第117話 占い師
凱龍王国 竜江――下町――
竜江の南部、貿易区と農業区に挟まれた場所にある下町も普段とは違った姿をしていた。
中心部の様に大規模なイベントやブースなどはないが、下町ならではの催し物で観光客を楽しませていた。
下町には職人気質な住民が多く、店頭での商品作成や職業体験、普段はお前にかかれない貴重な商品や訳アリの商品の販売など、主に子供やマニアなどが多く集まっているが、その一方で下町ならではの限定スイーツや限定アクセサリーなどを目当てに女性も多く訪れていた。
一部では小さな競売のような催しや、別会場で行われているイベントと提携した合法な賭け事なども行われており、普段よりも多くの人々で賑わっていた。
そして至る所で露店が開かれている通りを、勇吾と良則は歩いていた。
「そう言えば、四龍祭で下町に来るのは久しぶりじゃないか?」
「そう言えばそうだね。最後に来たのは、確か9歳の時だから3回ぶりになるね。あの時はトレンツが露天商の人を泣かせたりして大騒ぎだったよね?」
「ああ、いつも騒ぎを起こすのはバカだけだったからみんな呆気にとられてたよな。まあ、例年通りバカもしっかり騒ぎを起こしたけどな。」
2人は久しぶりに見る下町の祭風景を懐かしそうに眺めていた。
途中、イケメン2人組(特に良則)を見て若い女性達がピンク色の悲鳴を上げたり記念写真を頼まれたりなどしたが、日本で買い出しをした時と比べると遥かにマシだったので苦に思うことはなかった。
それから歩き続けること10分、大道芸人などが多く集まる場所まで来ると、良則は周囲を注意深く見渡しながら目的の人物のいる場所を探していった。
「――――――――居た!」
「―――――あそこか!何だか特殊な《結界魔法》を使っているな?」
「うん、客を選別する結界を張っているんだよ。客としての資格がない人は店を認識する事も出来ないようになっているんだ。」
「相当な術者のようだな・・・・・。」
僅かに戦慄しつつ、勇吾は良則に導かれながらその人物の場所へと向かった。
その人物がいたのは路地の日陰の部分で、結界が無くても人の視界には入らないような場所に『不思議な占い屋
1回100G』という看板が置かれていた。
それは日本でもたまに見かけるような街占い師の店そのものだった。
占い師らしいその人物は紫色のローブを着て顔を隠しており、決して相手に不自然さを見せないような自然体で客が来るのを待っていた。
その姿を間近で改めて視た瞬間、勇吾はその人物がかなりの実力者である事を直感的に気付き、再び戦慄するのだった。
(この占い師・・・・・・・そうとうできる!!)
「お婆さん、客を連れて来たよ!」
「・・・・・おや、誰かと思ったら王子様じゃないかい?久しぶりだのう、思わず心臓が止まるかと思ったよ!」
「またそんなこと言って!広場にいた時から僕らのこと見てたでしょ?」
「―――――――!?」
「かなわんの~~!それで、何の“夢”の相談かの?」
(――――この婆さん、一体何者だ!?)
自分の知らない時から見張られていた事に警戒心を抱いた勇吾は、2人には見えない様に設定した上で《ステータス》を使ってみた。
【名前】イザベラ=モーガン
【年齢】――閲覧不可―― 【種族】人間
【職業】占い師 【クラス】流離人
【属性】 無(全属性)
【魔力】――閲覧不可――
【状態】正常
【能力】――閲覧不可――
【加護・補正】――閲覧不可――
【開示設定】制限あり
(――――――そう簡単には分からないか。)
勇吾にだけ見えた情報は、名前以外はほとんど閲覧制限がかけられていた。
無理矢理暴く方法もない訳ではないが、それだと法律に触れてしまい、占い師が後ろ黒い人間でもない限り使った時点で勇吾はお縄にかかってしまうのである。
「―――――淑女の秘密は覗くものじゃないよ、坊や?」
「!!」
「あ!勇吾もしかして、お婆さんのステータス見ようとしたの?無理だって、このお婆さんはこう見えて最高位の術者だから《ステータス》じゃ正体を見破る事は出来ないよ!」
「最高位だと!?」
「・・・・・なんのことかのう?」
「・・・・・ちなみに、お婆さんの実年齢は――――――――――――」
「ごめんなさい王子様、私は隠居したウィンドランド国の王族です。代金は結構なので、何なりとお申し付けください!」
「え!?別にそんな意味で言ったつもりじゃ・・・・・・!?」
「良則、お前はたまに自分でも知らない内に他人を脅迫するようなセリフを言っている事を自覚しろ。」
「ええ~~~~!?」
ちなみに、ウィンドランド国とはこの世界にある国家の1つで、凱龍王国の西北西5000kmの場所にある島国である。
国土総面積は凱龍王国に劣るが、農業関係の研究がこの世界でもトップクラスであり、独自のブランド製品を生み出しては多くの利益を上げている国家である。
(・・・・あの国の王族か・・・・・確か、あの国の王族は《特殊魔法》に特化した一族だったな。)
「――――――それで、占ってほしい“夢”とはなんでしょう?」
「ああ、それは―――――――――」
占い師の出自から、その能力が信用に値にすると勇吾は判断した。
そして、勇吾はこの1ヶ月ほどの間によく見るようになったある夢について話し始めた。
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『―――――――――け―――――――――――て――――――――』
最初にその夢を見たのは7月の中旬頃、丁度ソロモンの悪魔の1柱アンドラスが事件を起こした日の夜の事だった。
それはようやく聞こえるかというほどの弱々しい声で、どうにか助けを求めていると言うことだけしか分からなかった。
それかと言うもの、毎日ではないが度々その夢を見る様になり、最近ではハッキリとその声と内容が分かるよう
になるまで鮮明になっていた。
『誰か助けて―――――――――!怖い―――――!閉じ込められてる―――――――――!!』
『帰りたい―――――――!!家族に会いたい――――――!!寂しい―――――苦しいよ―――――!!』
『怖い人がいる!白衣を着た怖い人たち―――――!私を水槽に閉じ込めて実験をしている―――――!!』
声は一方通行で、こちら側の声は全く届いてはいないようだった。
だが、その代わりに向こうから聞こえてくる情報は日増しに増え、彼女がどんな状況に陥っているのか分かるようになった。
夢の声の内容から、彼女は攫われてどこかの研究所のような場所に監禁され、何らかの実験の道具にされているらしい。
その情報を元に勇吾はすぐに調査を開始したが、日本だけでも年間の失踪者数はかなりの数であり、それが地球全体ともなればとてつもない数になる。
中には事件とは扱われない失踪もあり、その中から夢の声の少女が何所の誰なのかも分からずにいた。
だが、勇吾が地球に行ってから視た夢である以上は地球の少女である事だけは間違いなかった。
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事情を話し終えると、占い師はさっきまでとは打って変わって真剣な空気を纏いながら勇吾が話した内容を頭の中で整理していった。
「なるほどのう、つまりは「その少女が何所の誰か」と、「少女をさらった者の正体と居場所」を占ってほしいと言う訳じゃな?」
「ああ、頼めるか?」
「何でも申し付けてくださいと自分で言った後で断る訳にもいかないからの。それに、坊やは客としての資格をちゃんと持っておる。どの道断る気はないのう。どれ、占ってみるかの?」
「―――――頼む!」
そして占い師は手元の水晶に手を触れながら小声で呪文を唱えていく。
呪文が唱えられるごとに水晶は淡い光を放ち始め、その光は占い師の手も包み込んでいった。
占い師はゆっくりと水晶を撫でていき、それを1分ほど続けると、冷や汗を流しながら水晶から手を放した。
「――――――――――視えた。」
「「―――――――――――!!」」
「しかし、これは相当厄介な事になりそうな事件じゃのう。助けるなら、ギルドや政府にも協力を仰いでから出ないと何が起きるか分からんぞ?」
「・・・・・・誰だったんだ?」
勇吾は息を飲みながら占い師の言葉を待った。
占い師はフードに隠れた顔を僅かに見せながら勇吾の顔を見ると、その目に迷いが無い事を確認し、意を決して占いの結果を話し始めた。
「少女の名はリディ=グライリッヒ、15歳、今年の春にドイツのハーメルンで攫われた少女じゃな。家族は捜索願を出したようじゃが、圧力などがかかって警察は全く捜査を行っていないようじゃ。」
「ハーメルンか・・・・・。」
「―――――因果な土地じゃな・・・・。」
「それで、彼女の現在地は?」
勇吾が占い師に訊くと、占い師は首を横に振って答えた。
「どうやら、かなり強固な結界の中に閉じ込められているようじゃのう。私でもヨーロッパの内陸部である事しか視えなかった。」
「・・・・・そうか。」
「だが、犯人が誰なのかは分かった。」
「誰だ!?」
「落ち着かんか。しかし、相当厄介な相手じゃぞ?」
「・・・・・・・何者なんだ?」
額から一筋の汗を流しながら再度訊きなおす。
そして、占い師はゆっくりと口を動かしながらその名を言った。
「―――――――――――――シャルロネーアじゃよ。」




