第147話 脱出開始
時間は少し前まで遡る。
フェランが去り、残された勇吾は水槽の中に閉じ込められたリディを始めとする少年少女達を水槽の中から解放していた。
水槽の中から解放された直後の彼女らは、数か月ぶりに触れる外気に戸惑い、最初の数秒間は呼吸を乱す者もいたがすぐに呼吸の仕方を思い出して落ち着いていった。
――リディサイド――
ようやく私も普通に呼吸できるようになってきた。
何か月も水槽の中にいたから空気を吸う感覚が少し鈍ってたみたい。
けど、変な液体の中にいるよりもずっとこっちの方がいい。
「・・・ハア、ハア、ハア・・・・」
「少しは落ち着いたか?」
「あ・・・・はい。」
この人は誰なんだろう?
私達を助けに来てくれたみたいだけど・・・。
さっきの会話も私には難しくてよく分からなかったし、それに、さっきから私のことばかり見ている気がする。
「――――――リディ=グライリッヒだな?」
「は、はい!」
あれ?
今気付いたけど、普通に声が出るようになってる!?
ずっとテレパシーばかりで会話してたから、久しぶりに自分の声を聞くのは何だか新鮮な気がする。
「変に思うかもしれないが、お前の助けを求める声が俺の夢に届いたお陰で今回の件に気づくことができた。助けに来るのが遅くなって悪かった。これからここから脱出して家族の元に戻るまでの間、お前も他の人達も俺達が責任を持って護る。急には無理かもしれないが、信じて欲しい。」
「・・・家に帰れるの?」
最初、何を言っているのかわからなかった。
私の声がこの人の夢に届いた?
こんな所でまさかナンパ・・・?
一瞬そう思いかけたけど、目の前の(東洋人っぽい)彼の真剣な眼差しを見た瞬間、それが冗談じゃないと不思議と理解できた。
「本当に、帰れるの・・・?」
「ああ、そのためにも、まずは全員でこの施設から脱出する。詳しい話は・・・」
「帰る場所なんかあるのかよ!!」
「「――――――――!」」
ジョニー?
私達の話を聞いていた(狼っぽくなった少年の)ジョニーが大声をあげて叫んだ。
よく見れば、私以外の(捕われていた)ほとんどのみんなが水槽の中から解放されたのに誰一人介抱された事を喜んでいない。
「こんな・・・こんな化け物みたいな姿になってるのに、帰る場所なんかある訳ないだろ!」
「そうよ!こんな姿で外に出る位なら死んだ方がマシよ!」
「そうだそうだ!余計な事するなよ、この偽善者!!」
みんな・・・何言ってるの・・・?
この人は私達を助けに来てくれたのに・・・・・。
けど、私もみんなの気持ちが分からないわけじゃない。
こんな異常な場所に閉じ込められ続けた挙句、変な実験で体を改造させられたら生きる希望を失うなというのは無理な話だ。
「五月蠅い!!」
「グホッ!?」
「えええ!?」
ちょっと、ジョニー吹っ飛んじゃったわよ!?
デコピンで部屋の端まで吹っ飛んじゃったわよ!?
「・・・あ!悪い、何時もの癖で思わずツッコんでしまった。」
どんな癖なのよ!?
下手したら重傷じゃない!
みんなも呆気にとられて口が開いたまま固まってる。
「・・・じゃあ、すぐに脱出するから、走るのは無理でもすぐに歩けるように体を動かして待っていろ。」
「じゃあ、じゃねえだろ!!」
「五月蠅い!!」
「・・・・はい。」
ジョニーが額を抑えながら叫ぶが、鋭く睨まれるとすぐに大人しくなった。
もう何なのよ!?
――勇吾サイド――
やってしまった・・・・。
彼らが非人道的な扱いを受け続けて精神的に追い詰められている事は事前に予想できていたというのに、思わずあいつらと一緒の時のノリでツッコんでしまった。
だが、今は後悔している時間も惜しい。
すぐにでもここから脱出しないといけない。
文句は後で聞くとして、今はとにかく全員をここから外に脱出させるのが先決だ。
「とにかくこれから外に脱出する。全員俺の後について来い。お前達の体についても、俺は専門外だから絶対とは言えないが、元に戻す方法はある。自暴自棄になるのはまだ早すぎる。」
「――――元に戻れるの!?」
「ああ、奴の言葉通りなら、お前達はまだ中途半端な状態だ。専門家に診てもらえば、まだ間に合う可能性はあるはずだ。」
絶対とは言えないとは言ったが、十中八九全員が元の体に戻れるだろう。
彼らのケースの場合、不幸中の幸いと言うべきか、魔法や異能による先祖返りではなく、薬物投与による“肉体限定”のものである以上はまだ間に合うはずだ。
仮にこれが魔法などによる先祖返りだった場合、肉体だけでなく魂や精神部分にも影響が及んでいて戻す事が出来たとしても確率は五割未満だった可能性が高いし、場合によっては施した術者よりもさらに行為の術者、または神格でなければどうにもできなかっただろう。
だが、彼らの場合は薬物による肉体だけの変化であり、さらには全員が完全に転化しきってない状態であるから可能性は確実に9割以上と言えるだろう。
無論、俺は専門外だから詳しい所は専門家達に任せるしかないけどな。
「―――――とにかく、まずは全員無事にここから脱出しないと始まらない。元の体に戻って家族の元に帰りたいなら、まずは自分の足で立って歩くことだ!」
「わ、わかった!」
「・・・私、やっぱり家に帰りたい・・・・!」
「ぼ、僕も!」
「あたしも!」
さっきまで自暴自棄だったのが、希望あると知った途端に明るくなってきたな。
まあいい、これ以上はここで時間を無駄にするのは危険だ。
ここからは脱出する事だけに専念するぞ。
「全員立て・・・・大丈夫か?」
ほぼ全員が立ち上がったと思ったら、リディだけは体がふら付いていた。
「あれ・・・?さっきまでは大丈夫だったのに、何だか急に力が抜けて・・・・・」
「無理はするな。」
「え、ちょっと!?」
おそらく、フェランに《盟主》の封印の術式を破壊された影響が出てきたんだろう。
数ヶ月も水槽の中に閉じ込められていた上にさっきの封印の破壊、この中で今一番危ないのは彼女だろう。
俺はリディの体を軽々と抱き上げた。所謂“お姫様抱っこ”だ。
この状態で敵と遭遇すると危険だが、良則達や王国軍が敵を引き付けているのを信じるしかない。
「ちょっと、これ恥ずかしい・・・!!」
「文句は後で聞く!とにかく全員、急がなくてもいいから俺の後について来い!」
「「は、はい!!」」
そして俺はリディを抱き上げた状態で十数人の少年少女達の先頭に立ち、一路出口を目指して動き始めた。
部屋から通路に出ると、来た時よりも人の気配が希薄、というよりこの階層には動いている人間の気配は全くなかった。
いたとしても気絶しているなど、俺がここに来るまでの間に無力化した連中だけといったところだろう。
「―――――確実なルートで出口に向かう!余計な物に気を取られずに俺の後を追う事だけ考えるんだ!」
「「はい!!」」
「・・・ねえ、あなたって何者なの?名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「そうだったな。俺は勇吾、ユウゴ=アマクモだ。」
「・・・日本人?」
「一応、日系3世ということになるな。詳しい話は脱出後にしてくれ。」
日本人なのは父方の祖父だったから間違ってはいない。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。
もうすぐこの先に階段がある。
バカの迷惑行為はまだまだ継続中だが、今は逆に助かる。
あそこを通れば一気に上の階層に移動する事ができる。
考えたくはないが、あのバカはその事を見越した上でやっているのだろうな。
「この先の階段を昇って一気に上まで行くぞ!」
見えてきた!
あの階段を通れば一気に上の階層に・・・・
〈――――――――――勇吾!!〉
「――――――――――――!?」
階段まであと10m弱の所で、不意に頭の中に黒の声が響いて来た。
俺は反射的に足を止め、即座に俺や俺の後ろについてくる全員を覆う形で防御を展開した。
(《黒影の半球防御壁》!!!)
直後、真っ赤な炎と共に爆音が俺達のいる階層全体に響き渡った。




