が単なる言い訳に過ぎなかった。
(俺は、アイツのいない世界で生きる事を選ぶのが怖かっただけだった。)
ウィルバーは生まれた時から自分で選ぶという行為をほとんどしてこなかった。
軍人になったのも自分で選んだからではなく、単に自分の家が軍人の家系だからと、家族の期待に流されるがままに入ったにすぎなかった。
そんな人生の中、恋人だけは誰かに流された訳でもなく、自分の意志で選んだ唯一誇れる選択だった。
だが彼女が死に、それでも流れていく世界で生きていく事を選ばなければならない事を、ウィルバーは拒絶し、逃げ出したのだ。
あの日以来、ウィルバーは故郷である世界には一度も帰ってはいない。
ウィルバーと親しい人達、両親や友人達も既に他界しているだろう。
彼は、自分の家に帰るという選択すら既に失っているのだ。
(選ばないという事すら選べなくなるんだから、無様としか言えないな。)
もし、相手が勇吾達ではなく、ジャン=ヴァレットのような古き猛者であったら今のような気持ちにはならなかっただろうとウィルバーは思う。
それではウィルバーを縛るものを否定する事にはならず、逆に肯定する事になってしまう。
まだ発展途上の、かつてのウィルバーと同じ強敵に立ち向かう勇吾達に敗北したからこそ、今の気持ちに至れたのだ。
いや、そもそもウィルバーが勇吾の目を見て、自分と似た陰を背負っている事に直感で気づいていたのが大きかったのかもしれない。
(俺も・・・俺も、あの時逃げていなければ・・・あんな風になれていたのかな・・・・・?)
ウィルバーは今でも愛する彼女の顔を思い浮かべながらその名を呟いた。
「――――――――――――――リディ。」
直後、ウィルバーの体に鎖が巻き付き、地上へと落下していた彼の体は再び上へと引き上げられていった。
「!?」
「勝手にくたばろうとするな!!」
勇吾の叫びに、堕ちかけたウィルバーの意識は現実へと引き戻された。
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勇吾がウィルバーを助けたのは、特別な理由があるわけでもなく、単に彼のいつものお人好しである。
ウィルバーは勇吾に自分と似た影を感じていたが、勇吾の方は特に何も感じてはいなかった。
ただ、ジャンの言葉から何か暗い過去があるのだけは気付いてはいた。
「よし、こっちは何とか捕縛完了!」
〈後は、あの2柱だけだ。〉
ウィルバーを横に抱えながら、勇吾はある方向へ視線を移した。
そこには、魔力をかなり消耗した悪魔と戦う良則達の姿があった。
『うおおおお!!このまま見逃すとでも思っていたか!?』
「それはこっちのセリフだ!!」
契約もしていないにも係わらず強引に《悪魔武装化》させられ、それによってウィルバーと深くつながってしまったが故にダメージも受けてしまい、今のアミーは冷静な判断を下せるほどの余裕は残っていなかった。
また、今のアミーには勇吾と戦っていた時のような不自然な力はない。
勇吾達も気付いているが、フォラスと違い、アミーは“ある者”からドーピングを受けており、本来よりも高い防御力と光属性や浄化系の力に対する耐性を備えていた。
そのため、本来なら悪魔に対して圧倒的に有利なはずの勇吾の力でも苦戦を強いられていたのである。
だが、そのドーピング効果もウィルバーの強引な《悪魔武装化》と、アミーにとっても想定外な勇吾達の反撃によって失われていたのである。
『死ね!!《獄炎の嵐》!!』
黒い炎の渦がいくつも現れてトレンツに襲い掛かる。
だが、トレンツはニヤッと笑みを浮かべながら利き足で蹴った。
「《白雪螺旋蹴破》!!」
要は魔力を思いっきり込めた、吹雪の竜巻を発生させるキックである。
弱体化しているアミーの炎をトレンツの吹雪が圧倒し、アミーにさらに深手を負わせた。
『グオオオオオオオ!!この程度で終わると―――――――――――――』
『終わりだ!』
アミーの怒声をアルバスが遮った直後、白いブレスがアミーを飲み込んだ。
そして断末魔が僅かに聞こえた後、そこにアミーの姿はなかった。
『最後くらいは活躍しないとな?』
「ズリ~~~!」
『「余裕ね(ですね)。」』
いいトコを盗られて少し不満な声を上げるトレンツ。
こうして、トレンツとアルバスの戦闘は終了した。
一方、フォラスと対峙していた良則の方は戦わずして勝利していた。
『―――――――時間切れのようだ。』
少し名残惜しそうな顔をしながら、屈強な男の悪魔の姿は透けるように消え始めていた。
「強制送還。」
『元々、そういう内容で契約を結んでいたからな。』
「・・・もしかして、契約になくてもすぐに地獄に帰るつもりだった?」
『強制的にとは言え、契約が消えた以上は我が現世に長居する理由はなくなった。なら、本来居るべき場所へ戻るのは当然のこと。』
「・・・フォラス、君って悪魔の中でも変わり者って言われてない?」
『否定はしない。人間の視点からすれば、アミーやアンドラスのような者が悪魔として普通だろう。だが、悪魔と言うのは例外なく自身の欲望に忠実な生き物だ。我とアミーでは欲望の種類が大きく違っていただけに過ぎない。まあ、それを含めても我が変わり者である事には変わりないが・・・。』
フフフと、フォラスは小さく笑いながら視線を僅かに動かした。
その先にはウィルバーを抱えた勇吾が立っており、それを一瞥するとすぐに祖先を良則に戻した。
『理解していると思うが、アミーと違い、我は生きて地獄へと戻るだけだ。いずれまた、“指輪”の持ち主によって再召喚される事もないとは言えない。』
「・・・じゃあ、やっぱり指輪が―――――――――!」
『偉大なる王の指輪は、あの神々の眷属の手に渡っている。既に嘗ての同胞の大半は召喚され、その内何割かはお前と似た血を持つ者達によって討滅させられている。最近では、あのアスモデウスが討滅されたと聞く。今頃、地獄の秩序は大きく乱れているだろう。』
「・・・・・・。」
フォラスの話に、良則は心当たりがあった。
それは数日前、まだ凱龍王国にいた頃、良則は日本人の再従兄弟が大悪魔と契約していた『創世の蛇』の幹部の1人を倒したという話を国王経由で知っていた。
それはまだ機密扱いだったので勇吾にも話してはいないが、その大悪魔がアスモデウスだったのだろうと良則は納得していた。
そうこう話している内に、フォラスの体のほとんどは消えかかっていた。
『・・・そろそろか。ああ、これは我らに勝利した褒美として教えておこう。』
「褒美?」
『お前達、サマエルの呪いを解こうとしているな?』
「!?」
良則は戦慄した。
何故、目の前の悪魔はその事を知っているのだろうか。
まさか、既に自分達の行動は敵に筒抜けなのではと一瞬思ったが、フォラスの顔を見る限りでは違うようだった。
『案ずるな。我は占術が得意でな、先程お前達の視て知ったばかりだ。』
「・・・・・。」
『どうやら滅龍神器を探しているようだが、それなら先程の闖入者の主君を訪ねればいい。あの男の主君の持つ神器、それこそが龍殺しの魔剣『グラム』。』
「え!?」
『お前達の目的を達するには、奴らと関わるのは避けては通れぬ道ということだ。何より、奴らは随分と懐かしい神器まで所有しているようだ。まあ、我には関係の無いことだがな。』
後半は本当に他人事のように話すフォラス、そんな彼を見て良則はフォラスに関する伝承を思い出す。
ソロモン72柱の悪魔であるフォラスの能力の中でも最も有名なのが、「失くし物を探し当てる」というものだ。
正確には、何所にあるのか分からない物を探し当てる能力だが、フォラスはその能力を使って『グラム』の在り処を見つけたのだろう。
『・・・・・・最後に・・もうひと・・つ、我・・契約者は・・少々無理をし過ぎたよう・・・だ。もう、数日と命・・・・持たないだろう。』
「・・・・・・・。」
『・・・・伝えて・・・け。次は我らと関わろうと・・・するなと―――――――――――――』
最後まで言葉を紡げず、フォラスは地獄へと帰っていった。
こうして、長いようで短い1つの戦いが終結したのだった。




