第120話 文学都市
凱龍王国 文学都市『紅都』
凱龍島の南東部にある島『紅龍島』、面積は日本の四国よりやや小さい島だが、この島の中枢都市である紅都は王国だけでなくこの世界全体でも有名な都市である。
理由の1つは歴史都市『千紋州』と同じく歴史的価値からであるが、1番の理由は“文学都市”の名に恥じないほどの蔵書量を誇る王立図書館を始めとする数々の図書館の存在である。
元々は、この島から多くの文豪が誕生した事から始まり公共から民間の図書館が増えていき、今では竜江の教育・研究区も劣らない学園都市までできている。
今ではこの世界だけでなく様々な異世界の本がジャンルを問わずにこの都市に集まるとさえ言われ、愛書狂にとっては聖地とさえ言われる場所なのである。
そして集まるのは愛書狂だけでなく、歴史マニアやオカルトマニア、普通の研究者など、古今東西の知識を欲する者達も国境や次元を超えて集まってくるのである。
また、本や文学ならば何でも集まってくるこの都市にはマンガや絵本もジャンルを問わず集まってきており、現在ではマンガ喫茶なども図書館と同じ数ほど言われるほど存在し、特にある男がこの国に来てからの影響が良くも悪くも大きく、この世界におけるオタクの聖地にもなっていた。
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転移装置を利用して紅都に来た勇吾と良則は、この世界最大の書籍販売市に来ていた。
四龍祭開催期間中の紅都は、都市全体が1つの本屋となっており、この期間の間だけは車道の大半さえも商品棚などで埋め尽くされ、そこにはこの日の為に集まった軽く億単位を超える数の本が普段より安価な値段で販売されていた。
「うわ~~~!毎回の事だけど、凄い数の本の海だよね!?」
「世界中の知識が一同に揃うとさえ言われているからな!何度見ても壮観だ!!」
まさに街中が本でできているのではと思えるほど並んでいる本を前にし、勇吾は本日最高の笑顔を浮かべていた。
忘れている人も多いと思うが、勇吾は“冒険者”であると同時に“民俗学者見習い”でもある。
特に神話や民間伝承などが大好きであり、世界中から多くの本が集まり販売される紅都は勇吾にとっては夢のような場所なのである。
「―――――で、まずは何所から攻める?」
「―――――――古本市からだ!」
勇吾は人垣の中を突き進んでいき、古本市が開催されている区画に移動する。
その途中で通過した街の各所では、一部で老若男女問わずに本の山に突っ込んで目的の本を誰よりも早くゲットしていく光景が広がっていた。
ちなみに、この都市に来る者の中には暗黙の了解のようなルールができており、他人が手にした本を力ずくで奪う事は絶対の禁忌であり、どうしても欲しい場合は相手と公平に交渉するのがマナーとなっている。まあ、それは普通に当たり前の事でもあるのだが。
「―――――から入荷した『ファリアス民話全集』だよ~~~!」
「買った!!」
「残り1冊!とある異世界で手に入れた聖典の写本だよ!」
「それも買った!!」
「ちょっとマニアックな、各世界の神話の外伝集も売ってるぞ~~~!!」
「買った~~~~~~!!」
「ちょっと、勇吾待ってよ!!」
古本市に到着すると、勇吾は狩人のような顔になって次々に目的の品を購入していった。
そのスピードは良則も後を追うのに苦労するほどであり、勇吾はこの時ばかりは全力以上の速度を出す事が出来ていたのだった。
そして1時間ほど経ち、勇吾は普段は誰にも見せないような満たされた笑顔で街のベンチに座っていた。
「――――――今回も豊作だった♪」
「はぁ・・・・・・僕だけ疲れているのは気のせい?」
「気のせいだろ?」
「・・・・・・・・。」
良則は何か言いたそうになるが、自分も過去に似たようなことをした経験があったのを思い出したので口には出さなかった。
「―――――――――あれ?」
「どうした?」
「あっちの方に慎哉達がいるみたい。コミケの方だね。」
「・・・・バカも一緒か?」
「・・・・今はいないみたい。けど・・・・・・」
「時機に来るだろうな。」
おそらく、今頃は再び脱獄して国内のどこかに出没しているだろうバカの事を考えてすぐに忘れた2人だった。
「あ!そうだ、僕もあっちで買う物があったんだ!」
「灯歌に頼まれたのか?」
「うん、3日目以外はほとんど休みがないみたいだから、何冊か買ってきてほしいって頼まれてるんだよ。」
「そうか、なら行くか。」
ベンチから立ち上がり、勇吾も良則と一緒にコミケが行われている区画を目指した。
途中、街の至る所で展開されていたテレビ用PSから各地の祭の様子が映し出されており、そこには2人が知る顔もいくつか写っていた。
『―――――祭記念凱龍島周回飛行レース!予選に係わらず、各選手共に全力で飛び続けています!!』
『予選H組は間もなく紅龍島付近を通過します!先頭グループを飛ぶのは3名!内1名は無名の新人!怒涛の速度で凱龍の空を突き進んでいきます!!』
PSのひとつには、別の都市を会場に開催されている『四龍祭記念凱龍島周回飛行レース』の予選レースの中継が映されていた。
そこには人間だけでなく龍族やそれ以外の種族も参加しており、凱龍島沖の空を魔法を使ったり自身の翼を使うなどして高速で飛び続けていた。
『―――――――現在のトップは決勝レースの常連、氷龍のアルバス!白い冷気を撒き散らしながら先頭を譲らない!!』
『その後をすぐ後ろから追うのは今大会初参加のルーキー、異世界地球から来た小嶋瑛介だ―――――!!』
実況を聞いた瞬間、勇吾と良則は揃って足を止めた。
映像が切り替わり、そこには龍化しながらアルバスの後を追う瑛介の姿があった。
「「・・・・・・・・・・・・。」」
実況は先頭グループの2人を中心に、他の選手の事も叫びながら説明していた。
「アルバスはともかく、瑛介まで参加してるのか!?」
「・・・・昨日、かなり飛ぶことにハマっていたけど、まさか予選でアルバスと互角に飛んでるなんて、早過ぎじゃない?」
「いや、飛龍氏族は飛行速度に特化しているからな。その王の血を色濃く受け継いでいる瑛介なら十分可能な話だ。」
「―――――何か、2人とも暴言吐きまくってない?」
「今更、そんな事を気にしてもしょうがないだろ?」
多少レースの結果は気になるが、後でニュースでも報道されるのが分かっている2人は目的地に向かって再び歩き始めた。
その十数秒後、ついに瑛介がアルバスを追い抜き、会場も映像越しに見ていた人々も大いに歓声をあげたのだった。
「お!勇吾にヨッシーじゃん!!」
コミケ会場に行くと、両手に紙袋を持ったトレンツが2人に気付いて駆け寄ってきた。
古本市もそうだったが、ここも他の負けないくらいの人であふれており、夏の屋外である事など全く関係ない様
な熱気に包まれていた。
「・・・・バカは一緒じゃないのか?」
「あ~~~、何か今日はゲーム優先の日だとかで来てないぜ?」
「・・・・・・・そうか、今日のこの町は救われたな。」
勇吾は安堵の息を漏らし、その隣で良則は苦笑する。
その後、別のブースにいた慎哉と亮介とも合流し、良則の買い物をみんなで手伝っていった。
「マジで!?さっきテレビで歌ってたの、ヨッシーの姉さんなのか!?」
「マジだぜ♪ヨッシー双子の姉さんで王国のアイドル!それが護龍灯歌なんだぜ!」
「スゲェ――――!!」
途中、良則の双子の姉灯歌の話で盛り上がりながらブースを巡っていくと、目の前に慎哉と亮介以外は見覚えのある少年の姿があった。
小柄な少年は肩まで伸ばした銀髪を揺らしながら隣に立っていた赤髪の青年と雑談をしており、途中でこっちに気付くと青年と別れて勇吾達の元へと駆け寄ってきた。
「お~~~い!」
「なあ、アイツって・・・・・・?」
「・・・・・銀洸だ。」
「あ、やっぱり!」
銀髪の少年、人化した銀洸は竜の姿の時と変わらない能天気な顔をしながら勇吾達の元へとやってきた。
その両手にはトレンツと同様に戦利品を詰め込んだ袋がぶら下がっていた。
「や~~~!みんなも来てたんだ~~~?」
「てか、ホントにお前銀洸なのか?ちっさ過ぎじゃね?亮介より少し大きい位だろ?」
「ホントだよ~~!」
「――――――龍の時の大きさが、人化している時の大きさに反映されるとは限らないんだよ。」
「そう言う事~~~~♪」
「・・・・・・・・どうでもいいが、さっき一緒にいたのは誰なんだ?」
「ん~~~~、知り合い?」
「何で疑問形なんだ?」
呆れながらもう一度訊こうとする勇吾。
しかしこの後、銀洸の口から出た名前を聞き、勇吾だけじゃなく、周囲にいた慎哉と亮介以外の人々は一斉に言葉を失い、数秒後に絶叫する事になるのだった。
・今日は『ボーナス屋』も更新しています。




