第142話 突入開始
――スイス ティチーノ州ルガーノ市――
スイス連邦南部、国内でも有数の経済・金融都市でもあり、イタリアとの国境があるルガーノ市は深夜の闇に包まれていた。
ここは街の中心部から離れた山道の入り口近く、周囲には農地が広がり、遠くには市の象徴でもあるルガーノ湖が望める位置にあった。
(・・・・・・・あと10分か。)
勇吾は腕時計に表示される時刻を秒単位で確認しながら闇の中に身を隠していた。
勇吾達は今、凱龍王国の王国軍が主導で行う『創世の蛇』の関連施設への突入作戦に便乗する為に慎重に闇の中を息を潜めている。
目的はただひとつ、施設内に捕らわれている少女達を救出し、可能な限り戦闘を避けて安全地帯へと脱出する事である。
(・・・あと8分、制限時間は5時間半、失敗すれば彼女達の命の保証はなくなる。あくまで2日前時点の情報である以上、多少の変動の可能性や組織の性格を考えれば良くて2,3時間位しか猶予がないだろう。うまく脱出したとしても、『幻魔師』の端末と接触するパターンは十分あり得る、無駄に体力と魔力は消費しないのが賢明だ。)
当初、勇吾の目的は夢の中で自分に助けを求める1人の少女の救出だった。
だが、凱龍王国から帰国したその日の夕方、今から半日ほど前にギルドからもたらされた情報には彼女と同様に不審な失踪を遂げた10代の少年少女が世界各地にいるとい記されており、全員が同じ施設に捕われている可能性が極めて高いとも書かれていた。
その情報を元に計画の一部を見直した結果、他の少年少女達もまとめて救出する事になり、流石に人手が少しでも必要となり、勇吾にとっては不本意ではあるが人員を少し増やした。
(・・・あと5分、救出中の施設内では、黒達は流石に人化状態でしか行動できないが、救出後は場合によっては強引にでも―――――――――)
現在、勇吾は施設へ通じる出入り口の近くにいる。
一般人には決して認識されず、世界中の監視システムなどでも決して察知されない様に精巧な結界や異世界の科学技術などを併用した組織独自の防御システムに守られてはいるが、それでも絶対ではない。
(・・・あと4分。)
他の仲間がどうしているかは分からない。
既に敵地にいる以上、無線は勿論、《念話》などの魔法による通信はできない。すぐにシステムに察知され、敵と盛大な戦闘になるからだ。
(・・・あと3分、丈も今回だけは余計な問題を起こさないでほしいが、おそらく起こすだろうな。できれば被害者は『蛇』側だけであってほしいが・・・・・・。)
もし、今の勇吾の心を敵が読んでいたなら「ふざけるな!!」と文句を言いまくっていただろう。
永年に渡り、組織は度々“バカ”による被害を被っており、特にこの世界が2度目の対戦の真っ只中にあった時期は組織の発足以来、あまりにも酷い被害を受けていた。
今回の作戦において、丈の存在は諸刃の剣とも言うべき一種の“最終兵器”であると同時に、今回の作戦の重要な要でもある。
(・・・あと2分、ミレーナは外からの支援、良則は敵側の無力化担当でリサとトレンツはそのサポート、そして俺達は――――――――)
作戦開始まで100秒を切り、勇吾の額に緊張の汗が流れる。
勇吾は何年も『創世の蛇』を追っていたが、今回のような突入作戦などに参加するのは今回が初めてだ。
だが、今はそれでも助けたい少女がいる。
夢の中で声を聞いた事があるだけの見ず知らずの少女だったが、その必死に助けを求める声を無視する事は勇吾には出来なかった。
(・・・あと1分!)
単独で向かうのはあまりに無謀、愚者の選択だ。
だからこそ勇吾は仲間の存在に感謝する。
生死の危険が確実に付き纏う行為に、有料とは言え協力してくれる友人や、即決してくれる幼馴染達、そして直接関係の無い者も含めた新しい仲間達に――――――――――。
(・・・5、4、3、2、1、0!)
直後、勇吾がいる場所から数㎞離れた地点で爆発音が響き、別方向からはガラスが割れるような音が響き渡って山全体を覆っていた結界が木端微塵に破壊された。
(――――――――作戦開始!!)
結界が破壊されたのと同時に、勇吾は敵の施設への侵入を開始した。
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――研究施設内部――
勇吾は無事に内部に侵入する事が出来た。
別の入り口付近では王国軍の作戦部隊が何重もの作戦の元に組織の構成員達と戦闘を繰り広げている。
表向きには向こうがメインで勇吾達は勝手に参加した部外者という事になっているが、実際は逆であり、それを誤魔化すための策も軍の方で用意されていた。
おそらくは良則の兄である国王が裏で指示を出している。
(―――――現在位置は地下1階、彼女達がいるのは下層部のはず。組織の性格上、どこかに必ず隠し通路や転移装置が設置されている。もちろんトラップも混ざっているんだろうが・・・・・・・!)
勇吾は下層部へと続く道を探していると、不意に念話が届いた。
〈お~~~い!更衣室見つけたらシ~クレットなバストを発見したぜ~~~♪〉
(~~~~~~~~~~~!!)
思わずツッコみそうになるのを必死に抑えながら走っていると、目の前に階段があるのが見えた。
(―――――――あれは、空属性の迷宮型トラップか!)
勇吾は階段の手前で足を止めた。
一見普通の階段に見えるが、空属性を持つ勇吾にはそこにトラップが仕掛けられているのを見破った。
空属性を持つ者以外は余程の猛者でもない限り自力で見破る事の出来ないほど巧妙に隠されたそのトラップは、いわば階段型の迷路だった。
下の階に下りようとすれば何故か上の階に、上の階に上ろうとすれば下の階にという様に階段そのものが迷路になっていて部外者が入れば元の場所に戻る事はおろか、最悪脱出不可能のまま階段の中に閉じ込められてしまう類のトラップだった。
(しかも、入った者をすぐに探知して警備やここの責任者などに報せる仕掛けにもなっているだろう。階段を使うのは避けるのが吉だが、おそらくはエレベーターなども似たようなトラップが仕掛けられている可能性は高いな。施設全体を迷路構造にする、侵入者対策としては定石のセキュリティか。)
まるでテレビ局みたいだと思いつつ、下層階へ至る方法を考えていると、またしても頭の中にバカの声が響き渡ってきた。
〈あ~あ~!サイエンスなダンジョンにいる皆様に丈君から楽しいお知らせがありま~~~す!〉
(((絶対碌でもない報せだ!!)))
敵味方関係なく、頭の中で同じ言葉が叫ばれていた。
〈――――でさあ、ここって俺にとってアウェ~過ぎるだろ?それじゃあ不公平だと思うから、只今から俺がこの施設内の空間を弄りまくって攻略本なしのワンダフルダンジョンにするぜ!〉
(((!!??)))
〈あ、ちなみに能力無効化するっぽい装置があったから、それはさっき壊したからみんな全力で頑張ろう~~~~!!〉
〈〈〈ふざけるな~~~~~~!!!〉〉〉
勇吾達以外のほぼ全員が《念話》でバカにツッコんだ!
その直後、施設内にとんでもない量の魔力の奔流が襲い掛かり、内部空間は好き勝手に改造されまくってあらゆるドアや階段、エレベーターなどがランダムに別の場所と繋がってしまい、元々あったセキュリティ以上の迷路が完成してしまった。
(――――――あのバカ!だが、これはある意味好機だ!)
〈あり?何かセキュリティ系のトラップも根こそぎ壊しちゃったんじゃね?〉
(・・・・・・それだけは感謝する。)
バカに対する怒りを抑えたまま、勇吾は階段を下りていった。
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一方、勇吾がいる場所より離れた場所では、良則が『創世の蛇』の構成員を次々に無力化していた。
「―――――――――ハッ!」
「グハッ!!」
「―――――――――トオッ!」
「速っ――――――――!?」
1人、また1人と十分の数秒単位で敵の数は減っていった。
相手が弱いと言う訳ではない。
倒されていく彼らは列記とした戦闘のプロであり、単独で先進国の特殊部隊を全滅、最低でも半壊にできるほどの熟練者ばかりである。
だがそれ以上に良則の能力は彼らを凌駕し、この研究所で開発されたであろう魔法と科学の両方の技術の結晶とも言える武器で戦う彼らを悉く戦闘不能にしていった。
「ヨッシー、無双してるな~~~~?」
良則の後をトレンツは楽しそうに喋りながらついていった。
さらにその後をリサが追いかけていく。
彼らは先程まで正体を隠すために変装していたが、バカのせいで既に敵側にはバレまくってしまい、とにかく目の前の敵の鎮圧に集中していた。
「―――――マジで迷路だな!さっきのドアなんか食糧庫に繋がってたし、これってうまくすれば一気に最下層部にも行けるんじゃないか?」
「言い換えれば、避けるべき敵がいる場所にも行ってしまう可能性もあるけどね。あのバカ、これが終わったらルガーノ湖に沈めてやるわ!」
「環境破壊だろ、それ?」
比較的余裕そうに見える彼らだったが、内心では取り返しのつかない失敗をしないよう周囲に警戒しながら走っていた。
だがこの先、リサの不安が的中し、3人は今回行くべきでない部屋へと辿り着く事になるのだった。




