第136話 迅龍王VS瑛介
――凱龍王国 暁海――
首都より北にある沿岸の都市『暁海』、国内有数の商業都市であるこの都市の海岸から勇吾とリサは超速で飛行する瑛介と、その前を飛行する白い龍王の姿を見ていた。
「―――――――『海龍王』の双子の兄、『迅龍王』・・・・・・。」
「匿名希望だからてっきりバカの誰かだと思ったら・・・・・。見て、みんなそういう意味で驚いてるわよ?」
「そうだな。」
勇吾は周囲を一瞥するとすぐに視線を海の方に戻した。
そこには既に龍王の姿はなく、数秒間隔で後続の参加選手が線のように通り過ぎていった。
「・・・・・ゴール地点に行くか?」
「来たばっかりなのにもう戻るの?別にいいけど、後で奢ってね♪」
「リサ、お前は俺の財布を何だと思ってるんだ?」
勇吾はリサに文句を言いながらその場を後にした。
その様子を人混みの中から見ている者がいることに、2人は気づくことはなかった。
「フウ、どうやら行ったようだな?」
「ええ、気づかれずにすんだようです。まさかまた同じ場所に来てるとは思いませんでした。私達の探知に誰かが干渉して気付くのを遅らせているみたいだね。」
「昨日の事といい、また何か企んでやがるんじゃねえのか、あのバカどもは?」
「それは考えるだけ無駄だな。それよりも、俺達もそらそろ行くぞ!」
「ええ、レースの行方も気になるけど、こっちの方が優先だからね。」
そして彼ら3人は暁海の海岸から姿を消したのだった。
----------------------
音速を超えた世界の中、瑛介の目に映っていた龍王の姿は次第に小さくなっていた。
実際に小さくなっているのではない。
龍王が瑛介を超える速度で引き離していっているのだ。
(クソッ!!このままじゃ・・・・・・・・・!!)
全力で飛んでいるにも拘らず、その差は埋まるどころか今も広がり続けている。
片や神格を持った伝説の龍王、片や数日前に人間から混血になり数時間前に龍族になったばかりの少年、2人の間の距離はそのまま格の違いを表しているようだった。
〈どうした?折角本気を出してやったっていうのに、こんなに呆気なく負けを認めるのか?〉
『―――――――認めてねえ!!』
不意に目の前の龍王から挑発するような念話が届いた。
瑛介は即座に否定するが、龍王は鼻で笑う様に否定してきた。
〈ハッ!その割には、何所か諦めた様な顔をしているじゃねえか?それと、音速を超えた時は口で話すより《念話》を使うのが常識だぜ、坊主?〉
(―――――《念話》なんかまだ使えねえよ!大体、さっきから一度も後ろを振り向いてないのに俺の顔なんか分かる訳ないだろ!!)
〈心眼だよ。〉
(心読んでるだけじゃねえか―――――――――!!)
心の中でツッコんでいる間にもその差は広がっていく。
〈――――――お前の親父はもっと速く飛んでたぜ?〉
『―――――――――――――――!?』
〈何だ、仲間から聞いてないのか?俺と弟はお前の親父とちょっとした腐れ縁なんだぜ?この『迅龍王』シュンロンと、『海龍王』ハイロンとな!〉
龍王・・・・・『迅龍王』シュンロンの言葉に瑛介は動揺して思わず姿勢を崩しそうになった。
それに構う事無く、シュンロンは言葉を続けていく。
〈――――――付き合い始めたのはほんの数十年前だが、最初に会ったのは奴がお前ぐらいのガキだった頃だったな?あの時は今のお前よりも速く、俺と並んで飛んでいたが・・・・・息子のお前は全然遅いな?〉
『・・・・・・・だ・・・と・・・・・!?』
〈――――――訂正してほしければ追い抜いてみな!〉
『言われなくても!!』
その瞬間、瑛介は余計な雑念を捨ててただ速く飛ぶことだけに集中した。
そして全力を超える速度を出そうとした瞬間、瑛介の体に変化が起きた。
---------------------
凱龍王国 竜江-レースゴール地点-
首都の海岸に設置されたレースのゴール地点会場では、巨大なPS画面に映された先頭グループの様子に大歓声が上がっていた。
だが、それは単なる興奮による歓声ではなく、疑問は驚愕といった感情の入り混じった大歓声だった。
「――――――兄さんが変身した!!」
「兄貴が進化した!?」
「・・・・いや、あれは覚醒だな。」
変な方向に興奮する2人の甥に苦笑しつつ、ムートはPSに映った瑛介の姿を見ていた。
全身を覆っていた黒い鱗は僅かに光を放ちながら、先程までの混じり気の無い闇のようなの黒から水晶のような光沢を帯びた澄んだ黒に変化していた。
体型も僅かに変わっており、一見すれば変身したようにも見えた。
「まるで全身が黒水晶でできた様な美しさだな。名は体を表すと言うが、あれが瑛介の本質を表しているのかもしれないな。」
「「・・・・・・・・・?」」
ムートの呟きに、凌玖斗と風真の2人は頭に疑問符を浮かばせた。
「―――――――瑛介の“瑛”の字は宝石の澄んだ光や水晶などを暗示させる字だ。今の瑛介は黒とは言え、まさに水晶のような美しい体を持っている。兄上はもしかすると・・・・・・・・・」
ムートの言葉は最後まで続かなかった。
そして、決勝レースは白と黒の熾烈な競争と化していった。
--------------------
シュンロンは今の状況に歓喜していた。
(―――――――これ程とはな!!)
『おおおおおおおおおおお!!!』
先程まで一方的に引き離していたのが、今では目と鼻の先まで追い詰められていた。
白と黒、2色の軌跡が蒼空を引き裂く様に描かれていく。
〈ハッハッハ!やればできるじゃねえか!〉
数十年ぶりの高揚感に、古き龍王の目からは水滴が零れ出していた。
零れ出した水滴は0.1秒も経たずに空の中に消えていった。
『ゼッテーーーー、勝つ!!』
〈・・・・・・・・やっぱ親子だな、お前らは!〉
シュンロンは200年以上も前の昔を思い出していた。
当時、今と同じ四龍祭の最終日のこと、今回のように匿名希望でレースに参加していたシュンロンに僅差で勝ち、初出場初優勝した当時十代の龍族の少年がいた。
それから百数十年後、その時の少年は龍王となって契約者と共にシュンロンと弟のハイロンの前に姿を現した。
熾烈極まる激闘の末、シュンロンとハイロンはその契約者と契約を結び、人知れず楽しい時間を過ごしていった。
だが、その楽しい時間も長くは続かず――――――――――――――
〈・・・・もうすぐゴールだ!悪いが、優勝は譲らねえよ。残念だったな?〉
〈――――――――それはこっちのセリフだ!!〉
〈――――――――――!?〉
それは本当に偶発的な《念話》だった。
瑛介も意識して使った訳ではなく、無意識のうちにその時の気持ちを念話にしてシュンロンにぶつけていた。
それは偶然にも、200年以上昔にもあった一語一句同じ会話だった。
そして――――――――――――
『――――――――――ゴ~~~~~~~~~ル!!!!!!』
鼓膜を貫くかのような実況の声と共に、勝者が決まった。




