第108話 2日目の夜
――竜則サイド――
「『名古屋市トンネル崩落事故』か・・・・・・。」
PSには6年前に異世界の日本で起きた事故に関する情報が表示されていた。
情報はマスコミが報道したものから、警察や関係各所の人間しか閲覧できない情報、民間の情報屋などが集めた情報など数多くある。
だが、そのどれを見ても俺は違和感を拭えずにいた。
「小嶋瑛介の父親、人の社会で20年以上生きていた龍王がトンネルで事故死・・・・・・無理があるな。」
あの魔力を察知して調査班を向かわせた数分後、弟の良則からメールで事の次第を知った俺はすぐに日本に調査班を遅らせた。
原因の魔力の持ち主である小嶋瑛介、30年前に消息不明になった『天嵐の龍王』の遺児にして龍と人の混血児。
龍王が人と結ばれること自体はそれほど珍しい話ではない。この国の始祖王であり俺の先祖である凱龍王また、人間の女性との間に子を儲けているのだから。
だが、問題は何故姿をくらませ人間の中に隠れて過ごしていたのか、本当に事故で死んだのかと言う点だ。
この世界の記録によれば、飛龍王が消息不明になったのは父さんがまだ子供だった頃、つまり祖父が王だった時代になる。
性格に難点があるが、王としての手腕自体は俺も尊敬しており、当時も手がかりが皆無だったのにも拘らず、祖父は飛龍王が何者かと激戦を繰り広げたと思われる場所を見つけ出したのだ。
現場には飛龍王の者と思われる血痕が多く残されており、残留魔力からも敵は間違いなく龍皇クラス以上の強者である事が分かっている。
だが、流石の祖父でもそれ以上の事は分からず仕舞いだったらしく、今日この日まで事件は迷宮入りとなっていた。
「――――――だが、生きていた。」
当時の地元警察の記録によると、当時巡回中だった交番勤務の巡査が国道近くの路地裏で血塗れで倒れている十代前半の少年、つまり人家状態の飛龍王を発見したとなっている。
少年は地元の病院に搬送されて一命を取り留めたが、本人は記憶喪失らしく、警察の捜査は難航した末に迷宮入りとなった。
その後、少年は施設で数年間過ごした後地元企業に就職し、さらに数年後に結婚して5児の子供の父になる。
5番目の子が生まれた3ヶ月後に事故死・・・・・
「だが、それはどこまで本当なのか・・・・。」
龍王も不死身ではない。
だが、この事故で死ぬほど柔なはずもない。
「だとすれば、死因が偽装されたか、もしくは生きている可能性もあるか。」
「あるだろうな~~~!」
「・・・・・祖父さん。」
視線を横に向けると、そこには何時の間にか俺達の祖父、護龍烈が立っていた。
「祖父さん、飛龍王が隠れて生きていたとして、敵は誰だと思う?」
「竜則、分かってるんだろ?」
俺の問いかけに、祖父さんは俺が既に結論に行き着いていることを指摘するとともに、自分も同意見であるともとれる言葉を返してきた。
「・・・・『創世の蛇』しかないか。」
「ないだろうな。大方、家族や一族を守るために姿を消したといったところだろう。仮に死んだとしても、その時点で近くにいる神が気付いてない訳がないからな。」
「捕らわれている可能性もおそらくはない。だとすれば、家族が無事なのが不自然だ。奴ら・・・特にカースならとっくにおもちゃにしているはずだからな。」
「他にも理由はいくつかあるけど、生きている可能性はまだ捨てない方がいいだろうな。ま、家族にはまだ話さない方が良いだろうな。」
「まだ憶測の段階だからな。」
それに、生きていたとすれば、本人はそれを知られる事を望んでいないはずだ。
まだ情報が足りない以上、今は安易に話さないのが得策だろう。
「・・・・ところで祖父さん、何でまた若返っているんだ?」
「ノリ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
その後、祖母に引き取ってもらい、俺は各所に指示を出していった。
今夜は夕飯までに帰れそうにないな。
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――勇吾サイド――
彩雲山から家に帰宅した俺はすぐに自室に戻って情報収集にあたった。
集める情報は無論、飛龍王に関することだ。
「とは言え、そんな情報が微塵も無いから誰も気付かなかったんだが・・・・・。」
だが、それでも俺は集めるしかなかった。
仲間に関係ある事だからという理由もあるが、それとはまた別の理由もあった。
「・・・・・・・接点が、あるのか?」
それは、俺が世界を越えて地球に行った最大の理由のひとつでもある。
瑛介の件がそれに関係するかもしれないと気付いたのは帰りのリニアの中でのことだった。
不意にバカが呟いた一言で、俺は今まで頭に引っかかっていたものが何なのか気づいた。
そして、竜江で慎哉達と別れた後、何だかんだで途中で寝てしまったロトとアリアを背負ってすぐに帰宅した。
「どっちにしろ、あの世界に異変が起き続けているのは間違いない。慎哉が生まれた15年前、飛龍王が深手を負って現れたのが30年前、そして死んだとされるのが6年前か・・・・・・。」
全てが何所かで繋がっている様な気がする。
今はまだ勘に過ぎないが、ただの偶然で片付かせられるような事でもない。
「・・・・・・まずは、明日か。」
彩雲山の龍達が去った後、俺は事情が呑み込めないトレンツや慎哉達に瑛介の事を説明した。
大半は単純に驚いてはしゃいでいたが、ミレーナや蒼空などは冷静に受け止めた上で「どこか出来すぎている。」と俺同様に違和感を抱いていた。
その後、明日の予定も話し合い、俺と良則は瑛介と共に王国北部にある『北の聖地』に向かう事になり、他は本
来の予定通りに観光を楽しむ事となった。
「黒も来るのか・・・・・?」
黒にもあの後何度か連絡を取ってみたが相変わらず返事はなく、おそらくは外部からの連絡が届かない特殊な場所にいるようだ。
黒の一族は龍族の中でも“古代種”とも呼ばれ、伝承などによれば龍神や凱龍王と同じ最も古い歴史を持つ氏族らしいが、それが事実なのかは俺にもわからない。
明日は少なくとも王国各地の隠れ里に暮らす龍族の代表達が北の聖地に集結する。もしかすると、(銀洸以外の)龍王の誰かも現れるかもしれない。
瑛介の件はそれだけ龍族にとって重大な問題なのだ。
俺はその後も情報収集を続け、様々な熟考を重ねていった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんがご飯だって!」
不意にドアが開き、ロトが元気な声で俺を呼びに来た。
考えるのに夢中になっていたのか、何時の間にか日没を過ぎていた。
「・・・分かった、すぐに行く。」
気づけば部屋中がPSで埋め尽くされており、俺は一度全てのPSを閉じると部屋を後にした。
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――瑛介サイド――
「・・・・本当に黒に戻ったな?」
俺は鏡で自分の瞳の色が赤から黒に戻っているのを確認していた。
アルビオンの話によると、色の変化は俺の中に流れる龍族の血と魔力が活性化によるものらしく、沈静化すれば今まで通りの色に戻るらしい。(髪の方はホテルの中にあったヘアサロンで切っておいた。)
俺にはあまり実感はないが、どうやら事はかなり深刻らしく、明日は予定を変更して勇吾と良則、そして俺の3人は別行動になった。
向かう場所は『北の聖地』と呼ばれる場所にある、通称『飛龍の都』と呼ばれる龍族の隠れ里、俺の父さんの生まれ故郷らしい。
「『天嵐の飛龍王』か・・・・・・。何か中二病みたいな呼び名だな?」
あの後、俺は勇吾達から父さんがこの世界でどんな存在だったのか聞かされた。
最初に驚かされたのか実年齢、黒王達の年齢を聞いていた時点で予想はしていたが、記録上では黒王よりもさらに年上で、死んだ6年前の時点で240歳を超えていたらしい。
いや、いくらなんでもさば読みすぎだろ、父さん!?
そう言えば、母さんは何所まで知ってるんだ?
まさか、全部知っていたなんてことはないよな?
「お~~い!遊びに来たぜ~~~~!」
「ん?」
部屋のドアが開いたと思ったら、慎哉を先頭にぞろぞろと皆が入ってきた。
男だけだが。
「お前ら、何しに来たんだ?」
「特に理由はないけど、琥太郎と晴翔がお前の心配してたからみんなで騒ぎに来た。ちなみに、女子達はいま入浴中で全員居なかった。」
琥太郎と晴翔が?
2人の方を向くと、晴翔は視線を逸らし、琥太郎は苦笑していた。
「取り敢えず飲もうぜ!」
「――――――酒じゃなよな?」
そう言えば、この国の飲酒の年齢制限はどうなってるんだ?
そんなこんなで、俺の部屋は宴会場と化した。
テーブルの上には菓子やらジュースやらが隙間なく並べられ、皆好き勝手に飲み食いしていった。
「―――――――にしても、『父親が実は・・・!』って、ベタじゃね?」
「不謹慎ですよ、慎哉さん!!」
「あ~、別に気にしてねえし、俺もそう思ってるからよ。」
「けど、あるんだねこういう事って?」
当然の如く、話の話題は“俺”だった。
俺が「実は人間と龍族のハーフ!」だとか、「父親が龍王!」という衝撃の事実はこいつらの好奇心をくすぐるのには十分だったらしい。
最も、父さんの事に関しては皆気を遣ってくれてるのか、あまり深く追求はしてこなかった。
「なあ、体の感覚とかって変わったりとかしてるのか?」
「ああ、前より五感が鋭くなった感じはするな?あと、何か遠くの魔力とかも感じられるようになったな。」
「腕力とかは?」
「特に変化は感じないな。体力はかなり上がってるっぽいな、全然疲労とか感じねえし。」
「へえ~~~~~!」
「―――――――――典型的なハーフの特徴だな。」
「ん?」
「だが、お前の場合は、いずれ選ばないといけないだろうな。」
俺達が盛り上がる中、蒼空だけは難しい顔をしながら俺を見ていた。
選ばないといけない・・・・・・・・?
何のことだ?
「蒼空?」
「・・・・・・明日になれば分かる。それに、選ぶ時間はまだあるからな。」
「だから、何のことだよ!?」
「・・・・・・・・・。」
その後も何度も訊いても蒼空は何も答えてくれなかった。
ただ、部屋を出る時、俺にだけ聞こえる声で「すまない。」とだけ呟いていた。
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――蒼空サイド――
瑛介の部屋を後にした俺は、眠たそうな顔の龍星の手を引きながら自分達の部屋に向かっていた。
「兄ちゃん・・・・・・・・・ムニャ。」
「龍星、部屋に戻ったら歯を磨いてスグに寝ろ!」
「うん・・・・。」
たまに倒れそうになる龍星を支えながら歩く俺は、頭の中で“ある人物”の事を思い浮かべてい。
それは、かつて前世で数度だけ会った事のある、俺の知る限りでは最強クラスの男だった。
「―――――――――――奴が、やったのか?」
不意に俺の口から漏れた声を聞いた者は誰もいない。
隣を歩く龍星は眠気で何も聞こえておらず、俺自信も気づかないまま歩き続けた。
・これで2日目終了です。
・明日から3日目、2日目は各人物の主観で書いてみましたが、次から多分いつも通りに戻ります。




