第146話 悪魔再び
扉を開けて慎重に中の様子を窺うと、中はほとんど何もない部屋だった。
後方にも注意しながら僕からゆっくりと中に入って確かめると、やはりそこはほとんど物がない無人の大部屋、というよりは物置のようだった。
「・・・誰もいない?」
おかしい、確かにこの部屋からは嫌な感じがが伝わってきたし、今も同じものを感じている。
なのに、この部屋には人影はおろか物もほとんどない。
「ヨッシー、中の様子はどうだ?」
「・・・無人みたいだけど、何だかすごく嫌な感じがする。2人はまだ中に入って来ない方がいいよ。」
「了解!ヨッシーの勘は良く当たるからな。」
トレンツとリサを部屋の外に待機させ、僕はもう一度部屋全体を目を凝らしながら見回していく。
けど、何度見ても僕の視界にはやはり怪しいものは映らない。
「・・・気のせい・・・?」
過去にも今みたいに嫌な感じがした事は何度もあった。
その時は例外なく危険な事が起きて時には竜兄達も巻き込んだ大騒動に発展した事もある。
なのに、今回に限って何も無いなんてとても考えられない。
僕は足を止めてもう一度部屋の中を見回そうとした。
その時だった。
「――――――――!?」
「――――――ヨッシー!!」
僕の真後ろから高密度の魔力の塊が襲い掛かってきた。
トレンツの声よりも早く、僕はすぐに横に避けた。
その直後に避けた魔力の塊が爆発し、部屋全体を衝撃が襲いかかる。
「くっ・・・!」
僕はとっさに防御を張って衝撃を防ぎ、すぐに攻撃のした方向に向かって《閃拳》を十発ほど放った。
「出てこい!!」
ほとんどの《閃拳》が前方の壁に直撃する中、壁の右端付近を狙った一発だけが壁以外の何かに当たる手ごたえがあり、その場所だけ景色が歪んだ。
あそこだ!姿を消している敵があそこにいる!
「そこだ!」
見えない敵に対し、僕は威嚇ではない本気の攻撃をそこに向かって放つ。
すると、隠れている敵は瞬時に二つに別れ、一方は僕の攻撃を跳んでかわし、もう一方は正面から攻撃を受け止めた。
「ヨッシー!!」
「トレンツ!」
敵の一方に攻撃が当たったほぼ直後、僕の死角を襲おうとしたもう一方の敵にトレンツが横から蹴りとばした。
合図を送らなくてもタイミングよく来てくれるのがトレンツだ。
そして、姿を消していた敵達は僕達の攻撃で術が解けたのか、その姿を露わにした。
「・・・・・・」
『・・・なるほど、並の人間の子供とは別格のようだ。大抵の子供はこの姿を見ることなく死ぬが、お前達は今までの糧達とは全く違うようだな?』
――――――――――強い・・・!
それが彼らを見た瞬間の僕の第一印象だった。
僕の攻撃を受け止めたのは人間の男性、外見年齢は20代後半、どこか軍服にも似た紺色の服装をした小麦色の髪をした明らかに戦いに・・・殺し合いに慣れた雰囲気の男だった。
そしてもう一方、トレンツが蹴り飛ばした方は人間ですらなかった。
外見は屈強そうな騎士の男性だが、姿を現したのと同時に伝わってくるその独特の魔力、並大抵の人間なら目を合わせただけで卒倒しかねないほどの威圧感に僕は息を飲んだ。
この感じ、以前にも感じた事がある!
まさか―――――――
「・・・ソロモンの悪魔!」
『いかにも、我は今は亡きイスラエルの王と契約せし悪魔の1柱、名をフォラスという者だ。」
「フォラス!」
「フォラスだって!?」
僕はすぐに《ステータス》を使った。
【名前】フォラス
【年齢】5060 【種族】悪魔
【職業】大総統 【クラス】教授者
【属性】メイン:闇 土 木 サブ:水 風 空
【魔力】6,100,000/6,100,000
【状態】正常
【能力】攻撃魔法(Lv4) 防御魔法(Lv4) 補助魔法(Lv5) 特殊魔法(Lv5) 剣術(Lv3) 槍術(Lv3) 体術(Lv3) 調合術(Lv4) 占術(Lv4) 人化 隠の秘術 探の秘術 命の秘術 知の秘術 悪魔呪術(Lv4) etc
【加護・補正】物理耐性(Lv3) 魔法耐性(Lv3) 精神耐性(Lv3) 闇属性耐性 土属性耐性 水属性耐性 木属性無効化 全状態異常耐性(Lv3) 教授者 探究者
ステータスの内容を見た僕は再び息を飲んだ。
悪魔フォラス、数多くいる悪魔の中でも最も知名度の高い『ソロモン72柱』の悪魔の1柱、序列第31位で29の軍団を率いる地獄の大総統だ!
異形の姿の多い悪魔の中では珍しく、人前に現れる時は屈強な男や騎士といった人間に近い姿をする事が多いとっも言われ、凶悪や邪悪といった伝承が少ない悪魔だ。
一般的には宝石や薬草に関する知識が豊富で、他にも占術や数学、論理学など様々な学問にも精通していて契約者にあらゆる知識を教授すると言われている。
確か、寿命を延ばしたり姿を消したりする術を持っている事でも有名だったはず。
今まで姿が見えなかったのはフォラスの能力だったわけだ。
「・・・大物登場だな、ヨッシー?」
「うん、フォラスは戦闘向きという伝承は少ないけど、能力は間違いなく高いし何より頭の回転が速いことでも有名だから下手な作戦で戦うのは危険な相手だよ。それに、あっちの“契約者”らしい人の方は・・・・・・・来た!」
「うおっ!!」
当たり前だけど、態々僕達の会話が終わるのを黙って待っている理由の無い敵の男性は、ナイフで僕の急所を迷わずに狙ってきた。
僕とトレンツは素早くかわし、フォラスをトレンツが、契約者らしき男性を僕が戦う形にわかれた。
「・・・俺の相手はお前か。」
「あなたは一体・・・・・・・?」
相手のナイフを両手に装着した籠手で受け流しながら相手の男性に尋ねる。
このナイフ捌き、かなりアレンジが加わっているけど基本は軍隊仕込みのものだ。
多分、元は何処かの国の軍隊に所属していた人だ。
「・・・訊かなくても、魔法で調べればすぐわかるだろう。無意味な質問よりも、自分の身の心配をしたらどうだ?」
「・・・!!」
危なっ・・・・・!
ナイフの刀身のサイズが急に変化して、今のは危うく眼球をやられるところだった。
あのナイフ、『魂の武装』じゃないけど、かなり特殊な武器だ。
もしかすると、ここで製造された武器なのかもしれない。
まだこれで全部なのかは分からないけど、多分あのナイフの能力は「刀身の伸縮自在」、または「変形」と言ったところだろう。
あとはいくつかあるけどまだ確信がない。
とにかく注意した方がいい。
いや、注意するべきなのはこの人そのものだ。
悪魔フォラスと契約しているなら、“あれ”が使える可能性が高い。
「いくよ!」
「―――――――――――!」
僕は加速して全方位から拳撃をぶつけていった。
広いとは言っても限られた室内で加速できる範囲は限られているけど、その場合の戦い方はちゃんと心得ている。
相手が近接戦闘を仕掛けてくる間は遅れをとる気はないけど、向こうはまだ全力を出してはいないし、ここはアウェイである以上は想定外の事態が起きる可能性は十分に考えられる。
そんな事を考えながら戦っていると、突然床下から、今いる階層よりもさらに下の下層部から巨大な魔力が爆発する気配が伝わってきた。
「・・・下の方も始まったようだな。」
「―――――――――――っ!」
今、作戦通りに進んでいるなら、この下にいるのは勇吾と黒の2人のはず!
2人も敵と接触した!?
しかもこの感じ、これって・・・・・・・・!
「考え事をしているとは余裕だな?」
横から喉一直線に蹴りが襲い掛かってくる。
2人の事も気になるけど、今は目の前の敵に集中するしかない!
勇吾、黒、2人ともどうか無事でいて!!




