第110話 祖父と叔父
・2話目遅くなりました。
『――――――その目、兄上と同じ・・・・・・・・!!』
声を上げたのはムートだった。
同時にムートの全身は風と光に包まれ、あっという間にその姿を龍から人へと変えた。
その姿を見た直後、瑛介は心臓が止まるかのような衝撃に襲われた。
「なっ・・・・!父・・・・・・・さん・・・・・・!?」
そこにいたのは、死んだ瑛介の父親と顔のよく似た男だった。
見た目は20代半ば、黒髪に灰白色の瞳をしたムートの姿は瑛介が幼い頃に見た父親の姿に良く似ていた。
瑛介は訳が分からないと頭が混乱しそうになるが、勇吾に肩をポンと叩かれると僅かに落ち着きを取り戻し、形だけでも冷静を装いながらムートに話しかけた。
「あんた、何者・・・なんだ?」
「―――――わた・・・俺はムート、ムート=H=フリューゲル。『天嵐の飛龍王』の末弟、君の叔父にあたる者だ。」
「叔父――――――!!??」
「(やはりな・・・・・。)」
「(うん、良く似てるよね。)」
目を丸くして叫ぶ瑛介の後ろで勇吾と良則は揃って納得していた。
瑛介はまだ知らないが、黒い鱗を持つ龍は意外と少なく、そのほとんどが王族を含めた龍族の中でも特別な一族の者である場合が多いのである。
それは飛龍氏族も例外ではなく、勇吾達の知る限りでは瑛介の父親の家系しか黒い鱗を持つ者は存在しないのである。 その為、勇吾達やアルビオンもムートの姿を見た時点で薄々瑛介の近親者であると睨んでいたのである。
「・・・父さん、兄弟もいたのかよ!?」
「兄上は・・・、君の父君は俺の一番上の兄で9人兄弟姉妹の3番目、家族の中で最も強い力を持ち、若くして『天嵐』の二つ名を持つと同時に龍王となった男だ。そして、この都に暮らす者全員から慕われていた、俺にとって憧れであると同時に目標でもあった。」
「・・・・・・・。」
「30年前、周遊で外界に出たのを最後に消息を絶ち、生死も分からないまま時が過ぎていたが・・・・・まさ・・か、子供ができて・・・いたなんて・・・・・・・!」
話していくうち、ムートは嗚咽を漏らし始めていった。
それは虚偽も他意も無い、甥がいた事を心から喜ぶ叔父の姿そのものだった。
「うぅ・・・・そう言えば、名前も歳も聞いてなかったな?」
「え!?あ・・・・瑛介、歳は来月で16になる!」
自分を見て嗚咽する叔父の姿にすっかり面食らっていた瑛介は、考える間もなく答えていた。
最初は叔父と言われてもすぐには受け入れられる訳がないと思っていた瑛介だったが、今は目の前で涙を流す男が自分の叔父なのだと無意識に受け入れていた。
顔が父親に似ていたのもあったのだろうが、それ以上にこの部屋を埋め尽くす空気、瑛介にとってはどこか懐かしさを感じさせ、身も心も包み込むような独特の空気が彼の警戒心を解き解していたのだった。
(そうか、これって父さんが家にいる時の感じと同じなんだ・・・・・)
それが、今では懐かしいと思える、父親が一緒にいた時に感じていたものだと自覚すると瑛介も目から何かが漏れ出しそうになった。
「そうか、“瑛”か・・・・・・。お・・いや父上、彼は間違いなく兄上の息子です!!」
『ああ、間違いない!この子は――――――――!!』
いつの間にか、玉座にいた先代も顔が洪水状態になっていた。
よく見れば、脇時の龍達も涙を流しており、先ほどまで荘厳な雰囲気だった部屋の中は映画の感動シーンのようになっていた。
(おい!何だよこの空気・・・・・・!?)
『さて、邪魔者は去るとするか。』
「ああ、そうだな。」
「うん、僕達は外で適当に時間を潰してこうか。」
(って、既に出ようとしてる!?)
変に水を差すまいと、勇吾達はそそくさと部屋を後にしようとしていた。
置いて行かないでと、3人を引き留めようとする瑛介だったが、彼の声は彼の祖父の声で空しく消されていった。
『―――――アルビオン・・・・・・礼を言う!!』
『・・・他が集まるまで時間を潰してくる。ゆっくり孫を可愛がっておけ。』
(アルビオ~~~ン!!余計な事言うな~~~~~~~!!)
『気を遣わせてすまない、この礼は必ず・・・・!!』
そして3人はあっという間にいなくなり、残された瑛介は祖父と叔父に挟まれながら本日の生き地獄パートⅡを味わう事になったのだった。
最も、本心は満更でもないようだが・・・・・・・・・
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飛龍の都 ドラッヘ広場
気を遣って宮殿を後にした勇吾達は、適当に時間を潰すために都の中心部にあるドラッヘ広場と呼ばれる場所へと来ていた。
人間基準で言えば広場では済まない面積だったが、周りで子供の龍達がそのままの姿で遊んでいる姿などを見ているとそれほど広いと思わなくなるのだから不思議である。
勇吾達は広場に面した場所で営業していたオープンカフェで適当に座り、お茶を飲みながら雑談を交わしていた。
「しかし、話には聞いていたが、本当に情に脆い一族だったな。まさか、あの場で親子そろって泣くとは思わなかった。」
「飛龍氏族は龍族の中でも感情豊かな方だからな。だからこそ、中世ヨーロッパでは人間達とも裏で友好的な付き合いもできていたわけだが・・・・。まあ、30年も探して見つからなかった家族の手がかりが掴めただけでなく、その息子まで現れたんだから無理もないがな。」
「瑛介も嫌そうに顔をしてたけど、内心じゃ結構嬉しそうだったよね?」
「ああ、今頃は家族でお茶をしながら笑ったりしているかもな。アルビオン、会合まではまだ時間があるんだろ?」
勇吾が訊くと、紅茶を飲みながら「ああ。」とアルビオンは答えていった。
ちなみに、カフェの周りでは超大物龍皇と契約者である王子に対する視線が先程からたくさん注がれているが、2人とも慣れ過ぎているので気にもかけてなかった。
「瑛介は父親が“事故死”したと思っているようだが、龍王がトンネルの崩落程度で死ぬなどまずありえない。それに、生きていたのにも係わらずそれを誰にも知らせずに隠れていた事も気になる。」
「・・・・考えられるとしたら瑛介のお父さんは何者かに狙われていて、自分が生きているのを誰かに知られる事が危険と判断したから、と言ったところだろうけど・・・・・。」
「そうだと仮定すると、その何者かは飛龍王でも手におえない程の存在と言う事になる。飛龍氏族でも歴代最強とまで言われたあの『天嵐』ですら、逃げ隠れしなければならないほどのな。だとすれば、そんな事の出来る輩は限りなく限られてくる。高位以上の神格か、それと同等以上の力を持った“何か”か・・・・・。」
「――――――“奴ら”か、だな。」
「「・・・・・・・・・・・・。」」
最も考えられる“敵”の正体、それは3人とも同じことを考えていた。
だがその一方で、瑛介の父親が本当に死んだのかについても疑問を抱いていた。
龍族自体、基礎能力は人間よりも上でありまして龍王クラスともなれば世界が滅ぶほどの天災でも起きない限りは事故で死ぬ事はまずありえない。事故に偽装した暗殺、または拉致だとしてもどこか呆気なさすぎるような、どこか違和感を感じられた。
3人の考えは昨日、竜明が執務室で考えていた事と同じであり、まだ確証は何もないが瑛介の父、『天嵐の飛龍王』はまだどこかで生きているのでは疑っていた。
(だが、それはまるで・・・・・・・・)
(勇吾、もしかしなくても僕と同じ事を考えているんじゃ・・・・・?)
そして、勇吾と良則の2人は今回の件と別件との関係も疑っていた。
それはまだ何の根拠もなく、ただの勘で片づける事も出来るものだったが、最近の異変の数々から考えれば単純に片づける事も出来ないのだった。
勇吾が難しそうに考えていると、不意に開いていた椅子に誰かの手が触れるのが見えた。
「また考え事か?」
「―――――黒!!」
そこにいたのは一昨日から連絡も取れなかった黒王だった。
普段とは違った漢服に似た格好をした黒王に、周囲からは(特に女性から)熱い声が上がっていた。
「黒、今まで何で連絡を―――――――!?」
「この2日間、ほとんど外界と隔絶された場所にいたからな。」
「・・・・・何があったんだ?」
思わず怒鳴りそうになったが、「外界と隔絶された場所」と聞いた途端、すぐに黒王の方でも何かがあったのだと察した。
龍族の隠れ里は特殊な場所にある事が多いが、それでも外界との連絡が不通になる程の場所は稀である。
今いる飛龍の都も異空間の中にあるがそれでも連絡が不通になる場所ではなく、あるとしても王墓などの重要な場所に限られている。そのような場所に長時間いたとすれば、それは何らかの問題が発生していた事に他ならない。
「――――――従兄弟が重体になった。」
「「――――――――!?」」
「『夜闇の龍王』か。」
黒王の言葉に勇吾と良則は絶句した。
黒王の従兄弟、それはこの世界に暮らす者なら子供でも知っている有名な『夜闇の龍王』と呼ばれる龍王の1人である。
「一体何時!?」
「・・・・一昨日の晩、俺が里に帰った数時間後のことだ。“門”が里の中に直接開いたのを感じて行ってみると、全身血塗れの姿になった奴が倒れていた。」
「犯人は!?」
「それはまだ分かっていない。ただ、傷口からかなり高密度の魔法攻撃を受けたのが分かっている以上、かなりのやり手にやられたのだけは確実だろうな。」
「――――――――これで5人目か。」
「アルビオン?」
「どういう事だ、5人目と言うのは!?」
「落ち着け勇吾。アルビオン、今回の件と関係があるのか?」
興奮しそうになる勇吾を宥めた黒王の問いに対し、数秒の沈黙の後にアルビオンは話し始めた。
「・・・・・これは一部の者しか知らない事だが、この半世紀ほどの間に龍王が何者かに襲撃される事件が全部で5件起きている。そのうちの1件が今黒王が話した『夜闇』の件、そしてもう1件が――――――――」
「『天嵐』、瑛介の父親の件か!」
「そうだ、そのうち今も生き残っているのは『夜闇』を含めて2人、残り3人のうち2人は消息不明、最後の1人は死亡している。お前達も知っているだろう、銀洸の先代だ。」
「ちょっと待て、消息不明の片方は瑛介の父親だとして、もう片方は誰なんだ。『天嵐の飛龍王』以外で消息不明の龍王の話は聞いてないぞ!?」
「替え玉を立てて誤魔化したからな。それに、もう片方はお前達がまだ行ったことのない辺境の異世界にいる王だからな。お前達が知らないのは当然のことだ。」
「・・・・それは、まさかバクナワのことか?」
黒王の問いに対し、アルビオンは首を前に振って肯定する。
『バクナワ』―――――――それは嘗て南海に棲んでいたと言われる冥府神としても知られた巨大な海龍の名前だった。
「月を喰らう龍か!」
「元々は地球にいた龍だよね?」
「ああ、昔色々あって居ずらくなったからと、千年以上も前に異世界に行き、そこでずっと大人しくしていたから人間の間では死んだとも噂されていたんだがな。それが40年程前、俺が気まぐれに様子を見に行くと既に奴の姿は消えていた。その後すぐに眷属達を読んで探させたが見つからず、僅かに数滴ほどの奴の血だけが残されているのを発見した。」
「そして事実を一時的に隠蔽したか・・・・・。賢明だな。もしそうしなければ30年前のような混乱が起きていただろうからな。」
「ああ、だがそれもそろそろ限界だろうな。もうすぐ始まる会合で、俺の口から話すつもりだが・・・・・・。」
「荒れるだろうな。」
黒王の言葉に、アルビオンは返す言葉もなく片手で頭を抱えた。
上空からは今も多くの龍が続々と飛龍の都に入ってくる気配が伝わってくる。
「―――――――大物が勢ぞろいだな。」
「近隣の氏族には粗方伝えたが、どうやらそれ以外の所からも来ているようだ。俺の思っていた以上に、各氏族は今回の件を重く受け止めているようだな、もしかすると、俺みたいに何かを隠しているのかもな。」
「なら、いい機会だから全部吐いてもらったら?」
「――――――良則、俺は時々お前が腹黒ではないかと疑いたくなる。」
「え?」
「アルビオン、それはお前だけが思ってる事じゃないから安心しろ。」
「えええ!?勇吾まで何!?」
「「「・・・・・・・・・・・。」」」
本人は普段通り話していたつもりだったが、たまに性格が変わったりするのを度々目撃している3人にそれは伝わらなかった。
その後、2時間ほどすると黒王とアルビオンの2人は勇吾達と別れて宮殿へと向かった。
残された2人は街を巡り、そこでちょっとした情報収集を始めていった。




