第153話 ウィルバー=オルセン
ウィルバーは元は某国の軍人だった。
特に自分の意志でなった訳ではなく、単にそういう家系の家に生まれたという理由だけで、ほとんど自然の流れで10代で軍隊へと入隊した。
彼自身は特に愛国心が強い訳ではなかったが、戦闘系の才能に恵まれていた彼はすぐに頭角を現していき、戦地では多くの敵兵を屠っていった。
特に彼のいる部隊は極めて任務の達成率だけでなく生存率も高かったため、周囲からは未来の将軍などと持て囃されるようにもなった。
地位などにはあまり執着しないウィルバーだったが、仲間からの称賛の声はあながち嫌ではないらしく、次第に今の仲間と共に将来を語り合うようになっていった。
二十歳を過ぎ、ウィルバーにも恋人ができた。
相手は配属されていた基地のある町の酒場で働く1つ年下の女性、性質の悪い客に絡まれていた処を助けたのが縁で知り合い、何度か会ううちに付き合うようになった。
そしてある日、彼女は思いついたかのように夢を語り始めた。
「ねえ、何時か一緒にお店を持てたらいいと思わない?」
「店?」
「小さくてもいい、お客さんの笑い声が聞こえる明るいお店を開けたらいいなと思ったのよ。」
それは彼女らしいと言えるささやかな夢だった。
その時のウィルバーは「そうだな。」と軽く答えただけだった。
仲間にその事を話したら色々からかわれたりしたのが気に障ったのか、しばらくウィルバーは彼女と会う時はその時の話題を避けるようになった。
後になって、ウィルバーはその時の事を酷く後悔する事になるとも知らずに。
あと2ケ月で25歳になろうとしていたある日の朝、ウィルバーはその日もいつも通りに早朝の訓練を熟していった。
そして訓練を終え、ウィルバーは仲間と共に食堂へと向かい、いつも通りに朝食を食べていた。
食事も終え、いつも通りに持ち場に移動しようとした直後、それは唐突に始まった。
「――――――――警報!?」
基地全体に警報音が鳴り響いた。
それは訓練などで使用されるものではなく、敵が侵攻してきた事を報せるものだった。
だが、当時は紛いなりにも平時、ここ十年は戦争もなく、ウィルバーのいる国に侵攻する勢力など、少なくとも当時は存在しないはずだった。
ウィルバーは疑問を抱きながらも他の兵達と共に急いで持ち場に移動して指示を待とうとした。
そして、基地を中心とした一帯は戦場と化したのだった。
ウィルバーを含めた多くの兵達は、自分達が戦っている敵が何者なのか分からないままひたすら銃を撃ち続けていた。
最初は上空からの爆撃、近隣の町が次々と炎に包まれ、住民達の悲鳴が上がっていった。
「何なんだ、アイツらは・・・!?」
「いいから撃ち続けろ!!」
兵達はとにかく撃ち続けた。
彼らが戦っている敵、それは感情など微塵も感じられない人形だった。
全身を黒い装甲で覆われ、姿形こそ人間に近かったが、その顔からは生気が全く感じられなかった。
幸いにもウィルバー達の攻撃は人形達にも効くらしく、急所を破壊するか一定以上のダメージを与えると糸が切れた人形のようにバラバラに崩れて動かなくなった。
だが、いくら倒しても被害が広がる方が早く、辺りには兵だけでなく住民達の死体が増える一方だった。
もうどれだけ時間が経っているのかも分からない。
時計を見る余裕すらないほど戦闘は激化の一報を辿っていった。
「――――――――――――――――――――!!」
そんな中、ウィルバーは自分が今建っている場所が何所であるのか気付いた。
そこはウィルバーが仲間と共によく飲み歩きをしていたストリートだった。
そしてその一角、特に思い入れのある“その店”が炎に飲み込まれているのを目の当りにした瞬間、ウィルバーは、彼にとって最悪の事態を想像してしまった。
「邪魔だ―――――――――――!!!!!」
破壊活動を続ける人形達を力ずくで破壊していきながら燃える店を目指す。
残りの弾薬のことなど考えず、ただひたすら撃ち続けながらそこへ辿り着いた。
だが、燃える店内は既に惨劇の後だった。
「ああ・・・・・・・・・」
全身血塗れの死体、頭部や体の各部位を失った死体、全身を炎に焼かれ続けている死体、そして、カウンターの近くで血だまりの上に倒れている1人の若い女性の死体があった。
彼女は1つの写真立てを大事そうに抱きしめながら死んでいた。
「あああ・・・・・・!!」
それは、ウィルバーが彼女の誕生日に贈ったプロの職人が作った美しい細工が施された写真立てだった。
その中に収められていたのは、その日の内に撮ったツーショット写真だった。
既に息が無い事に気付きながらも、ウィルバーは彼女の元に行き、まだ温かい彼女の肌に触れ、そこに命の鼓動が無い事を確認すると、声にならない声を上げるのだった。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
「グアアアアアアアアア!!」
「た、助け―――――――――――――!!」
ウィルバーが抜けた事で一気に劣勢に立たされた仲間達、更に運が悪い事に他の場所から敵の人形達が集まってきた事で一気に状況は悪化した。
その事にウィルバーが気付いた時は既に遅かった。
ウィルバーの目の前で仲間達が人形達に急所を撃ち抜かれ、中には涙を零しながら地面に倒れていった。
その時の光景を、ウィルバーは半世紀以上経った今でも夢に見ている。
「うあああああああああああ!!!!!!!!」
その後のことはウィルバーはハッキリと覚えてはいない。
ただ言えるのは、単身で人形の軍勢に突っ込んでいき、狂戦士の如く戦い続けたという事だけだ。
銃弾が尽きたらナイフを抜いて相手の首を切裂いていく感触を、ウィルバーの手は今でも覚えている。
ウィルバーが正気を取り戻したのは、戦闘が終結する直前だった。
彼が正気を取り戻した時、目の前にはこの場には不釣り合いな男が立っていた。
緑色のマントを揺らし、身の丈ほどの大きな楯を前に突き出すその姿は中世の騎士のように見えた。
そしてその騎士は、数十m先に立つ“巨大な何か”と対峙していた。
「――――――――――――《聖天の断罪》!」
威圧感のある声が放たれた直後、騎士の持つ楯から閃光が放たれ、全ての敵は一瞬にして葬られた。
あまりに圧倒的なその力に、当時のウィルバーはただ茫然と見ているしかできなかった。
謎の敵勢力による破壊と虐殺は、1人の騎士の圧倒的な力によって終結した。
だが、戦いが表向きには終わっても、ウィルバーの中では終わることはなかった。
正確には彼の中の時間は失った瞬間から止まったままだった。
1ヶ月後、ウィルバーは町の共同墓地に座り込んでいた。
そして、そこにはもう1人、緑色のマントを纏った甲冑の騎士が隣に立っていた。
「―――――――――悔いる気持ちは理解できる。だが、何時までも止まったままでは死人と同じ・・・。嫌でも前に進まなければならない。」
「・・・・・・・・・・・黙れ、関係の無い奴が綺麗事を語るな。」
言葉の内容とは裏腹に、ウィルバーの声には感情がまるで感じられなかった。
少なくとも、表面上は。
あの日以降、ウィルバーは1日の大半を亡くなった恋人の墓の前で過ごしていた。
軍の仕事は放棄したままだ。
一応、上官の部屋には辞める旨を書いた書類を置いてきたが通ったかどうかも確認はしていない。
だが、もう軍に戻る気は微塵もなかった。
軍に居る理由をすべて失ったからだ。
「何時か―――――――お前の時が再び動き出すのを、私は遠くから祈っている。」
「・・・・・・。」
「―――――――あの時も名乗ったが、おそらくお前は憶えていないだろうな。私の名はジャン=ヴァレット、次に再び出会う時が無い事を、互いの為に願っている。」
その言葉を最後に、ジャンはまるで最初からそこに居なかったかのように姿を消したのだった。
何故、ジャンがウィルバーの前に現れたのか、ウィルバーは今でもその理由を知らない。
その後、ウィルバーは25歳の誕生日を迎えた日を期に町から姿を消した。
家族や警察、軍も彼の行方を追ったが見つからず、後に(法律上では)死亡扱いとなった。
数年後、こことは違う世界の戦場でウィルバーは傭兵として力を振るっていた。
感情をほとんど表に出さず、寡黙なまま敵の命を刈り取っていくその姿はいろんな戦場で畏れられ、裏の世界でその名が広がるのにそう長く時間はかからなかった。
そして現在、ウィルバーは『創世の蛇』に“とある報酬”を代価に雇われ、勇吾達と戦っている。
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舞台は現在に戻る。
「強制的に悪魔武装化だと!?」
勇吾は驚愕の声を上げながらウィルバーが変貌した姿を見た。
悪魔フォラスを武装として纏った状態での更なる《悪魔武装化》、それは本来ならあまりに無謀な行いだった。
そもそも、悪魔との契約は極めて契約者側に大きなリスクがある。
悪魔は巧妙に相手の隙を突いて契約させ、契約内容の隙間を潜って契約者の命を奪おうとする。
そして悪魔との契約者だけが使える《悪魔武装化》もまた、極めて高いリスクがある技であった。
悪魔そのものを身に纏うその技は、精神だけでなく魂そのものを悪魔とより密接に繋げるため、大抵の者は自我を失って暴走するか、魂を悪魔の力に浸食されて契約者自身が悪魔と化してしまう。
ましてや同時に2体、どれだけのリスクがあるのかは言うまでもなかった。
だが、そのリスクに構う事無くアミーを吸収したウィルバーは、自分と戦わずにその場を離れようとするジャンに向かって容赦ない破壊の一撃を放った。
『『「―――――――――――――――《黒き闇の大破壊》!!」』』
・なお、ウィルバーの故郷は地球に類似した異世界です。文明レベルは地球より半世紀分ほど進んでいる世界です。




