第155話 決着
龍族の中でも選ばれた者にしか扱う事の許されない力、それが《神龍術》である。
その種類は優に百を超え、古に失われた術を含めると千をも超えるとされており、その全てを知る者は長く隠居している者を含めても片手で数える程度とされている。
数千年を生きるアルビオンでさえ、精々全体の6割程度しか習得できていない。
そして数多くある《神龍術》の中には特定の条件下でしか使用できない術も多くあり、その1つが《神龍武装化》、ウィルバーの使っている《悪魔武装化》とは似て非なる術である。
この術の発動条件はいくつもあり、まず1つは“契約者”がいること、2つ目はその契約者と一定以上の信頼関係を築いていること、3つ目は使用者と契約者との力量の差が離れすぎていないこと、最後の4つ目は契約者自身に龍族の力を受け入れるだけの精神力が備わっていることである。
勇吾達の場合、最初のの2つの条件は難なく突破していたが、残る2つの条件に関してはこれといった基準がある訳ではなく、ペアによって大きく異なる場合が多い。
勇吾と黒王も過去に何度か試してみたが、今まで1度も成功しなかった。
だが今回、何を思ったのか黒王とアルビオンも契約者の同意を待たずに《神龍武装化》を使った結果、どちらも成功したのである。
「・・・・・これが――――――」
「――――――《神龍武装化》か。」
2人の姿は悪魔2体を武装したウィルバーほどの大きな変化はなかった。
ただ、身に着けていた服はそれぞれ真新しい黒衣と白衣になり、武器も勇吾の布都御魂剣はより美しい漆黒の長刀、良則の籠手も銀色の線で描かれた龍の紋様が刻まれた籠手と言うよりはグローブに近い物に変化していた。
そして今までの戦闘で負った傷はひとつ残らず癒え、体力さえも完全に回復しており、全身に力が沸きあがっていた。
〈〈――――――――来るぞ!〉〉
「「―――――――!!」」
黒王とアルビオンの声が頭の中に直接聞こえたのと同時に、ウィルバーが炎を纏わせた双剣で斬りかかってきた。
勇吾は今度は遅れずに反応し、手加減なしで長刀となった布都御魂剣を振るう。
「「なっ!?」」
勇吾とウィルバーの声がほぼ同時に重なった。
勇吾の一振りを受けた直後、ウィルバーの双剣の片割れはまるでバターのように刀身を斬られ、同時にウィルバー自身も布都御魂剣から放たれた黒い斬撃を受けた。
『『「おおおおおおおおお!!!!」』』
斬撃は勇吾が驚愕するほどの大きさと威力でウィルバーに襲いかかり、一方的にダメージを与えながら数百m先まで圧していった。
「何だ、このパワーは・・・!?」
今までとはまるで比較にならないほどの一撃を目の当たりにし、勇吾は一瞬、本当に自分が出したのか疑ってしまった。
隣では、良則も同様に驚いた顔をしている。
と、その時、再び緊張感のない声が頭に響いてきた。
〈なあ、今のって月牙〇衝っぽくね?パクリ?〉
「黙れ、バカ!!」
即座に頭の中から追い払い、勇吾達は猛攻を開始した。
自分達のスペックが段違いに上がっていることを認識した勇吾達は細かい作戦は考えず、ただひたすら攻撃を絶え間なく与えていく事に専念していった。
「《闇分身》!!」
勇吾は百人以上の分身を創り、各方向に分散してウィルバーを囲んでいく。
「《サウザンド》!!」
分身達の隙間を縫うように良則の閃拳がウィルバーに襲いかかる。
体勢を取り戻したウィルバーは瞬時に斬られた剣に魔力を注いで再生させ、襲いかかる閃拳に応戦していく。
勇吾は正面を含めたあらゆる方向から斬りかかっていく。
『『「《炎魔の軍勢》!」』』
ウィルバーの全身から炎が噴き上がり、そこから炎でできた獣の群が飛び出す。
それはウィルバーが無理矢理取り込んだアミーの能力だった。
勇吾は大小無数の獣に構うことなく突っ込んで行き、分身達も半数が本体と同じように突撃し、残り半数は離れた所から斬撃を飛ばしていく。
獣達は突っ込んでくる勇吾を喰いちぎろうとするが、直前で何かに体を貫かれた。
それは、槍のように鋭利な氷の矢だった。
「本日は横からの援護射撃に注意だぜ!!」
「軌道を修正しているこっちの気にもなりなさいよ!」
『別にいいだろ?』
氷の矢はトレンツとアルバスのものだった。
トレンツとアルバスが放った特製の氷の矢を、リサとゼフィーラが風を操作して軌道を細かく調整し、炎の獣達を貫いたのだ。
勇吾はその事に全く動じることなくウィルバーに刀を振るう。
そして勇吾達は一気にウィルバーを追いこんでいく。
『『「《圧殺地獄》!」』』
「無駄だ!!」
周囲一帯の重力が数十倍になったにも関わらず、まるで重力そのものを切裂いているかのように突き進む勇吾は、またウィルバーに渾身に一撃を入れる。
「《黒光神龍波斬》!!」
正面からウィルバーの甲冑を切裂き、同時に全身に纏ている悪魔の力を浄化していく。
『『「おおおおおおおおおお!!!」』』
パキンと黒い仮面が真っ二つに割れ、勇吾は初めてウィルバーの素顔を目にした。
それは一言で言えばプロの戦士の顔だったが、その内面からはどこか自分と似た何かが滲み出ているのを勇吾は感じ取った。
(こいつ―――――――――――)
『『「《怒れる大地の怒涛》!!」』』
目が合った瞬間、ウィルバーは殺意の目で勇吾を睨み、全身から凄まじい量の魔力を爆発させた。
それはまさに火山の大噴火と表現するに相応しいほどの爆発だった。
ウィルバーを中心とした半径1㎞が一瞬で紅蓮に染まり、結界に囲まれた一帯は噴煙に飲み込まれていった。
気温は一瞬で数百℃に上がり、1000℃を超える高温のマグマが生物のように蠢きながら勇吾達に襲い掛かっていった。
『『「――――――――――――――――――灰燼になれ!!」』』
それは、ウィルバーが勇吾達に向かって初めてぶつける感情を剥き出しにした叫びだった。
ウィルバーは全てを飲み込もうとするマグマの奔流を操りながら、有りっ丈の魔力を注ぎ込んだ双剣で勇吾に斬りかかっていった。
双剣を避ければマグマが、マグマを避ければ双剣が勇吾の命を絶とうとする中、勇吾は不思議と冷静な眼差しでウィルバーを見つめながら言葉を発した。
「――――――――――良則。」
『『「―――――――――――――――――――ッ!!」』』
勇吾は横に跳んだ。
その直後、勇吾の真後ろに隠れて力を溜めていた良則が回避不可能の大技を放った。
「《万を超えし極光閃拳-虹-》!!」
良則が突き出した拳から虹色の閃光が放たれ、マグマも噴煙ごとウィルバーを飲み込んでいった。
閃光は一直線に空をも貫き、宇宙の彼方まで伸びていった。
『『「――――――――――――――――――――!!!!!」』』
その光は影を照らして消すかのようにウィルバーの魔力を削っていき、纏っていた甲冑や握っていた双剣は風化するように崩れていった。
さらにその光は肉体だけでなく精神にも影響を及ぼし、悪魔と深く繋がっていたウィルバーの精神には大きなダメージを及ぼし、光が収まるまでの間、ウィルバーの思考を大きく遅らせていった
そして閃光が収まった直後、勇吾は精神へのダメージでまともに反応できないウィルバーを正面から一刀両断にした。
「――――――――――《退魔斬り》!!」
勇吾が斬ったのと同時に、ウィルバーの纏っていた甲冑は煙のように霧散し、ウィルバーは意識が遠のくのを感じながら地上へ向かって落下していった。




